2-4「空みたいな君と太陽みたいなお前」
少し先に行くと街の往来の目立つ場所でナイトは座り込んでいた。
横にはコニーが両手を結ぶようにして立っている。
「ちょっと………一体突然何があったのさ……」
「もう……ムリや……もう走れん……速すぎやてナイティ………」
どうにか追いついたルーク達がナイトの横に並んだ。
ナイトは右手で静かにするよう言葉を制する。
見たところ既にコニーは魔法に入っているようだ。
「
ナイトは一つ一つ確認していく。
「まず……時間は10年前だ。そして場所はここ。会話をしていたのは老婆。それとーー……」
ナイトの言葉でルークは内容に気づいた。
何故か、や意図などは分からなかったがそれでも今何について聞いているかは充分に分かる。
ナイトの代わりにルークが続けた。
「もう一人は……リリィ・ストロベリー」
突然何かを理解して会話に入るルークにラパとカイは首を傾げる。
しかしそんな事は気に留めない。
ナイトとルークは魔法に集中するコニーの言葉を待った。
「…………『……なぜなの!?』」
コニーからコニー
そしてこの声の主を
「お母さん……」
コニーは無意識に続ける。
「……『なぜ貴女はそんな事ができるの!?あなの孫でもあるのよ!?』」
会話はルーシィの母、リリィが誰かに怒っているように聞こえた。
そしてその
ルーシィもその声を聞いた瞬間すぐに気づく。
「……『何故?それが国民の義務だからよ』」
女性のしゃがれた声に嫌味な言い回し。
声の主はルーシィのよく知る人物だった。
「お婆ちゃん……?」
「……『あんたら親子がヘラヘラしてると腹が立つのよ。私ばっかり割りを食って苦労する。それに知ってる?お金貰えるのよ?あんたらの………の……秘密をおし……え……ると…』」
突然回線が悪くなったようにコニーの声がブレ始める。
「コニー?どうした?」
「『……………』駄目だ……10年前の……しかもこんな道の往来だとこれ以上この会話だけを拾うのは出来ないよ……」
魔法が途切れてコニーは少し疲れたようにそう話した。
「いや、充分だ。ここからはこっちでどうにか………」
ナイトが不充分を気にするコニーに気を掛けていると
「ごめん!用事を思い出したんだ!また明日!」
有無を言わさず駆けていくルーク。
ナイトは立ち上がりすぐに後を追う。
「ルークの……
気持ちだけでなく物理的にもさっさと置いていかれてしまったラパ達三人。
しかし家庭事情の話と聞くと詳しく聞きづらい。
ラパは優雅に歩く駝鳥の如くゆらっと一歩歩き出した。
「ほなら今日は解散やなぁ。また明日ぁ」
先の二人に引き続き自由に解散するラパ。
しかしここで粘っても時間は無駄だ。
カイも気持ちを切り替えた。
「よし。なら私もここで帰らせてもらう。それじゃあまた明日だ!ラパ!コニー!」
スタスタと小気味良いリズムでカイはその場を後にする。
二人を見送るようにしてからコニーも背を向けた。
「じゃあ僕も帰ろ……」
ゆっくりとマイペースに、コニーも今日の終わりを感じていった。
“老婆殺人事件”については聞いていた。
噂は流れてきたしなんでお母さんが捕まったか知りたかったからだ。
けどその老婆の正体までは聞いた事が無かった。
というより考えがいかなかった。
そして何より聞くのが怖かった。
母の事を真っ直ぐ受け止められないと思ったのだ。
だが今なら平気な気がする。
10年という年月が勇気をくれるのだ。
それにナイトが一緒にいる。
一人で聞くよりはずっと気持ちが落ち着く筈だ。
ルーシィは大きく深呼吸をしてドアノブに手を掛ける。
ナイトはルーシィが自分で動くのをただじっと隣で待っていた。
事情を知っている以上近くにはいよう。
ただ余計な手出しはしない。
これはルーシィの問題だからだ。
ルーシィは心決めてドアを開け放った。
「ただいま」
