91話 マッドサイエンティストの徒然ならない日常


——【今から18年前】——



【万錠カナタ視点】



「早く会いたい!!

 れん!!待ってろ!!」


 ワガハイは、エド セントラル病院の真っ白な階段を駆け上がっていた。


白衣と灰色のはかまが、ワガハイの脚をばたばたと叩く。


ワガハイは手にホログラム巻物を握りしめながら、全速力で走り続ける。


「無駄に広い!

世界一の大病院とはいえ……無駄が多すぎるぞ!!

 もどかしい!!!

蓮!蓮!!蓮!!!」


 一心不乱に走り続けたワガハイは、病棟の最上階にある「スイート・エグゼクティブ・プライベート病床【雅】」に到着する。


ワガハイの電脳を感知したホログラム障子が、「からり」と開く。


 真っ白な超強化プラスチックで出来た病室の内装の奥に、真っ白なとばりが降ろされていた。


 とばりの奥には、ワガハイの世界一美しい最愛の妻——万錠れんが居るはずだ。


しかしワガハイはれんの事が気がかりで、あまりに心配で、辛抱たまらず、堪えきれず……


彼女の姿が見える前に、堰を切ったように泣き始めてしまう。


「ぬわぁああああああ!!!

れん!!!!!

やっぱ、もういい!!キャンセルだ!!

キャンセルしてくれ!!

 やっぱ子供を産まなくてもいい!!

ワガハイはれんが生きているだけで、幸せなんだ!!!

君が側に居るだけでワガハイの人生は、最高なんだ!!だから無理しなくて良い!!

 出産が決まってから、蓮が心配過ぎて!!

蓮に何かあったらどうしようかと思って!夜も眠れず!!

仕事には、9時〜5時の間ぐらいしか集中できない!!!

 だからワガハイは!!

ワガハイは!!!れんが居れば世界一幸せなんだぁあああああ!!!

ぬわぁああああああああああ!!!」


 最愛の妻の身を案じ過ぎたワガハイは、完全に錯乱していた。


病室の中に歩を進めながらも、大泣きしていた。


 そのようなワガハイの一世一代の嗚咽に呼応するかのように、“甲高い泣き声“が病室に響き渡る。


 その“泣き声“でワガハイは我に帰り、冷静になる。


「この声は……もしかして……?

ってことは……まさか……」


 と言いながらワガハイは、急いで病室の帳を押し退ける。


すると、真っ白なベッドの上で真っ白な打掛うちかけを着た我が最愛の美し過ぎる妻の万錠蓮が、微笑んでいた。


 薄紫のロングヘアーのれんは、グリーンの瞳を細めて言う。


「もう。ナタ君ったら……。

この子で3人目だよ??

 それなのに毎回毎回……私の事が心配で頭おかしくなっちゃって……本当に可愛いんだから……。

 でも、安心して。

私は無事よ。

もちろん……“この子“も……」


 と言ったれんは、枕元に寝ていた赤子の方を向く。


 母子の無事を確認できたワガハイは、再び感極まって泣く。


「ぬわぁあああああああ!!!

 れんが無事で良かったぁあああああ!!

 子供も無事で最高すぎるぅううううううう!!

この世は天国か!?!?!?

 ぬわぁああああああああ!!!!」


「ふふ。抱いてあげて?」


と言った美しい蓮は、産まれたばかりの我々の赤子を差し出す。


その赤子は、ワガハイの腕の中であまりに脆く柔らかく脆弱で……しかし、体を真っ赤にして力強く全身で泣いていた。


 ワガハイは赤子を包む白い布をめくり、思わず叫ぶ。


「付いていないぞ??」


 蓮は微笑む。


「付いていないね」


 ワガハイは喜色を浮かべて言う。


「女の子か??」


 蓮も笑う。


「女の子だね。ふふ」


 赤子の瞳は、グリーンだった。


「この瞳の色!!蓮と一緒の色だ!!

 きっと世界一の美人になるに相違ない!!!」


「ふふ。梅子の時も言っていたじゃない??

 『ワガハイの目の色と一緒だ!!世界一の美人になるに違いない』……って」


 そう言った蓮は視線を落とし、ワガハイの左手に気付き、言う。


「ところで、その巻物は……??」


「これか!!遂に学会で認められたんだ!!

 ワガハイの仕事がな!!」


「電脳の……感情の技術だったけ……?」


「感情エネルギーの電脳処理への転化技術だ!!

 これで人類の電脳はさらなる発展を遂げるんだ!!」


「ナタ君の論文……やっと世間様に認めてもらえたんだね……。

 私も嬉しいわ」


「ああ!!!

 ワガハイの人生はここから!!やっと始まるんだ!!!」


 それを聞いた蓮は首を傾げ、微笑んだまま言う。


「”ワガハイ“の……?」


「おっと!すまない!

“ワガハイ達“の人生……だ!!!

