第1話 坂本進一という男

 坂本進一に異世界に渡る能力がもたらされたのは、西暦にして2015年の事であった。


 大学を卒業したばかりの彼は、世界を豊かにしたいと考える魔法使いの手によって『召喚魔法』によって呼び出された者の一人であった。彼は豊富な知識を見込まれて、技術者として魔法使いの仕えるフランキア王国で働く事となったのであるが、彼は不満を持っていた。


「この世界は確かに不便過ぎる」


 如何に魔法はあれど、生活水準は決して高いとは言えず、人々は近世ヨーロッパのレベルの生活に甘んじていた。坂本自身も、現代に比して不便かつ電気の使えない生活には辟易とし、これが坂本が地球の技術や思想を本格的にもたらそうと考えるに至る事となる。


 だが直ぐに生活を良くする事は出来なかった。そもそも生活基盤が400年も前の世界である、彼は無理やりにでも時を進める事を選んだが、それでも年単位でのスケジュールを組む必要があった。


 まず、王室に対して理解を求める事が先決であった。王室は王国の版図拡大に意欲的であったが、生活水準の向上に対しては興味が低かった。彼らの信ずる宗教である『創世教』の教義に従った生活を重視していたのもあるが、何より彼らは召喚された者たちを軽んじていた。そこで進一は、彼らが最も興味を示すであろう分野を、不本意ながら利用する事としたのだ。


「陛下、私はより強力な武器を作る方法を知っております。そして軍をより効率的に用いる手段を生み出す事も出来ます。それらの開発のための支援をお願いします」


 王国はこの求めに応じる事とした。当時、東や北の遊牧民に亜人も国家を建てて発展を進めており、軍事力の強化が欠かせなかったからだ。さらに人口の増加により、新たな輸送手段が必要であると考えられたからである。


 進一は手始めに、近代的な製鉄業の発展が必要だと考えた。王国軍の武器は刀剣と魔法に依存していたが、最近では強力な魔物も現れ始めており、魔法に対して耐性を持つものも現れ始めていた。


 進一は科学技術普及のために、新しい魔法の開発が挑めずにやきもきしていた者や、当時冷遇されていた錬金術師を懐柔し、チームを結成。そして北東部のヴェリオン地方に研究所を構え、近代的な工業の研究開発を開始したのである。


 その時、進一は自身をこの地に呼び出した魔法使いと取引を行い、故郷である日本と行き来する術を手に入れた。進一はすでに魔法使いの弟子の何人かを味方につけており、相手の弱みを握る事に成功していた。そして無事に日本へ戻る事に成功した彼は、フランキアで手に入れた宝石や装飾品を売って資金を調達し、多数の書籍を購入。アルバイトで追加の資金を確保しつつ資格も手に入れると、再びフランキアへ戻ったのである。


 彼は調査によって、ヴェリオン地方で鉄鉱石と石炭が大量に手に入る事を把握すると、それらを原料とした製鉄を行う鉄工所の建設計画を発表。開発領主をも抱き込み、大量の鉄を供給する算段をつけたのである。


 建設は僅か1年で達成された。最初の製鉄所の規模は小さかったものの、従来の製鉄所の倍の量にして、より高品質な鋼鉄を量産する事が出来た。付近には近代的な工業を成すのに必要不可欠な製造機器を作るための工場も建設され、幾つかのマザーマシンを製造。マザーマシンは付近の工場に設置され、そこで製造された部品は、工場に動力を供給する火力発電所の建設に用いられた。


 もたらされたのは技術だけではない。これらの工場を中心に、ヴェリオン地方の森林地帯が切り開かれ、労働者が住まうための街も建設。陶器や石器を効率的に生産する工場も建設され、そこで工業機械を用いて量産された水道管は、優秀な上下水道の整備を促進させた。


 無論、王国が求めた兵器の開発・生産も進めた。まず燧石すいせきを利用したフリントロック式マスケット銃を開発し、黒色火薬ではなく無煙火薬を量産。さらに魔物に対して致命傷を与えられる上に、従来の攻撃魔法よりも広範囲に打撃を与えられる武器として野砲を開発。国王を前にした演習にてその威力を発揮し、政府から信頼を得る事に成功したのである。


 だが、進一にとって兵器の開発と生産など、より近代的な暮らしを得るための方便に過ぎなかった。彼は名誉と財産を元手に、王国をより進んだ時代へ導こうとしていたのである。

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