返事は帰って来ない。
何故ならここはルーシィの一人で暮らす家。
母や祖父との思い出の実家だ。
毎日使っている為生活感が漂う。
しかし今日の目的はただの帰宅ではない。
探しに来たのはこの家の暖炉近くの戸棚。
その引き出しに仕舞われた一枚の小さな手紙。
「……そいつは?」
ナイトがほんの少し気を使って恐る恐るルーシィに聞く。
ルーシィは真っ直ぐ答えた。
「これは……お祖父ちゃんの遺書」
「!」
優しく淡々とルーシィは話を続ける。
「亡くなる日、これを渡されたの。「お前が必要だと感じて思い出した時に読みなさい」って」
まるでそれは今だと言わんばかりに確信を話すルーシィ。
ナイトはルーシィが自らの手で手紙を開くのを待った。
「………じゃあ……読むね」
少し緊張で手の震えたルーシィはゆっくりと祖父の遺書を読み始めた。
『拝啓、我が愛孫ルーシィへ。これをお前が読む時に私が隣にいられないのが残念でならない。
だけど辛い事を生きる気力に乗せて歩いている君ならきっと私の事もすぐに君の糧にできると思う。
さて、今回わざわざ筆を取ってみたのには理由がある。
まずは今、私は病魔に侵されている。
医者によるともう治る事の無いフェーズまで来ているという。
心残りがあるとすれば君を今度こそ一人にしてしまう事だ。
しかし君は人に愛される才能を持っている。きっと君だけが一人にはなる事はないだろう。
さて、死ぬ前に私は君に伝えなければならない事がある。
それは私の娘、そして君の母親であるリリィについてだ。
リリィはあの日、買い物に出てエリア10に向かった事を覚えているだろうか。
君はリリィの死が強く印象に残り忘れてしまっているかも知れないが、私はリリィが家を出た後思い出した事を伝える為に彼女追って家を出ていたんだ。
結果としてそれが君を一人で待たせる事になってしまった事を反省している』
「お祖父ちゃん…!」
ルーシィは読み進める
『話を戻すが、この話で重要なのは私の思い出した事も少しある。
それは私の妻であり君の祖母にあたる人、ミネルヴァ・ストロベリーがエリア10で暮らしているという事だった』
「お婆ちゃんが……!?」
ルーシィは一度ナイトと目を見合わせ、続きを読み進めた。
『君に魔力がある事が判明して家を出たミネルヴァだったが、実はエリア10でひっそりと暮らしていたのだ。
エリア10も田舎の方だが小さな街という程ではない。
普段ならお互い出会う事は無かったがその日はなんの因果か二人は顔を見合わせてしまった。そして悪い事というのは重なってしまうのか、丁度その頃ミネルヴァの貯金は底を突こうとしていたらしい。
元々リリィと私で生計を立てていた為ミネルヴァでは暮らすだけのお金は用意出来なかった。
そんな折、国に抱えた秘密を持った者が現れたのだ。
ミネルヴァはすぐに言った。
「お前の娘のルーシィが魔女だという秘密を国に売る」と。
今もそうだが魔女の情報は高くつく。
ミネルヴァにとっては腹を痛めて産んでいない孫などどうでも良かったのかも知れない。
その後二人は口論した。
そしてその末、あの事件が起きてしまったのだ』
「………」
ルーシィは黙って読み続けた。
『全ては運悪く重なり合ってしまった出来事。
しかしどうかミネルヴァを悪く思わないで欲しい。
彼女も昔は平和を願う心優しい女性だったんだ。
ただ長い時間とリリィの秘密を抱え続けた事で何処かで壊れてしまった。
本当に悪いのは夫でありながらその異変に気づく事の出来なかった私だ。
すまない。
そしてどうかリリィに失望しないで欲しい。
君も知っての通り彼女は虫も殺す事が出来ない程の優しい女性だった。
そんな彼女が実の母に手を上げたんだ。並大抵の覚悟じゃなかっただろう。
こんな大事な事を直接伝える勇気が私には無かった。
