99話 災婆鬼

【紫電セツナ視点】



 コンクリートの廊下の中、刃を抜いた10人の敵のうち一人が叫ぶ。


「セ、セツナ!!貴様!!分かっておるのか!?

キチク芸能社に刃を向ける事すなわち!

ヒノモトの全てと敵対する行為ぞ!?」


 “無行むぎょうくらい”で僕は、答える。


「くだらないな」


言いながら電脳で電脳鞘カタナケースを操作し、7本の剣の鯉口を切る。


戦闘AI 倶利伽羅KURIKARAのコンバットモードを起動する。


網膜ディスプレイに漆黒の墨字すみじが浮かぶ。



【 紫電七刀流しでんしちとうりゅう 】



 途端に世界の速度が遅くなり、喋る男の声が間怠まだるっこしい低音の“呻き声”に変わる。


 僕は7本の剣を抜いて投げ、ちゅうに置く。


同時に、紫色のホログラムもちゅうに浮かぶ。


【 雷葬 】


 遅くなったときの中で、僕の7本の刀が激しい“雷光”を放つ。


 世界の速度は元に戻る。


 同時に僕は、7つの刃と7つの雷光で全ての敵を“蒸発“させた。


 血の雨がばたばたと、不浄に落ちる。


 僕は身体を廻しながら、7本の剣を順に納刀する。


 そして呟く。


「比べる必要があると思えないな……。

愛しい妹と……腐り落ちた国……。

 斬り捨てるのはもちろん……

後者の方だ」


 ここで倶利伽羅KURIKARAが、ポップアップする。


緑色の“彼女”の足元まである長い三つ編みは、血の海によく映えた。


 凛とした声の倶利伽羅KURIKARAが僕に告げる。


「“掃除”も必要かもしれんが……セツナ……。

肝要かんようなことを忘れてはいまいか?」


 それに答える。


「忘れてはいないさ。KURIKARAくりから……。

兎魅ナナだろ?

 彼女は大事な存在だ。

もちろん、世界にとって……かな?」


 深緑の陣羽織じんばおりに薄手の羽衣はごろもを着た彼女は、大きな胸の下で腕組みをして答える。


「しかし、セツナ。ウヌのこと……。

AIのワレでも、多少なりとも気がかりだ。

 妹の事となると……ウヌは見境が無くなるからな?」


 コンクリートに囲まれた廊下に鋭い発砲音が響く。


 僕はを緩めず、腰の剣を振るう。


 射撃を跳ね返す。


 跳ねた弾丸が敵の眉間に命中し、声を上げる前に絶命した。


 僕はふたたび剣を納刀して答える。


「このとおり……僕は普段どおりだ」


 KURIKARAは、瑠璃るり色の眼を微動だにせず答える。


「そうであれば、言うことはない。

 紫電七刀流しでんしちとうりゅうは……“無相の剣”。

心が乱れた瞬間が貴様の死だ。

ゆめゆめ忘れるな」


 複数の発砲音が聞こえる。


 さらに多数の弾丸が飛んでくる。


 僕は壁伝いに走り、避けながら、それを撃った敵3名の首を飛ばした。


 三体のむくろが、鮮血を散らす。


 僕は微笑み、KURIKARAの忠告に言葉を返す。


「心は、飼われていた時に捨てたさ。

 けがれた僕には……あまりに不便だったからね」


 そのような事を言いながらも僕は、その先の光景に眼を奪われた。


目の前のガラス張りの広場に、無数の死体とカラクリアンドロイドの残骸が転がっていたからだ。


 その数は……百を超えている。


 KURIKARAが解析結果を伝える。


「通信障害で詳細は不明だが……おそらくこれは手練れのサイボーグによる仕業。

全て軍用兵器を使用して、一撃のもとほふられておる……」


 僕は歩を進めながらその報告を聞き、考える


「……とすると……おそらく“彼女”か?

