100話 剣林弾雨

 派手なピンクのホログラムが空に浮かぶ。


【 災婆魚雷サイバーギョライ 】


 ピンク髪のシノブが赤い瞳を燃やす。無邪気に笑う。


っちゃえー!!」


 シノブの周辺の床から脈絡なく爆煙が高らかに立ちのぼり、その中から魚雷が飛び出す。


数々の螺旋を描いた魚雷が、BENKEIに襲いかかる。


それに連なるように、目を刺す水色のホログラムが割り込む。


【 愛神ピロテスの絶頂 】


 水色癖毛ツインテールのココロがうっとりする。妖しく微笑む。


っちゃいそうだね……」


 ココロの手枷と首枷の鎖が自在に伸びる。あらゆる方向から、BENKEIを捉えようとする。


 しかしBENKEIは脚のブースターを青白く吹かし、巨体に似合わない恐るべきスピードで駆け巡る。


メタリックレッドの閃光と化したBENKEIがいた場所に魚雷が炸裂し、金色の鎖が爆裂した。


 BENKEIは高速移動しながらも、背中から大きなミサイルを2発発射する。


白煙をまとって天高く登ったミサイルが、上空からシノブとココロを襲う。


 しかしシノブは、「えい!!」と言って拳でミサイルを弾く。

一方でココロは「うんッ!!」と言って悦びながらミサイルを受けたが、完全な無傷だった。


 そして見る間にヘリポートのコンクリートの床は穴だらけの瓦礫と化し、赤茶色の鉄骨が突き出ていく……。



 オオエドシティーのスモッグの空に色とりどりのカラフルなホログラムが浮かび、弾丸やミサイルが飛び交い、パワーアーマーと薄着の美少女達がしのぎを削り合う様子は、俺の理解を超えていた。


「メタリックレッドの弁慶」が赤い残像を描き、「ピンクの鬼」のふんどしがはためき尻が見え隠れし、「白スク水の堕天使」の男の娘な部分がセンシティブに揺らめく。


その様子は”ほぼ天変地異”だったが……それぞれがあまりに非現実的な存在だったので、アニメかVRゲームの出来事に俺には思えた。


 唖然とする俺の横腹を、暴れる青髪ロングを手で押さえたウメコが小突く。


「ナユタ君!!

呆けてる場合じゃないわ!退避よ!!」


 ウメコが腰に巻いた俺の羽織がはためき、彼女のタイツが少し残った生脚が見え隠れする。


 俺は空を駆けるシノブに目を戻して、言う。


「しかし、シノブが!!」


「気持ちはわかるけど、今の私たちに出来ることなんて無いでしょ!!」


「でも俺は……プロデューサーだ」


「あなたは、あんな剣林弾雨の中に入って行けるって言うの!?!?」


 確かにウメコが言うとおり、ミサイルやよく分からない兵器が飛び交う中で自分が生き残れる自信なんて全く無い。


「だが、しかし……シノブを放ってはおけない」


 そんな俺たちの会話を遮るように、久しぶりの“痴女の声”が聞こえてきた。


「あらあら……うふふ……。

 皆さん“お盛ん”のようですね……」


 俺は振り返り彼女の名前を呼ぶ。


「タマキ!!!!!」


 しかしタマキのヤバい姿を見た俺とウメコは、声を揃えて叫ぶ。


「「タマキ(さん)!?!?!!」」


何故なら俺たちの目の前に居るタマキは、「軍用のハーネス」しか身につけていなかったからだ。


 ちなみに「ハーネス」とは、パラシュートとかを使う時に身につける安全用のベルトの事だ。


黄泉川タマキが身に付けているそれは「フルハーネス」と呼ばれる物で、胸や太ももや腰にベルトを巻き付けるタイプのやつだ。


その“ハーネス”により、タマキの胸の先端や股関はギリギリ隠されている感じだが……しかし逆に、締め付けられた巨乳やお尻が360度方向にはみ出そうになっていて、むしろかえってセンシティブだった。


