三章「狼茄子」

3-1「クローバー班」

 ある日、何もなかった大陸に国が建った。

一人、また一人とその国に居を移しいつしかその国が“故郷”となる者も産まれ始めたという。

人々は王を慕い王は人々を愛した。

王妃リリスも充実した毎日を尊い国民と愛すべき夫アーサーと過ごし充実した生活をしていた。

そしてある日、その国に初めて“魔力”を持った女児が産まれた。

女児はその名を“マーリン”と名付けられた。


 思いもしなかった。

初めての魔女との戦いがこんなにも危険なものだとは。

思いもしなかった。

こんなにも悲しいのに、こんなにも辛いのに美しい・・・と感じる“死”があるとは。

私はただ振り続ける雨を見ていた。


 母の真実を知って翌日。

ルークはいつもと変わらず笑っていた。

初めは朝はどういう状態で来るのだろうと思っていたナイトだったがルークの顔を見て安心した。

相も変わらぬ態度でルークは同班の者達と笑い合う。

昨日別れ際に「家庭事情」と言ったからかラパ達も昨日の事には触れない。

ならここで考え過ぎているのも無粋な事なんだろうとナイトは頭を切り替えた。

 「じゃあみんなこれから………」

「すまない。今平気かな」

ルークが主体となって別のエリアの清掃任務に向かおうとすると爽やかな声に呼び止められた。

「あ?」

平常運転で威圧感のあるナイトがいち早く反応する。

しかし声の元にいた少年は不快な思いなど微塵も見せずに笑顔で立っていた。

「僕はビショップ・クリムゾン・クローバー。初めまして」

爽やかな笑顔を向けるビショップは礼儀正しく右手を差し出す。

善意の権化のようなルークも優しい態度で応じた。

「初めまして。僕はルーク・ストロベリー。今日は一体どうしたのかな?」

爽やかイケメン同士の挨拶にラパは消されそうな程の光を感じて胸を押さえる。

「ぐぬぅ……なんやこの空間……」

「何してんだお前……」

恐らく何らかの理由で来たのであろうビショップなど興味ないかのような態度のナイトとラパ。

コニーはコニーでその近くで掃除はまだかなと箒を握っている。

あまりにマイペースな三人にカイは呆れながらルークとビショップの会話に意識を向けた。

 「今日はポーン副長の指示で君達と合同の任務なんだ。それを伝えにね」

聞いていない情報に戸惑いながらもルークはニコリと笑う。

「そうだったんだね。わざわざありがとう。それで?僕らはどうすればいいのかな?」

「俺らの後ろに着いてきて適当に隠れてりゃあいいんだよ」

ビショップに向けられた質問は思わぬ方向から返信された。

「……よすんだカイザー」

偉そうな態度で不敵に笑みを浮かべながら歩いてきた少年、カイザーは高圧的にナイトの前に立つ。

「よぉ。お前がナイト・スノードロップだろ?ふーん………まぁまぁやりそうじゃねぇか」

じろじろと物色するように眺めるカイザー。

ナイトがこの状況を喜んで受け入れる訳もない。

「誰だテメェは。失せろ」

普通の人間なら臆する威圧感。

しかし傲岸不遜なカイザーは屈すること無く偉そうに笑う。

「はっ!俺か?俺はカイザー・ドラゴンフルーツ……」

「そうかよどうでもいいな。それ以上話せば殺す。このままここにいても殺す」

それでもナイトには関係ない。

どれだけ高飛車だろうがムカつけば殴る。

ある種暴力が常態化しているナイトに常識などそもそも通用しないのだ。

 既に一触即発の事態となった状況に横にいたラパは冷や汗を滝の如く流す。

(あ……あかーん…!)

