第25話 怒りよりも大事な気持ち

 「暑いでござるな、火の気が強い土地と聞いてはおり申したが?」


 ツルコが手で額の汗をぬぐう、天気のいい朝とはいえ暑い。


 「暑いですが、私は何とか平気ですの」

 「俺は、何と言うかテンションが上がる感じか?」


 チヨコも暑そうではあったが、まあまあ平気そうであった。


 ヒナタは、胸が高鳴り力が沸くような高揚感を感じていた。


 三者三様で彼ら降り立ったアサヒ列島の南端、ハルカ県はウシネ島。


 牛が寝ているような火山が島の中心にある人口五千人ほどの島。


 「それにしても、ここがトヨコ殿の住まう場所でござるか」

 「根元流発祥の地、全国大会常連の剣術の強豪校があるそうですの」

 「ネットって便利だな、ここに南の寄合所があるのか?」


 術で作った屋形船で降り立った港を出て街へと進む三人。


 住宅街には石垣のある和風の家や、武家屋敷風の家などがちらほらあり町の全体的にレトロ感が漂う。


 ある程度歩いて至った交差点脇に立ち止まり。メジホでネット検索をしながら街の案内図を見る三人。


 神官装束や巫女装束の少年少女達は、通りがかる住民達から若干怪訝な顔で見られながら島の中心であるウシネ山を目指して歩き出した。


 「お二人とも、ひと休みせてほしいでござる! くろうさをおごりますゆえ!」


 道中、ツルコが暑さに負けて民家カフェでかき氷を味わいながら一休みする事となったヒナタ達。


 くろうさと呼ばれる小豆が山盛りのかき氷が三人前、ヒナタ達の前に置かれる。


 「これ、あんみつのかき氷版だよな?」

 「あんこと黒蜜と黒豆がモリモリですの♪」

 「甘みと冷たさが染みるでござる~♪」


 入り口近くのテーブル席でヒナタ達がかき氷を味わう。


 「ごめん下さ~い♪ 見つけましたよ、皆さん♪」


 彼らが舌鼓を打つ中、ポニーテールに黒の稽古着と言う姿で大きな羽子板に見える木刀を背負った美少女が現れた。


 「お久しぶりでござるな、トヨコ殿♪」

 「お迎えありがとうございますの♪」

 「どうも、しかし何故稽古着?」


 トヨコの登場に三様の反応をするヒナタ達。


 「出稽古帰りですので、私もいただいてからご案内いたします♪」

 「いや、あんたも食って行くんかい!」


 ヒナタがトヨコにツッコみを入れた。


 「まあまあ、これから山に行くのでござるから♪」

 「食事は済ませておくのが良しですわ♪」

 「ええ、寄合所はツルコ様の予想通り山中にありますから♪」


 トヨコが答える。


 一休みを終えてトヨコの案内で山を登り、南の寄合所へと着いたヒナタ達。


 「あら、あんた達良く来たわね♪ 荷物は宿坊の部屋に届いてるから♪」


 山頂の神社の入り口で、ヒナタ達を出迎えたのは巫女姿のタマミだった。


 タマミが指さす方向にあるのは、二階建ての旅館と神社を混ぜたような建物。


 「ああ、宜しくお願いします」

 「宜しくでござる♪」

 「宜しくお願いしますの♪」

 「堅苦しい挨拶は良いから、詳しい話は宿坊で聞いて♪」


 タマミに促されて宿坊へと向かうヒナタ達。


 「いらっしゃい、東の子達だね話は聞いてるよ♪」


 宿坊の奥にある和室で三人を出迎えたのは、ショートヘア―の頭頂部に牛の角を生やした可愛らしい顔立ちで明るい割烹着姿の女性。


 ロボの三号機乗りで柔道部員な体格だが顔は美人、彼女の名はミクラ・ウシネ。


 「タイコのおばちゃんから聞いたよ、ここで鍛えてから東の防衛戦に加わりな♪」


 ミクラさんに言われ、申し訳なさそうに頭を下げるヒナタとチヨコ。


 彼女が言うには、ここは南の寄合所の第五分所。


 南の寄合所に所属する者達の修行場だそうだ。


 「俺とチヨコは、どのような修行をすればいいんでしょうか?」

 「確かに、気になりますの」

 「簡単に言うと、怒りを溜め方て力に変える方法だね♪」

 「もしかして、タマミ殿がここにいるのも?」

 「そ、あの子も良い子だけどキレやすいからね」

 「拙者は、もしやトヨコ殿がお相手でござろうか?」


 ミクラさんに修行内容を尋ねるヒナタ達。


 ツルコの問いにもミクラさんは頷く。


 「喜怒哀楽に恐れは自然な感情、大事なのは感情の使い方さ♪」


 ミクラさんが優しく微笑む、寄合所に到着したこの日は皆で部活の合宿のように食事や入浴に消灯となった。


 早朝、ヒナタに課せらた課題は岩でできた洞窟に一人で籠る事と説明された。


 「この岩戸は、山の神様が荒ぶる魂を自ら鎮める為に作った場所さ」

 「もしかして、感情で影響が出るとかですか?」

 「そう、あんたがブチ切れたら山が噴火して大惨事になるからね♪」

 「わかりました、肝に銘じます」

 

