4-3「価値観の線」
「
ふわふわとした風は誰も傷つける事なく木の葉をかき分けて猫に到達する。
風に乗った猫は安全に優しい風で飼い主の腕の中に納められた。
「あらぁ!ミイちゃん!もう心配したんだからぁ!」
グリグリと顔を押し付けられる
「あれは逃げて木から降りれんくもなるて……」
「俺ならオモックソ引っ掻いて二度と戻らねえ」
呟くように失礼な会話をするナイトとラパをルークは見えないように小突いた。
「ホンットにありがとねぇ!助かったわぁ!」
「いえ。ご無事でよかったです」
「さぁミイちゃん帰りましょ!」とウキウキで嫌がる猫を連れてお金のありそうなマダムは踵を返していく。
今日、ルーク達ストロベリー班はいくつかのエリアを周りながら任務をこなしていた。
これはヴェゼールの2つ目の指令、「とにかく任務をこなせ」というものだ。
しかし当初の予定ならストロベリー班はクローバー班と共に比較的難易度の高い戦闘任務をこなしていく予定だった。
しかしそれはルークが断った。
「国民に顔を覚えてもらって安心感を与えるなら細かい任務で信頼を得たい」
実にルークらしい意見だとナイトは思った。
ナイトの個人的な気持ち的には戦闘任務をしたかったがルークが言うなら仕方無い。
渋々街の困り事を解決していた。
ラパは戦わなくていい事を喜んでいたが。
「あら?貴方カイゼリンくんじゃない?」
ふと陽気な中年の女性に声をかけられて四人は振り向く。
同じく振り向いたカイはどこか気まずそうに視線を細めた。
「あ……ど、どうも。お久しぶりですフェイトさん……」
丁寧に頭を下げるカイ。
その様子はいつも通り礼儀正しくも見えるがどこか違和感のある印象だった。
しかしそんな事など気にも留めずフェイトという名の中年女性は陽気に話す。
「貴方ホントに魔女狩り入ったのねぇ!いやぁびっくりよぉ!やっぱりお父さんやお兄さん達と違って魔力を持ってる人は別格ねぇ!」
カイの父と兄、名前が出て気にはなるが特にルークは仲間の過程について聞いたりした事は無かった
そして今後も自分から聞きに行くつもりもない。
なにせ自分が話せないのに人に話せなど言える道理など無いからだ。
しかしどう見ても家の話を出されてカイは座り悪そうに下を向いて話を聞いていた。
「貴方のお祖父ちゃんもお父さんも“警察隊”でしょう?しかもお兄さんも後継ぐ為にがんばってるじゃない!貴方は魔女狩りに入ったけど魔力あるんだから当然よねぇ!」
どう聞いても棘のある言い方。
しかし恐らくこの女性に他意はないし、悪意もない。
素の発言でこういった言い方をするのだろう。
ルークが口を挟もうと少し口を開くがカイの視線で動きを止めた。
今ルーク達は国民の信頼を得ようとしている段階だ。
そこでその国民の一人に、しかも噂の好きそうなこの女性に意見を言えば「文句を言ってきた奴らがいる」とある事無い事言い足されてしまうだろう。
ルークの印象も悪くなるかも知れない。
カイにとってそれは一番駄目なパターンだ。
仲間達に自分の私情で迷惑は掛けられない。
そしてこの意志は察しのいいルークには絶対に伝わるし、優しいルークなら動きを止めると分かっていた。
少し意地が悪いがこれが最善なのだ。
そう思ってカイが黙って話を聞いていると空気の読まない男が一人。
「ババァいつまで喋ってんだよ。」
一切相手を慮らない気持ちをどストレートに乗せた発言。
流石の噂好きで話好きのこの女性も言葉を失う。
「コイツとコイツの家族は別人だろ。てかお前どう見ても親戚でもねぇだろ」
ツラツラ相手に話させずに回る口。
スラム街仕込みの口の悪さは最後に一言調味料を添える。
「失せろババァ。」
あまりに一方的に悪口のみを言われ中年女性、フェイトは顔を真っ赤にした。
しかしナイトの意図に唯一気づいたラパが女性より早く言葉を話す。
「あかんあかんでナイティ。口悪過ぎやろ。一般女性に失礼過ぎるで全く。
口の悪いナイトを咎めるようにラパは女性に寄り添った。
「ホンマに堪忍ですわ。根が悪い子ぉやからどうしようもないんです。俺らが言っとくんでここは収めてくれませんか?」
女性は怒りを解放する前に比較的顔の整ったラパになだめられて不思議と悪い気はしない。
女性、フェイトはナイトに指を差した。
