109話 Far away (ファラウェイ)

【 兎魅ナナ視点 】

【 アルマゲドンの3分前 】




 重装備のキチク芸能社の男女が、幸せそうな顔で倒れる。


「ほぁあああ…… ナナちゃん……気持ちいい♡……」


「ああぁっ……私こんなの……知らない♡……」


倒れる二人の横を通り過ぎて、あちきは汚水を跳ねて走り続ける。


 連続のパンツァーで電脳が燃えるように痛く、そして熱い。


あちきはドリルツインテールの頭を、右手で押さえる。


「これで30人目……いったい何人の追っ手があちきを追ってるの!?。

 ていうかさ?

EQの地下研究所ってまだなの?」


 網膜ディスプレイのBASARAが答える。


「徒歩では無理がある距離だからな……。

 あと半日は掛かるか?」


 じれったい気持ちが湧き上がる。


あちきの可愛いリスナーちゃん達は、EQのせいで死んじゃったんだ。


ナユタちゃんが危ない目に合っているのも、あいつのせい。


そして無意識だったけど、あちきはEQの人殺しに加担していたんだ。


だからあちきは、電脳が塵芥ちりあくたになっちゃったとしても、ヤらなくちゃいけないんだ。EQを……。


 そんなあちきの気持ちを知っているのかどうかは知らないけど、BASARAは独り言のように話す。


「AIの俺様から言わせると……罪の意識ほど無意味なもんなんて無い……。

 腐ったディストピアに人情なんてもんは、お荷物なだけだ。

 それにリスナー達のアレ・・は、ある意味で事故みたいなもんだったしな?」


 あちきはBASARAにウインクする。


「安心して?BASARA。

仇討ちとか、ケジメとか……そういうちょっと古いジャンル、あちきあんまり興味無いから」


「じゃあどうして、必死こいてEQを殺ろうとしてるんだ……?」


「うーーーん、それは(悩)……。

強いて言うなら……

 “母性“……ってやつ?」


「は?……母性だって……?」


「うん。母性。

……やっぱさ?可愛いじゃん。ナユタちゃんって……。

 誰かを守る為に必死で頑張れる子ってさ?よく居そうだけど……本当は・・・あんまり居ないの。

だからあちきは、ナユタちゃんって可愛いって思うんだ。

 ナユタちゃんに『大丈夫だよ?怖くないよ』って言って、優しく抱きしめて電脳をナデナデしたくなっちゃうの(愛)。

 だから……ナユタちゃんを不幸にしたEQを許せないんだよ(怒)。

アイツが居ると、ナユタちゃんもリスナーちゃんも苦しむんだから……やっぱアイツをヤっちゃわないといけないなって思うんだ……。

 BASARAも、分かるでしょ?」


 ちょっと呆れ顔っぽくなったBASARAが言う。


「い、いや……。

 その説明は……感情が無いAIの俺様どころか、大体の人間でも理解できないと思うんだが?」


 あちきは笑ってBASARAの顔を真っ直ぐ見る。


「まだまだお子様だね?BASARAも(兎)。

 でも大丈夫。

あちき童貞、けっこうへきだから(悦)」


 そんなあちき達の会話は、地面が揺れるような轟音で途切れる。


 真剣な表情になったBASARAが言う。


「ナナちゃん!!敵だ!!

伏せろ!!!」


 アチキは汚水の中に伏せた。


 ナノマシーン衣装はもう既に泥だらけだったけど、口から入ってきた汚水のせいで、さらに最悪な気分になった。


だからあちきは「うへー。さいあく」って言いながら直ぐに立ち上がったんだけど……目の前でぬらぬらうねうね動く果ての見えない“巨体”を見て、さすがにびびった。


 BASARAが言う。


突然変異生物アヤカシのクチナワだ!!

 昔はミミズとか言う小さな生き物だったらしいが、ソイツは20mを超える大物だ!!」


 赤茶色の蛇のようなぬるぬるとしたそいつの巨体は、オオエドメトロの廃墟いっぱいにうねうねしてる。


そいつの目の無いヌラヌラした不気味な頭を見たあちきは、全身の毛が逆立った。


「きっも!!生理的に無理!!!

 て、ていうか!デカ過ぎて!

さすがに垢BANだから!!」


「何言ってんだ!?

早く電脳戦扇サイバーセンスを構えろ!!

食われるぞ!!」


 BASARAの忠告よりも、突然変異生物アヤカシの巨体が動くほうが早かった。


 あちきは帯に刺した電脳戦扇を抜くけど……どう考えても間に合わない。


だからあちきはハイヒール雪駄を踏み締めて、飛んで体を大きく捻る。


しかし“ヌラヌラ頭”の動きは早く、ミニ丈着物の裾が食い破られる。


あちきの体はヌラヌラ頭の口に引っ張られて、きりもみになった。


「っっ!!!」


あちきはさっきと同じように汚水の中に頭から倒れ込む。


ただ一つだけさっきと違うのは、着物が食い破られてパンツ丸出しになっちゃったってこと。


お尻が激しく擦れて普通にめちゃくちゃ痛い。


 でも、すぐに起き上がる。


 そして……ドン引きした。


「ひっ!!!」


……なぜなら、あちきの視界がクチナワの巨体で埋め尽くされていたからだった。


うねうねぬぬめした“赤茶色の壁”が迫り来るのを見て、さすがの能天気なあちきも絶望する。


『EQのところに着く前に……ヌラヌラ頭にすり潰される最期なんて……。

 やっぱ因果応報ってやつなのかな……?

