97話 業深き被虐者

【月影シノブ視点】


「なはははは!!

遂に来たか!月影シノブ!!

 こなたは、そこもとと死合えること!楽しみにしておったぞ!?

 愛しのセツナ様と互角に戦ったその実力……見せて……って!コラ!!

 こなたの話をちゃんと聞けー!!!」


 と叫ぶ虚無僧笠の人の声は、私の耳には全く届きませんでした。


なぜなら私の視線は、上半身裸のプロデューサーさんと、それに絡まる下半身裸のお姉ちゃんの様子に釘付けになっていたからです。


 喉がカラカラになった私は、一番の疑問をつぶやきます。


「……どうして……?」


 プロデューサーさんが、それに答えます。


「話せば長くなるが聞いてくれ!シノブ!

訳があるんだ!!」


「訳……ですか……?」


 そう言いながらプロデューサーさんは立ち上がり、自分の羽織りを脱ぎ、お姉ちゃんの下半身に掛けました。


少し頬を染めたお姉ちゃんが、「ありがとう。ナユタ君」と言います。


 それを見た私の心臓はさらに締め付けられ、ドクドクと痛みます。


 プロデューサーさんが私に言います。


「俺が好きで、ウメコのパンツをこんな感じにした訳じゃない!

 これはパンツァー発動の後の……なんと言うか、事故的な不可抗力的な……とにかく!

どうしようも無い事だったんだ!!」


 心が嫉妬で埋め尽くされた私の網膜ディスプレイ上に、WABIわびちゃんが現れます。


WABIちゃんはいつもと異なり、ノイズだらけでした。


『シノブ様……どうか心を冷静に……。

 負の感情エネルギーが、飽和状態に達してしまいます……。

 このままでは、ワタクシの“原初の電脳“が呼び覚まされて……不完全なエモとらが暴走を……』


 しかし私は、プロデューサーさんが手に持っていた物を目にし、詰問するような口調で言ってしまいます。


「じゃあプロデューサーさんが手に持っている物は!!

 何なんですか??」


 右手に持ったライムグリーンの生地を、慌てて隠しながらプロデューサーさんは言います。


「こ、これは!!ウメコパンツ??い、いや!!

 俺の腹の上に乗っかっていたから!思わず!!」


「隠さないでください!

てかっ!!

懐に入れないで下さい!!!」


「そこら辺に捨てるわけにはいかないだろ??」


「そんなの!ただの布切れじゃ無いですか!!

 捨ててください!!」


 黙って様子を見ていたお姉ちゃんが、言います。


「いいじゃない。ナユタ君だって、私の事……好きなんだし」


 プロデューサーさんが焦った様子で言います。


「な、何を言っているんだウメコ!?!?

 シノブのLPが!!!」


 お姉ちゃんが立ち上がります。彼女の下半身にはプロデューサーさんの羽織が巻き付けられていました。


「こんな修羅場になって、今さら……何を言っているのナユタ君??

 もう手遅れよ……?」


「だが、しかし!!!!このままでは!!!!」


 お姉ちゃんは、プロデューサーさんの裸の胸にそっと手を当てます。そしてお姉ちゃんは、微笑みます。


それは、私が見た事が無いお姉ちゃんの笑顔で……場違いなまでに妖艶で……私は見惚れると同時に、ぞっとしました。


 お姉ちゃんは、少し低い声でプロデューサーさんに言います。


「ナユタ君……

本当にあなたって……何も知らないのね??

 まあ……そういうところが、可愛いのだけれど……。

でも覚えておいて?

 全員を幸せにする事なんて、不可能なのよ?

『生かす』のは一人だけ……他の子は『殺さ』なくちゃならないの……。

あなたの……その右手でね??」


 と言ったお姉ちゃんは微笑んで首を傾げて、プロデューサーさんの右手を両手で包み込みました。


 プロデューサーさんはちょっとだけ後退りしましたが……でも、それでも彼の鼻の下は伸びてしまっていました。


 その彼の表情で、私の電脳は嫉妬と愛憎と姉へのコンプレックスで一杯になりました。


私の心は引き千切られて、粉々になり……私の電脳と体を激痛が貫きました。


 だから、私は叫びます。


 痛みに負けないように、叫びます。


声帯が歪むような、醜い声で叫んでしまいます。


こんな金切り声が出せるなんて……私自身、知りませんでした。


「いやああああああぁぁっ!!!!!

もう!

もう!!

もう!!!


もう!!!!


いやなんですッッッッッ!!!!!!」


 そんな私の叫び声で、戦場は静まり返りました。


ピンクの衣装の虚無僧笠の人や、その横の多脚戦車のジョロウグモでさえ、動きが止まりました。


 それでも、私は叫び続けます。


 涙が出て、鼻水も出て……とにかく自分が何を言ってるのかすらもう、理解できませんでしたが……それでも私は叫びます。


 全てを否定するかのような声で。


「パンツとかっ!!

