3-2「ペトロニーラの森」
目的地であるエリア13の外れにある森【ペトロニーラ】。
そこに到着して数分が経った頃、少し遅れてビショップとカイザーは馬車で訪れた。
ナイト達よりも遅く到着したのが悔しかったのか、カイザーはどこか不機嫌そうだった。
しかしナイトも嫌いな奴に気を使うような人間ではない。
当然の如く
「………遅ぇなぁ……
ナイトの煽りで機嫌をより損ねたカイザーは不機嫌な顔で顔をしかめた。
到着するやいなや一触即発の雰囲気を出す二班に元々待っていたクローバー班のメンバーはビショップの顔を見る。
それもそうだ。
何せ任務開始前から仲が悪くなっているなんて想像していない。
「えっとね……まぁ……その……」
どう説明するべきかとビショップは逡巡した。
するとルークが代わりに一歩前に出る。
「さっきちょっとウチのナイトとそちらのカイザーで一悶着あってさ。まぁお互い大変だけど頑張ろうよ」
詳しくは説明しないが追求はしないよう話す。
会話にも技術があるという事を示してみせたルークにラパはほっと胸を撫で下ろす。
ビショップもここで差を見せられた事を悔しがる男ではない。
ルークとビショップはお互いを信頼し会えると認識した。
「それで?先にいたという事は今回の任務前に情報を集めたという事でいいのか?」
話が進まない事を危惧したカイが会話に起点を作る。
すると先に来ていたクローバー班の三人が反応した。
「ああ。先に集まってできるだけ情報を集めておいた」
最初に答えたのはカイに負けず劣らない武骨な男性。
しかしガタイの良さだけは勝ってるだろうと確信できる程の巨体だ。
小柄なコニーと頭いくつ分の身長差だろうか。
ラパはいつも通り適当な事を考えながら話を聞いていた。
「すまん。自己紹介が遅れたな。俺はタンク・シトラス。クローバー班の一人だ。年齢は恐らく君達よりも上だがあまり敬語とかは気にしなくて良い。宜しく頼む」
武骨な巨体の男性、タンク・シトラスは丁寧にお辞儀をして挨拶を済ませる。
続くようにその近くでのほほんとしていたもう一人の男性が口を開いた。
「どもども。僕はね。ノービオ・アマリリスって言うよね」
こちらの男性もある種の巨体。しかし筋肉質なタンクと違い
「僕もね。年齢は君達よりも上だけどね。そこは気にしなくていいと思ってるよね」
独特な言い回しで話すノービオにナイトはダルそうルークを見る。
ナイトが何を言いたいかは何となくわかったが相手に失礼になってしまうのでルークはわかってて無視をした。
「俺はパープスト・ピスタチオだ。年齢は多分君らと同じ15歳だな。まぁ今日は初の合同任務だしちょっと緊張するけど、一緒に頑張ろうな」
前の二人とは打って変わった
キャラが薄いとすら思うパープストにラパはバレないようにため息をつく。
「おもんないなぁ……」
中々失礼な呟きをする。
近くにいて聞こえたナイトはニヤリと笑った。
ルークとカイはほんの少しだけ睨んだが。
「じゃあ次はこっちが軽く紹介するよ」
ルークは次の話に入れるように素早く紹介した。
「僕はルーク・ストロベリー。こっちの赤い髪のイカツイのはナイト・スノードロップ。こっちの真面目そうなのはカイゼリン・ブルーエルフィン。こっちの可愛いのはコンジュアラー・ブルーベリー。でこっちのうるさいのがラパペッサ・ピオニーだよ」
半分ずつ雑に紹介してルークはニコリと笑う。
「おいルーク。んだよイカツイって」
「うるさいて何?俺うるさい?」
紹介通りにイカツくうるさい反応をする二人にクローバー班の面々は頷いた。
しかし最早石ころ程度にしか見えていないのかという程に華麗にスルーしてルークはビショップを見た。
無視して良いという合図にビショップは少し気まずそうに口を開いた。
「それで?情報を教えてくれるかな?」
不満そうな二人はじっと後ろからルークを眺めていた。
「………じゃあ魔女らしき感覚は感じなかったんだな?」
ナイトの少し威圧的な声色の質問にパープストは至って普通に答える。
「ああ。俺は“感知魔法”が得意なんだけど、魔女程の強い魔力は感知しなかった。森にいるのは複数体の使い魔くらいだ」
パープストの説明にラパとコニーはそっと胸を撫で下ろした。
しかしナイトはつまらなさそうに小さくため息をつく。