 ミクラさんとのやり取りが終わるとヒナタは洞窟に入る。


 ヒナタの背後で洞窟が閉じられると周囲は闇に包まれた。


 「うん、闇の中だと不安になるな」


 神器はミクラさんに預けたので変身はできない。


 ヒナタが足の感覚を頼りに進んで行くと,開けた明かりのある場所に辿り着いた。


 「石の台、祭壇かな?」


 石で囲むように円形の空間が作られ、中心には石で出来た台らしきオブジェが鎮座していた。


 ヒナタは、空間の中に入り石の台に向かい平伏して礼をする。


 同時に、石の台から黒い煙が立ち込めて一人の女性の形となる。


 黒の着物を纏った、長い黒髪に幽鬼の如き白い肌の美女。


 瞳は赤く、額からは二本の角が生えた鬼の美女がヒナタを見つめる。


 「童よ、面を上げよ。 我が名はヨミコ、汝を鍛える者なり」


 ヨミコの言葉にヒナタが顔を上げる、ヒナタに近づきどアップで騎馬を剥いた憤怒の面相を見せたヨミコ。


 ショックで目を開けたまま気絶したヒナタは、足元に空いた暗い穴へ落とされた。


 「やばい、何処だよここ? 暗い、冷たい、恐い!」


 真っ暗な空間に一人だけとなったヒナタ。


 チヨコも霊獣も仲間もいない自分一人だけの世界、どんどん心の中が澱んで行く。


 「くそ、やばい! 早く抜け出さないと、マジで飲まれる!」


 自分がヤバい場所にいる事は感じ取れた。


 どうすればここから抜けられるのか、必死に考える。


 「くそ、怒りが沸いてくるが怒ってもどうしようもない」


 鬼の女神の試練が腹立たしいが、怒りでは解決できない。


 「それにしても、一人だとチヨコの事がどんどん頭に浮かぶ」


 生まれた日より一緒だったチヨコ、こうして離されると一気に頭も心もチヨコだらけになる。


 「チヨコの笑顔、俺の名前よりもあいつの笑顔の方がひだまりみたいだ」


 目を閉じてもチヨコの笑顔が浮かび、心が温まる。


 「僕、テレビのヒーローみたいになりたい♪」

 「では、ひーろーになったらちよを守っていただけます?」

 「うん、僕がちよちゃんのひーろーになる♪」

 「わたくしも、ひなたさまをお守りいたします♪」


 幼稚園の頃、チヨコとテレビを見ながらした約束を思い出すヒナタ。


 「そうだ、敵の言葉なんざどうでも良い! あいつの笑顔が第一だろうが!」


 ヒナタの心の中にチヨコの笑顔が満ちた時、あらゆる負の感情が消えた。


 敵の野望、知らん! 自分とチヨコの邪魔をするなら蹴散らすだけだ。


 「俺がいてチヨコがいて、皆で楽しく笑えれば良い♪」


 改めて自分が何の為に戦うのかを考えられた、怒りより大事なのは恋心だ。


 気が付くと自然と笑みがこぼれるヒナタ。


 自分の想いに気付かせてくれたヨミコに感謝する。


 「よし、チヨコに気持ちを伝えに行こう♪ 何か行ける気がする、赤炎せきえんっ!」


 明るい笑顔で授かった神馬の名を叫ぶヒナタ。


 その声に応じて、闇の中に炎が灯り赤き龍馬が主の元へと駆けつける。


 「来てくれてありがとう赤炎、ここから出よう♪」


 ヒナタが赤炎を撫でてから跨ると、赤炎は喜びの嘶きを上げて駆け出した。


 闇の中を疾走し見えた出口に突っ込むヒナタ達。


 「え、火口っ!」


 自分と愛馬が飛び出した下には活火山の火口、地面に着地すると聞きなれた足音が鳴り響く。


 「ヒナタ様~♪ お帰りなさいませ~♪」


 チヨコも黄雷に乗って、満面の笑顔でヒナタの元へとやって来る。


 「チヨコ、俺はお前の事が大好きだ♪」

 「はい、私もです♪」


 二人で並んで馬を歩かせて、寄合所へと行くヒナタ達。


 「……ねえトヨコ、私達は何を見せられてるの?」

 「バカップルのいちゃつきですね♪」

 「流石はヒナタ殿とチヨコ殿でござるな♪」

 「ヨミコ様の試練を、とんでもない方法で乗り越えたんだろうね?」


 ヒナタとチヨコを出迎えた仲間達は、二人のバカップルぶりに呆れていた。

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