 つまり今のタマキの状態をオブラートに包まず直接的に表現すると……「緊縛プレイ中の痴女」って感じだった。


 俺たちの視線を感じたタマキが視線を落とし、自分の“緊縛状態”を一旦確認してから微笑んで言う。


「安心して下さい履いてますから」


 俺とウメコが思わずツッコむ。


「「そこじゃない!!(のよ!!)」」


 タマキは、緊縛中のくせに何故か優雅に笑う。


「ふふ。お二人ともお元気そうですね。

私は諸々もろもろあって、“ちょっと裸”になってしまったのですが……

倒れたキチク芸能社の社員さんから”これ”をお借りしたんです。

 どうですかナユタさん?

……似合ってます??」


 そう言ったタマキは、俺の眼を見ながら肩部分のハーネスを指で持ち上げる。


巨乳がさらに圧迫され押し潰され、溢れんばかりに大きく動いた。……ていうか、ほぼ溢れていた。


思わず俺は生唾を飲み込んだが……視線を離して冷静を装う。

もちろん、ウメコの視線が俺の側頭部に鋭利に突き刺さっていたからだ。


 しかしここで、タマキの後方から”流れミサイル”が白煙とともに飛んで来る。


『逃げろ!!!』


 と俺は声をあげようとしたが、それよりも先にタマキが大型のマシンガンで迎撃した。


閃光とグレイの爆発が起こる。


 しかしミサイルを撃ち落としたタマキは、なぜか片膝を突いた。

わずかだが、表情も歪んだように見えた。


 服(?)のセンシティブさとは相反する真剣な口調で、タマキは続けて言う。


「実のところ……

私も所長の意見に賛成です……。

 今は、我々が退避することが得策だと思います。

連戦に加えて2度にわたる強敵との戦闘により、私の義体にかなりのダメージが蓄積しているからです……。

 ですのでこの場は、エモとらしたシノブちゃんとココロちゃんに任せても良いかと……」


 俺はしかし、食い下がる。


「だが!!

 前にも言ったが!シノブやココロを戦争の道具として使う事には納得できない!!

だから、エモとらした二人をこの場に放置できない!!」


 ウメコが冷たい口調で言う。


「本当に……ナユタ君、何も分かっていないわね……。

シノブとココロがエモとら出来ているのは、あなたの電脳の処理能力を乗算しているからなのよ?

 つまり、この状況でナユタ君にもしもの事があれば、二人のエモとらが解除されてしまうわ」


 さらに爆発が方々で起こる。


見る間にヘリポートは半壊状態となって行く。

離れたコンクリートの床が、10mにわたり完全に崩落した。


 それを見ながらウメコは続ける。


「……そうなった場合……あのBENKEIとか言う無茶苦茶な性能のパワーアーマーと、エモとら無しで戦わないといけなくなるのよ……?

 そんな状況で、あなたは……勝機を見出せるって言うの?」


 俺は口籠る。


「そ、それは……」


 緊縛のタマキが、色々と揺らしながら立ち上がりウメコに続く。


「さらには、私達が退避する理由が、もう一つあります……。

兎魅ナナちゃんが、この屋敷を放棄したみたいなんです」


 ウメコと俺は同時に驚く。ウメコが聞く。


「何ですって?

 という事は……兎魅ナナはどうやって脱出を??」


 タマキが答える。


「おそらくは……廃線したオオエドメトロの遺構を使ったのだと思われます。

 この屋敷の地下に残された、唯一の脱出口ですから」


「でも、まさか……。

 あそこは、突然変異生物アヤカシ跋扈ばっこする魔窟になっているはずよ」


「ええ。しかし……状況から考えて間違いは無いと思います。

そしてさらに悪い事に、北奉行所のトップアイドルの氷水ビンシェイちゃんが、ナナちゃんを追っている可能性も高いんです」


「やはり北奉行所……氷水ビンシェイを投入してきたのね。

そうであるのなら、兎魅ナナの現在の状況は『前門の虎、後門の狼』ってわけね……」


「ええ。

紫電セツナちゃんがオオエドメトロに向かいましたが……今現在、最も救援を要するのは、兎魅ナナちゃんのほうかと……」

 

 そしてウメコが結論を出そうとする。


「それじゃあ、やはり……この場は退避して、私たちは兎魅ナナを追った方が得策ね……」


 それを遮って俺は言う。


「ダメだ。シノブを放ってはおけない」


 ウメコが凛とした声で言う。


「今の話、聞いていたのナユタ君??

