五章「虎百合」

5-1「コミュニティ」

 「ルー。ちょっといいかな?」

少し気を遣っているような。珍しく神妙な面持ちでコニーはルークに声を掛ける。

今日の猫探しを終えた後だったのでルークも敢えていつも通りの笑顔で答えた。

「勿論!どうかした?」

二人は話しやすいところに移動する事にした。


 二人は街の外れにある小さな小川の側に来た。

川のせせらぎがチョロチョロと流れ、どこか心地良い気持ちになれる。

着いてすぐ、川を見下げながらコニーはルークを見た。

「君は……誰かに言えない秘密ってある?」

想像し得ない質問にルークは目を見開く。

どう見ても秘密のある人間の反応だがどうやら今回コニーはそこを注視しないようだった。

「仲間に言えない秘密って誰にでもある……ものなのかな……?」

ルークを問い詰めるというよりは自分の中に何か思いがある。

そんな印象をコニーに感じた。

「秘密があるのは………仲間じゃない?」

悲しげに語るコニー。

ルークは力強い意志と声色で答えた。

「そんな事無いよ!」

ルークの言葉に俯いていたコニーが顔を上げる。

「僕も………申し訳ないけど秘密がある。言えない秘密だよ。けど……それはみんなを信頼してないからじゃない…!みんなを信用していないからじゃない!」

ルークの目は強く真っ直ぐとコニーを捉えた。

「秘密を持ってる僕が言う事じゃないかも知れないけど……「秘密があったら仲間じゃない」なんて言う人の方が駄目だ!仲間が言えるまで……言えなくても信頼を失わないでいるのが仲間……友達だよ!」

