2-2「ジャズな彼女とパンクな彼」

 ルーク、いやルーシィという人間は実にジャズな女ではないだろうか。

 ナイトは一人壁に寄りかかりルーシィを眺めてそう思った。

 ジャズとはリズム、フレージング、サウンドを感覚で演奏する。

ジャズにその生命を与えるのはインプロビゼーション 、いわば即興演奏であり、それこそがジャズの真価と言えるだろう。

ルーシィは外交的で思慮深い。

しかしその内に秘めるモノは独創的でギャンブラーだ。

事実、目前のルーシィは班分けに積極的に参加し、交友関係を拡げている。

ルーシィの秘密からしても誰かと接する程に危険は増す筈だ。

しかしそれでも彼女は人と関わるのだろう。

それがルーシィを形作る原点なのだ。

まさに聞き手によって変わるジャズの陽気にピッタリではないか。

しかし彼女は誰にでもハマるようでハマらない。

何より二度と同じモノに出会えない危うさがある。

そして何故かその危うさが心地良いのだ。

 ナイトはジャズが好きだ。

型がなく自由に自分を表現出来る。

だが自分はジャズにはなれない。

自分にはあの独創性も人に受け入れられる外向性もない。

こうして壁に背を預けて一人立っているのが何よりの証拠だ。

あのリズムは出せない。

あのサウンドは奏でられない。

だからこそ、惹かれるのかも知れないのだが。

ナイトそう切に思った。

 ふとルーシィ、ルークが壁に寄りかかるナイトを見つけてとててと歩いてきた。

「どうかした?ナイト」

出逢ったばかりのジャズはまるで何も考えていないかのようにナイトに首を傾げる。

ナイトは少しだけ自虐的に笑った。

「いや……ルークはジャズな奴だなと思っただけだ」

詩的な表現をするナイトの考えている事は分からない。

しかしそれでもルークは優しく答えた。

「面白い表現をするね。ナイトは」

ルークは少しだけ考える。

「ジャズか……あんまり詳しくないからナイトから見た僕がどんな人かは分からないけど………」

クスリと笑いルークはどこか嬉しそうに続けた。

「僕がジャズなら君はパンクロックだ。何者にも染まらない。自分の色がある君からはそんな曲が聞こえてくるよ」

 ルークはにこやかに笑う。

まるで本当にそう思っているかのように。

いや本心なのだろう。

だからこそ言葉が出なかった。

こんな人間には出逢った事がないし、これ程に居心地の良い相手がまだ会って数日なのだという事実が心を落ち着かせないからだ。

人なんて殆ど信用した事は無い。

何故なら人は裏切るからだ。

期待をし、信頼をしても人は握っていた筈の手を元々触れても無かったかのように距離を空ける。

そしてそれが通常通り。誰しも同じだ。

そう思っていた。

それなのにこのルークという奴に限ってはなぜだかいつもの自分が機能しない。

ルーク……ルーシィといると“ナイト・スノードロップ”という存在が曖昧になる。

 ナイトは何も言わずにルークを見ていた。

「………な、なにか言ってくれよ…!なんか恥ずかしいじゃないか…!」

自身の表現に反応が無くルークは照れたように慌てふためく。

ナイトが思考を完結させられずにいる事は流石に分からない。

ルークはナイトの手を引くように自分の後方を指した。

「僕らの班が出来たんだ。ナイト、行こう!」

ルークはスタスタと駆けていく。

 ナイトはじっとその後ろ姿を眺めた。

この感情にはまだ暫く答えが出ない。

何せ誰も信用して来なかったのだ。

自分の中にどんな気持ちがあるのかなんて知りもしない。

ただそれでも一つ思う。

いつかこの感情に、ちゃんと相応しい“名前”が付いたらいいな。と。

 ナイトはゆっくりルークの後を追った。


 「ナイト・スノードロップだ」

ナイトが自己紹介をするとルークが集めた班員達は何も答えずにじっとナイトを見つめた。

とはいえナイトはこの反応を予想していた為何も思う事などいちいちない。

ふとその内の一人が慌てたように答える。

「あ…ぼ、僕はコンジュアラー・ブルーベリーって言うんだ。よ、よろしくね」

どう見てもぎこちない反応。

この少年に関しては元々かも知れないが、それでもあからさまに言葉を選んでる。

それもそうだ。

ナイトはほんの数日前まで国で最も有名な【悪童】。

良い噂など聞いた事もない筈だ。

班が出来るまでに時間が掛かっていたところを見ると恐らくナイトを嫌がって断られるケースが多々あったのだろう。

 ナイトは諦めたようにため息をつく。

そもそも自分でも不思議なのだ。ルークにのみ暴れ回る【悪童】が出ない。