あなたのロリコン……じゃ無かった……シノブに対する想いは、もう分かっているけれど……もう、それどころの状況じゃ無いのよ?」


 またしても近くで爆発が起きる。


爆風が横殴りに俺に叩きつけられる。


俺の腕の入っていない着物の片側が、俺の背中を激しく叩いた。


 俺は下を向いたまま言う。


「俺はセツナに聞いたんだが……

どうやら、EQがこの戦場を実況配信しているらしい……」


 ウメコが顔を一気に赤らめる。


「え!?!?

う、嘘でしょ!?!?

 じゃ、じゃあ……

もしかして……私とナユタ君の下半身が……?」


「ああ……。サイバーネットに乗って世界中に配信されただろうな……」


 “緊縛状態“のタマキが、ハーネスの胸のポジションを正しながら言う。


「あらあら……まあまあ……。

 それなら、ちょっとだけ恥ずかしいかもしれませんね?」


 しかし俺は、俯いたまま拳を握りしめる。


「だが、問題はそこじゃ無い……。

 今の俺たちが、EQに完全にもとあそばれている事が問題なんだ……」


 俺は顔を上げる。


 空では黒い翼をはためかせ、常軌を逸したスピードで戦うシノブの姿が見えた。


「EQは兎魅ナナの電脳を狙いながらも、この巨大な豪邸で俺たちに戦闘をさせているわけだが……。

 その事によりヤツは、俺たち西アイドル事務所を国家の敵に仕立てて、北奉行所との戦闘に発展させた……。

 きっとサイバーネットでは、EQのアカウントにアクセスが集中しまくっているはずだ。

 こんなに、バズる実況配信は無いだろうからな……?

 つまり”このコンテンツ“に、ヒノモトの国民が殺到しているわけだ。

 そして今の状況は、ヤツにとっては全てが手のひらの上だ。

 兎魅ナナの電脳が手に入り同接数も稼げる……一石二鳥って訳だ」


 ウメコが下半身を覆う俺の羽織を、固結びしながら言う。


「でもそんなこと、今さらどうしようもなく無いかしら?

EQは、元々超世界レベルの腰痛婆よーつーばーなんだから……」


「もちろんそうだ。

胸糞悪い話だが……EQは、ディストピアのヒノモトを利用してのし上がったクソ野郎のトップ腰痛婆よーつーばーだ。

 それは事実だし、今さらどうしようも無い。

それに……」


 俺は腰の電脳刀サイバーカタナに手を添えて、続ける。


「……ヤツに引導を渡すのは俺だ。それも変わりない事実だ……。

だからこそ……俺は、この現状をぶち壊したい」


 ウメコがオウム返しする。


「現状を……ぶち壊したい……??」


「ああ。

ヤツの想定どおりに俺たちが動いて、ヤツの想定どおりにヤツがバズる現状をぶち壊したいんだ。

 シノブとココロがド派手な戦闘を繰り広げ、EQのアカウントの同接数に貢献する状況を阻止したいんだ……。

 シノブがエモとらして、1ミリでもあのEQクソ野郎の為に働いているのが我慢できないんだ……

ていうか……そんな事よりも、何よりも……」


 俺は前を向く。


 そして続ける。


「俺は、シノブのあんな姿を、配信に乗せたく無いんだ!

シノブが戦闘するのも嫌だし、シノブの素肌が衆目の下に晒されるのも嫌だ!!