強い想い。秘密を持つルークが言うと人によっては言い訳のように聞こえないでもない。

でもそれはルークの純粋で真っ直ぐな想い。

秘密があっても信頼したい。信頼してほしいという願いでもあるのだ。

 ルークの真っ直ぐな瞳にコニーは朗らかに笑った。

「そうだね。その通りだよ……」

仲間だから伝わるし信頼しているから伝えようと思う。

 コニーは笑顔のまま言った。

「いつか……僕の秘密を言えた時……君の秘密も聞けたらいいな…!」

「僕もだよコニー…!」

コニーの純真な想いにそう答える。

 何となく、コニーの抱える想いを聞けた気がした。


 任務が始まる少し前、ルークはカイに呼び出されていた。

指定の場所はエリア9の大杉の下。

ルークが指定の場所に行くとカイはもう既に待っていた。

「ごめん。待たせた」

ルークの小さな謝罪にカイは首を振る。

そしてすぐに座る事を促す。

この後に任務がある事もあってか、ルークは座ってすぐに話を始めた。

「それで?今日は一体?」

ルークの質問にカイは真っ直ぐ正面を向きながら答える。

「ちょっと……話しておきたい事があってな……」

どこか神妙な面持ちでカイは話を続けた。

「この前の女性……フェイトさんについてだ」

フェイト。ルークはその名前に聞き覚えがあった。

それはこの間無意識な嫌味で詰められるカイを助ける為にナイトがツラツラと慣れたような悪口を言った相手。

あの場でカイを助けて班の印象を悪くしないでおくにはそれ以外に方法は無かった。

しかしナイト一人に悪印象を背負わせてしまった事をルークは後悔したのだ。

思えばあの時あたりからナイトとの間に小さく気まずさが生まれてしまったようにも思える。

 ルークはしかと頷いた。

「覚えてる。カイは知り合いっぽかったね」

ルークの言葉にカイも頷き返す。

「ああ。あの人は私の家の近くに住んでいる人でな。昔からよく挨拶していた……まぁご近所さんだ」

短く丁寧な説明。

今のでカイとフェイトの関係は何となく分かった。

だがカイが今回言いたいのはそこじゃなかった。

「そのフェイトさんが言っていた事、覚えてるか?」

カイの質問にルークは少し記憶を思い出してみる。

フェイトの言っていた事といえば件の無意識の嫌味というやつだろう。

確かそう。ルークの記憶が正しければフェイトはカイの父親と兄の話を出していた筈だ。

「確か……父親とお兄さんの話……だったかな?」

ルークが確認するように言うとカイは肯定の意味で頷く。

「そうだ。その話だ。俺の……父と兄の話だ」

改まったような言い回しでカイはゆっくりと天を仰ぎ、大杉を見上げた。

「俺の父は“警察隊”の総長をしているんだ」

その言葉にルークは少し驚く。

“警察隊”。当然聞いた事が無い筈もない。

魔女狩り【インクィズィション・トゥループス】とはまた別の組織であり、同じく国を守る部隊。

魔女狩りとの唯一にして大きな違いは属する人間が魔力を持っているかどうか・・・・・・・・・・・・

その唯一絶対の違いがあるのだ。

その為、主に魔女狩りが国外の魔女と戦い秩序を守るのに対して警察隊は国内の・・・犯罪を取り締まり秩序を保つ。

国内に【潜伏魔女】などがいた際はまず警察隊が追い、抵抗してくる場合は魔女狩りが出動する。といった形だ。

どちらも重要な役割を担い、国にとって必要な存在だと言える。

しかし国内側・・・からの印象は全くと言っていい程に違った。

強い力と魔法を駆使して危険な魔女と戦う魔女狩りは殆どの国民にとってヒーローのような存在だ。

しかし警察隊は国内で犯罪を取り締まるのが仕事。

当たり前ながら対象は【潜伏魔女】だけでなく国内に住む国民も取り締まる対象となる。

犯罪を取り締まる人間が煙たがられるのはある種自然の摂理だ。

そして国内に魔女狩りと警察隊以外の部隊が無い以上人々は双方を比べる事もしばしばある。

しかし役割上その2つの評価は分かりやすい程に偏ってしまう。

そのせいかなんなのか、魔女狩りと警察隊は実に仲が悪いのだ。

というよりは警察隊側からが圧倒的に嫌っている。

流石に国民までその不仲を認識している事は少ない。

だがそれでも血族の繋がりが強いこの国。

お互いが協力的に動くところは見た事がないだろう。

 ルークは不思議そうにカイを見た。

「カイは……その……仲が良い?家族と……」

野次馬的な興味ではない。

ただ気になるところだ。

何せ警察隊の総長……つまり警察隊で最も偉い人間の息子なのだ。

そのカイが運が良いのか悪いのか魔力を持って産まれた。

そして魔女狩りに入隊したのだ。

それはきっと必ずしも良い事……という訳にもいかないだろう。

 カイは複雑な表情で答えた。

「良くは……ないな」

その表情と声色。それだけで充分分かった。

カイはきっと家ではーー……。

しかしカイはルークに気を使わせまいと話を続ける。

「家では殆ど話しはしないな。兄とも父とも。だけど家に住まわせて貰ってる以上最悪ともいかないさ」

その言葉は強がりのようにも聞こえた。

だがルークの視界に入った表情は強がりを言っている顔には見えなかった。

「確かに良い関係とは言えないが、お互いに国民の為に戦う者同士だ。顔を見合わせて殴り合ったりはしない。分かり合えずとも理解はし合えてると思うよ」

強い想いを語る真っ直ぐな瞳にルークは素直に感心した。

偉そうにとか上からではなく実に素直な感情での思い。“尊敬の念”とも表現できるかも知れない。

