102話 ミラージュ

【 EQ視点 】



 オレの量子コンピューターに映る【サイバー坊主のボンノーチャンネル】には、リスナー共の“弾幕“が飛び交っていた。


『プロデューサー出しゃばりすぎ』

『恋愛するアイドルとかクソ』

『俺の会社もレーザーで焼き払ってくれよ』

『月影シノブのプロデューサーは無能』

『やっぱ西アイドル事務所は国家の敵』

『EQ様のディスりの切れ味マジ涅槃ねはん


 実況配信を一時停止させたオレは、でかいサイバーダイブチェアを回転させ、脚を組んで上機嫌に笑う。


「ふははははははははは!!

西アイドル事務所のあいつらよぉ!!美味し過ぎかよぉ!!!

 あいつらの戦闘をフツーに配信するだけで、オレのフォロワーが5000万人増えたぜ!!

 マジでウケるんだが!?

ふはははははははははっ!!!」


 キチク芸能社の電脳研究部門担当だったかなんか忘れたけど……まあ良い……白衣のクソ真面目そうな男が、分厚いメガネを直しながら言う。


「紫電セツナと黄泉川タマキによる超常的な戦闘……なぜか理由もなく頻発する“サービス”シーン……じゃ無い、“センシティブ“シーン……。

 そして極め付けの、月影シノブの戦略級レーザー攻撃……。

これは、バズらない筈が無いですね」


 オレは頷きながら、配信画面を見下ろして言う。


「しかもさぁ??

兎魅ナナも屋敷から逃げ出してさぁ??アイドル同士で殺し合いを始めてよぉぉぉ??

 あいつら、どんだけネタ持ってるんだよwwwww

 “ネタの自販機“かよぉwwwwwww

やべぇwwwwww

 まじでハラいてぇwwwwwwwwww」


 しかし俺の予想に反して、クソ真面目そうなメガネの男……いや、”クソメガネ”の表情が曇る。


「今確認したところ……西アイドル事務所の腰痛部よーつーぶのフォロワー数が異常に伸びています。

 先ほどと比較して……100万人のフォロワーが増加しています」


「配信をしていないのにか?」


「ええ。配信をしていないのに……です……。

しかも、瞬間的にはEQ様のボンノーチャンネルよりも伸びています」


 オレはその情報に少し苛立って、男が手に持つホログラムディスプレイを奪う。


「ちょっと見せてみろ」


 ホログラムディスプレイを見たオレは、少し驚く。


「マジじゃねえか……たった数分で100万人近くフォロワーが増えてやがる」


「ええ……。

しかも、コメント欄は何故か好意的なコメントで溢れ始めています。一部読み上げますと……

 『ナユタ応援したくなってきたかも』

 『ナユタにならシノブをやっても良いかもしれない』

 『シノブが選んだ男なら仕方がない』

 『ナユタはシノブと俺の嫁』

 『ただ単純にシノブの幸せを望む』

 『シノブのうなじは国の宝』

……という感じです」


 それを見たオレは、偽善とクソの塊の人間クセぇアホらしいコメントに、少し吐き気を感じた。


 クソメガネは続けて言う。


「やはり、業界の中でも覚悟を決めたファンが多いと有名な月影シノブの古参勢『テノモノ』の結束は強固な様ですね……。

 ……まあ、ファン数自体はクソ雑魚なんですが……」

 

 オレは、命令する。


「おい。クソメガネ……。

“検体“を連れて来い……」


 クソメガネが驚いた顔をする。


「検体……?

“アレ”ですか……?

しかし、パンツァーが定着していませんが??」


 オレは、クソメガネの人間らしい頭の回転のトロさに、さらにイラつく。


「知ってて言ってんに決まってんだろぉ??

それに……パンツァーが普通の人間に定着したって、たかが知れている。

 どっちみち、クセぇ生ゴミになるのに変わりは無ぇんだ。

だからさ?ともかくさっさとその検体をよぉ??

連れて来いって言ってんだよぉッ!??」


 オレのイラついた様子に気づいたクソメガネは、少し慌てた様子で言う。


「わ、分かりました……。例の検体を、こちらまで移送させます」


 そう言ったクソメガネは、慌てた様子で部屋を去った。


 そしてオレは、バカデカいサイバーダイブチェアを回転させて、再び画面に目を落として呟く。


「教えてやろうじゃねぇか?

