94話 最狂姉妹

【ナユタ視点】



 ふたたび目を覚まし起き上がった俺の目の前には、派手な朱色の橋がかかったソビカ風の庭園がひろがっていた。


「どこからともなく二胡にこのしらべが聞こえて来てきそうだな……」


 目前に広がる80cmほどの小さな滝や人の背ほどの山々が、の地の雄大な景色のミニチュアを思わせる。


さっきまで居た電子の枯山水とは異なり、優雅な曲線と朱色で構成されたソビカ風の庭園はいかにも豪華絢爛だった。


「枯山水の次はソビカ風の庭園か……。

 という事は、ここも電子の世界なのか?

あるいはいよいよ……あの世か?」


 しかし目の前の光景を目にし、ここが現実世界であることに俺はきづいた。


何故ならそこには、仰向けに倒れたスク水の織姫コロロの横で「はぁはぁ」と荒い息をするブレザー制服の“絶世の美少女“が居たからだ。


 その“絶世の美少女“は、織姫ココロの腕を両手で大事そうに掲げる。


「ココロ。美しいよ。

まるで弥勒菩薩様の指だ」


スク水の織姫ココロは気を失っているようで、ぐったりしたまま微動だにしない。


そしてなぜか轟女子学攻トドジョの制服を着ている“絶世の美少女“——もとい“紫電セツナ”は、織姫ココロの手に顔を近づけながら言う。


「ココロの小指……。

柔らかな輪郭にうっすらと見える関節の皺……雪のようにはかなきとおる肌の色……。

 寸分の無駄も無い美が、ここに宿っている」


 うっとりとした顔の紫電セツナは、荒い息で肩まである銀髪を揺らす。


彼女のクールな切長の瞳は、欲望に支配されて紫色からピンク色に変わっているように見えた。


「それでは……いつくしんでみよう……」


と言いいながらセツナはココロの腕をおもむろに置き、スク水の肩紐をゆっくりとずらし始めた。


だから俺は、ココロの胸が再び日の光にさらされる前にツッコむ。


慈しむ舐めるのは、指じゃないのかよ」


 俺の声を聞いたセツナは、起き上がった俺を見てピンク色だった視線を鋭くする。


カールした透明感のある銀髪も相まって、彼女の細めた紫の瞳は、厳冬の吹雪を俺に思わせた。


 『ああ。まずったな……』と思ったが、時は既に遅い。


「見ていたのか?ナユタ君……。

恥ずかしいじゃ無いか?」


 俺は「重度の変態でも羞恥心はあるんだな?」と思ったが、彼女の背中や腰に装備された7本の刀を見てセリフを変更した。


「……て、ていうか、この状況はなんなんだ?」


 紫電セツナは立ち上がった。


 何故か轟女トドジョの制服を着ている彼女は、さらに増して現実感の無さが際立っていた。


大きな胸に押し上げられた白いシャツからは、象牙のように白いお腹のヘソが俺を覗いている。美少女の“ヘソちら“は、万病に効く。


 加えてチャコールグレイのプリーツスカートと白のハイソックスの間に見える太腿も、つるりと曇り一つ無く、そこには鼻の下を伸ばした俺のキモ顔が映りそうだった。


そんなアンダーサイズの制服の紫電セツナは、端的に言って最高で何より妖艶だった。


 妖しさを纏いながらセツナは、しかし、心臓を締め付けるような鋭利な声で言う。


「君の質問に僕が答えるよりも先に……

 僕は、君に言いたいことがある……」


 セツナの瞳に、漆黒の殺意が宿った。


セツナはおもむろに“無形むぎょうくらい“(※無造作に佇む戦闘姿勢)になる。その動作には僅かな隙も無かった。


「今はナユタ君……

君がココロのプロデューサーのはずだろ……?

 ココロと共にヘリポートから落ちてしまうなんて……

僕が君達を空中でキャッチしなければ、二人とも死んでいたところだ。

 職務怠慢もはなはだしい……」


 察するに、どうやら俺とココロは絶体絶命のピンチを紫電セツナに救われたようだ。


ていうか……「落ちる人間を空中でキャッチ」って何だよ?


いくらなんでも“人間離れ”——もとい“サイボーグ離れ”し過ぎだろ?


 ともかく、俺たちが居るソビカ風の庭園は、兎魅ナナ邸のヘリポートの隣に位置する“地上の中庭“って事になるな……。


 紫電セツナは腰に刺した刀の柄に、右手を置く。


刀と鞘が、冷たい金属音を奏でた。


「あるいは……君のココロに対する想いは、『シノブ君に対するそれとは違う』……とでも言いたいのだろうか?

 ココロは全人類に愛されるべき存在……。

もし君が生半可な想いでココロのプロデューサーを務めているのであれば……

僕は君の考えを、改めなければならないな……」


 一気に高まった緊張感で、脇の下に汗が一筋たれた。


「か、考えを改める……って一体どういうことだ」


「簡単なことだ……」


 ブレザー制服の紫電セツナは、腰を少し捻った。


 彼女のマッドブラックのカーボンファイバー製の電脳カタナケースが、鈍く反射する。


 鋭い視線のまま彼女は言う。


「……ココロの写真集を、君にあげよう」


「……え?

