95話 魚男とタイツの美女の双曲線
【万錠ウメコ視点】
銀色に光る鉄骨の上で走る私の耳に、イチモンジの甲高い機械音声が飛び込んでくる。
「こら!!
はやく降りて来い!!
そんなところでウロチョロするで無い!“発情タイツ“!!」
「“発情タイツ“……?
全身タイツのあなたに言われたく無いわ」
「こッ!!こなたのこの衣装は全身タイツちゃうわ!!!
ラバースーツと言う機能的で素晴らしい衣装じゃ!!」
私の6mほど下のイチモンジの虚無僧笠の横に、「激おこ!!」のホログラム文字が浮かび上がる。
「あいかわらず……。ふざけた虚無僧笠ね」
私は、ヘリポートに建った通信アンテナの鉄骨の上を走っていたわ。
広大な兎魅ナナの豪邸に見合った通信アンテナの鉄骨は、15m程の高さがあり、その鉄骨は人が走れるぐらいの幅がある。
その上で止まらないように、そして頂上の「アンテナを背にするように」私は走っていた。
ちなみに、余談だけれど……私のスカートは繕う暇も無かったので、千切れそうになるのを片手で抑えた状態で走っているわ。
刀で斬った自分が悪いのだけれど……走り難いわね……。
もちろん私がこんな状況になっているのには、訳があるんだけれど……
私の“悪口”が聞こえたイチモンジが、“激おこ!!”の状態で叫ぶ。
「こなたの虚無僧笠の事はどうでも良いのじゃ!!
ともかく、発情タイツ!さっさと降りてこい!!
ジョロウグモがそこもとをバラバラにできんじゃろ!!!」
私は巨大な鉄骨の柱の裏側に身を隠す。
そして網膜ディスプレイのUIで、リモート爆弾の操作をしながらイチモンジに応える。
「私はバラバラになりたく無いから……このアンテナに登ったのよ」
そうなの……。
私がこの巨大な通信アンテナに登ったのは、「死なないため」よ。
ナユタ君とココロがヘリポートから落ちた後、すぐにイチモンジとジョロウグモは私に狙いを定めて襲いかかってきたわ。
“生身の人間”である私が多脚戦車とアイドルと戦うなんて、どう考えても勝ち目は無かったんだけれど……でも私は、なんとか生き延びる方法を模索したわ。
そして目の前にあったこの通信アンテナに登ったの。
なぜなら、この通信アンテナはイチモンジ達にとっても重要な拠点だからよ。
このアンテナが破壊されればサイバーネットの接続が絶たれ、彼女達も戦闘能力の大半を失うからね。
だから私は、ぐるぐるとアンテナの鉄骨の上を走ることで、彼女達からの攻撃を防いでいたの。
イチモンジはちょっと泣きそうな声で言うわ。
「じゃーかーら!!降りろってば!!
お前さえ死ねば、こなたは大量のボーナスが貰えるんじゃ!!
じゃから後生じゃ!!
こなたのこれからの未来の為に、肉片になってくれ!!
な!!
淫乱タイツ腹黒ドS女!!」
それを聞いた私は、「ドSじゃ無いわよ。ナユタ君の願望を叶えているだけよ」と言い訳しそうになったけれど、口をつぐむ。
そして、電脳で“リモート爆弾“を起動する。
途端に私の足元から閃光があり、すぐに爆音と爆煙が立ち上がった。
「のわあああああああ!!!!!」
甲高い機械音声の悲鳴が聞こえる。
私は柱から身を乗り出し、ヘリポートに立ち昇った爆煙の中に目を凝らす。
今度こそ、やったかしら?
いえ……
網膜ディスプレイのサーモグラフィーには、五体満足のイチモンジの影が写っていた。
倒れてはいるけれど、おそらく戦闘続行可能ね。
私は最早あきれながら呟く。
「もう、3発目のC4爆弾よ?……直撃は出来なかったとは言えイチモンジ……無駄にしぶといわね……。
やはりだからこそ、中堅アイドルって訳なのかしら?」
そう言った瞬間、私は左前方に違和感を感じる。
銀色の鉄骨に赤外線レーザーが一瞬、反射した。
「なっ!?」
反射的に私は振り返り、ほぼ中空にある目前の鉄骨の上を走る。
私が走った後を、超高音の轟音が追いかける。
ジョロウグモのミニガン!?!?
マズイ!!!!
早くここから逃げないと鉄骨が砕けるわ!!!!
しかし無数の弾丸は、死の
もちろん振り返る暇なんて無いわ。
少しでも遅れると、私の身体が文字通り“溶ける“!!!
だから私は、前を向いたまま必死で走った。
目の前のタラップまで行けばジョロウグモの銃撃を、
あと4m!!
まにあわない!?!?
私は邪魔なスカートを引き千切る。
そして走った勢いそのままに、力のかぎり飛んだ。
同時に私の背中のすぐそこで、鉄骨が轟き……爆裂した。
宙に浮いた私は爆風に煽られる。
それでも私は、目前のタラップに手を伸ばす。
あと1m!?
いや!!考えている場合じゃない!!
とにかく手をのばさないと!!!!
「くっ!!!」
右腕に自分の全体重がかかり、肩に激痛が走った。
私は落下寸前で、タラップの手すりになんとか掴まることができた。
弾丸のように飛ぶステンレスボルトの破片が、私の足を高音でかすめ、私のピンヒールを弾き飛ばした。
剥き出しのタイツの足が、風にさらされた。
そのことで私は、自分の下半身が完全に空中に投げ出されている状況をはっきりと理解できた。
機械音声の女の声が聞こえてくる。
「なはははははははは!!!!