ナユタちゃん……』


 でも、死を悟ったあちきの目の前にホログラムが浮かぶ。


【 氷龍砕拳ドラゴンマッシャー 】


 甲高い「ホワチャーッ!!!」という怪鳥音さけび声が聞こえる。


同時に、EDMの激しいドラムンベースのような低音の連続が、廃墟全体を揺らした。


 次の瞬間クチナワの動きが止まり……とつぜん破裂する。


あちきはぶち撒けられた肉や内臓を頭から被った。


 普段のあちきなら……「キッモ!!あちきの服が魚屋の前掛けみたいになっちゃったじゃん!!」ってつっこむところだったけど……目の前の「異質な存在」に息を呑んだ。


 身長は145cmぐらい。


 真っ黒なツヤツヤの髪は二つの大きなお団子結びになっていて、その根本から降ろされたストレートの黒髪が彼女の腰まで伸びていた。


 スカイブルーのくっきり二重の目はくりくりに光り輝いている。流石のあちきでも「可愛い」と呟いちゃうぐらいに、可憐だった。


 そして服装は、グレイの龍の刺繍があしらわれた銀色のチーパオ(※チャイナドレスの意)。


チーパオのスリットからはガーターベルトが覗いていて彼女の白タイツに繋がっていたけど……彼女のチーパオのスリットはめっちゃ深くて腰ぐらいまで露出してたので、あちきは「この娘……履いていないのかも?」と思った。


 ともかく……あちきの目の前に突然現れた、いかにもソビカ風な美少女は、幼い可愛い声で言う。


「ごきげんよう。

 わたくしは氷水ビンシェイ

北奉行所のトップアイドルを、務めさせていただいているわ……。

 そしてあなたが……“かのお方“ご所望のR18アイドル……兎魅ナナね?

 よくよく見れば、肉片だらけの小汚い小娘じゃない……。

やれやれまったく……かのお方の命令とは言え、指一本も触れたくは無いわね……。

 まあ……ブチ殺すので関係は無いけれど?」


 そう言って氷水ビンシェイちゃんは、お団子から垂れ下がる黒髪ストレートを跳ね上げてあちきを嘲笑った。


 そんな氷水ビンシェイちゃんはエキゾチックな魅力に溢れていたけど……唐突の登場にビビリ過ぎたあちきは、血肉を被ったまま口を開いた。


「めっちゃ……ロリじゃん……」



 【 月影シノブ視点 】



 突然のナユタさんの登場に、私は驚きました。


 そしてそれ以上に……私が災婆破壊光線サイバーレーザーを放とうとしているのにも関わらずナユタさんが目の前に居ることに……もっと驚きました。


WABIちゃんが「アルマゲドン」と表現したように、災婆破壊光線サイバーレーザーがヤバい威力の武器だということは私が一番理解しています。


しかしあまりに突然な出来事だったので、私には疑問を浮かべることしか出来ませんでした。

 

 『なぜ!?どうして!?ナユタさんが!?!?』


 そんな一瞬の大きな疑問のお陰で、災婆破壊光線サイバーレーザーの狙いが若干ズレましたが……しかしそれでも、その破壊力が衰えることはありません。


極限まで増幅されたエネルギーが光の束となって、私から解き放たれます。


思わず叫びます。


「ナユタさぁああああんッッ!!!」


しかし現実は無常です。


私の災婆破壊光線サイバーレーザーは目の前の全てを破壊します。


爆裂したコンクリートの床が浮き上がり、ナユタさんも糸が切れた人形のように吹っ飛んでしまいます。


 閃光。


 閃光。


 閃光。


 全てが真っ白になりました。


しかしそんなホワイトアウトした景色の中で……ホログラム・・・・・が、目の前に浮かびました。




【 パンツァー起動 】




 その瞬間、全ての色と音は無くなり、完全な静寂がおとずれ……「数秒間の世界の停止」が始まりました。


しかし私は、そんな状況がまったく飲み込めません。


だから私は、ナユタさんを失ってしまったかもしれない状況に絶望して、叫び続けてしまいます。


「いやぁあああああああああああっ!!!!!」


涙が溢れますが……しかし落ちた涙は空中で静止します。


私の顔の周辺に、沢山の涙の粒が固定されました。


そのあまりに異様な光景を前にした私は泣くのをやめて、若干の冷静を取り戻します。


 だから私は、涙を目に溜めたまま呟きます。


「い、いったい……ぐすっ……何がどうなったの?……ぐすっ」



【 時間停止0.5秒 】



 驚愕が悲しみを上回ってしまい、私は呆然自若としてしまいました。


そんな私の前にホログラムのWABIちゃんが登場します。


 なぜか全裸で……。


「申し訳ございませんシノブ様。

現在の状況に関してはワタクシにとっても、理解不能でございます……。

シノブ様とワタクシの電脳が、『ナユタ様の世界』に侵入できるなんて……。

 しかしあるいはこれこそが、カナタ様が思い描いたWABISABIの本来の姿なのかもしれませんが……」


全裸のまま矢継ぎ早に説明するWABIちゃんの言葉は、私の電脳に全く入ってきませんでした。


「ど、どういうことですか?WABIちゃん?