パンツァーとかっ!!

エモとらとかっ!!

プロデューサーさんのパンツに対する感情とかっ!!

“パンツを見て時間を停止する“とかッ!!

いみが分からないんです!!!!!

わけがわからなさ過ぎるんです!!!」


 私はプロデューサーさんに早足で詰め寄ります。


 プロデューサーさんはたじろいて、お姉ちゃんから離れ、私から後退りしながら言います。


「シ、シノブ????」


 構わず私はプロデューサーさんに近づきます。


 そして叫びます。


「嘘だったのですか!?!?!?」


「う、嘘??」


「私のパンツが一番じゃ無いんですか!?!?!?」


「シ、シノブのパンツ……?」


「私のパンツに一番の愛着を感じているんじゃ無いんですか!?!?!?」


「そ、それはまあ……そうだが……」


「私のパンツに一番興奮するんじゃ無いんですか!!!!!」


「そ、それは……」


「はっきり言ってください!!!!!」


「ま、まあ……それは……そうかもしれない……」


 プロデューサーさんの顔から目を離して俯きます。


「じゃあ、どうして……?」


 顔を上げて、プロデューサーさんの目を睨みつけます。


「じゃあ、どうしてお姉ちゃんのパンツでとつってたんですか!?!?!?!

 じゃあ、どうしてお姉ちゃんの破れパンツで……

おちんち○を!!

縛って!!!!!

おっきくしてたんですか!?!?!?」


 「ちょ、ちょっと待て!シノブ!!!

アイドルが言うとダメなヤツを連発してるぞ??」


「待ちません!!!!

プロデューサーさんがはっきり言うまで!!待てません!!!!!」


 私は俯きます。


剥き出しのプロデューサーさんの胸から彼の汗の匂いが漂って、私の胸を締め付けて、余計に苦しくなります。


 両目から涙が垂れました。


 私は絞り出すように、言います。


「……はじめてだったんですよ……?」


 プロデューサーさんは何も言いません。


時間と涙が、無意味に流れます。


 あるいは、今になって思ったのですが……彼は私の気持ちを知っているのかもしれないです。

いまさらそのような事に気づいても、全く意味は無いんですけど……。


 私は涙を拭って、顔を上げて、彼の濃紺の瞳を睨みつけます。


 無精髭で愛嬌のあるタレ目の彼の表情は、驚きと畏怖に固定されたままでした。


 そして、ここ数ヶ月の出来事を思い出しながら、私は言います。


「はじめて……だったんですよ?

男の人に……

スカートをめくられたのも……

パンツを見られたのも……

お尻に顔を突っ込まれたのも……

自分からパンツを見せようとしたのも……

 そして……」


 自分でも分かりませんが、なぜか微笑みます。


 嬉しくはないし、感情はぐちゃぐちゃで、顔も涙でぐちゃぐちゃです。


でも私は、なぜか微笑みました。


 そして泣き笑いで、私は言います。


「男の人に……

身を挺して私を守って貰えたことも……。

 ナユタさん……あなたがぜんぶ……

私の“はじめて“だったんですよ……?」


 ナユタさんの表情が緩みます。


「シノブ……」


 そして私は、あろうことかこんなタイミングで、『自分の正直な気持ち』を吐き出してしまいます。


本当はこんな時に言いたくは無かったんですけど……でも、激情の海に呑まれた私は吐き出してしまいます。


「だから私に……”色んな初めて”をくれたナユタさんのこと……

 私……大好きになっちゃったんです……」


 微笑んで細めた目から涙が一筋、線を作ります。


「……」


 ナユタさんの表情は困ってるのか、それとも私を憐れんでるのか、よく分かりませんでした。


 しかしそんな涙や表情は、突然の暴力的な突風が吹き飛ばしました。


 「バババババ」という大きな音で辺りは埋め尽くされます。


 流石の私も我にかえり、振り返りました。


 そこには——スモッグの空に浮かぶ「北奉行所」のロゴマークが入った、複数台のヘリが居ました。


 ピンクで虚無僧笠の人が、「北奉行所」のヘリを背中に腕組みして、高い機械音声で叫びます。


「なははははははは!!

そら見たことか!!こなたをバカにした報いじゃ!!

 ついに来たぞ!!!北奉行所の増援部隊が!!!

これでこなたらの戦力は圧倒的じゃ!!!

 見たか!!西アイドル事務所の連中!!

