2-3「ナイトの独断」

 「いやぁ………平和やなぁ……」

ラパは空を眺めた。

こんなにも果てしなく広がるこの青空の下。

どんな事もどうでもよくなってしまう。

そう例えばーーー………。

「おいラパ!サボっていないで君も掃除をするんだ!」

任務と称した掃除の奉仕活動なんかは特にだ。


 ストロベリー班結成から数日、彼らは最初の任務をするべくレッドスケア国最西端に位置するエリア10に来ていた。

初めての任務だと息巻いて来てみたが事実は小説より奇なり。

ルーク達ストロベリー班は何故か掃除用具を持たされていた。

「なんかこう………思うやん?国の外でバッチバチに魔女の使い魔や攻めてきた魔女本人と戦うとか。なんで俺ら今掃除してんねん……」

ラパは箒に体重を預けてグダグダとぼやいている。

しかしその少し近くでカイはキビキビと箒を動かして掃除を張り切っていた。

「ラパ!君も掃除をするんだ!これも立派な任務だぞ!」

最早箒と一体化したかの如く。手足のように扱うカイ。

「逆になんでそんなにやる気あんねん……」

理解の及ばない奉仕活動への異常な熱意。

ラパは心の中で敬礼した。

「ほらラパ。掃除しようよ」

ふといつの間にか近くに来ていたルークに声をかけられた。

その少し後ろからは箒とちりとりを持ってコニーが駆けて来る。

「魔女狩りは“民を裁く”警察隊と違って“民に寄り添う”がモットーなんだから。こういう任務も大事なんだよ」

「便利屋やん……そんなん俺聞いてないしぃ……」

「うぎゃあ!」

不穏な声と共に物が倒れる音がした。

「コ、コニィイイイイ!何をしているんだあ!」

駆けて来た勢いのままコケたコニーがカイの纏めたゴミに突っ込んだようだ。

それなら当然ゴミは舞い纏まりなど消え失せる。

「わ、私のゴミの結晶がああああ!」

カイは頭を両手で抱えて声を大にした。

「ご、ごめんなさいごめんなさい!」

コニーも誠意を持って頭を下げ繰り返す。

「“ゴミの結晶”ってあんま綺麗やないなぁ……」

ただでさえやる気のない掃除にひと手間増えてラパは大きくため息をついた。

その横でルークを明るく呆れた表情で笑う。

「あはは。あれは大変だ。さぁラパ。僕らも手伝おう…!」

爽やかという言葉の具現化した少年ルーク。

会って数日だが砂になってしまいそうになる程に眩しい。

 ラパはまた大きくため息をついた。

「しゃあない……やるしかないかぁ………」

コニーとカイの元に馳せたルークの後をトボトボと追う。

「てかいつの間にかナイティおらんし……ちゃんと【悪童】やん【悪童】」

掃除と知り気づいた時には姿を消していたナイトを憂い四人は掃除に勤しんだ。


 ルーシィから話を聞いて自分なりに調べてみた。

なんとなく話に聞き覚えがあったからだ。

それはルーシィの母親の事。

およそ10年前、長らく潜んでいた【潜伏魔女】のリリィ・ストロベリーが城の前で打ち首にあった。

そのニュースは当時国内で暫く話題になりナイトの住んでたエリア13にまで噂は流れてきた。

ぶん殴ったチンピラから聞いた覚えがある。

しかしこのニュースには確か前座噺があった筈だ。

エリア10で起きた“老婆殺人事件”。

それによりひっそりと隠れ暮らしてきた【潜伏魔女】はその姿を白日の下に晒した。

聞いた時はきっと余程頭に来る事があったんだろうなと思った。

だがルーシィに会ってそれは違うと確信した。

あのルーシィの母親が意味も訳も無く人を殺すとは思えない。

ましてや家に苦楽を共にする最愛の娘を残してだ。

この事件には何かしらの“裏”がある。

ナイトはそう思った。

 そこでまずは街の清掃の任務をサボって聞き込みをする事にした。

10年前と聞くとナイトにとってはだいぶ前に聞こえるがナイトよりも長く生きる町の人々からしたらそうでもない。

何より街の往来で起きた老婆・・の殺人事件。

人によっては鮮明に残っている筈だ。

 ナイトはいつも着ているパーカーのフードを深く被り魔女狩りの羽織が強調して見えるように歩いた。

極東の島国で言うところの“身から出た錆び”とでも言うべきだろうか。

これまで散々悪評を振り撒いて来たのだ。

話を聞いてくれる者など居よう筈もない事は分かっている。

「少し聞きたい事があるんだがいいか?」

ナイトはなるべく街に長く住んでそうな者を順々に当たっていった。

「10年前の殺人事件について聞きたい」

「その事件に詳しい人間を知ってるか?」

「誰か直接見た奴は知らないか?」

ナイトは半日掛けてエリア10の人間に話を聞いて回った。


 殆どの情報はスカ・・

というより噂程度の信憑性の低い情報ソース。

覚えているだろうとタカ・・を括っていたが予定調和とはいかない。

そんな折、一人の老人が言った。

「あの時は確か老婆と魔女は言い合いをしていた筈だよ。なんか知り合いっぽく見えたね」

ようやく手に入れた有力な情報にナイトは大きく息を吐く。

それには喜びだけでなくほんの少しだけ“戸惑い”が含まれていた。

「……嫌な予想ばかりが真実に近いな……」