 しかし、やけに静かだな……?」


 僕のその疑問は、すぐに解決する。


 なぜなら死体の連なる通路の奥に、電脳薙刀パイルバンカーで大型のカラクリアンドロイドを貫いた状態で停止した、サイボーグが居たからだ……。


 そのサイボーグは、よく知った人物だった。


 呟く。


「この破壊の後……やはり君だったか……。

 胎生サイボーグの生き残り……黄泉川タマキ。

地下闘技場コクシカンアンダーグラウンド以来だな……」


 そして彼女の無惨な姿を見て、僕は言う。


「しかし哀れな姿だな……」


 ゆっくりと眼を開け『再起動』した黄泉川タマキは、言う。


「あらあら……。うふふ……。

やっぱりちょっと……恥ずかしいですね……」


 笑った彼女の大きな乳房が、無防備に揺れる。乳首は影に隠れている。


 横座りになった彼女の腰もあらわだったが、巨大な電脳薙刀パイルバンカーにより秘部は窺えなかった。


 だから僕は、思わず呟く。


「黄泉川タマキ……

君は何故、全裸なんだ……?」


 黄泉川タマキは、一糸もまとっていなかった。


しかし彼女は気にする様子も無く、大仰おおぎょうな電脳薙刀を機械音と共に収納する。


 そしておもむろに佇んだ。


 その動作に乱れは無く、一部の隙も無かった。


小さな固定窓から外の光が差し込み、彼女の股間を隠す。彼女の垂れる黒髪が、大きな乳房の先端も隠した。


 しかし黄泉川タマキが全裸である事に、なんら変わりは無かった。


 彼女は顎に手を当て、思索するような顔で言う。


「危ないところでした……。

 巫女服を犠牲にする事で……

なんとか一矢報いる事ができましたので……」


 いちいち揺れる彼女の乳房は、スイカのように丸い。


「巫女服を犠牲に?

どうしてそのような状況に?

いや……しかし……君をそこまで追い詰める相手となると……」


「私の巫女服を粉々にしたのは……

『北奉行所のトップアイドル』ですね……」


「北奉行所のトップアイドルと言うと……

絶対拳姫ゼッタイケンキ氷水ビンシェイか……。

彼女はどこに?」


「私の巫女服を破壊したあとで離脱したようです。

しかし同時に……予想外の事実が発覚しまして……」


 と言った黄泉川タマキは、通路の曲がった先の屋敷の本丸の入り口を指し示した。


 その先に、ホログラムふすまが開け放たれ広々とした空間が筒抜けていた。


 僕は驚き、言う。


「本丸に兎魅ナナが……居ない……」


「破壊の後はありませんので……どうやら、自力で脱出したようですね。

 もちろん、氷水ビンシェイもこの事を知っています」


「という事は、つまり……

氷水ビンシェイは、兎魅ナナを追った可能性が高いという事か……」


 KURIKARAがポップアップして言う。


氷水ビンシェイは、戦闘だけで無く電脳戦能力までもがトップレベル……総合力ではセツナを凌ぐ可能性もある……」


 僕は言う。


「KURIKARAのその分析には承服できないが……しかし、事実でもある」


 そしてこの時、唐突に廊下が強い光に包まれる。


 それは目を刺すほどのピンク色の光だった。


 それを見た黄泉川タマキの顔が、引き締まる。


「どうやら……ヘリポートで行われている戦闘も佳境を迎えつつあるようですね。

 あるいは……

私とセツナちゃんは、二手に分かれた方が良いと思うのですが……いかがでしょうか……?」


 そう言った彼女は、僕の方を振り向いたのだが……


それに伴い彼女の前髪が大きく動き、彼女の巨大な胸が完全に露出する。


 僕は視界を埋め尽くさんばかりの彼女の胸を見ながら、告げる。


「それよりも……黄泉川タマキ。

君は……上か下かどちらかは……着た方が良い」




【ナユタ視点】



 エモとらが稼働したシノブの身体は、ピンク色の光に包まれた。


 アイドル衣装のシノブの体が浮き上がる。


 俺はなんとなく空気を読んで、その場を離れ……

シノブの様子を「鑑賞」……じゃ無く、「見守る」事にした。




 【 ♡エモとら変身バンク♡ ♡開始♡ 】

(※以下の演出は変身バンクなので、現実では0.001秒ぐらいで全てが終わる感じです)