「アンタだけ失礼なようね!よく見ると有名なスラム街の【悪童】のようだし……全く他の子達はこんなにいい子だっていうのに失礼しちゃうわ!」
怒った風で声はそれなりに落ち着きがある。
中年女性はスタスタ帰っていった。
見えなくなるまで見送ったあと、ラパは大きくため息をつく。
「全くナイティさぁ、目線でくらい相談してほしいわ。ねぇ?」
「テメェ誰が「根が悪い奴」だとコラ?あ?」
ヘラヘラしてたら首根っこを掴まれて身体を半分浮かせるラパ。
「待って待って!俺が助けんかったら成立せんかったやん!暴力反対!」
ラパとナイトの会話が分からないコニーは首を傾げた。
「どういう事?ナイティが悪口言っただけなんじゃないの?」
カイも理由が分からず泣き顔のラパを見る。
ラパは首根っこを掴まれたまま答えた。
「さっきルー君か俺かコニーが言い返してたら国民さん達からイメージ悪なってたやん?けど【悪童】として悪名高いナイティなら一人で悪モンなっても大して影響出ないやん」
実にナイトらしい合理的な対処法だ。
実際、あの人は「他の子達はいい子」と言っていた。
ナイトの思惑に気づいたラパの予定通りイメージが悪くなったのはナイトだけだろう。
もしかしたら元々悪名高いナイトは今更イメージなんて落ちてないかも知れない。
しかしルークにとってそれは最善策ではなかった。
寧ろそれを分かっていたからラパは我先にとナイトの策に乗ったのだろうか。
ナイトだけにヘイトを集めてしまった事にルークとカイは複雑そうに顔をしかめる。
別にラパが何とも感じていない訳ではない。
ただあの場で全員にダメージがない最善策はそれしか無かっただけなのだ。
そしてそれら全てを理解しているからルークとカイは何も言わずに口をつぐんでいる。
何せそもそもナイトが口を挟んだのも無意識な嫌味に晒されるカイを思っての事だ。
本人は「ムカついたから」と言いそうだが。
ものすごく気を使われている雰囲気を察してナイトは頭を掻きむしった。
「あー……今日もう何もないだろ?俺帰るわ」
こういう答えの出ない空気は好きじゃない。
ナイトは足早にその場を去った。
ナイトだけに帰らせると空気も悪いままだし自分も帰りたいからラパもタイミングを見計らってササッと踵を返すをかえす。
仲間にヘイトを集める以外の方法が浮かばなかった事を憂いて、ルークは黙ったままその日は解散した。
次の日は何とかみんな空気の悪くない状況を保てた。
そもそも当人のナイトにも策に乗ったラパにも今回の事は気にするような事ではないのだから当然とも言える。
そこから毎日、小さな任務を5人でこなした。
迷い猫探し、迷子犬探し、迷子探し、壊れた納屋の修理、畑の手伝い、犬の散歩の代役、ペンキ塗り………。
お陰でルーク、ラパ、カイ、コニーの4人はいくつものエリアでその名を覚えられ、その評判を上げた。
しかしナイトだけは評判が上がる事はなく、寧ろ下がる一方だった。
別段初日のようにナイトが何かをした訳じゃない。
ただ国中に知られる【悪童】はその一挙手一投足を見られる。
態度、言動、行動、表情……。それらの判断材料はどれも不明確で印象にのみ起因する。
となれば元々悪名高いナイトには端から不利というものだ。
事実ナイトはルーク達仲間の印象さえ下がらなければいいくらいに思っている。
ただでさえ印象が初手から最悪なナイトがそんな心持ちで良い印象を持たれる訳もなく、もう2週間の時間が流れていた。
そんな時、ナイトはまた事件を起こした。
「ナイト!やめろ!」
右手一本で首を掴み人を持ち上げるその圧倒感はその光景を見る人間達に恐怖を演出する。
足元で倒れ地に伏す男達が目に入れば更に、といった具合だ。
「ナイト、僕もコニーも平気だよ。だからその手を離してくれ」
ナイトの目は異様に冷静で、しかしどこか怒りの籠もった目をしていた。
しかしルークの懇願するような声色でナイトは右手の力を緩める。
「ごふぅ……!」
倒れ込んだ男は酸素を一気に肺に受け入れて咳き込んだ。
何か言おうとしたがナイトの視線にたじろぎ、仲間を連れてすぐさま走り去っていった。
街中の人々の噂の声がこだまする。
「また【悪童】よ……怖いわねぇ」
「あんなのが魔女狩りだなんて嫌よ」
「危険分子をなんで野放しにするんだ……」