それとほぼ同タイミングでカイザーも舌打ちをした。
「チッ……じゃあこんなにいらないだろ人数」
誰に当てた訳でもない愚痴。
しかしナイトは反応する。
「じゃあ帰れ。テメェなんざいてもいなくても変わんねえよ」
「……なんだと?」
仲良くする気など無いのだろうという険悪さ。
ルークは最早スルーしていく事にした。
「それじゃあお互いの班に分かれて森に入ろう。僕達は入ってから東の方へ向かう」
ルークの的確な話運びにビショップも続ける。
「分かった。なら僕らは西側に向かっていこう」
二人のリーダーで素早く話を決めていく。
だが文句が出る事はない。
両班とも一癖も二癖もある人間が集まっているが、不思議とリーダーの言う事は聞くのだ。
ルークはナイトの横に並んでニコリと笑った。
「君は強い。けど使い魔だからって油断は禁物だ。しまっていこう…!」
敢えて多くは語らない。
しかしナイトには「集中しろ。」と言われた気がした。
「あいよルーク。お……ルークが言うならな」
“お前”と言おうとして言い直したナイトにルークはジト目で視線を送る。
しかしすぐにニッコリと顔を笑顔にしてルークは森に視線を戻した。
「それじゃあ行こうか…!」
ストロベリー班で初めての戦闘任務。
少し緊張するが楽しみでもある。
ルークはほんの少しのドキドキに小さなワクワクを添えて一歩踏み出した。
これから始まるルークとナイト達の戦いに思いを馳せて。
ーーー……とうまくいくばかりでもない。
それは森に足を踏み入れてすぐに分かる事になった。
「…!待てルーク!」
「え……?」
全員の身体は跡形もなく消えてしまった。
「……ル……ルー………ルー!」
男子に似合わない可愛い声はどこか震えたように叫んでルークの目を覚ます。
「こ……ここは?」
「ルー!」
涙目のコニーが視界に覆い被さる。
ルークはゆっくりとその身を起こした。
そしてすぐに状況確認よりも先に自分の身体を見る。
(………取り敢えず服には破れたりはない……。)
ルークにとっては死活問題な事だ。
気を失っていたとなれば心配した仲間が鼓動を確認しようと服を脱がすかも知れない。
それ自体は本来男同士なら基本的に気にする事ではない。
命が関わっている場合なら尚更だ。
しかしルークはそうはいかない。
すぐにバレてしまうのだ。
少なくとも今回はルークは下手に刺激されずにそっとされたようだった。
「………ここは……【ペトロニーラの森】?」
自身の
すると真横にいたコニーではなく少し離れた所にいたビショップが答えた。
「恐らくそうだね。森の入口に“転送魔法”が仕掛けられていたんだろう。」
辺りにはビショップとコニーしかおらず、他の仲間達はそれぞれ別々に飛ばされた事が状況から推察できる。
ルークはゆっくりと立ち上がった。
「転送魔法を仕掛けていたって事は……魔女がいるんだね?」
鋭く敢えてストレートな聞き方をしたルークにビショップは滲んだ汗で頷く。
「ああ……。ただの使い魔にそんな細かい事は出来ない………恐らくここに入るのを待ち構えられていたんだろう………」
用意周到さからして“二つ名持ち”の可能性すらある。
一人とも限らない。
ルークとビショップは互いに同じ事を考えて頷いた。
するとふとコニーが口を開く。
「……他のみんなは平気かな……」
その言葉にルークもビショップも少しだけ表情が曇った。
実力的には試験も通っているし心配はない……と思われる。
少なくとも飛ばされてすぐにやられるような事はないだろう。
しかし誰がどこに飛びされたか分からないのだ。
もし直で敵の元へ飛ばされた人がいるとしたら………。
「考えたくないな……」
ビショップの呟きにコニーは少し青ざめた表情をする。
それを見たルークはニコリと笑ってコニーと向き合った。
「大丈夫だよ。ナイトもラパもカイも強い!どうせ今頃口喧嘩でもしてるよ」
コニーを安心させるルークにビショップも続く。
「僕の班も大丈夫だ。カイザーやタンクは隊部隊に負けない強さだからね」
二人は優しくコニーに笑い掛ける。
正しくリーダーに向いている。そんな気がする心の強さ。
コニーは力強く立ち上がった。
「うん!じゃあ早くみんなと合流しないとね!」
元気づけられたコニーはルークに笑い返す。
