111話 天蓋(てんがい)

【 万錠ウメコ視点 アルマゲドンの2分前 】


 

 私は、走りながら3度発砲する。


崩壊する廃墟の中、3つの弾丸がイチモンジの金髪の頭を捉えようとする。


しかしイチモンジは、背中から生えたグレイの追加義腕マニュピレーターで全てを弾いた。


 私は彼女に言う。


「背中から6本も腕を生やして……まるで昆虫ね?

 恥も外聞も無いのかしら?」


 イチモンジは4本の長い追加義腕マニュピレーターを使い、目の前の瓦礫を吹き飛ばして言う。


「うっせ!!

『一文字八刀流』のネタがバレたからには最早どうでも良いのじゃ!!」


 走る足を止めて、吹っ飛んで来た瓦礫を避ける。


「一文字八刀流……ホログラムで追加義腕マニュピレーターを隠して攻撃する剣術なんて……あなたはヒノモトの文化をよく理解していないみたいね?

 しかしそれはともかく……どうかしら?

賭けをしないかしら?」


 イチモンジが8本の剣で襲いかかってくる。


「賭けじゃと!?」


 私は飛んで攻撃を避けた。


はずれたイチモンジの剣がコンクリートの床を割って、巨大な穴を作った。


その衝撃で天井が崩落する。


 マズイわ。もう時間が無い。


この建物自体が崩れてしまう。


いや、それよりも先に……シノブとココロの戦闘の余波で破壊されるのが先かしら?


 イチモンジに焦りを気取られないように冷静を装う。


「ええ。賭けよ?

私が生きてここを出られたら……あなたが西アイドル事務所に所属するの。

 もちろん私が死んだら、この話は無かったことになるけどね?」


 私は両手の拳銃を発砲する。イチモンジはふたたびそれを弾く。


「こ、こなたが西アイドル事務所に入るじゃと!?

 ふ、ふざけるな!?

ていうかそれのどこが“賭け“なんじゃ!?

そんな馬鹿げた話に乗るやつが居ると思うか!?」


 両手の拳銃を彼女に向けたまま反論する。


「そうかしら……?

どっちみち現状であれば、あなたの作戦は失敗よ。

 あなたがエモとらしたシノブやココロに勝てるはず無いもの。

そうなれば……キチク芸能社であなたの降格は間違い無しよね?

むしろ厳罰が下るかもしれないわ?

 それならいっそ、私達の西奉行所に“転職“すれば良いじゃない?

あなたの失敗も全てなかったことになるわ。

……悪い話じゃ無いと思うけれど?」


「な、なんじゃと……。

こなたがメガザイバツ務めを辞めて……ヒノモトの役人じゃと……?」


 一瞬イチモンジの動きに動揺が生じた。

私はふたたび拳銃を発砲する。


 弾丸はイチモンジのラバースーツの足に当たり跳ね返ったが……しかしその衝撃でイチモンジは片膝を突く。


 怒ったイチモンジは叫ぶ。


「か、会話中に撃つなって言っておるじゃろうが!!

黒タイツ淫乱女!!!」


 私は間髪入れずイチモンジのマニュピレーターの関節に、発砲を重ねる。


火花が5回、散る。


 イチモンジのマニュピレーターのうち一本が千切れ、宙を舞った。


「くっ!!!しまった!!!」


 私は畳み込む。


「時間が無いの!!さっさと決めなさい!!」


 建物の崩壊はさらに加速していた。


しかし崩落するコンクリート塊の中でも、イチモンジは私を睨んだままだった。


「き、給料は……?」


 拳銃を構えたまま答える。


「『中途採用のアイドル』として扱ってあげるわ。

後はあなたの能力次第ね?」


「ふ、福利厚生は……?」


「担当はタマキさんだけれど……実際のところはナユタ君に聞いてちょうだい」


「ゆ、有給は……?」


「最初は無いけれど…でも、少なくとも……あなたの魂は休められるはずよ?

 私は少々のミスは叱責しないし……何よりもあなたの生活を保証するわ。

あなたが職務に忠実である限りね?」


 悔しげな表情のイチモンジだったけど……しかし、諦めたような表情を浮かべる。 


「わ、わかった……淫乱黒タイツ……

 そこもとのしたで……働いてやろう……」


 私は発砲する。

イチモンジの頭の横を銃弾が掠めた。


 彼女の数本の金髪が、宙を漂う。


「ヒ、ヒィッ!!!!

 な、なにをするのじゃ!!

パ、パワハラ反対じゃ!!!」


 私は微笑みながら言う。


「“淫乱黒タイツ“じゃ無いわ。

“所長“って呼びなさい」


「しょ、しょちょう……?」


 私は銃口をイチモンジに突きつけたまま、顔に掛かった髪を払う。


そしてさらに微笑んで言う。


「そう。よろしい。

私は西アイドル事務所の所長……万錠ウメコ。

 これからは私があなたの上司よ?