 なぜなら…………」


 俺は言い淀む。


しかし、出かかった感情が収まることは無い。


 だから俺は、考えるより前に話す。


怒りと……何よりもそれを上回る“愛“を言葉にして叩き付ける。


「……なぜなら……

俺はシノブの事が好きだからだ!!

今までは、仕事の為だとか……プロデュース方針だとか……そんな理由を並べ立てていたが、アレは全部嘘だ!!

 俺はシノブの全てを独占したい!!

シノブは俺だけの物だ!!!」


 あまりに意味不明な事を言っている自覚はあったが……俺は止まらない。


「だから、このEQの実況配信を俺はぶっ潰したい!!

 何故なら……

シノブのパンツを見るのも、シノブの笑顔を見るのも、シノブとキスするのも、シノブの絶対領域を愛でるのも、シノブの裸を見るのも、全て俺だけで居たいからだ!!!

 だから、シノブのあられも無い様子が配信されて、EQにより実況されて!あのクソ野郎に利用されるのが、俺は許せない!!

 なぜなら、俺はシノブの事が好きだし、シノブも俺の事が好きだからだ!!

 だからシノブの美しい瞬間は、全て俺の物だ!!

他の誰にも分けてやらない!!

 ましてや、EQのクソ野郎に見られるなんて我慢ならない!!!

 だから俺は、この配信を台無しにして!!このクソみたいな状況の全てを破壊したい!!

 シノブと俺を舐めた事の報いを、少しでも!

EQのクソ野郎に味わわせてやりたいんだ!!

 そして、俺は本当の意味でッ!!

シノブの全てを俺の物にしたいッ!!!!!」


 そんな感じで、俺は息を切らしながらも言葉を終える。


爆発は激しくなり、辺りは俺の言葉と同じように混沌としてきた。


 そして唖然としたウメコが呆れ顔になり、俺の言葉を否定しようとする。


「それじゃあ……ナユタ君は、自分の感情の為にこの状況をひっくり返したいってこと……?

 ……でもそれって、一体どうやって……」


 そんな俺たちの会話に割り込むように、災婆鬼サイバーデビルのシノブの声が響く。


 メタリックレッドの弁慶のミサイルを拳でぶっ飛ばしながら、シノブが叫ぶ。


「ああっ!!もうっ!!!

ちょこまかちょこまかっ!!

ロボの癖に逃げ過ぎ!!ウザ過ぎっ!!!

もう私、飽きてきちゃった!!」


 そう言ったシノブは黒い翼でさらに高く昇った。


突然のシノブの行動に、全員の視線が彼女に集まる。


 そしてシノブの足元に、ピンクのホログラムがデカデカと煌めく。



災婆破壊光線サイバーレーザー



 そのホログラムを見て俺は、総毛立った。


「え……??ちょっと待て。シノブ……。

 レーザーって今??

 この場所で??

 それって……もしかして……」


 そんな俺の声が聞こえたかどうかは分からなかったが、シノブはこっちを向いて微笑む。


「大丈夫だよ?

安心してナユタ??

 ちょっとだけ……“激しく“するだけだから……。

だって、ナユタ……好きでしょ?

激しいの??」


 そう言ったシノブはおもむろに、両手を上げる。


 紺色のビキニに包まれた胸が揺れて、両方の腋が露出した。


 さらにピンクの粒子が、彼女の腰回りの黒い謎の機械に収束し始める。


「キーン」という超高音が響き、大気が揺れ始める。


 ヤバい!!マジだ!!

シノブは、レーザーをぶっ放すつもりだ!!!


 俺たちが今立っているヘリポートに向かって!!


 だから、俺は思わず叫ぼうとする。


「シノブ!!やめ……」


 そんな俺の悲痛な叫びは、シノブの場違いなまでに蠱惑こわく的なウインクによって中断される。


 そして優しく微笑んだシノブは言う。



「大好きだよ。ナユタ」



 ——シノブの口元がピンクに輝いた。



 次の瞬間、圧倒的な閃光につつまれ……

莫大な光量で俺の網膜ディスプレイはバグり……


世界の像は完全に消失ホワイトアウトした……。


 

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