 シノブは足元から白い光に覆われ、虹色のシルエットになる。


 弾けたシノブの衣装が、ピンク色の粒子になる。


ちなみに……ココロと違ってシノブの「変身バンク」は、「虹色のシルエットになるタイプ」のようなので、センシティブさはあまり無い。


ちょっと残念というか、まあ……俺はホッとした……と思う。


 最初にシノブの胸の“Cのシルエット”に、ピンク色の粒子が集まる。それが紺色の鋭角的なビキニを形成する。


腰回りにもピンクの粒子が集まり、紺色の際どいふんどしを形成する。


 さらにピンク粒子はシノブの腰付近に集まり、円が幾つも連なったような不思議な黒い機械を形成する。


その黒い機械は、雷神が後ろに背負っている太鼓を小型化したような機械だ。


それは、シノブの穏やかなくびれを回り込むように形成されるので、めっちゃフェチ……じゃ無くて、まあ……そこそこ良い感じだった。


 次にシノブが背中をそらせる。もちろん身体は虹色のシルエットのままだ。


「ズバッ」という音で、1.5mほどのコウモリのようなツバサが背中に生える。


艶やかなセミロングが薄紫からピンクに変わり、前髪に強いグリーンのメッシュが入る。


頭の両サイドには、西洋の悪魔のようなカールした形の水色のツノが生える。加えて顔にも水色の梵字のタトゥーが浮かぶ。


 シノブが目を開く。その瞳は、爬虫類の様な縦の瞳孔の真っ赤な瞳だ。


最後に全身の虹色が肌色に変わり、シノブの水弾きの良さそうな素肌が露出する。うるわしい。


 さらに紺色のビキニの胸がささやかに揺れて、ピンクの♡のホログラムが溢れる。健康的にエロくて良い。


 最後に紺色のふんどしをひらりとさせて回ったシノブは、ちょっとだけ舌を出してウインクする。あざとい。可愛い。



【 ♡エモとら変身バンク♡ ♡終了♡ 】


 「ドギューン!!」と、幅10mのロゴマークがズームインする。



【 災婆鬼サイバーデビル 】




 そんなシノブの変身バンクを初めて見た俺は、思わず呟く。


「……最高かよ」


 そして、ピンク色セミロングで赤目になったシノブが、喜色満面に破顔して俺に言う。


「ナユタ!!大好き♡♡♡」


 そして翼で勢い良く飛び、俺に抱きついた。


 ちなみに、シノブの身長は低くは無い。だから宙に浮いたシノブの胸は、ちょうど俺の視線ぐらいの高さになる。


 つまり飛んだシノブが俺に抱きつくと、俺の顔がシノブのなま谷間にダイブする感じになる。仕方のない事だ。


 柔らかい肌色に視界が埋め尽くされ、呼吸が止まる。


「ぼぶ!!ばぶ!!!」


「あはは!!ばぶばぶ言ってて可愛い」


 すぐにシノブが地面に降り立つ、俺は呼吸ができて安堵したが……しかし、一抹の寂しさも感じた……ような気もした。


 シノブは俺の首に手を回し、赤色の瞳をきらめかせて上目遣いで言う。


「ねえ?ナユタ??

私のどこが好き??

 てか、もっと好きって言って??」

  

 シノブの顔のすぐ下の半裸の胸が、俺の裸の胸で柔らかく押しつぶされる。「むにゅ」という音さえ聞こえた気がした。


 俺は胸から視線を離せ無かったが、言う。


「あ、あれは……勢いが無いと言えないヤツだ」


 しかしシノブは、矢継ぎ早に続ける。


「ねえ?はやく!!

 さっきみたいに『大好きっ』て言ってよ!!

……って……また、ナユタ……私のおっぱいばっか見てるの??

 いいよ。ナユタなら……好きなだけ見てくれても……」


と言ったシノブは、イタズラに微笑んでさらに俺に胸を押し付ける。


 半裸のシノブと俺の裸の上半身の肌が触れ合い、混ざり合ったような感覚がした。


艶やかなシノブの肌と俺の肌の境界が、あいまいになる。めっちゃあったかいし、何より気持ち良い。


またしても俺の下半身が暴れ始める。


 しかし俺はここで、何か冷たい強烈な殺気のような物を感じてあたりを見まわした。


 抱き合う俺達の横でウメコが……前でココロが……それぞれ死んだ目で俺たちを眺めていた。


 全身に鳥肌が立ち、生命の危機を感じた俺の下半身が一気に萎縮した。


 俺はシノブの素肌の肩を押しのけて言う。


「ちょ、ちょっと待て!!シノブ!!」


 しかしシノブは目を閉じて、さらに畳み込む。


「ねぇ?ナユタ??