これが!!超メガザイバツ!キチク芸能社の総合力……」


 しかしとつぜん、紫のホログラムが空に走ります。


【 奥義 雷花狂咲らいかきょうしょう 】


 それと同時に、戦闘ヘリを中心に紫の稲光いなびかりが放射線状に駆け巡ります。


 戦闘ヘリが爆発しました。


「な”ゔぁ”ッ!!!!」


 と悲鳴をあげて、ピンク虚無僧の人が吹っ飛びました。


 炎に包まれた北奉行所のヘリは、燃えながら屋敷の中庭のほうに落ちていきます。


火のついた破片が飛び散り、私達の居るヘリポートに落ちて燃え続けます。


「な、なんだ……一体何がどうなっているんだ??」


とプロデューサーさんは言いましたが、それは敵さん達にとってもそうだったようで、あたりは騒然となりました。



 そして火の粉が降り注ぐ蜃気楼の中、人影が見えてきます


その人影は……なんと驚いた事に、スク水&白ニーソのアイドル衣装に身を包んだ、織姫ココロちゃんでした。


 右手に刀を握ったココにゃんの雰囲気は、いつもと違っていました。


紫の瞳には光が無く、いつものふわふわした雰囲気も無くなり、その様子からは殺意さえ漂っていました。


 そして織姫ココロちゃんの左目からは、涙が流れていました。


「嘘だって……言って?…… シノブちゃん……。

シノブちゃんって……ナユタさんの事が好きなの……?」


 ココにゃんの異様な雰囲気に、今度は私がたじろきます。


「ふぇ??

 さ、さっきのやつ……き、聞いていたんですか……?

 ココにゃん???」


 さっきの「大好き」発言は、私にとって一世一代の告白だったので、やや冷静になった私は急激に恥ずかしくなりました。


 しかしここで、ジョロウグモさんが高い銃撃音で私たちの会話をさえぎります。ココにゃんの後ろからマシンガンを掃射します。


しかしココにゃんは振り返りもせず、一振りの刀と無数の剣戟でその全てを弾きます。


滝のような弾丸がココロにゃんを中心に、方々に飛び散りました。


その残像すら見える剣技は……まるで、彼女のお姉さんの紫電セツナさんのようでした。


 片膝を付いた彼女の顔を、水色の癖毛が覆います。


 そして「ぶん」と刀を振るった瞳が、暗い紫の閃光を放ちます。


「ボクだって……シノブちゃんの事……

大好きだったのに!大好きだったのに!!

大好きだったのに!!!大好きだったのに!!!!

大好きだったのにッ!!!!!!!!

 シノブちゃんが本当は……男の人が好きだなんてッ!!!

 ボク!!知らなかったんだよ!?!?」


 彼女の、そのあまりの迫力にびびりながらも私は言います。


「ちょ、ちょっと待ってください。ココにゃん……。

ココにゃんってもしかして…… 女の子のことが……?

 いや、ていうか……お話から察するに……もしかして、私のことが……?」


 瞳を紫色に光らせたココにゃんは、はっきり言ってまじで怖いです。


「だって!!シノブちゃん!!

 ボクの事、可愛いって言ってくれてたし!!!

 抱きしめたり、手を繋いだり!!してくれてたし!!

一緒にパンツだって買いに行ったし!!!

 そんなのッ!!

そんなのッ!!!

ほぼ恋人じゃんッッ!!!!

もうセッ○スじゃんッッッ!!!!」


「え!?えええ!?!?!?せ、せっく……??

そ、それは……

そ、そうなんですか……?

 で、でも……女の子同士のお友達ってそんな感じじゃ無いんですか……?」


 そんな私のセリフを聞いたココにゃんは一瞬目を大きく見開きましたが、しかし直ぐに顔を落として震えます。

 そして叫びます。


「シノブちゃんのッ!!

女垂らしッッッ!!!!!!」


 立ち上がったココにゃんの後ろに、白色のホログラムが華やかに大写しになります。



【  エモとら :災婆堕天使(サイバーインキュバス) 】

 /// EMOtional TRAnsformation system

 /// [ CYBER INCUBUS ] mode

 /// Forced Startup…



 そして私達の網膜ディスプレイに、WABIちゃんが現れて言います。


「誠に残念なお知らせがございます……。

 ただいま織姫ココロ様のLPが、負の値でカンストしました。

よって、『ヤンデレ状態』に突入……。

 織姫ココロ様のエモとら——【災婆堕天使サイバーインキュバス】モードが強制起動されます」


 SABIちゃんが、WABIちゃんと同じく現れます。


「ほんと……マジでごめんね……。

 ナユタ……あんただけは……優しく…

ぶっ殺してあげる!!!」


と言ったSABIちゃんの瞳と胸のコアが、赤黒く輝きました。


「え、えええっ!?!?

 お、俺が悪いのか!?!?」


 そのプロデューサーさんの声を合図に、【エモとら】のロゴマークが空中に大きく刻まれました。


そして織姫ココロちゃんの身体が激しく輝き、辺りは目を刺すほどの水色一色になりました。

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