よろしくお願いするわね……イチモンジ?」


 なぜか恍惚とした表情となったイチモンジは、呟くように言う。


「万錠ウメコ……所長……様……。

ウメコ様……」


 私は怪訝な顔をする。


「所長……様……?

というか、ウメコ様って……」


 しかし私のその疑問は、突然フロアに差し込んだピンクの閃光により遮られた。


「!!!」


 突然の爆発で振り返る暇も無かった。


 衝撃と閃光を浴びて、私とイチモンジは共に吹き飛んだ。



———

——




【 兎魅ナナ視点 アルマゲドンの2分前 】



「ホワチャーッ!!!」


 【 氷龍散打ドラゴンストリーム 】と空中に書かれたホログラムを透過して、あちきは跳んだ。


あちきが居た場所から爆発音がして、高い天井まで水柱みずばしらが立ち上がった。


「ッ!!!」


激しい水飛沫を浴びたあちきは、空中で体勢を崩した。


でもなんとか片膝立ちで着地する。


 ホログラムのBASARAが言う。


氷水ビンシェイはバイオボーグだが……しかし、パンツァーは効くはずだ!!

 なぜ使わねぇんだ!?」


 濡れて張り付く髪を拭って答える。


「あちきのパンツァーが届かないの……。

そもそも、氷水ビンシェイちゃんのヤバすぎる拳法に近づくことなんてできないし……。

 何より1秒の制限時間が短すぎるんだよ……」


「やっぱ……『ナユタのパンツァー』が変態すぎるのか……」


 私達の会話に氷水ビンシェイちゃんが割り込む。


「おほほほほっ!

本当に人間はトロくさいったら無いわね!!

 それにパンツァーはバイオロイド様たちが作った技術。

あなたたちに使いこなせられるはずが無いわ!!

 ちょっと配信を盛り上げようと、あなたと遊んであげたけれど……。

これで終わね?」


 氷水ビンシェイちゃんは、両手を広げて手首の内側どうしを合わせ、腰を落して上半身を大きくひねる。


踏ん張る太ももがスリットからさらけ出されて、白いガーターベルトが丸見えになった。


 あちきたちの間に大きなブルーのホログラムが浮かぶ。


【 氷拳的奥秘おうぎ 銀龍的佳能ドラゴンキャノン 】


それを見たあちきは、『ぜったい両手から何かヤバいのが発射される技だよ!!(死)』と思ったけど……その瞬間、目の前に紫の大きなホログラムが重なった。


【 雷葬らいそう 無量光剣むりょうこうけん末法まっぽう伽陀かだ” 】


 次の瞬間、目の前が訳わからないぐらい光る。


 廃墟内にたまった水が一瞬で蒸発して、爆発した。


 大きく湾曲した壁にあちきは叩きつけられる。


 BASARAが言う。


「ナノマシーン衣装のシールドがギリで間に合った!!

 大丈夫か!?ナナちゃん!?」


「いったーーーい(泣)

 お尻が半分に割れたかとおもったじゃん」


「ケツは最初から二つに割れているもんだが……大丈夫みたいだな」


 立ち込める水蒸気の向こう側に人影が見えた。

 

 あちきより少し低い人影から、冷たいけど美しい声が聞こえる。


「どうやら……間に合ったようだ。

しかし息災そくさいのようだな……氷水ビンシェイ

 ……もちろん嬉しくは無いが……」


 水蒸気が晴れる。


氷水ビンシェイちゃんの右の拳を、両手の刀で受けた銀髪の美少女が立っていた。


それは……オオエドシティーでは誰でも知ってるトップアイドル——紫電セツナちゃんだった。


 さすがにテンションが上がったあちきは、セツナちゃんの名前を呼びそうになったけど……彼女の右腕を見て息を呑んだ。


……なぜならセツナちゃんの肩には、氷水ビンシェイちゃんの左手の三本の指が突き刺さっていて、鮮血が流れていたからだった……。


 氷水ビンシェイちゃんは笑いながら言う。


「ごきげんよう。銀髪の雷電プラチナ・ブリッツ

しかしそれにしても……『これ』は油断かしら……?

 それとも、これがあなたの実力?

もしそうだとしたら……哀れな二つ名を持ったものね?」


 セツナちゃんの手が光ったように見えた。


次の瞬間にセツナちゃんは消える。


 遅れて氷水ビンシェイちゃんが消える。


強風のような突風と、雷のような金属音が響いた。


 気付いた時には右手で刀を真横に持ったセツナちゃんが微笑んでいた。


そして、向かいに立つ氷水ビンシェイちゃんの首がうっすらと切れて、血が流れていた。


セツナちゃんは刀を回して逆手に持って、腰の後ろに納刀しながら言う。


「残念ながら、その二つ名は……

あまり好きじゃないんだ」


ちょっと悔しそうな顔で舌打ちした氷水ビンシェイちゃんは、それでも微笑む。


「問答は不要のようね……。

わたくしの拳で電脳がブチわれる瞬間に、後悔すれば良いわ」


けんけんか、どちらが刹那せつなを超えられるか比べてみようじゃないか?