「うん!さっさとみんなで合流してこんなとこ出て行こう!」
ルーク達は頷き合い、森を進む為一歩踏み出したのだった。
ぶつぶつとこの状況を嫌がる。
だってそうだろう。
殆ど戦闘経験も無いのにいきなり魔女がいるかも知れない森でバラバラにされたんだ。
これでこの状況を楽しめるのはどこか頭のネジが飛んでる奴だけだ。
「はぁ………短い人生やった……」
ラパはぶつぶつと不満を漏らし続けていた。
歩きながら不満を聞かされ続ければ当然周りは良い空気ではいられない。
特にカイのような人間は無理だろう。
「ラパ!いい加減にしろ!ぶつぶつと不平不満ばかりで私達の士気も下がるだろう!」
流石に怒りも限界のカイ。
ある種二人はいつも通りだが見慣れていない三人は少しおどおどと見守った。
「ま…まあまあ。僕もね。気持ちは分かるよね」
気を使うようにノービオが口を挟む。
タンクとパープストもどうしたものかと状況に目を向けていた。
一緒に飛ばされたのはこの5人。
ラパ、カイ、タンク、ノービオにパープスト。
実はこのメンバーというのもラパの不満の一つだった。
「ナイティかルーくんかあとあのビショップって人と一緒がよかったわぁ……あとはあの自信満々のカイザーって奴」
この何が起こるか分からない状況だ。
実力の判然としないメンツよりは確実に強いであろう者達と一緒の方が安心が違う。
しかしそれはラパにだけ言える事ではないのだ。
ラパ以外の者も強者と一緒の方が安心できる。
特にぶつぶつと文句を言い続ける奴よりはずっとだ。
「あれこれ言っても何も始まらん。取り敢えず進んで別の場所に飛ばされたであろう奴らと合流しよう」
ラパの不平不満を切るようにタンクは先頭を歩く。
その後ろにノービオやパープストも続き、最後尾が嫌なラパはカイよりも少し前を歩いた。
何が起こるか分からない危険な森。
ラパとカイはタンクを先頭に進んでいった。
運の良い方であるとは思った事はない。
そもそもスラム街のエリア13生まれだし幸運体質ではない事は確かだ。
しかしいきなり引き当てるのもどうかとは思う。
「よく来たな小僧共。私は【新月の魔女】。貴様らの命……貰い受けるぞ!」
【新月の魔女】が口上と共に威圧する中ナイトはポリポリと頭を掻く。
横のカイザーも怪訝な表情で敵を見据えた。
「よく来たな。じゃねぇよ。テメェが呼んだんだろ」
「チッ……コイツとわざわざ同じ場所に呼びやがってクソ魔女が…」
二人は目前の魔女を恐れるでもなく睨みつける。
「「ぶっ潰す」」
ナイトとカイザーの辞書に“恐れ”の二文字はない。
なればこそ戦うのみなのだ。
二人は敵に向かって駆け出した。
およそ一ヶ月前。
魔女狩り、第5部隊所属 エレミータ・グラジオラスの記録。
国境を出て暫くすると使い魔の軍勢を見かけた。
すぐに臨戦態勢を取るが別段攻め込んでくる訳でもない。
何かを待っているようにも見えるが、そういう訳ではないようにも見える。
少なくともレッドスケア国より少し離れた地点で使い魔が固まって待機しているのが観測できた。
この状況の異常性は使い魔が何者かの言う事を
使い魔は基本的に魔女の言う事を聞く。
遥か昔【原初の魔女】と呼ばれる魔女が悪魔の女王と契約して以後幾年も使い魔は魔女の手下となった。
しかし使い魔と言っても魔の者だ。
幾年前の盟約を完璧に聞き続ける訳ではない。
ここ数年の使い魔はそれはもう勝手気ままにレッドスケア国に攻め入ってくる。
しかし真に賢しい者に従ってこそ使い魔の力は発揮されるものだ。
ここ数年の使い魔の脅威は殆ど無くなったと言えるだろう。
しかし今私が目の前で見ている光景はその勝手気ままな使い魔達が数十体と固まって待機しているのだ。
この事から想定される最悪の状況は
ここから見えるだけでもその中心に位置取る魔女の特徴は右眼に眼帯を着けているという事くらいだ。
この情報だけではまだあの魔女が何者なのか判別出来ない。
以後、暫くはこの場所で待機して観察していこうと思う。
少々危険な任務だが致し方無し。
彼奴の全容が分かれば対応策も見つかる。
レッドスケア国に平和と幸あれ。
そしてこの記録はこのページを最後に途絶えた。
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