きっと数日前ルークと出会わなければ今頃ここにいる数人は「気に食わない」とのしていた・・・・・だろう。

 ほんの少し調子の狂ったようにナイトはルークを見た。

ルークは真意までは気づかずとも笑顔で応える。

「僕はルーク・ストロベリー。みんな、僕の声掛けに応じてくれてありがとう。あと安心して?ナイトは案外何もしないから」

舐められた評価だ。

ナイトはルークに集められた班員達を見る。

するとルークに安心したのか他の班員も口を開いた。

「私の名はカイゼリン・ブルーエルフィン。話した事の無い相手の評価を定める訳にもいかないからルークの呼びかけに応じた。規律正しく魔女狩りとして誇り高い班になろうじゃないか」

カイゼリンの自己紹介にルークとコンジュアラーはパチパチと拍手をした。

「んじゃあ次俺やね。俺の名前はラパペッサ・ピオニー。試験直前に話題を集めとった男前君とあの【悪童】が仲良うしてるっていうから面白そうやなぁって来てみた感じやね。この国じゃ田舎のエリア9から来たからみんな宜しく頼むわ〜」

独特な方言でラパペッサは手を振る。

どうにも変な奴ばっか集めたなぁと変な奴筆頭のナイトは思った。

「あ…ぼ、僕も田舎の方出身で……僕は単純にルーク君が良い人だなって思って来たんだ……!い、言ってなかったから……」

おどおどとコンジュアラーは自己紹介を付け加える。

既にオチが迷子になりつつある自己紹介。

しかしルークは明るく話した。

「じゃあさ。折角だからニックネーム決めないか?こうして試験を合格して同じ班になれたんだ。仲良くして損はない筈だよ」

「に、ニックネーム…!い、良いね…!僕ニックネームなんて初めてだよ…!」

ルークの提案に賛成するようにコンジュアラーは顔を明るくする。

その横でラパペッサも賛同した。

「ええなぁニックネーム。仲良うなれそうやん」

カイゼリンも真面目に応える。

「ニックネーム……確かにこれから行動を共にするのだから仲を深めるのは必須事項か…!」

それぞれのペースで話す班員達。

ナイトはポリポリと頭を掻く。

「……じゃあルークが決めてくれ。そしたらそのニックネーム使うよ」

ナイトの言葉に班員達はルークを見つめた。

この班を集めた張本人なのだ。

決定権は委ねられる。

「うーん……」

ルークは悩んだように一人一人の顔を見た。

「じゃあ……コンジュアラーは“コニー”で。言いやすいし」

コンジュアラー、改めコニーはパァっと嬉しそうに顔を明るくする。

「カイゼリンは“カイ”。まんまだけどその方が親しみ易いし」

カイゼリン……カイは何かに納得したように頷いた。

「ラパペッサは“ラパ”。なんかラパって感じがするから」

「事実そうやしなぁ」とラパペッサ、もといラパはニコニコと笑う。

「ナイトは……」

ルークはナイトを見た。

なんと名付けられるのか。

ナイトもルークの言葉を待った。

「………“ナイティ”とか。一気に親しみ易くなった気がしないか?ナイトらしくないのが良い」

ルーク以外の三人は少し恐る恐るナイトの反応を見守る。

ナイトはフッと笑った。

「まぁなんでもいいよ。ただルークはキモいからナイトって呼べ」

しれっとした表情でナイトは視線を逸らす。

「な……酷い言い方だな……!」

仲睦まじく話す二人に他の三人も顔を見合わせた。

聞いていたナイト・スノードロップよりもずっと接しやすそうだったからだ。

「……ほな、あとはルークのニックネーム決めんとなぁ。何が良いやろね?コニー」

「え!?」

「ふむ。私もこういった事には疎いからな。コニーに頼みたい」

「ええ!?」

面倒事を押し付けたラパ。

カイがそれに助け舟を出す形になってしまったのでルークとナイトもコニーを見つめる。

「え!?え!?えぇ………っと……」

先刻ニックネームは初めてと言ったのに名付ける事になってしまったコニー。

コニーは頭をフル回転させて考えた。

「……る………“ルー”とか……?」

初めてニックネームの付いたルークは一人パァっと顔を明るくした。

その反応でコニーもほっと胸を撫で下ろす。

その流れで他の三人の顔を見てしまったのは良くなかった。

「普通じゃん」

「まんまやなぁ」

「シンプルだな」

辛い評価にコニーは落ち込みルークは慌てて慰める。

 インクィズィション・トゥループス、新人入隊日。

ルーク率いるナイト、コニー、ラパ、カイの五名でなるストロベリー班は結成された。

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