1-3「入隊試験」

 「決してバレては駄目よ」

母の言葉が蘇る。

「けれど人との出逢いを諦めるのはもっと駄目」

母は難しい事を言って笑った。

「人間、生きていれば自分の価値観・・・というものが固まってくるわ。その価値観っていうものは一度固まってしまうと中々形の変わらない強いものなのよ」

何を言ってるか難しかったが母は笑顔のまま続けた。

「だからもしその凝り固まった価値観を変えてくる人に出逢ったら………その出逢いは一生のものにしなさい。それはこの世で最も価値のある出逢いだわ」

私は・・イマイチ分かっていなかったが「わかった」と頷いた。

すると母は力強く抱きしめて家を出た。

「じゃあ今日の夕飯の材料買ってくるわね。すぐ帰ってくるから。待っててね!」

私は笑顔で手を振って、母も手を振る。

今日のご飯は何だろうか。

そんな事を考えて待っていた。

 待ち始めてから一時間が経った。

まだ今日のご飯に悩んでいるだろうか。

二時間が経った。

もしかしたら少し安いお野菜でも見つけたのかも。

三時間が経った。

そろそろ家の近くにいるんじゃないだろうか。

四時間が経った。

五時間が、六時間が、七時間がーーー。

しかし、母が帰ってくる事は無かった。

次の日母は首だけの状態で私と城の前で再会した。


 レッドスケア国、フラワー城前広場。

そこには幾人いるだろうか、数える事などできない程の男達が集まっていた。

 レッドスケアでは男女の出生割合は7:3で男児の方が多い。

そしてその中の7割程が魔力を持って産まれ、残りの魔力を持たない者などがエリア13で暮らしたりする。

そして15歳を迎えた歳に一人前として成人を迎えるのだ。

 今日集まったのは今年15歳を迎える新成人と昨年までに入隊が叶わなかった者達。

総勢500名を超えるこの中から50人の新入隊員が選ばれる。

そしてその中でも今年特に視線を集めているものがいた。

 「………あれってエリア13の【悪童】だよな?」

「アイツも呼ばれてんのかよ……」

「確かすげぇ強いんだろ?あんな奴が一枠確定かよ……」

悪名高きナイトを知らない者は少ない。

ナイト本人も面倒だが今日は目立ってしまう覚悟くらいはしてきた。

しかし意外にもナイトが思っていたよりは視線がバラけていた。

それはこの場にもう二人・・視線を欲しいがままにする者がいたからだ。

「あれって確か【神童】とか呼ばれてた……」

「ビショップ・クリムゾン・クローバーだ……」

「え?けど確か入隊試験は去年の筈だろ?」

「いや、確かクローバーは去年エリア8の人を襲撃してきた魔女から守って怪我してたからだかで試験受けてないんだよ」

「まじかよ……こっちも一枠確定じゃねぇか……」

「あっちは?」

「いや?知らねぇけどめちゃくちゃ美形な奴だな」

「イケメンで魔力持ちとかエリア13の奴らが浮かばれねえな……」

男達はヒソヒソと噂する。

別に悪名も何も無いのに思っていた数倍目立ってしまった事にルークは困っていた。

(…………視線が凄い……)

ここまで目立つつもりでは無かった。

長く感じる時間をルークはチラチラ時計を確認しながら待っていた。

 「全員注目!」

低く威圧感のある声が広場を駆け巡り視線を集めた。

極東の島国ではこれを“鶴の一声”と呼ぶという。

 「俺はヴェゼール・ダンデライオン!このインクィズィション・トゥループスで総長をしている者だ!」

憧憬と畏怖。そのどちらも持つ男。

この国最強の魔女狩り、ヴェゼールが広場で前に立った。

「じゃあこれから3日間の入隊試験の説明をする。良く聞いておけ」

広場を静かにさせるとヴェゼールは後ろにいた軽そうな風体の男と位置を入れ替わった。

「どーも。俺はポーン・オーキッド。一応副長兼第二部隊の隊長もやってる人間だよぉ」

ポーンはゆらゆらと右手を横に振り挨拶をする。

軽薄そうだがどこか先の読めなさそうな印象を感じた。

 「まず、今回の試験は3日間ぶっ通しの実戦をおこなってもらう。ルールは簡単。ただ生き残れば良い・・・・・・・だけだね」

「………え?それだけ?」

「去年までは確かもっとちゃんと試験やってたよな……」

ザワつく広場。しかしポーンは何も言わずに「生き残れば良い」とそれだけを伝えたままニコニコと笑いながら壇上で黙っている。

意地の悪い対応をするポーンにヴェゼールは小さくため息をして横に並んだ。

「魔女狩りというのは魔女とその【使い魔】と戦うものだ。その戦いにルールなどない。当然人も死ぬ。だから今回の試験は実戦のみ・・を行う。異論は認めない。俺はそういう強い人間を求めてる」

冷たく冷徹な言葉。

ポーンは表情を変えずに繋げる。

「まぁそういう事。今回の試験担当は俺とヴェゼールだからねぇ。その代わり人数の制限は無いし、嫌ならいつでも帰っていいよぉ」

「嫌なら帰れ」その言葉を聞き男達はチラチラと周りを見渡す。

ふと一人の人間が踵を返した。

すると一人、また一人と広場に背を向け始めたのだ。

例年ではありえない光景。

なにせ魔女狩りは人死にのあるものだ。

常に人手が足りていない。

それなのに自ら人を減らす発言をして試験者を帰している。

これはヴェゼールとポーンの独断であり、王の意志ではない事は皆知るよしも無い。

この光景を予想していたヴェゼールはただ人の減っていく広場を眺め続けていた。

 そんな中のルークは帰る素振りもなく試験が始まるのを待っていた。

彼に帰るという選択肢は無い。

なぜなら彼には魔女狩りに入らなければならない理由があるからだ。

 「おい。お前は帰らねぇのか?随分顔は整ってるけど死ぬ可能性もあるんだぜ?」

帰り際の一人の男がルークに声を掛けた。

他の男達からしたらルークは顔が良いというイメージが強い為女にチヤホヤされるために来た奴に見えていたのだろう。

しかしルークは首を横に振る。

「そんな選択肢は最初から無いよ。だって僕は魔女狩りになりに来たんだ」

複雑な表情で男は足を止めた。

「いや……魔女狩りとして死ぬのならまだしも、試験で死ぬかもしれないんだぜ?やってらんねぇだろ………」

近くにいた男達も頷きながら同調しているようだ。

それでもルークは変わらず答える。

「死ぬ可能性があるのは魔女狩りになってからだって同じだよ。今貴方もそう言った。だけど僕は死ぬ気はない。この試験でも……魔女との戦いでも…!」

「………なんでそんなにやる気あんだ?お前」

意味が分からず不思議な存在を見る目で男はルークを見る。

ルークは笑顔で答えた。

「僕は魔女狩りになる。僕が僕にそう誓ったからだ」

ルークの真っ直ぐな言葉。

その言葉は別に特別な事は言っていない。

しかしどんな言葉にもその言葉が届く《・・》人間はいるものだ。

届いた人間はその足を止めて広場に残る。

もう届かない場所にいる者達はただこのまま帰るだけ。

幼い少年は人の意志と考え方に影響を与える言葉を持っていた。

残った広場の男達はヴェゼールの次の言葉を待つ。

 思っていたより人の残った広場にヴェゼールは小さく呟く。

「面白いのがいるな………」

ヴェゼールは一歩前に出た。

「じゃあ会場に連れて行く。ついて来い」

ルークは強い意志を持って一歩踏み出した。

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