聞き込み前にナイトが予想していた事。

それがほんの少し真実に近寄ってしまったのだ。

 「ナイト?こんな所で何してるんだ?」

聞き馴染みのある声でナイトは振り向く。

「……ルーク」

ナイトの後ろ、視線の先には掃除用具を手に持ったルークが立っていた。

ある意味でタイミングが良い。

ナイトは今日していた事を話そうと口を開く。

「ル……」

「あ!ナイティここにおったんか!」

しかし別の声で遮られてしまった。

「わぁ!ナイティだ!ここで何してるの?」

プンプンと少し怒った風のラパと何故か嬉しそうなコニー。

だがそれよりももっと面倒な存在に目が行く。

「何!こんな所でサボっていたのかナイティ!」

会って数日だが相当真面目である事が判明しているカイ。

ナイトは小さく舌打ちをした。

「まったく!君は一体今日何をしていたんだ!我々魔女狩りは民の為に存在しているんだ!清掃も立派な仕事なんだぞ!」

怒るというより叱責を受けるナイトは視線を合わせずに答える。

「あー…掃除してたよこの辺」

適当に流そうとするナイト。

しかしどう見ても周りには所々にゴミが点在している。

流石にバレバレの言い訳にラパも呆れながらナイトを指差した。

「いやいや、どう見ても掃除してへんやん。嘘つくならちゃんとつきいや」

ぶっちゃけナイトにとってラパやカイなどどうでもいい。

ムカついたらぶっ飛ばしてしまおうぐらいにしか思っていない。

しかし純粋そうに落ちてるゴミをもしかしたら模様かもと拾い上げるコニー。

コイツを殴るのは流石に気が引けるというものだ。

何より班に誘ったルークが割を食う可能性があるのはどうにも気に食わない。

 ナイトは大きくため息をついて右手を空に向けた。

旋風魔法ソヨフキン

ナイトの右手に現れた緑色の魔法陣を中心に少し強めの風が円を描いてはためく。

風は器用に軽いゴミだけを浮かび上がらせ、中心のいわゆる台風のに纏まった。

そのままナイトは空に向けていた右手をコニーの持っていたゴミ袋に向け直す。

ひと纏まりになっていたゴミは一斉にゴミ袋に消えていき、辺りは元々何も無かったかのように綺麗になった。

「ほら。綺麗だろ?」

煽るようにナイトは手をひねる。

しかし真面目なカイがこれで良しとする訳もない。

カイは今度こそ怒ろうと口を大きく開いた。

「そういう事では……!」

「ええぇ!なんで端っからやってくれへんかってん!その方がめっちゃ早よ終わってたやん!」

またも言葉を遮るようにラパが叫ぶ。

カイの意図とは大きく違う的外れな事を言って箒を振り子のように振った。

「俺らめっちゃ頑張って掃除したのにそもそもナイティおったら秒やったやん!勿体ない事したわあ」

堂々としたサボりたかった宣言でカイの眉毛がピクピクと動く。

しかし次に怒りを遮ったのはコニーだった。

「わぁ……!凄いんだねナイティ!」

純粋に称賛するコニーに視線が集まる。

「僕自然系の魔法苦手だから本当に凄いと思うよ!いいなぁ……僕もそんな風に魔法使いたいなぁ……」

コニーは実に天然にはしゃぐ。

スラム街で育ったナイトは力を恐れられてはいても褒められた事などない。

それもこれ程純粋に尊敬の眼差しを向けられた事などあろう筈もないのだ。

 照れたようにナイトは視線を動かす。

「……じゃあお前はどんな魔法が得意なんだよ」

ナイトが聞くとコニーは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。

「言語系の魔法かなぁ。と言っても場所に滞在する言語を拾うくらいしかできないけどね……」

自信無さげに話すコニーにルークは優しく笑いかける。

「凄いじゃないか。その魔法があれば街の人の困ってる想いも見逃さない。失くした物を探す事だって出来る…!誇って良い凄い魔法だよ」

陽の者の後光がコニーに当てられた。

「えへへ。そうかなぁ」

褒められられていないコニーは分かりやすく照れた。

なんとも微笑ましい光景にラパはニコニコ笑う。

こちらも陽の者の後光に当てられたのか、カイも小さくため息をついて心を落ち着かせた。

しかしナイトだけは少し違う反応をした。

「その魔法は10年前の言語も拾えるのか?」

食い気味でコニーに顔を近づけるナイト。

コニーはどこか照れながら答えた。

「あ…うん。正確な場所と時間、誰の声なのかとか詳しい情報さえ分かれば……多分出来ると思う」

「そうか…!」

ルーク達を置き去りにしてナイトは一人で納得する。

訳を説明してもらおうとルークがナイトの方を向き直すとナイトはコニーの腕を引っ張って駆け出した。

「来いコニー!手伝え!」

「え!?えええええ!?」

訳も分からず連れて行かれるコニー。

しかしナイトはいちいち説明などしない。

早急に立ち去ろうとその場を離れるナイトをルークは視線で追った。

「え?ちょ…待って!」

後を追ったルークを追いかけるようにラパとカイも駆けて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る