「アイツがいない事が一番の手伝いだろ……」
噂は当然良い事など言わない。
こだまする声はどんどん大きさを増していくばかりだ。
止め処無く続く悪口にルークは唇を噛み締める。
そもそもこの状況になったのはナイトの仲間想いな優しさが原因だった。
今日もいつも通り5人で任務をこなしていた。
今日の任務はエリア11の中心にある噴水広場の清掃と整備。
整備と言っても別段専門的な事ではなく水の通りを良くするだけというもの。
水魔法も使えるナイトとルークがいればなんて事無い簡単な任務だった。
「おいおい!なんかちっこいのが魔女狩りの服着てんだけどまさかコイツも魔女狩りとか言わないよなぁ!?」
噴水広場に響く程の大きな声はわざわざ視線を集める。
最初から威圧するつもりの声色にルーク達は視線を向けた。
「まじかよ!?超イケメンじゃね!?」
「ギャハハ!顔採用って魔女狩りにもあんの!?」
下卑た笑い声にナイトの眉が動くとルークはすぐに右手で制した。
魔女狩りは確かに国民からの支持が高い。
しかし当たり前の事ながら全国民から支持を受けている訳ではない。
当然
「顔も魔力も持ってて羨ましいなぁ天才はさぁ!」
どストレートな嫉妬の感情を向けてくる。
恐らくエリア13の奴だろう。
すると一人がナイトに気づいた。
「な、ナイトじゃねぇか……お前マジで魔女狩り入ったんだな……」
その声には恐れがありそれだけナイトがエリア13で名を馳せていたのが分かる。
しかし頭の悪そうな男達逆に感情を上げてきた。
「て…テメェなんか国の犬に成り下がったザコだろ!?今更ビビっかよ!?」
「あ?」
舐められた態度にナイトが一歩踏み出す。
だがこれもすぐにルークが制した。
「ナイト。駄目だよ」
しかし男達は一度感情を振り切ってしまったようで止まる事なく意味のない悪意をぶつけてくる。
「んだテメェはよぉ!?関係ねぇ奴ぁ退いてろやぁ!」
男は勢いのままルークを突き飛ばした。
ルークは強い。しかしそれは魔法での事でありナイトのように喧嘩も強い訳では無い。
単純な力勝負となればルークは寧ろ女子の中でも細い部類に入るのだ。
突然の事に受け身を取れずルークは尻もちをついてしまう。
ルークはどうにか素の声を出さない事に意識を向けるのが精一杯だったのだ。
しかしそれがある意味で最大のミスだった。
ルークが男に突き飛ばされて倒れる構図を作ってしまったのだから。
近くにいた男が流れを汲んでルークの横に立っていたコニーも蹴り倒す。
「うわぁ!」
ラパとカイもすぐに表情を変えて臨戦態勢に入るがコニーが手を上げられた時点でもうナイトの
「おい」
そこからはもう街の人間が見た光景だ。
一瞬でナイトが男達をのしてしまい血だらけで男達は地に伏した。
「………ルーク怪我は?」
心からの心配を感じる声色。
目は合わないがナイトの優しさを肌で感じる。
「平気だよ。ちょっとビックリしただけだ」
ルークの確認を取るとナイトはほんの少し視線を動かしてコニーを見た。
その視線の動きに気づいたラパがコニーの肩をポンと叩いて促す。
コニーもすぐに意図に気づいて表情を笑顔に変えた。
「大丈夫だよぉ!怪我なんてないよナイティ!」
無理をして言っている訳では無い。本心の安全確認。
ナイトは一瞬だけ、本当に小さくため息をつく。
その一瞬の安堵を確認できたのは恐らく間近にいたルークだけ。
その感情こそがナイトの優しさの証明だというのにそれを伝える術がここにはない。
何よりルークがナイトになんと伝えればいいのか分からなかった。
言葉をつぐむルークにナイトは少しだけ口角を上げる。
「じゃあ…迷惑掛けたな」
ナイトは返答を待たずにスタスタと歩き始めた。
いつもここで呼び止めようと思う。
しかし今日だけはルークはその足が止まってしまい、ナイトはそのまま行ってしまった。
ラパはポリポリと頬を掻く。
「ほな取り敢えず帰ろか?皆さん!大変失礼致しました!」
敢えて追求させる暇を与えないテンポで話してラパはササッと3人を連れてその場を後にした。
ナイト以外の4人の別れ際。
いつもでは考えられない長い沈黙の時間のまま解散する。
そんな中一人道を歩くラパに声が掛かる。
「ラパ………ちょっといいかな?」
