90話 シノブとタマキの闘い

【ナユタの意識が電子の枯山水に侵入する5分前】



【月影シノブ視点】



 私の周りには、キチク芸能社の社員さん達が群れをなしていました。


円形の階段室には、私を中心に黒いスーツの男性の人だかりが出来ています。


「いたぞ!!美少女だ!!アイドルだ!!」

「70人の増援にアイドル一人だと?ふざけおって!!」

「うわぁ……めちゃくちゃ可愛い……萌ぇ……」


「騒ぐな!!よだれを垂らすな!!目をハートにするな!!!

 月影シノブは、我々のキンザ支店を壊滅させた憎きアイドルだ!!

 殺した者には有給休暇3日を付与する!!喜んで働け!!!」


 周囲に緊張の視線を巡らせながら、私は【電脳リンク】を使ってWABIちゃんに言います。


『WABIちゃん!!今から忍術を使用しますが……

社員さん達を首チョンパしないようにして下さい!!』


 網膜ディスプレイ上のWABIちゃんは言います。


『心得ております!!

すでに忍術lv3の“峰打ちマナーモード設定“は、オンにしております』


 私は電脳でコンバットアプリを操作し、「忍術lv 3」を発動します。


そうすると、ガラスが震えるような高音と共に、右手の手甲グローブに水分子が凝集していきます。


 キチク芸能社さん達が叫びます。


「総員!!かかれ!!!!!」

「「「「「うおおおおおおお!!!!!!!」」」」」


 私の左肩の上に、ピンク色のホログラムが光ります。


水遁スイトンりっぱー】


 私の電脳が活性化され、社員さんの弾丸や刀がスローモーションになります。


 私は右手を振り上げながら回転します。


空気中にたくさんの水分子のリッパーが、私の周囲に浮かびます。


スローモーションで見るそれらの様子は、無色透明の“まる“がキラキラと浮かんでいてとても綺麗ですが、この“まる“は鋭いので触れてはいけません。


 私は次の攻撃に備えて、身体を地面すれすれまで低くします。


 スローモーションが終わります。


音速で飛ぶ無色透明の【水遁スイトンりっぱー】は、弾丸を切り裂き、社員さん達に次々と襲い掛かります。


「うお!!」

「ひえ!!俺のライフルが!?真っ二つに!!」

「俺……美少女に切られたかったんだ……最高かよ……」


 と、おのおのに言いながら前列の社員さん達はバタバタ倒れていきます。


 しかし休暇の取得に必死なキチク芸能社さん達は、止まりません。


倒れた仲間を飛び越えて、続々と私に襲い掛かってきます。


 そんな彼らに私は、下段回し蹴りと中段回し蹴りをして、さらに飛び膝蹴りを決めます。


「ぐは!!」

「ひでぶ!!」

「くそ!!パンツが見えそうで見えなi……

うぎゃぁぁっ!!」


 吹っ飛んだ社員さん 3名は、前方のガラス窓を派手に割り、中庭に飛んでいきました。


『シノブ様!!!!

 後方より4名様です!!!!』


 WABIちゃんの報告を聞いた私は後ろを振り向き、両手を広げて前に突き出します。


雷遁ライトンすれっじ】


 ホログラムと同時に私の両手から目を開けられないほどの光が放たれ、「ドカン!!」と稲妻が走ります。


光が収まると、社員さん4人が2メートルほど上空で浮いていました。


みなさん黒焦げになっていますが、“峰打ち“なので大丈夫です。たぶん。


しかしそれでも必死なブラック社員さん達は、吹っ飛ぶ黒焦げの社員さんの下からさらに勢いを増して襲い掛かってきます。


 その人達を【火遁カトンまぐなむ】を使って吹っ飛ばした私に、WABIちゃんの報告が入ります。


『シノブ様!!緊急事態です!!

 キチク芸能社のさらなる増援が確認されました!!

その数……100名様!!