 もちろん……僕たちの血と魂を賭けてだ」

 

 でもそのとき突然、「どおん」という地面が割れたような大きな音がした。


 大きな地震のように廃墟が揺れた。

アチキのお尻を濡らす水溜まりが、たくさんの波紋を作る。


 あたりを見回しながらあちきは言う。


「つ、つぎは……何!?!?」


 氷水ビンシェイちゃんとセツナちゃんは、音の方向を向いて止まっていた。


 セツナちゃんは銀髪の奥の涼しい表情をさらに鋭くする。


「どうやら……念仏の唱え時のようだ……」


 それを聞いた氷水ビンシェイは、私達に顔を向けて言う。


「ひとまず、勝負は預けるわ。

兎魅ナナに紫電セツナ……。

 次は試合イベントで、会いましょう。

もちろんあなた達がここから生きて出られたらの話だけど……」


 そう言った氷水ビンシェイちゃんは、水溜まりを乱すこと無く大きくジャンプした。


そして【双龍掌そうりゅうしょう】というホログラムと一緒に天井を破壊して、闇の中に消えた。


 その様子を唖然と見上げていたあちきに、セツナちゃんは言う。


「兎魅くん……君は泳ぎは得意かい?」


「は?……お、泳ぎ……!?

 な、なんのこと……??」


 オオエドメトロの廃墟中に地響きがこだましている。


地面の揺れも続いている。あきらかに様子がおかしい。胸騒ぎであちきの喉はカラカラになってきた。


 しかしセツナちゃんは私に微笑む。


その微笑みは可憐で哀憐にあふれていて……何よりも美しくて……百合癖が無いあちきでも惚れちゃいそうなぐらいに、魅力的だった。


 セツナちゃんは口を開く。


「どうやらココロとシノブ君のレーザーが、このオオエドメトロまで貫通したようだ。

つまりは……『大規模な水蒸気爆発』が発生したわけだ……」


 さらに揺れが激しくなる。「ごおお」という音がさらに大きくなる。


 構うことなくセツナちゃんは続ける。


「……もっと分かりやすく言うなら……この廃墟内に『汚水の津波』が発生したわけだ。

 もちろん僕なら、津波の衝撃ぐらいには耐えられる。

なぜなら、僕の体の80%は軍用のサイバーMODだからね。

……そしてそのあと、僕たちは『泳がないといけない』わけだが……」


 もっと揺れが激しくなる。「ごおおお」という音で満たされて耳が痛くなってきた。


「……僕は泳ぎが苦手だ。

サイバーMODとそれに付随する21振りの剣のせいで、僕の体重は150kgを超えるからね……」


 揺れが激し過ぎて、ぶれたセツナちゃんが二人に見えてきた。


「……つまりは、兎魅くん……

『エスコートしてくれないか?』と、僕は君にお願いしている。

 もちろん……『汚水の津波』の濁流の中で、君は僕を引っ張って泳ぐことにはなるわけだが……」


……と言ったセツナちゃんは、あちきに右手を差し出した。


だからあちきは、なんと無くセツナちゃんの右手を握り返したけれど……でも、このときになってやっと自分に迫る危機を理解できたあちきは、思わず叫んだ。


「え、えええええええええええええ!?!?!?」



———

——




【 月影シノブ視点 】




 セミロングの髪が風を鳴らす「ばばば」という音で、私の意識は戻りました。


 まぶたをゆっくり開きます。


青色の景色が私の目に飛び込んできました。


 思わず見上げてしまいます。


雲一つない空が見えました。


 産まれて初めてスモッグが無い空を見た私は、その色の深さに息を呑みました。


 底の無い、吸い込まれるような……青色……。


空の色がこんなにも人の心を捕らえるものだったなんて……私は知りませんでした。


心が澄み渡り浄化されて……目の前の景色と同じように雲一つなくなりました。


怖いほど清潔になった自分の心に、恐怖すら感じます。


あまりの絶景に我を忘れた私でしたが、しかしなんとか現実に意識を戻します。


 いったいどうして、このような状況に……?


 そして強く抱きしめていたはずの彼は……いったいどこに?


 だから私は、暴風で枯れた喉から掠れた声を出します。


「ナユタさんは……?」


そして青一面の空を、真横に見渡した私は気づきます。


私から少し離れた位置で、宙を漂うナユタさんの姿を……。


 目をつぶったままの彼は、私と同じ速度でオオエドシティの空を自由落下していました。


落ちる彼に向かって右手をできる限り伸ばした私は、叫びます。


「ナユタさん!!」


 翼が無くなりナユタさんの袴も失った私は、灰色の彼のトランクスだけを履いたほぼ全裸になっていましたが……それでも我を失って叫びます。


「ナユタさぁああんッ!!!!!!!」


 その声はオオエドシティのどこまでも続く青空に、虚しく吸い込まれてしまいました。




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