3-3「魔女と天才」

 人体離れした身体能力で木々の間を飛び跳ねながら敵との距離を詰めていく。

なるべく相手の眼帯の・・・死角となるように立ち回るナイト。

その反対側から虚を突くようにカイザーも魔法を放つ。

 魔法にも種類がある。

ナイトが得意とする魔法は自然の力を借りて威力を底上げする“自然系魔法”。

対してカイザーが最も得意なのは無から有の物体を生成する“錬成魔法”。

主に攻撃系の魔法はこの2つに分類される。

時折特殊な魔法で攻撃する者もいるが、基本的にはこの2種類だ。

カイザーが得意な錬成魔法は物質ではなく物体で戦う為範囲は限られる。

しかし硬度などは生成された物如何なので遠距離からでも近距離と同等に近い威力が出る。

逆にナイトが使う自然系魔法は周りの自然の力を使う為範囲は無限大。

その代わり大き過ぎる力を制御出来なければ威力は四方に分散してしまう。

どちらにも良し悪しがある。それが魔法なのだ。

本来、二人で戦っていて双方とも違う種類の魔法が使えれば隙がない連携が可能となる。

お互いにお互いのデメリットを補いながら戦う事が出来るのだから当然の道理だろう。

しかし以前までの会話から察せるようにナイトとカイザーの仲は最悪。

決して仲良くはなれない、いわば“犬猿の仲”というやつだ。

となれば当然戦闘には隙が生まれる。

 「甘いな小僧共。まるで戦い方を知らない」

【新月の魔女】は右手をかざして空中に穴を空ける。

その穴から大量の鉄砲水がカイザーを捉えた。

「ぐっ……!」

一瞬カイザーの方へ視線をやったナイトの隙は見逃さず今度は別の穴から巨大な丸太が降ってくる。

「この……!」

瓦礫に押し潰されるようにナイトは木々の下敷きとなった。

「個々の実力は悪くない…。だが個で敵わないなら力を合わせて戦うべきだ。お前達魔女狩りは仲間と共闘する事も出来ないのか?」

ある種の図星を突かれてナイトは木々の下で歯を食いしばる。

共闘が出来ないんじゃない。

戦い方を知らないんだ。

何せナイトはこれまで一人で生きてきた。

ようやく出会えた信頼出来る仲間ともまだまともに一緒に戦っていない。

それなのに初共闘が今最も気に食わない野郎だなんて。

 ナイトは力強く叫んだ。

「う…るせええええ!」

木々は上空へと消し飛びナイトはゆらりと立ち上がる。

ナイトの全身からは黒いオーラのように魔力が漏れ出し、【新月の魔女】の表情が初めて動いた。

「小僧貴様………“闇の古代魔法”と“光の精霊魔法”を使えるのか!?」

どこか恐れとも違う感覚で問いただす【新月の魔女】。

ナイトはよく分からず首を傾げる。

「あ?光の魔法の方は知らねえよ」

ナイトの発言で【新月の魔女】は一瞬安心したように口角を上げた。

「ふっ……流石にそこまでの化け物ではないか……」

勝手に質問して勝手に理解し終えた敵にナイトは苛つきを覚えながら一歩踏み出す。

「何が言いてぇのか知らねぇがよ……取り敢えずテメェをぶっ潰す」

ほんの一瞬、カイザーが瞬きをした間にナイトは【新月の魔女】の目前に移動していた。

そのまま格上の魔女を突き飛ばすまでに次の瞬きは必要無かった。

【新月の魔女】は後方で受け身を取って睨みを効かせる。

「結局は個で来るのか………魔女も甘く見られたものよ……」

黒い魔力が留まることなく溢れ続けるナイト。

睨みつけるその目付きは人の物のようには見えなかった。

「うるっせぇ……俺を見下してんじゃねぇよ…!」

両者が片足に力を込め、まるで刀がぶつかり合うようにかち合う。

それをカイザーは、ようやく身体を起き上がらせてただ見ていた。


 俺は“天才”だった。

誰もが欲する物をいくらでも持っていた。

貴族が暮らすエリア1で産まれ、しかも強い魔力まで持ち合わせたのだ。

誰もが俺を尊敬した。

「“天才”カイザー」

「“皇帝”カイザー」

そしてそんな俺を俺も称賛した。

こんな天才が他にいるか?いやいないだろう。

いずれはあの【無敵】のヴェゼールをも超える魔女狩りとなる。

俺も周りもそれを信じて疑わなかった。