自分とあまりに違う境遇である以上気持ちが分かるとは言えないし思えない。

しかしその強い心だけは確かにルークにも似た何か・・がある。

 ルークはカイの目を見て真っ直ぐ笑った。

「きっと理解し合えてる。僕もそう思うよカイ」

真っ直ぐなカイにルークも真っ直ぐに感じた思いを伝える。

そうすべきと思ったからだ。

カイもルークに返すようにニコリと笑う。

「ああ。君に聞いてもらってよかった」

ルークはカイの強い心に少し触れた気がした。


 「でさぁ?どうなったと思う?あの噂」

書類仕事の手を止めてポーンはヴェゼールに飲み物を投げ渡す事で話を始める。

しかしヴェゼールも嫌がったり怒るのではなくその合図で飲み物を口にして仕事の手を止めた。

喉を潤すとヴェゼールも答えを返す。

「“悪魔”の事か?【潜伏魔女】の方か?」

端的な会話。実に合理的に2つを聞くのがヴェゼールらしい。

ポーンはヘラヘラと頷いた。

「どっちも。エリア2辺りで出現してるって噂の“悪魔”。それと警察隊からかる~い報告のあった【潜伏魔女】の方も」

分かりやすい嫌味を込めてポーンは両手を広げる。

「ま。“悪魔”の方は噂だからまだしも【潜伏魔女】の方は情報共有ないからねぇ……調べようがないからさ」

どストレートな警察隊への嫌味だがヴェゼールにも気持ちは分かる。

そういう時はヴェゼールはそこは触れない。

「そろそろ動かないとどっちも同時期に面倒な事になるかもな」

まるで先がわかっているかのような言い回し。

ポーンはヴェゼールを真っ直ぐ見つめる。

「予知かい?」

しかしヴェゼールはフッと笑って返した。

「魔女じゃねぇんだ。予知なんかできるかよ」

冗談のように笑うヴェゼールだが案外この“ヴェゼールの勘”というのが馬鹿にできない。

昔からヴェゼールはこういうふとした時に先の事を言う事がある。

そしてそれがよく当たるのだ。

それがただの“勘”なのか、はたまた無意識の魔法なのか。それは分からない。

実際、“経験予知”といった風な事は人類に度々起こり得る。

人はボールが投げられると当たらないようその軌道に手を置いてキャッチしようとする。

そういった昔の経験から脳と身体が反応して軌道やタイミングなどが読めるというものはある種の人体構造だ。

ではその経験がもし前世のものであったら?

または多世界の別の時空のものだったら?

それがヴェゼールに働きかけているのかは誰にも分からない。

何せ彼らは何故ヴェゼールが異常に強いのかも分からないのだから。

そんな難しい事まで理解する事はできない。

ただ今分かっているのは「ヴェゼールの勘はよく当たる」という経験的な事実だけだ。

しかしそれだけでもポーンには動く理由になる。

 「じゃあ……君の意見を参考にちょっと動いてみようかな」

ポーンはすぐに部屋を出て隊に連絡をした。


 その日は良く晴れた朝だった。なんて語り草に言ってみるのも良い、そんな天気のいい朝。

少し前にあったストロベリー班、クローバー班の両班と【新月の魔女】の戦いがあった森にはルーク達ストロベリー班の姿があった。

わざわざ来たのにも理由がある。

いわゆる森の整備というやつだ。

あの戦いはヴェゼールの一撃で終止符を打ったがその一撃・・というのが中々厄介なもので。

森はその半分が消し飛び、国外側は丸裸の土地になってしまった。

自然というのは無理に整備をしないでもその地を整えるものだ。

しかしそこに人為的、或いはそれ以上のチカラが加わった今回は恐らく放っておくだけではキレイに戻るとも限らないだろう。

となれば人の手によった整備が必要だ。

そこで、ヴェゼールの次点で森にダメージを与えた男、ナイトがいるストロベリー班に白羽の矢が立ったという訳だ。

 納得いかなそうにナイトが倒れた木を風魔法で起こす。

「俺が壊した部分アイツが消し飛ばしたからねぇじゃん」

ぶつくさと文句をつけるナイト。

その高次元な責任転嫁にラパは呆れたようにため息をつく。

「まぁせやけど……よう言えるでまぁまぁ壊してたんに」

いつもなら反応のあるその声は宙へとこだませず消えていった。

別にラパが無視されたとかそういう悲しい話じゃない。

単純に今日は森が広い為二手に分かれて動いていただけだ。

比較的班内じゃ気も合うし仲のいい二人は特に急ぐでもなくトボトボと清掃活動をしていた。

ぶっちゃけ二人共やる気無さすぎて殆ど進んでいない。

しかし一応任務だ。超スローペースでもやらない訳では無い。

 二人がナイトの魔法で楽をする中、ルークは一人の女性と肩をぶつけた。

実に不思議な現象だ。

何せここは森の中。

しかも半壊の整備中で立ち入り禁止でもある。

そんな場所で女性が一人何かに急いでいるように走っていた。

実に不思議だ。

そして倒れた女性からここぼれ落ちた不思議の象徴は無情にも三人の視界に入った。

「“杖”?」

コニーの確認に頭のいい二人の思考は一瞬で回る。

魔力の高い魔女達が使う魔力を制御するのに使う特殊な“魔導具”。

予備知識としても、この間のジュスティーヌの授業でも知った。

導き出された答えがルークの言葉をこぼす。

「もしかして……魔女?」

女性は怯えたように、突然の事実確認に応えられずにルークの目を見ていた。


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