だが私の事は許さなくていい。ただどうか、リリィとミネルヴァの事は、許してやってくれないだろうか。
私が最後に伝えなければならない事はそれだけだ。
ルーシィ、君を心から愛している。君の祖父、ジュピター・ストロベリーより』
読み終えたルーシィはただ静かに手紙を閉じた。
長らく語られた母の事件の真実。
長過ぎる時間で心を擦り減らしてしまった祖母と娘の為に実母を手に掛ける事を選んだ母。
その二人の悲しき結末は当然な事ながらルーシィにも無関係な事ではない。
しかしルーシィは何も語らずに目を瞑っていた。
寧ろ横で全ての話を聞いていたナイトは祖母のミネルヴァは許す事などできないと考えていた。
愛し続けてくれた最愛の母が死んだのは自分を捨てたも同然の祖母。
しかもその後育ててくれた愛すべき祖父は責任を感じたままこの世を去った。
ナイトがもし同じ立場なら例え祖父の頼みでも決して許す事など出来ないだろう。
しかし何となく、ナイトにはルーシィの答えが分かっていた。
「……お祖父ちゃんは優しいなぁ……」
そう話すルーシィはどこかスッキリとした笑顔でナイトに笑いかける。
「お母さんは私の為に全てを賭けてくれたんだね」
ルーシィは爽やかな顔で続けた。
「お婆ちゃんがどんな人とかよりも……私の大好きなお祖父ちゃんが「許して」って言うなら私はお婆ちゃんを恨んだりしないよ」
異常な程のお人好しだ。
最早オカシイのかと疑う程に。
しかしこれがルーシィなのだろうなと、ナイトは笑った。
「お前がそれでいいなら……俺はいちいち何も言わねえよ」
ルーシィは無邪気な子供のように笑った。
「うん。ありがとう」
するとふとルーシィの表情が悪戯好きの子供のように変わる。
「てか、また“お前”って言ったでしょ」
ニタリと笑うルーシィからため息をついて視線を逸らした。
「…………言ってない」
ナイトはしらを切るようにドアに向かった。
「いや!早いって!まだイジってる途中!」
ルーシィが呼び止めようとするとナイトはほんの少しだけ笑いドアを出た。
その後ろ姿にルーシィは優しく想いを馳せる。
ナイトはあまりに優しいなと。
自分の知らない内に“真実”を探してくれた。
お陰で自分でも気づかない肩の荷が下りたように思える。
そしてそれを何も言わずに見届けてくれた。
その結末にも何も言わなかった。
あまりに広い、彼の心。
そんなナイトは“空”のようではないだろうか。
雲が架かると地上を暗く閉ざしてしまう。
雨が降れば生き物は無抵抗に溺れてしまう。
しかし雲が架かれば涼けさが生まれ、雨が降れば恵みが与えられる。
何より雲一つない本当の姿はどこまでも広く輝いているのだ。
まるでナイトそのものではないか。
そんな彼が私に笑い掛ける。
それを見て私も笑うのだ。
今はこれが心地良い。
だからこの先の感情はまだ仕舞っておこうか。
いずれ自分の意志で、この想いが顔を出すその日まで。
「どうした?」
ナイトは不思議そうに遅れて出てきたルーシィに聞いた。
ルーシィは明るく笑う。
「ナイトは“空”みたいだなって思ってたんだ…!」
想像していない身の丈に合わないと感じる程の壮大な評価。
ナイトは笑って返した。
「ならルーシィは“太陽”だな。その明るさがみんなを照らすんだ」
ナイトの言葉にルーシィはまた笑顔で答えた。
今度は言葉をつけずに満面の笑みで。
晴れた空に二羽の鳥。
彼らはきっと、広い世界に羽ばたいていく。
「ビショップ。次の任務は?」
偉そうな話し方をする少年が爽やかな印象の少年に聞いた。
爽やかな少年は書類を見ながら答える。
「次はエリア13側の国境の森にいる使い魔の討伐………ストロベリー班と合同でだ」
爽やかな少年、ビショップ・クリムゾン・クローバーは嬉しそうに笑った。
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