そんな天狗の鼻が伸び切っていた時、俺はビショップに出逢った。

 ビショップは俺と同じく天才だった。

エリア3で産まれたところも俺程ではないが中々の生まれだ。

コイツはいずれ俺の右腕となるだろう。

そう思っていたその時の俺は馬鹿丸出しのガキだった。

ビショップと俺の違いは誰の目にも明確な物だったんだ。

それは“心”。

同じように“天才”と持て囃されていた筈のビショップは俺とは違い実に人間性の優れた男だった。

道端で老婆が迷っていれば目的地まで送る。

路上で捜し物してる奴がいれば見つかるまで捜す。

そんな事を平気で出来る奴だった。

そしてそんな俺とビショップの間に大きな差が開いたのはビショップが一回目の・・・・魔女狩りの試験を受ける数日前の事だった。

 エリア8に一人の魔女が突如襲撃した。

丁度隊部隊は5部隊中4部隊が出払っており、残っていた防衛部隊もすぐには出動出来なかった。

俺はその話を聞いてすぐに思った。

「運の悪い奴らだな」

気の毒には思う。

しかし隊部隊が間に合わないなら班部隊だけで対応するのは難しい。

到着するまでにエリアの半分程は命を落とすかも知れないがそれもどうしようもない事だ。

誰が悪いんではなく運が悪かったんだ。

俺は本気でそう考えていた。

だがビショップは俺と違ったようだった。

話を聞くやいなや駆け出してエリア8へ向かったのだ。

正義感だけ・・の馬鹿ならいくらでもいる。

実力も伴わないのに命を懸けて寧ろ被害を大きくする馬鹿。

だけどビショップは違った。

ズタボロになりながら戦い、時間を稼ぐどころか魔女を追い返してみせた。

誰もが歓喜した。

魔女狩りにまだ入ってもいない少年が魔女を追い返したのだからとんでもない事だ。

だがビショップだけは涙を流した。

勿論嬉し泣きなんかではなく悲しみの涙をだ。

二人だけ、犠牲者が出てしまったのだ。

ビショップも命を賭して戦ったがそれでも相手が格上の魔女である以上限界はある。

みんなは仕方ないと言った。

「充分やった」と。

「二人以外は助けられたじゃないか」と。

それでもビショップは涙を流した。

「あの二人にも家族がいたんだ」と。

俺は突如、自分が崩れた音がした。

今まで形の無い物を理由もなく信じて自慢してきた自分がガラガラと音を立てて崩れていった。

そしてその崩れ切った後に確かに新しい形が組み上がったように感じたのだ。

変えられたのだ。カイザー・ドラゴンフルーツのダサい価値観を。

そして俺はこの男に着いていくと決めた。


 カイザーは下唇から血が出る程噛みしめる。

「クソッタレ……」

この感情は誰にでも分かる感情だ。

悔しさ以外の何者でもなかった。

「お前も俺より上なのかよ……!」

今までビショップの戦いを見てきたカイザーには分かった。

ナイトは自分を庇って戦っている。

一見、好き勝手にその力をぶつけているように見えるが違う。

ナイトは敵の攻撃がカイザーに向かないよう位置取り、少しずつ敵の位置を奥へ奥へと押していた。

噂に聞いてた【悪童】とは思えない慮った戦い方。

恐らくコイツも出逢ったのだろう。

自分のダサい価値観を変えてくれる存在に。

だがそれはナイトにとって真に集中した戦い方ではない。

間違いなくカイザーが・・・・・足を引っ張っているのだ。

「クソっ………お前も超えなきゃ駄目じゃねぇか………」

超える・・・相手とするという事は自分よりも上だと認めるという事だ。

それはカイザーにとって全く違う存在ながら、人生で二人目の存在。

超えると決めればやる事は単純だ。

 カイザーは足に力を入れて立ち上がる。

最高硬度剣魔法ディアマント……!」

今敵の【新月の魔女】はナイトに手一杯だ。

そしてなにより溢れ出るナイトの魔力がその他の魔力を隠し通す。

隙は一瞬。見つけるのではなく創り出す・・・・

敵の死角となる木の後ろにカイザーは巨大なダイヤモンド製の剣を生成した。

「どけ!クソ悪童野郎!」

巨大な大木のようなサイズの剣は空を裂きながら振り下ろされ、【新月の魔女】へと迫る。