クソの塊の “腐った電脳パンツァー“の、クソみたいな使い方ってヤツをよ??」


 そう言って笑ったオレの目の前には……


【月影シノブのニンニンチャンネル】のロゴマークが浮かんでいた。




【ナユタ視点】



 レーザーで溶断された“屋敷だった物”は、切り裂かれ、床や天井から無数の鉄筋が突きでていた。


千切れた水道管から雨がふり、俺の足元に水溜りをつくる。


そこに壁が崩れ落ち、水が跳ね上がり、俺の体をずぶ濡れにする。


 崩壊をつづける兎魅ナナ邸の内部は無惨だったが、崩れ続けるコンクリート塊がけたたましく喧騒を極めていた。


 穴が空いた床を飛び越えた俺は、穴空き黒タイツのウメコに手を差し出し、叫ぶ。


「タマキを放って来て、本当に大丈夫なのか!?」


 俺の手を取ろうとしたウメコだったが、それを無視して俺に向かって叫ぶ。


「タマキさんなら、大丈夫みたいよ?

 ナユタ君の子種がどうとかって言っていたから」


「そうか。

 それなら、いつも通りだな……安心……

じゃない!!

 危うく騙されるところだったぜ……」

 

 ウメコは床の穴を飛び越えようとしていた。


だから俺はそれを再び手伝おうとしたが……しかしウメコはやはり、頑なに拒否する。


独力で穴を飛び越えたウメコは、ブルーの髪を手で払って言う。


「ほんと……ナユタ君って……そういうところよね?」


「何のことだ?分からないんだが……?」


「分からなくて良いのよ。

自覚して欲しいのよ」


 俺は何かを言おうとしたが、崩れた天井の轟音で遮られた。


目の前に水柱みずばしらが立ちのぼり、俺たちはまたしても頭からずぶ濡れになる。


 崩落した天井の裂け目から光が差し込む。


 そこから戦闘機が空を駆けるような炸裂音が、聞こえる。


間違いなくシノブとココロが戦う音だ。


 れた感情が、口から吐き出る。


「早く……向かわないと……」


 そう言って走り始めた俺の目前に、裂けた天井から金髪碧眼へきがんボブヘアーの美少女が降り立った。


 崩落し続ける屋敷の中で、ピンク色のハイヒールの音が場違いに響く。


 その美少女は、めちゃくちゃナイスバディーでピチピチ桃色の衣装で、しかも色んなところが破れていた。


裂けたつるつるの生地からハミ出る谷間や下乳や太腿が、天井から差し込む光に照らされ輝く。


 セクシーという言葉がぴったりの金髪美少女は、碧眼を暗く光らせて呟いた。


「キチク芸能社の研究部門が威信を掛けて作った、美少女殺しアイドル@バスターBENKEI……まさか月影シノブのレーザー一撃で戦闘不能になってしまうとは……ほんとマジでそこもとどもは、ふざけた連中じゃな……」


 それを聞いたウメコが言う。


「あなた……まだ生きてたのね……。

 流石、中堅アイドルって事なのかしらね?イチモンジ?」


 俺は彼女のナイスバディーと金髪碧眼に驚きながら言う。


「え??なんだって??

 このナイスバ……じゃ無かった、いかにも南蛮人なセクシー美少女がイチモンジの中身なのか??」


 ウメコが呆れ顔で言う。


「一目で分かるじゃない……。

 虚無僧笠は無いけれど、背丈は同じだし何よりもこの口調だし」


 イチモンジがそれに答える。


「……そうじゃ今更何を隠そう……こなたはイチモンジ……そしてブリリカ人じゃ。

セツナ様に焦がれたこなたは、ヒノモト人になる為にブリリカ人の誇りの金髪碧眼を隠して浪人アイドルとして成ったのじゃ……。

まさかこなた達なんぞに素顔を見られるとは、無念の極みじゃ……。

 ちなみに、こなたの好きな食べ物はバニラアイスを乗せたチョコブラウニーで、本名は……マライアじゃ……」


 俺は驚いて思わず言う。


「イチモンジ……ブリリカ人だったのか?

しかし……『猪口ちょこ無頼ぶらいに』だって??

なんか男らしい名前の食べ物だな。

 それに本名が『まら嫌』……。

ブリリカ人の名前ってなんか、センシティブ過ぎないか?」


 俺のセリフにウメコが慌てて突っ込む。


「ちょっとナユタ君!!なんて事言ってるの!?

