間章
1話 モヒート
【 ニューシンジュクのとあるバーにて 】
【 ツバキ視点 】
忘れてしもうてる人もおると思うから、簡単に自己紹介するわ。
うちはツバキ。西アイドル事務所で技術担当を『任されていた』女や。
うちの仕事は……サイバーMODや各種兵器のメンテナンス、電脳に関する事件の情報収集や調査、あとは鑑識みたいな仕事まで、色々や。
業務が多過ぎてブラックザイバツ顔負けの多忙さやけど…まあ、「裏方のボス」って思ってくれたらええわ。
そんなうちの前で万錠ウメコは、バーカウンターに突っ伏している。
ウメコはバーカウンターに向かって、呻くように話す。
「ねーー。ツバキ?
私の話……ちゃんと聞いてる?」
うちはスプモーニが入ったグラスから、口を離して答える。
「さっきから、ずっと聞いとるわ。
ていうか、もう何度も聞いて飽きてきたんやけど……」
ウメコは片手でグラスを掴んだまま返事をする。
「そう……。聞いてたの……。
じゃあ、もうちょっと聞いてよ……私の話……」
ニューシンジュクの超高層ビルの間に立つ、うらぶれた雑居ビルにアザミの店はあった。
店の名前は無い。だからうち達はそのまま「アザミの店」って呼んでいる。
限られた常連だけが来るアザミの店は、うちとウメコの貸し切り状態で他の客は居なかった。
店の中央にある超強化プラスチック製の半透明のカウンターに、ウメコは突っ伏していた。
ウメコの青髪ストレートはバーカウンターに落ちて広がっていて、ボタンが開いた和柄のジャケットも崩れていた。
シャンパンゴールドのピンヒールは彼女の片足から脱げて、床に転がっている。
バリキャリで上昇志向の塊で、自他ともに厳しいウメコがこんな姿になっているのは珍しかったけど、うちは驚きはしなかった。
大学の頃に一度だけ彼女がこんな感じで酔っぱらったのを見たことがあったから……。
あの時も確か……失恋した時だったと思う……。
まあその時の相手は、ウメコより4歳下の女の子だったけど……。
そんなウメコを見たバーテンダーのアザミは、微笑む。
「ウメコが実の妹に負けて失恋するなんて……。
流石にちょっとだけ、可哀想かも……」
ウメコは突っ伏したまま答える。
「”ちょっとだけ”って何……?
というか……アザミ、笑ってない?」
アザミはグラスを取って拭きながら答える。
「バチが当たったのよ?
たくさんの女の子を泣かせてきたバチよ……」
「アザミからの慰めは、期待してなかったけど……。
さすがに今の言葉はグサッと刺さったわ……」
うちも会話に加わる。
「そういえば一人ノンケの子も居たな……。
ウメコに狂わされて……流石にあの娘は可哀想やったわ」
ウメコは顔を上げる。頬は紅潮しているけど目付きはしっかりしていた。
前を向いたままウメコは否定する。
「確かにあの娘……最初は”こっち側”じゃ無かったけど……でも同意の上よ?
それに私だけが楽しんでいた訳でも無いし……」
うちはツッこむ。
「いやだから、可哀想って言ったんやけど……」
アザミが話題を変える。
「ウメコって本当に、めんどくさいのよね……?
バリキャリのお姉さんキャラに見えるのに……本当のところはドMだからね?」
うちはちょっと驚いて、アザミに質問する。
「え?
マジで??」
「うん。マジで」
そう言ったアザミは、意地悪そうな笑顔でウメコを見ながら話を続ける。
「ベッドの上でも最初はキャラを守ってるみたいでリードしてくれるの……。
でもノッてくると……やっぱ生来のドMが疼いちゃうみたいで、めっちゃおねだりしてくるのよ。
一度なんて私の前で腰を突き上げて脚を開いて……」
顔を赤くしたウメコは、アザミを睨む。
「アザミ……。
それ以上ふざけたら……撃つわよ?」
アザミは笑う。
「本当の事じゃない?」
ウメコは低い声で言う。
「だから……撃つわよって言ってるんだけど?」
「どこに撃つの?」
「どこ?
……腕……かしら?」
「じゃあ、良いわよ?
撃ってくれても」
「はぁ??」
「死なないんでしょ?
それなら撃ってくれても、良いわ。
私を撃って慌てるウメコを見る方が、面白いもの」
肩をすくめたウメコが言う。
「……もう、ほんと呆れる……。
バカみたい……」
そんなウメコを見て「あはは」とひとしきり笑ったアザミは、うちに話しかける。
「ツバキの方は順調なの?」
うちはにっこり笑って言う。
「ああ。もちろん順調や。
うちらはラブラブやからな。
もう5年になるしな」
ウメコが驚く。
「5年ですって!?」
「ウメコは、5年という時間の長さに驚いてるんか?