 写真集……?」


 紫電セツナはいたって真面目な顔で続ける。


そしてその左手には、いつの間にかホログラムの本が現れていた。


遠目で見るその本の表紙は、とにかく肌色だった。


写真集これは僕が個人的に“使う”……じゃ無く、“楽しむ”為に作った物だ。

 だから当然ながら“無修正”だ。

この”無修正“の“ココロの写真集”を、ナユタ君にあげようじゃないか」

「む、無修正だと!?!?」


“心躍る魔法の言葉”に無反応でいられる男は居ない(※ナユタ個人の感想です)。俺は思わずセツナの持つ本の表紙を凝視しながら、食い気味でオウム返ししてしまった。


 鋭い視線のまま口だけ笑ったセツナは言う。


「もちろん無修正だ。

僕による僕の為だけの”写真集“だからね。

 今なら早期予約特典で、等身大フィギュアも用意してあげても良い。

もちろんこちらも無修正で、しかも実際に使うことも……」


 ここで突如、高くも柔らかい美少女の声が聞こえてくる。


「は、はわわわわわわわわ!!!!!

 お、おおおおおお姉ちゃん!?!?

 ナ、ナユタさんに何を売りつけているの!?!?

 て、てててか!!

なんでボクの制服を着ているの???」


 柔らかな“絶世の美少女笑顔“になったセツナは、半身を起こしたスク水のココロに言う。


「この制服はココロが昨日着ていた物だ。もちろん、洗ってはいない。

 それに、この写真集はナユタ君に売りつけるわけじゃ無い。

”譲渡“しようとしているのさ。

 “無修正“の売買は法で禁じられているからね?」


 ココロはちょっと悦びながらも、それにツッコむ。


「ほ、ほほほほほ法律の事を聞いているんじゃ無いよ???

 む、むむむむむ“無修正の意味“について聞いているんだよ!?!?

 て、ていうか!!洗濯して!!!!」


 それに対して、早春の爽やかな風のような笑顔でセツナは言う。

 

「“無修正の意味“についてだが……

この本は、嘘偽りの無い”無修正“だ。

つまりこの本には、ココロの艶やかな体が隅々まで赤裸々に掲載されている。

 しかし、安心して欲しい。ココロ。

この写真集を市場に流通させるつもりは毛頭ない。

ナユタ君や……シノブ君・・・・に配る程度だ」


 耳まで顔を染めながらもココロはさらに悦び、ツッコむ。


「シ、シシシシシシノブちゃんに渡すなんて!!!

そ、そそそそそんな酷い!!

 ボ、ボボボボボク!!

は、ははははは恥ずかし過ぎるよぉ!!!」


 そう言いながら女の子座りのココロは、自分のスク水の身体を抱きしめて顔を横にブンブンと振る。


俯いた彼女の目元は水色の前髪に隠れて見えなかったが、口元は少し緩んでいるように見えた。


それを見た紫電セツナは、微笑みの妖艶さを増す。


「ふふ。

 ココロが悦んでくれて、僕も嬉しいな……。

興奮してしまうよ……」


 そんな「最強」変態……失礼……「最狂」変態姉妹の”会話高度なプレイ“を放っておくと、またしてもセンシティブの向こう側のさらに向こう側まで行ってしまいそうだったので、俺は会話を強引に変える事にする。


「……ていうか紫電セツナ……何故あんたがここに居るんだ?」


 俺に向き合った紫電セツナは無修正の写真集をしまい、ふたたび無業の位に戻る。


 そして彼女は言う。


「それは……僕が“配信“を見たからだ」


「『配信を見た』……だって?

どういうことだ??

 シノブもココロも配信はしていないはずだが??」


 考え込むように顎に手を当て、セツナは言う。


「やはり……そうか……気づいていなかったのか……」


「どういうことだ……?」


 変わらぬ笑顔でセツナは、俺達に伝える。


「実は先程……

“サイバー坊主EQ“という配信者が、ヒノモトの腰痛部よーつーぶチャンネルにて実況配信を始めたんだ……」


 その名を聞いた瞬間、俺の脳が一瞬で沸騰した。


「EQが……?

ヒノモトで実況配信だと!?」


 血の味のような物が口の中に広がった。


 セツナは表情を変えること無く続ける……。


「サイバー坊主EQ……海外で活躍する腰痛婆よーつーばーらしいな。

 ともかく彼がヒノモトで配信を行うのは珍しいらしく、卵達エッグス飲多酢インタスも彼の話題で持ちきりだ。

 そしてその、EQによりここの戦闘の様子が配信されている。

その題名は……

【[悲報]逆賊と化した西アイドル事務所、R18アイドルの自宅に突入し暴虐の限りを尽くすwwww】……だったな」


 思わず叫んだ。


「俺たちが逆賊!?

暴虐の限りを尽くすだと!?!?