 他意は無かった!すまない!!」


そしてワガハイは自分の腕の中に目を落とし、赤子の美しい瞳を見ながら言う。


「たとえ割れても真っ直ぐに生き……不浄を退しりぞけ……何度も美しく咲く」


「やっぱり名前は、竹子なの?」


「もちろん。松利マツトシに……梅子に……竹子だ!!」


「古風すぎない?その子が嫌がるんじゃ無いかしら?」


「バカな!!喜ぶに決まっておる!!

ワガハイが決めた名前がダサいはずあるまい!!」

 

  そう言ってワガハイは笑いながら、竹子の小さく繊細な指に触れた。




——【12年前】——




 エド幕府の中央軍事研究所の中で、今日もワガハイは部下に怒鳴っていた。


「ソビカの汎用戦闘AIとの電脳戦に2日も時間を要してどうする!!

 お前の頭の中では、敵の弾丸はどんな速度で飛んでいるんだ!!!

 今すぐにこのポンコツAIを廃棄しろ!!!」


「しかし……ソビカのミュー粒子防壁を破る為には、最新鋭の量子コアを用いてもこれが限界です」


「それを考えるのが科学者であろう!!

 無駄な議論をさせるな!!

我が国は他国のAI技術の後塵を拝しておる!!

 それを踏まえてから、ワガハイと議論をしろ!!」


 承服しきれない表情のまま、部下はワガハイの自室を去った。


 そしてワガハイは、自分のデスクのホログラムディスプレイの中で浮かぶ戦闘AI……YAMATOを見て唇を噛む。


 YAMATOはワガハイが心血を注いで開発した戦闘AIで、幼い容姿の——”いわゆるロリ“なデザインを採用したが……他国の戦闘AIの性能と比較すると、大きく遅れをとって居た。


「エスカレートする電脳戦においては……ヒノモトの最高の技術を持ってですら他国に太刀打ち出来ん……。

かと言って、無線アンテナを奪い合う現在の不毛な戦争方法では死者が増すばかり……。

 つまりは……圧倒的な“情報処理能力“さえ手に入れば……。このクソったれの戦争を終わらせる手段が見つかるはず……。

 しかし……YAMATOたん可愛過ぎかよ。ちょっとポンコツなのも、萌える。」


 鼻の下を伸ばしていると、世界一美しい娘の竹子(もちろん姉の梅子も世界一美しい)が、ワガハイに声を掛けた。


「おとうさまー。それはなにですかー?」


 ワガハイは可愛すぎる竹子に相好を崩しきって、応える。


「これはワガハイが作った萌え萌えのAIだよー」


「もえもえってなんですか?」


「萌え萌えという言葉は、二次元のキャラが可愛過ぎて感情がいっぱいになった時に使う言葉だよー」


「にじげん……?」


「ちょっと難しかったかなー?

ともかく、二次元キャラ好きな男は信用できる男ってことだよー。覚えておいてねー」


「うん。わからないけど わかったです。

 にじげんが すきなおとこのひとは、しんようにあたいする ってことですね?

たけこ、かしこい?」


「当たり前じゃないか!!

竹子は可愛いくて賢くて可愛いに決まっておる!!

撫でてやろう!!

よしよしよし!!!!」


「うわああ。

や、やめてください。

おひげが ちくちく ささって!!

 わたし! あなだらけの れんこんさん みたいに なってしまいます!!」


 ワガハイがYAMATOと竹子に鼻の下を伸ばしていると、先ほどとは別の部下のホログラムが目前に現れる。


 部下のホログラムは、神妙な面持ちで述べる。


「万錠様……お気を確かに……」


 ワガハイは途端に真剣な顔になり、言う。


「何を言うか、ワガハイは常に真剣だ。

 真剣に心の底から、竹子とYAMATOを愛でておる。狂ってなどおらん」


「いえ……そのことではありません。いつもの事ですので。

 あるいは万錠様……幕府本営の発表……ご存知ないのですか?」


「知らんに決まっておる。

 ワガハイは研究と家族ともえ以外には、興味が無い」


「そうですか、それでは……ご報告を致します。

 ツシマ城が……陥落しました」


 ワシは驚きのあまり、声を上げる。


「バ、バカな!!!

ツシマ城は本土防衛の要所!!!

 特別に作った14コアのYAMATOが防壁を貼った、我が国でも最堅牢の城だったはず!!!」 


「そのYAMATOの防壁は……ソビカ軍に、ものの数秒で破られました」


 あまりの驚愕の出来事にワガハイは、その報告を信じる事が出来なかった。

最新鋭の敵国のAIでも、あのYAMATOの防壁は簡単には破れないはず……。


足元の竹子が、鈴の音のような声で「おとうさま……だいじょうぶ?」と声を掛けたが、うまく反応できなかった。


 ホログラムの彼は続ける。


「前線の兵からの報告によると、ソビカ軍が新兵器を投入したと上がっております」


「新兵器とは……どのような?」


「カラクリとも異なる、真っ白な肌の人造人間だとか……」


「真っ白な肌の人造人間……??