お、お父様が……?ナユタさんの世界を……?

 て、てかWABIちゃん。

なぜ全裸なのですか……?」


「申し訳ございません。シノブ様……。

これ以上の説明は、ワタクシの存在自体に関わることでございます。 よってそのご質問の回答につきましては、ご容赦いただければと存じます」


そう言ったWABIちゃんは、全裸のまま深く会釈しました。そして続けます。


「……しかし今ならば、まだ間に合うかもしれません……」


「ま、間に合う……?」


「ええ……。

間に合う可能性がございます。

 あちらです……」


と言ったWABIちゃんは、私の前方の遠くを指さしました。



【 時間停止1秒経過 】



そこには遠くに浮かぶ、ナユタさんが見えました。


しかし彼の姿を見た私は、思わず両手で顔を隠して指の間からその様子を見ながら、叫んでしまいます。


「こ、こっちも!?

全裸!?!?!?

どうして!?!?!?」


そうです。


驚きました。


 空中で時間停止したナユタさんはブーツだけを履いた、一糸も纏わぬ姿だったからです。


流石にマニアック過ぎます。


変態過ぎます。


訳のわからない事だらけでしたが……しかし私は一つの事がすごく気になってしまい、WABIちゃんに呟くように質問してしまいます。


「ナ、ナユタさん……すごく全裸ですけど……。

 で、でもどうして……パンツァーが発動を?」


WABIちゃんがちょっと驚いたような表情を作ります。


「ご存知なかったのですか……?」


「な、なにがですか……?」



【 時間停止2秒経過 】




WABIちゃんは微笑んで、私の下のほうを指さします。


 促されるまま、私は自分の下半身を見ました。


「……え……?」


 またまた驚いたことに、なんと私は男性用のトランクスを履いていました。


それは灰色のトランクスで、物心ついてから女性だらけの環境で育った私にとっては、完全なる未知のパンツでした。


しかもその未知のパンツをいつの間にか自分が履いているのです。


恥ずかしいやらよく分からないやらで、私はトランクスの裾を引っ張りながら顔を真っ赤にしてしまいます。


「え!?!?

 えええっ!?!?!?

な、ななななんで!?!?」


 WABIちゃんは微笑んだまま説明します。


「これは推測ですが……おそらくナユタ様は、シノブの様の衣装のことを気にされたのかもしれません……」


「わ、わわわわ私の衣装の事……?」


「ええ……。

 WABISABIが機能停止しエモとらが強制解除された場合、シノブ様のナノマシーン衣装が剥離し、シノブ様は全裸になってしまいます。

たとえば、今のワタクシやナユタ様のように……。

 だからその事を危惧されたナユタ様は、シノブ様にご自身のパンツを、お履かせされた・・・・・・・のかと存じます」


 私は全裸で浮かぶナユタさんを見ながら、おうむ返しします。


「エモとらが解除……私が全裸……?

 そ、それを防ぐ為だけに……?

 ナユタさんは全裸で……吹っ飛んじゃったんですか……?」


 WABIちゃんは、微笑んだまま説明を続けます。


「ええ。

シノブ様のおっしゃるとおりでございます。

 そして幸いながらその――【ナユタ様の灰色のトランクスを履いたシノブ様】を、ナユタ様が見たことにより“エモとら“が発動したようです」


 その瞬間ふたたび、私の目から涙があふれました。


もはや意味がわからないし、あまりにパンツな内容だし、とにかくあまりに情緒に欠けていました。


そしてもちろん……そんな事で涙を流す自分自身も意味が分からなかったのですが……とにかく気づいた時には、私の頬は濡れていました。


驚きの連続でなにもかもが分からなくなった私は、涙を流したまま続けます。


「……つまり……【ナユタさんの灰色のトランクスを履いた私】が……ナユタさんの性癖だったの……ですか?」


 WABIちゃんは答えます。


「ええ。

 ナユタ様にとっては、【自分のパンツを履いているシノブ様】ですら……性癖だったようですね?」


それを聞いた私は、涙を流したまま思わず笑ってしまいます。


 その涙はどこか暖かく感じました。



【 時間停止4秒 】



 そして私は、いつものセリフを言ってしまいます。


「本当に……ナユタさんは……どうしようも無いほどの変態さんなんですね……」

 

そう呟きながら私は、モノクロの景色の中、涙の軌跡を描いて無意識で走り始めました。


 もちろん……最愛の男性に、もう一度会うために。

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