でかしたぞ!!ジョロウグモ!!!
鉄骨がぶっ壊れた時は……倒れるんじゃ無いかと、かなりヒヤッとしたが……
ザマアミロじゃ!!淫乱タイツ!!
こなたが同じ手を何度も喰らうとでも思ったか!!!!」
私は必死で手すりを掴みながら言う。
「『のわあああ』……とか……言ってたくせに……」
「うッ!!うっせ!!
あ、あれは!ちょっとビックリしただけじゃ!!
そ、そこもとは!
い、いちいち一言多いのじゃ!!!」
会話をして時間稼ぎをしながら、自分の足元を見る。
ヘリポートの床までの高さは……7mほど。
もちろん……無事に着地できる自信は……無いわね。
片手で自分の体重を支えるにも限界がある。
もってあと数秒……。
やはり……絶体絶命かも……。
そんな私の下半身を見てイチモンジは笑う。
「なははははは!!
スカートすら無くなって!!
『穴あきタイツの尻』が“丸出し”で恥ずかしいじゃろ!!
惨めじゃな!!
惨めなうちに、死んでいくが良い!!!
キチク芸能社に楯突いた事を後悔しながらな!!!」
それを聞いた私は『何故ナユタ君もコイツも、私のタイツの事ばかり気にするのかしら?みんなそんなにタイツが好きなの?』と思いながら……胸ポケットの手榴弾のピンを掴む。
今から私は落ちるけど……ただじゃ死なないわ……せめてコイツらに一矢を報いないと……。
手榴弾のピンにかけた指が、ぬるりと汗ばむ。
そうでもそうしないと……
先に死んだ父に顔向けできないわ……。
あるいは……ココロや……ナユタ君にも……。
そう私が思った瞬間……
突然の閃光が私の左横を刺し貫いたの。
目が眩み、私は驚いてしまい、思わず手を離す。
重力に身体が引かれ、落下が始まる!!……
と思ったのだけれど……私の身体は重力に対して横向きに飛んでいたわ。
「!?!?」
突然のことに私は混乱する。
そして私は、同時に気付くの。
私を包む懐かしいような……切ないような香りに……
そして自分の体が、“彼の右手”に抱きかかえられている事に、気づいたの。
“彼“は、空中で私に顔を寄せて言うの。
「ウメコ!!
一人で戦わせてすまなかった!!」
諸肌を脱いだナユタ君の左腕は……無骨で真っ黒な
私は思わず叫ぶの。
「ナユタ君!?!?」
そして彼は私の疑問に答えるためか、前を向いたまま言うの。
「大丈夫だ……なんとか……
“
【ナユタ視点】
時間を少し遡るが……とにかく俺は、紫電セツナの途上も無い腕力によりヘリポートに向けて投げ上げられた。
俺の羽織は結構丈夫らしく、ちぎれる事はなく、俺は鉛直方向とは逆のGを受けながら打ち上げロケットの如く空を昇った。
桁違いのGが俺の身体を襲う。
俺は叫ぶしか無かった。
「ぬふぅっ!うっ!ぬぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」
エグい風圧も伴っていたので、俺の顔はメチャクチャ不細工になっているに違いない。
そして多分、もうちょっとセツナの腕力が強ければ俺は気を失っていたが……運良くなんとか意識を保ったまま、ヘリポートの上空に到達することが出来た。
俺を襲う風が無くなり、無重力状態に近づく。
そして俺は周囲を把握する為に、空中で周りを見渡した。
まず最初に、禍々しいほどに黒く、そして脚がクソ長い蜘蛛のようなジョロウグモの姿が目に飛び込んで来た。
それは索敵をしているようで、緑色に光る目のようなセンサーをあちこちに向けていた。
そしてその横手に、これまた目立つアホほどピンクのイチモンジの姿もあった。
だから俺は不安に駆られた。
『俺たちが戦線を離れている間にウメコは、一体どうなったんだ!?』
しかし、あたりを見回しても姿は見えない。
最悪の状況が俺の脳裏をよぎる。
『遅過ぎたのか!?』
そうしている間にも、落下が始まり俺の身体はヘリポートへとどんどんと近付く。
今は誰にも気づかれていないが……このまま戦場のど真ん中に降り立つのは流石に不味い。
せめてウメコの安否だけは確認したい。
その時になって、俺はようやく気付いた。自分がまだ、通信アンテナを見てない事に。
つまりこの時の俺は、通信アンテナを飛び越えて背にして、空中でキョロキョロしていた訳だ。
だから俺は、空中で自分の身体を思いっきり捻る。
そうする事で、俺はやっと通信アンテナを見る事が出来た。
同時に俺は手すりからぶら下がる、ブルーの超ロングヘアーの美女の後ろ姿を見ることが出来た。
そしてその“肌色”を……。
“それ”はあまりに丸くあまりに肌色だったので、俺は自分の目を疑った。
それは——
【破れた黒タイツから覗くライムグリーンのパンツが破れ……その中から覗く肌色のとても丸くて美しい”双曲線”……要は……
——だった。
【 パンツァー起動 】
その瞬間、全てはモノクロになり風の音も消え、世界が静止する。
俺は、丸く露出した“輝く肌色の双曲線”と向き合ったまま呟いた。
「まずい……これは凄い!!すご過ぎる!!
丸くて柔らかそうで、しかも肌色すぎる!
最高すぎる!!!
しかしだからこそ!!マズイ!!!
これはっ!
これはッ!!!!
俺の下半身に効く!!!!!」
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