さらには!全員がサイボーグ兵様です!!!』


 それを聞いた私は、めっちゃ動揺します。


『ひ、100人のサイボーグ兵ですか!?!?

 流石にそれはヤバすぎるっていうか……

もはや、詰んでるっていうか……』


 その瞬間、私の全身は硬くて冷たい物で拘束されました。


「いっ!?いたい!?!?」


 視線を落とすと、私の体は黒い鎖で雁字搦めがんじがらめにされていました。


「動けない!?!?

これは……鎖分銅くさりふんどう??」


 鎖分銅は、強烈に私の身体を締め付けてきます。


骨が軋む音さえ聞こえそうです。


「くぁっ!!!」


 社員さんの笑い声が聞こえます。


「ははははは!!ザマァあああああ!!

 油断大敵だぜ!!

俺の鎖分銅は、動けば動く程に締め付けていくタイプのやつだ!!!

 観念しな!!シノブちゃん!!!!」


 と言いながら、そのスーツの社員さんは私を縛る鎖分銅を手繰たぐっていきます。


男性の強い力に負けて、私の身体はどんどん彼に引き寄せられていきます。


「や、やめてください!!!!

 こんな状態だと!!

あなたを忍術でブっ飛ばせません!!!!」


「アホか!!

それなら余計にやめられ無いじゃねぇか!!!」


 そして遂に私の身体は、彼の手の届く距離にまで到達します。


 彼の空いた左手が、私のスカートの下の太ももに触れようとします。


 その様子の気持ち悪さに涙目になった私は、彼の顔を睨んで叫びます。


「や、やめてください!!」


 しかし彼は悪役の見本のような下卑げびた笑いを浮かべ、私のスカートに指をかけます。


「シノブちゃんのスカートの中……はぁはぁ……。

どうなっているのか……見てみたかったんだ……はぁはぁ……。

 ゲヘヘヘヘへへ」


 彼の「はぁはぁゲヘヘ」に呼応するように———


「いいぞー。パンツだー!!!」

「シノブちゃんのパンツは何色かな???」

「めくれ!!めくれ!!スカート!!!!」


———といった“地獄のパンツコール“が、社員さん達の中で湧き起こりました。


 だから私は、涙を浮かべて叫びます。


「や、やめて下さい!!!

きょ、きょうのパンツだけは見ないで下さい!!!

 このパンツはナユタさん専用なんです!!!!!

ナユタさんの為に!!履いているんです!!!」


「は?

ナユタさん?

……って、だれ??」


「と、ともかく!!!

あなたのようなクソ野郎さんには、死んでも見せたくありません!!!

あなたにパンツを見せるぐらいなら!!

鼻の下を伸ばしたナユタさんの目の前でパンツを脱いで渡した方が!!

1京倍!!!良いんです!!!!!」


「はぁ?」


 ……と首を傾げた彼は、私の意味不明な説明を理解をするも無く不自然な体勢になり、「ひでぶっ!!!」と言いながらきりもみになって吹っ飛んで行きました。


 あまりに突然の出来事に、私は唖然として固まってしまいます。


そんな私に、優しくありながらもどこか痴女な声が聞こえてきます。


「あらあら……。まあまあ……。

シノブちゃん……。

緊縛プレイ中だったんですね?

羨ましいです。

 お邪魔しちゃいましたか?」


 その声の主を見た私は、気色を浮かべて言います。


「タマキさん!!!」


 しかしタマキさんのあまりにヤバい格好を見た私は、再び同じ言葉を放ってしまいます。


「タマキさん!?!?!?」


 微笑むタマキさんの上半身の巫女服は焦げて千切れ、いつも以上におっぱいが溢れんばかりになっていました。


 しかしそんな事よりも、彼女の下半身の状況の方が悲惨でした。


彼女のスカートは焼けこげ、完全に無くなり、そこから下は“肌色一色“の要は……裸になっていたからです。


 そんな“すっぽんぽんの下半身“をタマキさんは把握されているようで、腰を捻って立つ事により彼女の“大切な部分“だけは、なんとか衆目に晒されない感じになっていました。


 そして、“丸出し“のタマキさんは私の視線を察して微笑んで言います。


「安心して下さい。

履いていませんから」


 思わずツッコみます。


「安心できません!!