それとも、5年経ったという事実に驚いてるんか?」
ちょっと悔しそうな表情になったウメコは言う。
「……どっちもよ。
私なんて……1年保ったためしが無いわ」
「まさに取っ替え引っ替えやな」
「うれしく無いんだけれど?」
「一応は褒めたつもりなんやけどな。
ウメコは……若い美少女ばっか狙うからやな。
性癖がオッサンやからな。」
「あはは」
笑いながら磨いたグラスをバーカウンターに置いたアザミは、続ける。
「でも本当に意外だったわ。ウメコが普通の男に惚れるなんて。
ウメコの事だから……『ハイスペックの男じゃなきゃ相手にならない』とか言うかと思っていたんだけれど?」
「私ってどんなイメージなのよ?」
「あ。
それはうちも聞きたかってん。
なんであんな”死んだ目”、じゃ無かった……”腐った目”の男のどこが良かったん?」
ウメコは前を向いたまま無言になる。
ぶすっとした顔だったけど、青く長い髪をバーカウンターに垂らしたウメコはそれだけで絵になった。
ウメコはボソッと答える。
「……股間の大きさ……かしら?」
うちとアザミは同時に驚く。
「「え!?!?」」
額に垂れた前髪を人差し指で払ったウメコは言う。
「ウソよ……。
なんと言うか私……ばりばりの高学歴のイケメン、苦手なのよね。
なんか脂ぎってて……上昇志向の塊で……」
アザミがうちのツッコみを代弁する。
「まるでウメコみたいだものね?」
ウメコは無視して続ける。
「奉行所で生き残って行くのって狭い道だから……。
同僚や上司の男性たちって似たようなエリート志向の人ばっかりで、辟易としたって言うか……飽きたって言うか……」
「それだけ?」
「うーん。
あとは……彼の何とも言えない……色気?なのかしら……?
いやあれは……そんな感じでも無くて……小動物っぽい愛玩動物らしさ……?
それでいて、ときおり見せる……獰猛な猛禽類のような表情……?」
ちょっとうつむき気味に考えるウメコの顔を見たうちは、呆れる。
「これはあかん。
重症や。
ウメコが女の子みたいな表情しとる」
アザミも同意する。
「この世の終わりね」
ウメコは目線だけ動かしてアザミを睨む。
「ほんと……二人して、なに?
私の失恋がそんなに楽しいの?」
「可哀想だとは思うよ。
でも正直に言うと……いつものツンツンした表情が無くなって、ちょっとだけ可愛いかも?」
「まったく嬉しくないわ」
「うちは……『今がチャンスや』とは、思うな。
弱ったウメコなら、なんやかんや説得したらうちの仕事を減らして貰えそうや」
「そんなことだと思ったわ」
アザミはライムとブラウンシュガーを入れたグラスで、ミントの葉を砕きながら言う。
「それで……ウメコはどうしたいの……?」
聞かれたウメコは顎に指をあてて少しだけ考え込む、しかし直ぐに結論をだす。
「やっぱり……彼が欲しいかしら」
うちとアザミはまた同時に驚く。
「「は!?!?」」
冷静な表情のままウメコは言う。
「ナユタ君……シノブとキスをしただけで、具体的な事は何もしていないみたいだし……。
何よりもあの二人をこのまま放っておくと、ずっと『プロデューサーとアイドルごっこ』を続けるみたいだから……」
そしてウメコは微笑む。
その笑顔には怪しい色気が溢れていた。
「だから私……やっぱり、ナユタ君が欲しいの。
だから、あの二人の関係性が進む前に私が彼を取っちゃうの。
そうすれば……何の問題も無いでしょ?」
呆れたうちは言う。
「何の問題も無いって言うか……問題だらけな気がするんやけど……」
「そうかしら?
『結婚』ならまだしも……『恋人』だなんて、何の効力も無い付き合い方よ」
「まじか。
せやけど……アザミはどう思う?」
アザミは無言で微笑んで、ラムとソーダを淹れたグラスをステアする。
グラスとクラッシュアイスが、からからと音を奏でた。
「仕方ないのよ。ウメコは賢いのに……根本はバカだから……」
そう言ったアザミは、ウメコにグラスを差し出した。
無色のソーダがライムの反射でグリーンに輝いた。
「でもウメコのそこが、可愛いところよね?
……彼がそれを分かってくれれば、良いんだけど……」
ウメコはモヒートのグラスを受け取りながら、答える。
「”バカ”は余計じゃないかしら?」
ウメコはグラスの中のカクテルを煽る。
そしてモヒートを1/4ほど飲んだウメコは、思い出したように言う。
「知ってると思うけど、ツバキ……。
明日は忙しくなるわよ?」
「アキヴァルハラの作戦のことか?
もう準備は終わっとるけど?
てか、西アイドル事務所が無くなって……ほんま不便になったわ」
「それでも、装備は充実したじゃない?
戦力も資金も増えたし……」
「そこや無いねん。
北奉行所も南奉行所も手加減を知らんからな……」
「もろもろのメガザイバツもね……?」
「でもマジでこのまま続けるつもりなんか……?」
「あたりまえよ。
全員が生き残るためだもの。
もちろん……父や私の願いでもあるわ」
「ウメコには付いて行くけど……せやけど、ほどほどにしてな。
命がいくらあっても足りへんから」
「それは……ナユタ君がいつも私に言っているセリフね?」
「はは。確かに。
あの男が一番、『命を賭けてる』からな?」
うちのセリフを聞いたウメコの微笑みに、哀憐が満ちた。
そしてグリーンの香草に包まれた砕けた氷を見ながら、ウメコは呟くように言う。
「ほんとうにそう……。
アザミやツバキの言うとおりだわ。
バカなんだから……。
私も……ナユタ君も……」
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