ラパは初めて一人でいる時ルークに声を掛けられた。
「……………」
「……………」
ラパは沈黙の中頬に汗を滲ませていた。
「話をしたい」とルークに言われてからかれこれ一時間程経過しようとしている。
基本的に呼ばれた以上相手からのアクションを待つが流石にこれほど待つ事となろうとは。
ラパが如何しようかと逡巡しているとルークはゆっくりと口を動かし始めた。
「……君に……聞いてほしい事があるんだ」
どこか神妙な面持ちで話すルークにラパはいつもの茶化す雰囲気を改める。
「おん?何かあったん?」
話しやすいよう流れを促して続きを待った。
ルークは続けた。
「実はさ………ナイトの事なんだけど……」
ナイトの名前が出てラパは何故か安堵の息を吐く。
まあある意味予想通りの内容だろう。
二人は入隊前から仲も良さそうだし、その二人がここ数日ちょっと気まずそうなのも見ててわかった。
ぶつぶつ頭で考えるラパの頭の中など知らずにルークは話を続ける。
「僕はさ。“死”っていうのが怖いんだ」
全く想定していなかった方向からの語り始めにラパは態勢を整え直した。
「実は僕のお母さんとお祖父ちゃんはもう亡くなっててさ。あ、お父さんは顔も知らないんだけど……多分それがあってからは
ラパは黙ってルークの話を聞く。
「
ルークはいつの間にか複雑な表情をしていた。 「僕は敵の……ナイトやカイザーを殺そうとした魔女にすら死んでほしくなかったんだ……」
あまりにも優しい言葉にラパは今は言葉が浮かばない。
ラパが返答を考えているとルークはまだ話を続けた。
「けど……その時感じたのはその感情以上に……ナイトが…!相手の魔女を殺す為に戦っていた事への違和感なんだ…!」
ラパは尚もじっと黙ったまま話を聞く。
「分かってるんだよ。殺らなきゃ殺られてた。命を懸けた戦場で甘い事は言えない。けど……怖く感じたんだ。だって僕らはまだ魔女狩りに入ったばかりで……まだそんな“命を奪う”経験なんて無くて……それなのにナイトは迷う事なく殺しにいった。まるで慣れたように」
ルークは複雑な表情で唇を噛み締めた。
「初めてナイトを“怖い”と感じたんだ……」
黙って聞いたルークの話。
魔女狩りという立場においては何とも情けない弱音だろう。
しかしラパには気持ちが分かった。
だって自分には多分無理だから。
敵を殺せと言われても多分できない。
魔女狩りに入ったからといってそんなにすぐに切り替えられない。
そしてこの悩みは恐らくあの戦いの事だけではないというのも分かった。
「今日の事。多分ナイトは止めなかったら相手を殺してた」
悩みの種の一つ。
そしてその予想の意見にはラパも同意だった。
「せやろな。まぁどっちも優しいからやろなぁとは分かったけど」
ラパの言葉にルークは少しだけ笑う。
「うん……ナイトの優しさなんだよ」
その表情はどこかスッキリしていて、まるで教会の懺悔を終えた後のような安堵感があった。
「ありがとうラパ。自分の気持ちと向き合うのはゆっくり頑張っていこうと思うよ。ただ今日話せたおかげでどこか気持ちが楽になった気がするよ」
ニッコリと優しく笑うルークの表情はその顔の美しさを表していた。
「うご……イケメン……」
眩しさを防ぐように両手を顔の前で交差させて背を反らす。
それを見てルークもクスリと笑った。
どうやら本当にスッキリしたようだ。
ルークとラパはその後もひとしきり話して、その場を後にした。
息が切れる。
それだけ走ったという事だろう。
何せ魔法や箒で飛んでしまえばすぐにバレてしまうのだから走るしか無い。
しかし今だから思うが見つかったのが“警察隊”で良かった。
もし魔女狩りに見つかっていたら今こんなところで息を切らして走ってすらいないだろう。
何せ奴らは問答無用で命を奪いにくる。
例えその相手がこの国でどんな事をしていたとしてもだ。
長年の因縁はあまりに根深く、疑問を持つ者すらいない。
それは洗脳のような教育であり、いつしかその教育は一人の人間の“価値観”になる。
だから殺されなきゃならないモノとなるのだ。
「アタシが……魔女だから………!」
少女は一筋の涙を路地裏に置いて走っていった。
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