こんな時代にそんな事言ったら、西奉行所のアカウントが炎上するわよ???」


 そんな俺の炎上の恐れがある発言を聞いたかどうかは分からなかったが、イチモンジが腰に帯びた太刀をゆっくりと抜きながら言う。


「私怨は無かった……しかし、BENKEIを破壊されたとなると話は別じゃ。

 なぜなら、こなたの査定に響いて……減給の可能性があるからじゃ!!!」


 イチモンジの前にホログラムが浮かぶ。


【一文字八刀流】


 しかしそのホログラムを弾丸が切り裂く。


 俺は驚いて横を向く。


 ウメコが片手で構えた拳銃から硝煙が立ち昇っていた。


 弾丸を刀で弾いたイチモンジが叫ぶ。


「じゃ、じゃから!!!

 こなたが喋ってる途中に発砲すなって言うとるじゃろうが!!!」


 ウメコは薄っすらと笑みを浮かべて言う。


「やはり……あなたのピンク過ぎる剣術……イチモンジ八刀流のタネが分かったわ……」


「タ、タネじゃと……ふ、ふふ。笑わせよる……。

こなたの最強の夢幻ゆめまぼろしの剣術……イチモンジ八刀流にはタネも仕掛けもないわ……」


少し呆れた顔のウメコがいう。


「だからイチモンジ……あなた常にネタバレしてるのよね?

 ともかく、ナユタ君は行って」


 と言ったウメコは何も無い空間を指差した。


 突然の名指しに俺は戸惑う。


「え??『行って』……だって?」


 ウメコは言う。


「この程度の敵なら……私一人でも十分よ?」


「だが、しかし……」


 ウメコは俺に背を向けて背中のホルスターから拳銃を抜き、両手で2丁の拳銃をゆっくり前に構えて言う。


「だって私もう、パンツだって履いていないから、あなたの力になれないし……。

 なにより……“もう良い”のよ……ナユタ君」


「もう良い……?」


 ウメコの表情は見えないが、少し脚を広げたスタンスをとった彼女は確固たる戦闘姿勢でイチモンジに向き合った。


 そして毅然と言う。


「とにかく、これ以上の質問を受け付けないわ……。

それに話している時間が無駄よ。

 だから、走りなさいナユタ君。

シノブの元へ……」


 またしても天井が崩落を始める。


ウメコの近くにコンクリート塊が落ちる。


高々と立ち昇った水がウメコを一瞬で覆い尽くす。


しかしウメコは微動だにせず、濡れたまま立ち尽くした。


 彼女は、両手で拳銃を構えたまま呟く。


「殺されるのは……私のほうだったのね……」


 その縁起でもないウメコのセリフに対して、俺は何か声をかければ良かったのかもしれないが……しかしこの時の俺には彼女に声をかける「資格のような物」が無かった。


 何よりもウメコ自身がそれを望んでいない気がした。



【月影シノブ(サイバーデビル) 視点】



 ほうぼうで爆発が発生する。


 高速で飛ぶ私の前で景色は溶け合って、よくわからない色の混ざり合いになっていた。


 オオエドシティーの鈍い水色の空の中で、私と織姫ココロちゃんは戦っていた。


急降下する私の黒い翼で雲が裂かれ、それをここにゃんの白い翼がさらに細切れにする。


 白いスク水のここにゃんの衣装は、爆炎と血で汚れて純白では無くなっていた。


高揚した――でもうつろな笑顔でココにゃんは言う。


「痛みと感情が溶け合って最高の気分だよ……。さあ、あたくしともっと殺し合おう。しのぶくん……」


 ここにゃんの白に近い紫色の瞳が、発熱した鉄のように輝く。


裁神ネメシス哀慕あいぼ


 細いここにゃんの手と首から、不自然に大量に金の鎖が“湧き上がる“。


 のたうちならが空を飛ぶ金の鎖が、私を捉えようと襲いかかってくる。


私はそれを次々と避ける。


 豪雨のように降り注ぐココにゃんの攻撃を避けるのは、ちょっと大変。


 流石の私でも本気になる。


 私は空中で旋回する為に、背中から生えた黒い翼を千切れるようにはためかせて冷たい空に爆音ソニックブームを叩きつけた。


 さらに増した速度で世界の景色が溶けて、ただのグレイの背景グラデーションになる。


でも同時に私は、蠢く金の鎖の網の中に「白い影と白い翼」を見つけた。


 だから私は、とっさに両手で顔をかばった。


瞬きをする間も無く、私の右前腕に金色の刃が激しくぶつかる。


前腕の骨から激しい衝撃が全身に伝わり、脚半きゃはんのつま先から抜けた。


 金色の刃は、私の首を斬ろうと私の首のすぐ横にあった。 


それはココにゃんが振るった、稲妻の形をした金色の片手剣だった。


 ココにゃんが剣にさらに力を込める。私の腕から血が流れる。


「ああッ!!!