森に響くべきでない凄まじい衝撃音が辺りに響き渡った。

視界を完全に消す程の土煙。

敵の行方は映し出される影のみとなった。

「………惜しいなもう一人の小僧。発想は良かったが今ひとつ速度が足りない」

影が腕を振るうと土煙は晴れ、健在の魔女がカイザーの目に入る。

「その大きさからなる斬撃速度では私には当たらない…!」

最大最高硬度の魔法で傷一つつかない魔女は得意気にカイザーに視線を送った。

「クソッタレ……知ってんだよそんな事……!」

嬉しさの笑いとは違う。

様々な感情の入り混じった表情でカイザーは笑った。

「!?」

ほんの一瞬。カイザーのみ・・に視線が向いた瞬間。

戦いの中で極限近くまで集中したナイトは見逃さなかった。

闇纏魔法オソレクライヤミ!」

右腕にのみ圧縮された闇の拳は一切のガードで防がれる事なく魔女を捉える。

「なっ!」

森に悲惨な悲鳴と聞き慣れない爆音が鳴り響いた。


 「ちょちょちょちょお!あかんあかんアカンて!」

実に楽しげな声でラパはステップを踏む。

その足取りは当然踊っているのではなく慌てたような踏み込み。

立ちダンスでならリズミカルだが社交ダンスだと踏み込みが浅いといったところだろう。

そんな余計な事を考えながらラパは無数に襲い掛かってくる使い魔を捌いていた。

「なんやねん突然!蜂の巣にでもぶつかったんか!?」

「コイツラが蜂に見えるのか!?まさか催眠魔法か!」

「どアホ!比喩や!」

最早漫才のように流れる受け答え。

余裕あるんじゃないかとタンクは拳を振り抜きながら思った。

 増え続ける敵の使い魔にラパは右手を地につけて魔法を唱える。

土槍創成魔法トガツタツチ!」

右手を土から離すのに合わせるように土は槍へと生成された。

ラパは土製の槍を手足の如く華麗に振り回して周りを飛び回る使い魔との距離を測る。

「ったくなんやねん……」

生成された槍は土製ながらもそれなりの硬度を誇り、使い魔を次々と薙ぎ払っていく。

「流石だなラパ!見直したよ!」

見直される評価だった事に少し引っ掛かりながらもラパは敵の只中で踊るように戦った。

ハウスミュージックのような踏み込みで立ち回る様はまるで踊り狂う白鳥のようだ。

そんな立ち振る舞いを見てカイは気持ちを入れ直す。

「負けていられないな…!」

カイは両手の拳を合わせて魔法を唱えた。

火炎双腕魔法アチチノテ!」

カイの魔法は至極シンプル。

火炎属性の魔法を身体に纏って戦う。ただそれだけ。

だがその分魔法の強さは肉体の鍛錬が直結するところがある。

その性質はカイの愚直な性格にはピッタリだった。

「おおおお!」

雄叫びと共に使い魔を押し返すカイ。

その勢いに当てられたかのようにタンク達三人も一層力を入れる。

魔法で鎧と両腕に砲弾を創るタンク。

川の水をレーザーのように操って戦うパープスト。

自らの身体の重量を操作して重い一撃を繰り出すノービオ。

それぞれが思い思いの魔法で無数に飛び回る使い魔を蹴散らす。

だがそんな中ラパの表情だけは晴れなかった。

「敵が減らん…!」

数の増え続ける敵を見据えて憂いていたのだ。

これ程の数の使い魔がいるとは思っていなかった。

元々複数体同時に存在する事の多い使い魔といえどこれ程大量に相手にする事も中々ない。

更に言えばこの奥に何らかの魔女もいると思われるのだ。

悠長にここで戦い続けていればジリ貧だ。

ラパは一人冷静に仲間達の位置を把握する。

(全体的に離れ過ぎてんな……パッと逃げるとかこの位置じゃできひん)

位置と距離的に逃げの一手は消えた。

しかしそうなると選択肢は無いも同然だ。

どうすればいいのか。

ラパの頭には何一つ最善策は浮かばれない。

こういう時、ナイトやルークのような天才は悩む事なくこの場を解決してしまうのだろう。

ラパは一筋の希望を求めて空を眺める。

「……え?」

そしてラパの視界には一人の姿・・・・が目に写った。

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