真横に立っていた事をここまで後悔する事になるとは。

ラパは天を仰いだ。

「……ナイト」

しかしその一触即発の事態はすぐに収められた。

「んだよルーク」

イライラのピークと達しそうなナイトは怒りを込めた表情のままルークに視線を傾ける。

「言った発言を取り消せとは言わない。だけど止めるんだ」

視線を向けた先にいたルークはいつもとは打って変わった冷たく鋭い目つきでこちらを見ていた。

怒っているとは違う気がする。

呆れているのでもないのだろう。

その場の誰もが見た事のないルークの表情に答えが出せなかった。

しかしナイトだけは分かった。

嫌悪しているのだ。

“殺す”という言葉を。

そして厭っているのだ。

その言葉を使うナイトを。

そしてその態度はナイトには唯一の弱点だった。

 失望までいかずとも自分に向けられた負の感情。

その感情を今まで幾度となくあらゆる人間に向けられてきた。

しかしそんな事にいちいち反応した事などない。

相手が自分にどう思っていようかなどどうでもよかったからだ。

でもルークは違う。

ルークにはその感情だけは向けられたくない。

 ナイトは舌打ちをして踵を返した。

「……うぜぇ奴と話して喉乾いた」

不遜な態度で歩みを進める。

ぶっちゃけまだ丁寧とは到底言えない。

それでもナイトは無理くり怒りを鞘に納めた。

それが精一杯のナイトの収め方。

そしてその努力をルークは優しく見つめた。

「うん。じゃあ僕は話してるから行ってくるといいよ」

言葉には優しさが込められ、ナイトはそれを聞いてから歩いていった。

「じゃあ!俺も喉乾いたしナイティ店知らんかもしれへんから一緒に行ってくるわ!ほな!」

さっさとこの悪すぎる空気を逃げ出したかったラパはここぞとばかりに駆け出す。

あまりに分かりやすく逃げ出したラパにカイは大きくため息を吐いた。

「………それで?合同任務を言いに来たにしては友好的とは見えないが?」

強気な態度でカイはルークの横に立つ。

ルークもカイに合わせるようにしてビショップを見た。

「ポーン副長の指示だって言うし、取り敢えず話を聞かせてもらえるかな」

最早ここから仲良くはなりづらいだろうという空気にビショップはポリポリと頬を掻く。

「すまない。カイザーには言っておく………それじゃあ話をしようか」

ビショップはゆっくりと話を始めた。


 「随分動くのが早いな」

心地良いクラシックの流れる部屋でヴェゼールはチェスの駒を動かす。

その近くで座るポーンはヘラヘラと答えた。

「何の事?」

今日はヴェゼールはチェスをしているが一人で行うチェスプロブレムのようなものでポーンはそれを近くで見ているだけだった。

 わざとらしく首を傾げるポーンにヴェゼールは睨むように視線を向ける。

「とぼけんな。ストロベリー班とクローバー班の任務はお前の指示だろ」

一切心理戦などしないストレートな物言い。

これぞヴェゼールだという会話にポーンはケタケタと絡繰り人形のように笑った。

「あはは。流石耳が早いねぇ」

隠していた訳ではないのだから悪びれる風もない。

ポーンはヴェゼールの動かそうしていたのとは違う駒を動かす。

「クローバー班は優秀だ。でも班長のビショップ以外がどうにも不遜な振る舞いが多いからねぇ………丁度良いんだよ。ストレスを与えられると誰でもボロが出るものだろう?」

「だから組ませてスノードロップとストロベリーのボロを出そうってのか。そううまくいくか?」

怪訝な表情のヴェゼールにポーンは嘘くさく笑った。

「さあ?それは任務が終わってのお楽しみだよ」

まるで盤上の駒でもイジるように、ポーンは不敵な表情で笑った。


 「つまり任務内容は『国境付近の森で使い魔の討伐。また、魔女がいた場合“二つ名持ち”で無ければ討伐対象とする。』って事だね」

ビショップが話した内容をルークが分かりやすく纏める。

自分で理解する為という理由もあるがもう一つは班員もより理解しやすいようにする為だ。

それというのも途中で戻って来たラパとナイトはビショップの話にずっとハテナを浮かべているように見えた。

 二人は地頭や発想力的には“かしこい”部類に入るだろう。

しかしいかんせん学力のある方ではない。

そしてそれに畳み掛けるようにビショップの話し方・・・も要因していた。

話してみたビショップは非常に出来た男だと感じた。

口調も優しいしこちらへの配慮がある。

ただ如何せん頭が良すぎる。

話し方を工夫しようという意志は感じるが、説明の純度・・が高過ぎる為ある程度の知識量が無いと途中で理解できなくなってしまう。

コニーとカイ、そしてルークの三人はきっちり勉強も怠っていなかったのがここに活きてきたと言えるだろう。

 あからさまな分かり易い説明に少しだけ複雑なナイトとラパ。

二人は何も知らないかのように黙っている事にした。

 「えええ!?魔女と戦うかも知れないの!?僕らまだ“班部隊”だよぉ!?」

正直且つ実に良い反応でコニーは驚く。

ここでもかと言わんばかりに得意気な顔でカイザーは答えた。

「はっ!聞いてなかったのかよ?戦うのが許されているのは“二つ名持ち”の魔女以外だ」

「“二つ名持ち”?」

カイザーの発言にコニーは不思議そうに首を傾げる。

無知な相手にカイザーは活き活きと返した。

「【魔女狩り】に“隊部隊”と“班部隊”があるように向こうにもランク付けってのがあんだよ。それが“二つ名持ち”と他だ」

得意気ながら言いたい事だけを伝えるカイザーに補足するようにしてルークは続ける。

「“隊部隊”と“班部隊”はその名の通り編成が“隊”になっているか“班”になっているかの違いだね。入ったばかりの隊員は必ず同期と一緒に班を組むんだ」

「そしてその中で優秀な者は5人の隊長がそれぞれ受け持つ“隊部隊”に配属される。例えば第一部隊の隊長は総長も兼任するヴェゼール・ダンデライオンさん。第二部隊の隊長は副長も兼任するポーン・オーキッドさんってところだな」