履いて下さい!!!」


 それでもタマキさんは、微笑みのまま続けます。


「やはり、ジョロウグモ……強敵でした。

お気に入りのパンツを犠牲にする事で、ようやくかせる事が出来ましたので……」


「まさか、タマキさんが……そこまで苦戦するなんて……。

いや、てか……パンツを犠牲に??

どういう状況ですか???」


 タマキさんは笑顔のまま、キチク芸能社さんの方を振り向きます。


その事により、彼女の下半身の前部分が私の方を向きましたが、センシティブ過ぎてアカBANの恐れがあるので、“それ“とは目を合わせないようにしました。


 そしてタマキさんは、電脳薙刀パイルバンカーを「ぶんっ!!」と振るって、右下段に構えて言います。


「しかし……男の人たちが、美少女を寄ってたかって……。

プレイで無いのであれば……容赦はしませんよ……?」


 しかしそんな緊迫感?とセンシティブさMAXの中、突然……私たちの頭上で大きな音がしました。


 それは建物を揺らす程の振動をともなった爆発音でした。


これまでの戦闘の音の中で、もっとも大きな音です。


あまりに訳の分からない状況に敵さんも私も含めて、みんな慌てます。


しかしなぜかタマキさんだけは、武器を下段に構えたまま動じませんでした。


 私は言いようの無い胸騒ぎを感じ、思わず呟きます。


「も、もしかして、プロデューサーさん……??」


 それを聞いたタマキさんは、静かにうなづきます。


「私がお気に入りのパンツを犠牲にして急いでここに来たのには理由があります。

 ジョロウグモがもう一体、出現したからです」


「ジョロウグモがもう一体??それってもしかして……」


「ええ……。

シノブちゃんの予想通り……さっきの爆発音はジョロウグモの攻撃の音です。

 つまり……新たなジョロウグモは、この建物の屋上に現れたのです」


「屋上!?!?」


 それを聞いた私の胸は不安で一杯になりました。


キンザの街で焼け焦げになってしまったプロデューサーさんの姿が、脳裏を掠めました。


同時に私は、溺れるほどの涙の味を思い出しました。


 顔を真っ青にした私に、タマキさんは冷静な声で言います。


「ここは私に任せて、シノブちゃんは屋上に向かってください」


 しかし私は、下半身丸出しのタマキさんに言います。


「でも!!タマキさん!!パンツが!!!!」


「ご安心を。私はこの程度の事で遅れをとりませんから」


 と言ったタマキさんの背中から、蝶のような真っ黒な排熱板が広がりました。


 しかし、タマキさんの排熱板は所どころ醜く溶解していて、彼女とジョウロウグモとの激闘の跡がありありと残っていました。


 そのタマキさんの凄まじい戦闘の傷跡を見た私は、絶句しました。


そしてさらなる不安に襲われます。


タマキさんがこんな事になってしまうような相手と、プロデューサーさん達は今、戦っているんです。


そのような強敵と戦って……プロデューサーさんとお姉ちゃんとココにゃんの3人は、無事でいられるのでしょうか……?


 タマキさんの脚の後ろ半分が割れ、外骨格とジェットエンジンが覗きます。


“痴女“じゃ無かった……“秘書“から兵器と化しながらも、タマキさんは笑顔で私に言います。


 それも、唐突に……。


「シノブちゃんは、愛しているんでしょ?

ナユタさんのこと??」


 私は驚いて、素っ頓狂な声で言います。


「ふぇっ????」


 社員さん達の声が聞こえます。


「お前ら覚悟しろ!!!!

 黄泉川タマキの戦闘能力は、“タダカツ級“だ!!!!

100人のサイボーグが来ようが!!

