110話 あの朧月夜に連れて行って

【 月影シノブ視点 】



【 時間停止4秒 】


 ホログラムのWABIちゃんが言います。


「ナユタ様のパンツァーには秒単位での制限時間がございます!

 現在、時間停止がはじまって4秒が経過しておりますが、いつパンツァーが終了するか予測がつきません!!

 できる限りお急ぎされることを推奨いたします!!」


「もちろん分かっています!!」


と言った私は、背中に生えた真っ黒な翼を広げます。


そして砂塵を巻き上げながら大きく羽ばたきました。



 皆さんの中で、今の私がどのような状況になっているのか不思議に思われている方がいらっしゃると思いますが……現在の私は半分・・災婆鬼サイバーデビル化しているような状況です。


髪色はピンクからいつもの薄紫に戻っていますが、頭には水色のツノが付いていて……衣装は……なんというかその……ビキニ&ふんどしな感じです。


でもその恥ずかしい衣装も、今ではナユタさんの袴やトランクスに覆われていて……それはそれでまあ……ちょっと違うベクトルの恥ずかしさはありますが……ナユタさんに包まれているみたいで……暖かい気持ちになります。



 私とココにゃんの「アルマゲドン」により、景色は一変していました。


爆発中に時間停止したせいでコンクリートの床がバラバラになって浮き上がっていて、それらは宇宙に存在する隕石・・のように空間に固定されています。


しかもその「コンクリートの隕石」には少しも触れてはいけません。


なぜなら……先ほど私の翼の先端が当たったコンクリート片が、弾丸のようなスピードで彼方に飛んでいったからです。


おそらく私が触れた瞬間にコンクリート片が「時間を取り戻す」ようでして……爆発のエネルギーを受けた現在の状況を「思い出す」みたいです。



【 時間停止4.2秒 】



 ですからナユタさんまでの直線距離は大したことは無いのですが、空中に無数に浮かぶ「コンクリートの隕石」のせいで一筋縄ではいかない感じでした。


 しかしもたもたしている訳にはいきません。


 私は飛び交うコンクリート片を無視して翼をはためかせ続けます。


 弾丸のような音が私のすぐそばを行き交い、そのたびに自分が急死に一生を得たのだと感じます。


小石のような大きさのコンクリート片でも当たれば致命傷になると思いますが……その事実が逆に私を冷静にさせました。


なぜならそのような場所に、愛する人が裸のまま漂っているのですから。


時間が再稼働すれば今度こそ、もう2度と……彼に会うことは出来なくなるのですから……。


『ナユタさんにもう一度会いたい』という一心が、無茶な行動を私に冷静に決断させたのです。



【 時間停止4.5秒 】



 飛んで来た拳大のコンクリート片が、私の背中を掠めます。


激しい衝撃を感じて、体勢が大きく崩れました。


「な、なに???」


 羽ばたいても羽ばたいても速力は落ちる一方で、さらに高度も落ちます。


しかし、墜落だけは避けなくてはいけません。


なぜなら床には大量のコンクリート片が静止しているからです。


私がそれらに触れると雨あられのようなコンクリート片が、私を蜂の巣にすることは簡単に想像がつきます。


 だから必死で翼を動かしました。


 エモとらにより得られたその翼は電子的に動く“仮初かりそめの翼“でしたが……しかし私はそれを大量の汗をかきながら必死で動かします。


 嫌な汗がぬるりと私の身体中にまとわりつきます。



【 時間停止4.8秒 】


 

 空中でバタバタとしていると、別のコンクリート片に触れてしまいます。


「コンクリートの隕石」が右太ももを掠めました。


「いっ!!!」


鋭い焼けるような痛みと、皮膚の焼ける嫌な匂いがしました。


反射的に動いてしまった右足が、さらに別のコンクリート片に接触します。


高音を残して飛ぶコンクリート片が、こんどは確実に私の2枚の翼を貫きました。


「いやっ!!!!」


捻ってなんとか抵抗を試みます。


しかしその影響で私の体は、鉛直方向に激しい回転を始めます。



【 時間停止5秒 】



 制御を失った私の体は凄い勢いで回転を始めます。


そのせいで私の胸を覆っていたナユタさんの袴が、私の体から離れます。


「だめ!!」


 回転しながらも彼の袴を掴みますが……しかし袴は大量の「隕石」に八つ裂きにされました。


「いやっ!!やめてぇッ!!!!」


叫び声もむなしく、ナユタさんの袴の切れっ端を掴んだままの私はきりもみになり落ち続けます。


こぼれる涙が螺旋を描いて空中に固定されます。



【 時間停止5.3秒 】



 墜落した私の全身を激しい衝撃が襲いました。


 その瞬間私は『自分は死んだ』と思いましたが、激しく頭を打った衝撃で……


意識が飛びました。



【 時間停止5.5秒 】



 ……………



【 時間停止6秒 】

 


 意識を取り戻し再び目を開けた私は、驚きました。


コンクリートの上に落下したにも関わらず、自分の身体が無事だったからです。


したたかに打った脚や肩には擦り傷が出来ていますし、頭からも出血もあります。


しかし私は、コンクリートの隕石に貫かれて死んでいませんでした。


 首を振ってあたりを確認します。


そして気付きました。


 私はまだ吹き飛んでいない床に“不時着”したようです。



【 時間停止6.2秒 】

 