 もしかして……ブリリカとソビカが秘密裏に開発していたと聞いた……生物兵器……バイオロイドの事か……?」


「詳しくは未だ不明です……。

 それと、それ以上に……非常に残念なご報告が……」


「もったいぶらず、報告をしてくれ。

YAMATOがあっけなく敗れた以上に、残念なことがあるのか……??」


「ええ。それでは……

 万錠様のご子息が、そのツシマ城の前線にて……

消息不明となりました……」


「優秀な……松利マツトシが??

 消息不明だと……」


「前線での戦闘は激しく、地図が変わる程の激しい戦闘だった模様で……大隊に相当する兵が短期間に消息を経っております。

 そしてその大隊の中に、万錠様のご子息が……。

よっておそらく……“絶望的“かと……」


 「目の前が真っ暗になる」とはよく言ったもので、この時のワガハイはまさにそのような状態となった。


 世界の底が抜けて、ワガハイの心の全てが虚無に落ちた。


 だからワガハイは、うつろな目で言う。


「それでは……こういうことか……。

ワガハイが作ったYAMATOが力及ばず……国を守りきれず……そして、ワガハイの長男の……松利マツトシもが……そのせいで”絶望的“と……」


 部下のホログラムは、目を伏せながら言う。


「お気持ちは痛いほど察します。しかし満城様……、

 どうか、ご自分をお責めにならないように……」


 そして、不安そうな顔で竹子がワガハイに言った。


「おとうさま……。

 おにいちゃんが……どうしたの……??」


 竹子の不安に震える手を握り、ワガハイは松利マツトシのことをなんとか、彼女に説明する。


そしてその説明をする間に、ワガハイの心は徐々に……確実に……死んでいった……。




——【今から10年前】——




 ホログラムのMATSUKOが、ワガハイに言う。


「ナタ君のプログラムに間違いは無いよ。

 ワタクシの中では、既に完璧な“エモとら“のシミュレーションが可能だったもの」


 アミダ重工のワガハイ一人の研究室は薄暗かった。

MATSUKOを稼働する為の研究費と“大義名分“の為に、ワガハイが照明すら売り払ったからだ。


「戦地で鹵獲した……バイオコンピューターすら供したんだぞ……?

 あとは、何が足りないっていうんだ……」


 水色のツインテールのMATSUKOのロリ顔が、思案にあぐねた表情をする。

彼女が腕組みをする事で、彼女の白スク水風衣装のおっぱいがたわわに揺れた。美しかった。


「ナタ君が頑張っているのは知っているけれど……

それでも、やっぱり……ワタクシには感情が理解できないのよね……」


「それでも、バイオロイドは……人間の感情を、理解しているんだぞ……?」


 長い水色のツインテールを触りながら、MATSUKOはロリロリの困った顔をする。

彼女の顔は、幼い頃のれんを元にデザインした。だからMATSUKOは、世界一可愛い“ロリ巨乳二次元美少女“となった。


「そんな事を言われても……人間の感情、難し過ぎるのよね……。

てか、ワタクシにもバイオドロイドの事は理解できないんだもの……。

 それに、ナタ君……大丈夫?

こんをつめて働き過ぎよ……」


 それを聞いたワガハイは、頭を抱えて呻くように言う。


「違うぞ!MATSUKO!!!

 ワガハイのツンデレライブラリーを実装した君は、そんなセリフを言わないはずだ!!!

 ワガハイを気遣う時の君は、『まあ、せいぜい頑張りなさい?ただ、まあ……ワタクシの為に頑張ってくれているのは、感謝するけれど』——とか言うはずだ!!」


 MATSUKOは怒ったような表情をして言う。


「だから、それが分かんないって言ってるでしょ!!」


「そうそれ!!今のちょっと嗜虐心が強めな感じ!!それ最高!!

 それが欲しかったんだ!!ワガハイ!!」


 と萌え萌え心に火が付いたワガハイは一瞬だけ喜んだが、すぐに慙愧の念に囚われた。


 ワガハイは、両手を握りしめて叫ぶ。


「ちがうんだ!!萌えるだけのMATSUKOじゃだめなんだ!!

今のままでも十分に可愛くて最高だけど……それだけじゃダメなんだ!!!

 エモとらを使えるようにならなければ!!!

 ワガハイの娘達を守れないんだ!!!!」


 ワガハイは、頭を抱えて崩れ落ちた。


 ここで唐突に、鶴の一声って言うか——“美し過ぎる声“が研究所内に響いた。


「もう戦争は終わったのよ。

それにキモ過ぎるわ。

 だからこんな事……終わりにした方が良いって……みんな言っているわ……」


 ワガハイは、頭を上げてそれに反論する。


「その。“みんな“と言うのは……誰の事だ?

 蓮が言っているのか……?」


「お母様は何も言わないわ……。

だって、お父様の事が好き過ぎるもの……」


「それなら、問題無い。

 ワガハイは研究を続ける」


「じゃあ……私が反対していても?」


 その声の主との会話を続ける為にワガハイが振り向くと、そこには世界一完璧な三次元美少女が立っていた。


 その三次元美少女は、ワガハイの愛する娘の万錠梅子だった……。

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