油断すると!!!ミンチにされるぞ!!!!」


 そんな声を無視して、タマキさんは私に言います。


「シノブちゃんが、ボーッとしていると……

私がナユタさんのこと……

食べちゃいますよ??」


 私は驚いて、オウム返しをします。


「え??

た、食べちゃうん……ですか??

ナユタさんを……?」


「ええ。私……食べちゃいますよ?

もしシノブちゃんが、“このまま“で居たら……。

 だって、あんなに……ウブで可愛くて……“太くて長い“男性は、他には居ませんから……」

 

「“太くて長い“??」


 そんな私の疑問を無視し、タマキさんは微笑んだまま続けます。


「忘れないでください。

シノブちゃん……。

 恋愛とは、“相手を奪う“行為です。

傷つけてしまうかもしれませんし、傷ついてしまうかもしれません。

あるいは、決定的に損なってしまうかもしれません。

 しかしそれを恐れていては、どこにもイけないんです。

痛めつけあって騙しあって奪いあって……それでも好きだから、イれるんです……。

 もちろんだからこそ、シノブちゃんが怖くなる気持ちも私は分かります……。

 でも、シノブちゃんは、ナユタさんと一緒に……

もっと遠くまで……どこまでも遠くまで……イきたいでしょ??」


 そう言ってタマキさんは、優しそうに微笑みました。


彼女の言葉は“隠喩的”で……てか、どっちかというと“淫喩的”で……要は下ネタっぽくて、よく理解できませんでした。


 それでも私は答えます。


「は、はい……。

タマキさんが言っている意味……全然……分かりませんが……。

 ナユタさんは……、

脚フェチで二次元専門のキモヲタで……腐った魚の目の大奥趣向の博愛主義のロリコンの変態さんですが……。

 それでも、私……ナユタさんのこと……」


 俯いていた私は、顔を上げて前を向きます。


 頭を急に上げた事によって、なぜか目から涙が垂れました。


あるいは……そんな気がしました。


「それでも私は、ナユタさんのこと……好きなんです」


 そんな私の顔を見たタマキさんは「ふふふ」と笑いました。


 そして敵の方を向いたタマキさんは、真剣な表情になり……美しいグレイの瞳が光ります。


「ともかく、この場は私にお任せを……。

発情中のシノブちゃんは、早くナユタさんの元へ向かって下さい」


 私の顔が真っ赤になります。


「は、ははははは発情なんてしていません!!!!」


 この時、遠くから足音が聞こえてきました。


それは多数の規則正しい足音でした。


おそらくそれは、キチク芸能社さんの増援部隊のサイボーグ兵さん達の足音です。


ぞろぞろと重々しく、それは響いてきました。


 敵さん達を睨み付けたまま、タマキさんは言います。


「シノブちゃん。時間がありません。

……早く!急いで!!!!」


 タマキさんの目は光を増し、表情は険しくなります。


私は臨戦体制のタマキさんを初めて見ましたが……目は鋭く冷たく……何より冷酷でした。


 タマキさんのいつにない迫力にびっくりして、私は言います。


「は、はい!!!!!!!

タ、タマキさん!!どうかご無事で!!!!」


「ええ。私の事は……ご心配なく……

ともかく、どうか……急いで……」


 タマキさんの言葉に押された私は、彼女に背を向けて走り出します。


タマキさんの事が心配ですが……それでも、必死で走り出しました。


———屋上に向かう為に……。


———大好きなナユタさんの姿を見る為に……。


 そして聞いた事の無い“女の人の声“が、私の後ろから聞こえてきます。


「私の名を知って未だここに立つ者は!

地獄の門をくぐった事と知れ!!

 この世の“地獄の炎”は、汚れた貴様らを喰らうほど盛り!!魂をも溶かす業火となるぞ!!!!」


 そして続いて聞こえてくる、悲鳴や爆発音や轟音に振りかえらないようにしながら……


私はナユタさんを目指して、屋上を目指す階段を駆け上がり続けました。

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