ルークの話に更にカイが補足した。

完全な説明不足の様にナイトとラパはニヤニヤとカイザーを笑う。

しかしそれでもまだ肝心な情報の説明は不充分。

ビショップはコニーと面と向かって答えた。

「そして“二つ名持ち”というのはそのまんま“二つ名”を持っている魔女って事さ。そういった“二つ名持ち”はその名に相応しい圧倒的な強さがあるというね」

「えええ……じゃあ危ないんじゃ……。」

説明にすら慄くコニーにビショップは明るく返答する。

「大丈夫さ。今回の合同任務では“二つ名”を持つ魔女が現れる可能性は殆ど無い。そもそも魔女そのものすらいるか分からないからね。安心していいと思う」

ビショップの爽やかな声色はコニーを安心させる。

そしてルークはこの会話を見て何となくビショップを信頼できるような気がした。

「それで?今から移動?」

ルークはビショップに聞く。

ビショップは爽やかに答えた。

「ああ。既に僕らの班員が数名森に着いている。彼らと合流してから任務開始だ」

説明が完全に終わったのを確認してナイトは歩き出す。

「じゃあ行きゃあいんだろ?さっさと行こうぜ」

しかしそれを見てカイザーは馬鹿にしたように煽り笑った。

「はっ!ここからエリア13 の方まで歩いて行くとか馬鹿なのか?馬車を使うに決まってるだろう!」

どう考えても敵対的な態度のカイザー。

いつもならこの時点で謝れないほどボコボコに殴っているが今日は先程ルークに怒られたばかりだ。

ムカついても一応我慢するしか無い。

それにナイトにはこのムカつく男を黙らせる方法があった。

「誰が歩くって言ったんだよザコ。飛んでいく・・・・・に決まってんだろ」

ナイトはそう言うとサッと右の掌だけをを上に向けた。

飛行魔法トビヒコウ

ナイトが唱えるとストロベリー班の4人がナイトと共に風で浮かび上がる。

「え?ナイティ飛行魔法とかまで使えるん?それはあかんやろ!色々バランス的に!」

ラパの驚きと同じタイミングで目の前のビショップとカイザーも目を丸くした。

宙に浮かび上がったナイトはカイザーよりも少し上の目線から蔑むように見つめる。

「もしかしてお前らここからエリア13の方まで馬車で行くつもりか?馬鹿だな。」

やられたらやり返す。

ナイトは得意気な目でカイザーを見下ろしてから4人を連れて飛んでいった。

 「……このクソがぁ…!」

ギリギリと歯軋りをするカイザーの唇から血が垂れる。

怒りと恥辱が入り混じった、そんな表情。

横にいたビショップもまだ驚きを隠せずにいた。

「とんでもないな……」

 本来魔法というのは人によって合う合わないや得意不得意というものがある。

だが聞いたところだけでも彼は風魔法も闇魔法も使えるという。

それに加えて非常に希少な飛行魔法まで使ってみせた。

それも4人同時に乗せて・・・・・・・・だ。

誰にも習わず独学で学ぶしかないエリア13育ちとは思えない程の練度・・と言えるだろう。

「………一体彼は何者なんだ……」

ビショップは驚きを保ったまま馬車を待った。

 一方空を飛ぶストロベリー班は空中でラパを中心にお祭りムードだった。

「いやぁ…あのカイザーの顔!めっっっちゃ悔しそうやったやん!ホンマに最高やな!」

悪そうに笑うラパに同調するようにナイトも哄笑する。

「ハッハッハッ!ざまぁないなあの野郎!喧嘩売る相手を間違えてんだよ!」

二人がかりで粗暴な言葉遣いで嘲笑う。

ルークやカイとしてはあまり聞いてて気持ちのいい内容ではないが事実カイザーの態度は非常に悪かった。

その為二人がここで怒りをぶち撒けるのも気持ちが分かるのだ。

何よりあの【悪童】ナイトがその場でブチ切れずに耐え忍んだ。

基準は低いかも知れないがそれだけでもナイトには大きな一歩だったと思われる。

ルークとカイは静かに二人の悪愚痴・・・を聞いた。

 ふと、コニーが不思議そうに宙で唸った。

「何がそんなに面白いの?カイザーくん変だった?」

突然の痛恨の一撃。

これが天然で無かったら最早魔王より悪だ。

なんと伝えるべきなのか。

どう伝えてもいい人間には映らないだろう。

ルークは宙で肩を落とす。

「………僕は心が狭いな……」

ルークと同じくカイも天を仰いでその落ち込みを表現した。

「人の貶めを聞いて何も思わないとは……私はなんて愚かなんだ…!」

「い、いやいや!ふ、普通やからね!俺らの方が!」

心が綺麗過ぎるコニーと自分との違いに真面目な二人はダメージを受けた。

ラパはこのままでは自分達が悪者になってしまう状況に汗を流して否定する。

「ね、ね!せやろ!?ナイティ!」

同じ立場にいるナイトに意見求めてラパはこの場を逃れる事にした。

思っていた反応とは違ったが。

「いや、コニーコイツが頭オカシイんだろ最早」

「ええ!?」

自分達を落とさないようにするのではなく相手に問題があるという発言。

確かに気持ちは分かるがあまりにもストレート。

ラパは落ち込むコニーを見つつ別で落ち込むルークとカイを見た。

そして若干不機嫌なナイトを見る。

「丁度良い感じの空気取り持つ奴おらんのかい!」

ラパは一人、足の着かない空中で嘆くのだった。

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