 金剛石をも溶かす『雷霆ライテイ』を腕で受けるなんて……。

さすがは愛しいあたくしの しのぶくんだ!!!

だから、さあ!!

もっともっともっともっとッ

地獄の業火よりもあついあついあついあついあついッ!!

あまねく痛みをあたくしにッッ!!!」


 興奮した表情のココにゃんが『雷霆ライテイ』を引き抜く。腕に激痛が走る。


大きく裂けた私の腕から鮮血がほとばしって、青い空に赤い曲線を描いた。


しかしその傷は、オーバークロックされたナノマシーン衣装が一瞬で修復する。


私の右腕は、何も無かったかのように元通りになる。


 その右腕を、私は大きく振りかぶる。


 私は怒りを声に乗せて発する。


「そんなにしてまでコレが欲しいのなら、骨の髄まで味わわせてあげるッッ!!!」


 私の後ろを、ピンクのホログラム文字が軌跡を描く。


災婆正拳サイバーカラテパンチ


 私は全身のバネを、右の拳に乗せる。

 

 空気と摩擦して熱くなった私の拳が、空気の層を破って爆音を轟かせた。


 拳が容赦なくココにゃんの体を捉える。


 ココにゃんの骨を砕いた感触が伝わる。


 大きな衝撃波が起こる。


二人を中心に雲が消し飛んだ。


「んっはぁっ!!」


 と悦んだココにゃんの右肩が、あり得ない方向に捻じ曲がった。


同時にココにゃんの白いスク水の身体が、数十メートル吹き飛ぶ。


 ココにゃんが飛んだあとに、白い羽が哀れに舞った。


でも羽ばたいたココにゃんは、直ぐに体勢を立て直す。


ココにゃんの右肩もナノマシーンで元通りに修復されていた。


 ココにゃんは涙を流しながらも、嬉しそうに興奮して言う。


「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいっ!!

さいッッッこうじゃないか!?!!?

 しのぶくん???

きみもそうなんだろう??」


 私はきつい表情でココにゃんを睨んで言う。


「殴り合って痛くない訳ないじゃん!!

 てかっ!!

ココにゃんマジで邪魔なんだけど??

 私は早くナユタに会いたいんだけど??」


 ココにゃんの瞳が暗い色に堕ちる。


「きみは何も分かっていないんだよ??

これからもさらに痛みを受け続けてさ??

 それで良いのかい??

心から血を滲ませながら『痛い』って叫んでもさぁ??

 誰ももう、助けてくれないんだよッ???」


 私はさらにキレて叫ぶ。


「もう!!

何言ってんのか分かんないんだけど??

 それにっ!!

あなたに私の何が分かるって言うのッ??

 とにかく、早くそこをどいてよッッ!!

私はとにかくナユタに会いたいのッッッ!!!」


 私は翼で爆風を発して、重力を蹴り上げながら、音速で空を飛ぶ。


災婆回転鋸サイバーチェーンソー


 私の右腕が私の身長ぐらいのデカさの回転鋸チェーンソーに変わる。


私はそれを振りかぶりながら、さらに速度を上げて雲を貫く。


 それを目のしたココにゃんが、涙を散らして微笑む。


そして、身体全体から金の鎖を発生させる。白いホログラムが浮かぶ。


逆巻く哀憐の稲光エンジェルグレイブ


 金の鎖がココにゃんの金色の片手剣を包み混み、混ざり合い、3mぐらいのほこに変化した。


 そして白い翼を震わせて、ココにゃんも私に突撃を開始する。


 息をする間も無く、私とココにゃんはぶつかり合った。


 空間が歪む。


 景色が歪む。

 

 閃光で色すら消える。


 水平に散った衝撃が、全ての雲を半分に割った。


 圧縮された空気が開放されて、垂直の爆発を産む。


垂直の爆発は空の果てまで届いて、雲を串刺しにする。


さらにそれは、ナナちゃんの屋敷のヘリポートにまで届いてさらなる崩壊を引き起こした。


 私達の足元までグレイの煙が舞い上がる。


 私とココにゃんの前では、激しい火花が散っていた。


災婆回転鋸サイバーチェーンソー」と「逆巻く哀憐の稲光エンジェルグレイブ」がぶつかり合って火花を散らせて、私達の身体を赤く黄色く光らせる。


 愛と憎しみと哀しみを漂わせて、異形の瞳を得た私達は、鋭い眼光のまま笑って同時に叫んだ。


「大好き!!!!!!!!!!」

「大嫌い!!!!!!!!!!」

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