……はーやーく……

ちゅーして??」


 目を閉じたシノブの顔は、いつもよりさらにあどけない。めちゃめちゃ可愛い。


……が、しかし、さらに焦って俺は言う。


「いや、だから待てって!!

 いまは、それどころじゃ無いんだ!!

充満する殺気で、俺の首が胴から離れかねない。

 だから、ちゅーしてる場合じゃ無いんだ!!」


 そして予想どおり、“金色の閃光”が地面から突き上がる。


 ホログラムが見える。


【 夢神オネイロス目眩めまい 】


 しかしそれに別のホログラムが重なる。


【 災婆穿孔機サイバードリル 】


 俺の頭の真横で、火花が飛び散る。


 気づくとシノブの手が、穿孔機ドリルになって俺の頭の真横にあった。


 砕けて破片となった金色の鎖が、空中で乱反射する。


加えてちょっと削れた俺のもみあげも宙を漂っていた。


 シノブが俺から離れてココロに向きあう。


シノブの表情は笑顔ながらも、れっきとした殺意が浮かんでいた。


 災婆鬼サイバーデビルの瞳の赤色が、濃くなる。


「ナユタと私の、いちゃいちゃ……邪魔して楽しいの?」


 金色の鎖に囲まれた災婆堕天使サイバーインキュバスのココロが、うっとりと言う。


「ああ……やっと目が合ったよ……

災婆鬼その姿のしのぶくんと……。

やはり、美しいね……逝っちゃいそうだ……」


 そうココロが言ったとおり、白スクの股間がさっきよりもさらに隆起している気がした。


しかしそれを見ていると、俺の電脳が後戻りできない領域に飲み込まれそうになったので、言い知れぬ恐怖を感じ、俺はすぐに目を離した。


 しかしここでさらに突然、轟音と共にヘリポートが揺れる。


 それは、まるで地震が起こったかのような衝撃だった。


 砂塵が巻き起こり、シノブとココロの間をグレイの旋風が通り抜ける。


 二人の黒と白の翼が、バサバサとはためいた。


 俺は顔を必死に腕でかばいながら言う。


「つ、次は、一体なんなんだ!?」


 グレイの砂塵の中で一対の眼の光がギラリと赤く光る。


 そしてすぐに、“それ”の全容が見える。


それは、メタリックレッドの巨大なパワードスーツだった。


 そのパワードスーツは、俺達がキンザで出会ったやつの3倍ぐらいの大きさで……さらに背中には大量の銃火器が満載されていて、遠目で見るそれのシルエットは完全なる逆三角形だった。


 そしてベストタイミングで、クソデカいホログラムが浮かぶ。


【 美少女殺しアイドル@バスター BENKEIべんけい 】 

 

 もはや定番となって来た機械音声の悲鳴が、甲高くピンク色に響く。


「なっ!!なわああああああ!!!

だ、だれじゃ!!

 ここをBENKEIの投下場所に指示したやつは!!

 ジョロウグモがぺっしゃんこになったじゃろうが!!!」


 それを聞いた俺がBENKEIの足元を見ると、彼女の言うとおり多脚戦車のジョロウグモが哀れな黒い残骸になっていた。


 それを見たウメコは言う。


「というか……まだ生きていたのね……イチモンジ」


 戦闘体制になったピンク髪の災婆鬼サイバーデビルのシノブが、笑いながら言う。


「あははは。笑える。

でも……ぶっ壊し甲斐がありそうなオモチャだね?

 ナユタといちゃいちゃする前の準備体操にしてあげようかな?」


 同じく戦闘体制の水色ツインテールの災婆堕天使サイバーインキュバスのココロが、うっとりしながら言う。


「あたくしたちの“愛に満ちた祝祭”は、こうじゃないとね……。

そして、できれば……

六欲天ろくよくてんすら嫉妬するほどの、痛みと快楽に満ちた素敵なものになれば良いな……」


 そんなカオスな状況の中で俺は——

ピンクの鬼と、水色の堕天使と、メタリックレッドの弁慶の間で視線を右往左往しながらも、ため息を付きながらこう呟くことしかできなかった。


「もう……むちゃくちゃだな……」

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