ふざけるな!!!!!」


 キレる俺を見たセツナは、「憤怒しているようだな?ナユタ君」と言って微笑んだあと、俺に向かって右手を差し出しながら言う。


「君達の事情がどうであろうと変わらないさ……。

 サイバー坊主EQのフォロワー数は60億人。

ヒノモトの国民達は、彼の配信内容を完全に信じきっているようだ。」


 ここでココロが、「え?え??ちょ、ちょっと待って??配信って事は……それってもしかして……ボクの裸のお胸が?……配信に乗って……全世界に実況されて?……」と言っていたが、俺の耳には届かなかった。


 紫電セツナは続けて言う。


「あるいは君の言うとおり彼の言動が嘘だったとして……しかし、この状況は良くはない」


「なんのことだ?」


「君達は、逆賊となったわけだ。

しかも君達は、西奉行所のアイドル事務所の職員。

 つまり、君達はヒノモトを裏切った……“国家の敵“となった訳だ」


「ふざけるのも大概にしろ!!俺たちがヒノモトの敵だって??」


「言っただろ??

事実なんて関係無いんだ。

資本が支配するヒノモトこの国では、資本力と影響力がある人物の発言こそが真実なんだ。

 つまり……この戦場は『メガザイバツただの企業と執行機関の戦闘』が逆転し、『テロリストと国家の戦闘』……という構図になってしまったって事さ」


 その紫電セツナのセリフを聞いて、俺は思考を巡らせた。


俺は今、EQの配信を見れる状況に無い。


兎魅ナナのBASARAにより無線封鎖されたこの場では、サイバーネットに繋がる手段が無いからだ。


だから俺には、セツナが言った内容が事実かどうか確認できなかった。


しかしそれでも俺は、セツナの言うことを信じる事ができた。


なぜなら、紫電セツナがこんなフザケた嘘を言うような人物では無い事を知っていたし、それより何より……「EQならやりかねない」という胸糞悪い確信を得ていたからだ。


 黙り込んだ俺に対して、紫電セツナは微笑む。


 彼女の銀髪が風でなびき、彼女の穏やかだが冷ややかな左目を残し、顔の大部分を覆った。


「それでは……ナユタ君??

 君はどうしたい???」


 その質問を受けて脳裏に様々な感情が渦巻いた。


 そもそも俺は、事なかれ主義の平和主義者だ。


逆賊やテロリストなんて物は、俺とは最も縁遠いものだ。

そんな波乱万丈な人生なんて、本来の俺なら絶対に送りたくない。


 しかしEQは俺の友と恋人を蹂躙した宿敵だ。さらにはそんなヤツが事実を捻じ曲げ、俺をもう一度踏み潰そうとしている訳だ。


奴だけは許すことは出来ない。


そしてその怒りは、俺の“無いはずの記憶“と混ざり合ってさらに増幅された。


 それは行き過ぎた愛に狂いながらも、しかし静かながら確固とした「絶対的な攻撃性」だった。


だから俺はセツナの質問に対して答える。


自分が思っていたよりも冷静な口調に俺は驚く。


「俺が『どうしたい』か……だって?。

くだらない質問だ。

 俺達に害を及ぼそうとするのなら、反抗するまでだ。

国家がなんだ?EQがなんだ?……知ったこっちゃ無い。

 俺達に襲いかかってくる全てのクソッタレは、俺が斬り払ってやる。

……ただ、それだけのことだ」


 それを聞いた紫電セツナは今日一番の笑顔で微笑む。


「殺意が宿った良い表情だ……。ナユタ君。

 生半可な殺意では、君の因果は断ち切ることはできないだろうからな……」


そしてセツナは、足元でへたりこみ恍惚とした表情でビクンビクンしているココロを見ながら言う。


「君とココロを戦場に戻してやろう……」


 つづいて彼女は顔を上げ、銀髪の隙間から澄みきった紫の瞳を覗かせる。


「ただし……忘れるな……ナユタ君。

“殺意“というものは、研げるだけ研ぐことだ。

 鈍った殺意は敵では無く自分を殺す。

だから君は、一度手に取った“殺意“を死ぬまで研ぎ続けなければならない。

 つまりは……

『“諸刃の刃“は全てを斬るからこそ意味がある』……ということだ……」


 俺はセツナの美しくも空虚な微笑みから目を離さず、言う。


「セツナ……お前は、俺の何を知っているんだ?」


「もちろん。これまでにあった事の全てさ。

 僕は、ココロの姉だからね」


 そしておもむろに彼女は俺の胸ぐらを掴んだ。


 セツナのあまりに自然で優雅な動きに、俺は呆気に取られ、なすがままになってしまった。


着物の襟で首が締まり、遅れて恐怖が頭をもたげる。


「な、何を!!??」


 セツナは言う。


「言っただろ?『君達を戦場に戻す』と」


「それは分かっているが!!

 なぜ俺の胸ぐらを掴むんだ??」


「君を“投げる“からだ」


「は……?」


 そして紫電セツナは、現実離れした絶世の“美少女笑顔“で答える。


「僕が、今から……

ナユタ君をヘリポートまで投げ上げるってことさ。

 もちろん……僕の腕力でね?」


  無意味で無慈悲で無感情にもかかわらず爽やかなセツナの笑顔に反し、俺の顔は一気に青ざめた。

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