 足元を見ると無傷のコンクリートの床が見えました。


そして前を向いて目を凝らすと、大小のコンクリート塊とともに空中に静止するナユタさんの姿がありました。


おそらく彼の下の床もまだ爆裂していないようです。


 だから私は、額に垂れた血を拭いました。


首を振って涙を振り払います。


飛散したそれらは空中で固定され、すぐにモノクロになりました。


 そして私は思いました。


『ナユタさんがまだ私を待ってくれている』


 そうです。まだ時間停止は終わって無いんです。


 右足で床を強く蹴りました。


モノクロの景色が私の後方に向かって流れ始めます。



【 時間停止6.3秒 】



 黒と白だけの無音の世界を走りながら私は思います。


今まで私はナユタさんに何度か守ってもらいましたが……ナユタさんもこの「荒涼とした時間停止した世界」の中で急いで走っていたんだと思います。


今の私と同じようにナユタさんも1人で……懸命に走っていたんだと思います。


 たくさんの息を吸って吐きます。


「はっ……はっ……ナユタさん……」



【 時間停止6.7秒 】



 前を向きます。


 しっかりと地面を蹴って走ります。


 右脚と左脚を交互に動かして、両手ふります。


 彼に追いつくように。


彼と並んで立てるように。


 すぐに泣いてしまう自分とお別れするために。



【 時間停止6.9秒 】



 そしてナユタさんのもとに私は辿り着きました。


 空中に浮く彼の裸の胸に、そっと手を当てます。


停止した時間の中で鼓動はありませんでしたが……しかしナユタさんの身体から温もりを感じました。生命の存在を感じます。不思議な感覚です。


 安堵の笑みが漏れます。


「よかった……」


 爆発時の衝撃で硬く口を結んで、目をきつく閉じた彼の表情は苦しそうでした。


 身体中は擦り傷だらけで上半身には火傷もあり、左義腕さえ失っていました。


それにより彼の時間停止中の激しい“闘い”のあとが、ありありと浮かび上がってきました。


 それを見た私は自分の身体中が痛くなる感覚を感じて同時に、涙がまた出そうになりました。


 しかし今は泣いている場合じゃ無いんです。


だから私は彼の身体から視線を外そうと横を向きましたが、その瞬間に……彼のその……凸部分が大きくなっているのを見てしまいました。


 思わず笑ってしまいます。


「仕方ない人ですね……。

こんな時ですらナユタさんは“ナユタさん”なんですから……。

 待っていて下さい。

あともう少し、ですから……」



【 時間停止7.2秒 】


 

 私は一度天を仰ぎます。


 モノクロの無機質なスモッグの空が見えました。


そしてナユタさんの胸を強く抱きしめます。決して離れないように。


 黒い翼を広げます。


力の限り翼を羽ばたかせます。私達の体が床から少しだけ離れ始めました。


 しかし仮初の翼はやはり……さきほどの墜落で大きく損傷していました。



【 時間停止7.4秒 】


 

 私達は落下します。激しい衝撃に襲われました。


「いっ!!!」


 ナユタさんと自分の体重をうけた膝が痛みます。


おそらく擦り傷になったと思いますが……かまっていられません。


 私は意を決します。


ホログラムのピンク色が、色の失われた空間に色濃く浮かびました。


【 災婆魚雷サイバーギョライ 】



【 時間停止7.6秒 】


 

 私はコンクリートの床に向かって【災婆魚雷サイバーギョライ】を7つ発射させました。


災婆魚雷サイバーギョライ】は冷たいマットグレイで、重く空間に浮かびます。


静止したそれらの兵器は、今にも爆裂してこの世界を粉々にしそうな迫力がありました。



【 時間停止7.8秒 】


 

 そして私はふたたび翼を大きく広げました。


翼が損傷していて飛ぶことはできませんが、でも少しでも浮かべれば……時間停止が終わったときに、崩壊前のナノマシーン衣装が私とナユタさんの身体を守ってくれる筈です。


「ナユタさんごめんなさい。

 こんな……一か八かみたいなことになっちゃいましたが……。

 でもこれが……今の私に出来る精一杯なんです……」


 ナユタさんの胸を両手でしっかりと抱きしめます。


 あるいはこれが彼と私の最期かとも不安がよぎり、どうしようもない程に怖くなりましたが……しかし私は「信じたい」と思いました。


 「私の彼への想い」と……そして「彼から私への想い」を……。


 私は目を閉じたナユタさんを抱きしめたまま、翼を高く高く掲げます。


ナユタさんの身体をもっと強く抱きしめます。


絶対に彼を失いたくないという気持ちが沸き起こりました。


 そして一気に「ばさり」と羽ばたきます。


私達の身体が浮き上がりました。


同時に地面を強く蹴ります。


 重力から逃げる事ができました。


 空中に停止した7つの【 災婆魚雷サイバーギョライ 】が、私の足元の50cm下まで遠ざかりました。



【 ジャスト8秒!! パンツァー終了!! 】


 

 全ての物体が動きを取り戻し、色が世界に戻りました。


しかしそれらの事を知覚する間もなく、私は狂った閃光と轟音に包まれます。


 激しい振動と衝撃が私達を襲います。


真っ白になる世界の中で私は、ナユタさんの体に抱きついて目を閉じたまま、呟きます。


 「大好きです……ナユタさん……」


 



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