89話 電子の枯山水4

 電子の枯山水の庭から突然登場した男は、白髪で白髭の圧倒的なイケオジだった。


 年齢はおそらく50代。身長は俺と同じぐらい。


どこまでも白い髪は年齢の割に綺麗に生え揃っているが、手入れはされていないようでザンバラだ。


目線は鋭く口は固く閉じられていて、いかにも頑固そうな表情だが、それ以上に圧倒的に整った顔が目立つ。

もし生まれ変われるのなら、このオッサンのような顔面になって歳を取りたい。


服装は灰色の着物と黒の袴。モノトーンの服装は細身の彼によく似合っていた。


 そんな圧倒的なイケオジが、WABISABIズと俺のキャッキャウフフのエロエロ幸せ空間に、唐突に登場した訳だが……


俺はハッキリ言って……かなり、ガッカリした。


要は、有り体に言うと……萎えた。


 確かに俺は、もうちょっとで“色んな物“が出そうだったし、かなりセンシティブで危機的状況ではあったんだが、俺は最早それを楽しみつつあった。


 何故なら俺は、現実世界であと数秒後に死ぬからだ。


そんな死ぬ前のちょっとした時間(まあ、この電子の枯山水ではヤバいぐらい長い時間になるんだが……)、可愛くて美人で美少女な二次元キャラ達と、楽しく有意義な時間を満喫していたって、バチは当たらないと思う。


ワンチャン地獄の閻魔様ですら「ワシも混ぜてくれよ。あははうふふ」と言う可能性すらある。(絶対に嫌だが……)

 

そんな俺の“ピンクな余生”に、突如イケオジが乱入してきた訳だ。


あらゆる意味で萎えて小さくなり、パンツの位置を正した俺は、『賢者タイム』に突入しようとしていた。


しかしそんな萎えた俺でもイケオジの自己紹介を聞いて、流石に驚いた。


 白髪のイケオジは言う。


「ワガハイの名は、万錠彼方カナタだ」


「は?????」


俺のとぼけた返答を聞いた万錠カナタは、いきなり不機嫌そうになり、白髭の顎に手を当てながら俺を見下して言う。


「何度も言わせるな阿呆が。

頭の悪い阿呆はワガハイが最も嫌いなやからだ。

 が……しかし、仕方がない。

もう一度言ってやる……」


 レモンイエローの意志の強そうな瞳で、彼は俺を睨む。そして毅然と言う。


「……ワガハイは万錠彼方カナタだ。

梅子ウメコ竹子タケコの父の、万錠カナタだ」


 万錠カナタって誰?って思う奴も居ると思うからここで簡単に説明するが……彼はその名のとおり、万錠ウメコと月影シノブの実父だ。


彼はWABISABIを作った研究者で、ウメコいわく「マッドサイエンティスト」だそうだ。


そして万錠カナタは、死んだはずの人間だ。


だから俺が驚くのも当然だと思う。


 しかし……そんな驚きよりも、俺は別の事情で頭がいっぱいになっていた。


何故なら万錠姉妹……つまりウメコとシノブと俺は、“かなり深い仲”になったと言っても良い状況だったからだ。


そんな姉妹の父である万錠カナタと急な対面をした今……俺は、どんな反応をすれば良いんだろうか?


「いつも姉妹に色んな意味でお世話になっております」と言えば良いのか?


あるいは「やあ、どうも。こんにちは。えへへ」みたいな挨拶をすれば良いのか??


そんな俺の気まず過ぎる戸惑いと焦りを知らず……万錠カナタは、話を続ける。


「お前がここに居る理由は、分からんが……、

いやそれよりも、ワガハイがこの電子の枯山水に存在している事すら分からんし、WABISABIのアバターが2つ・・ある理由も分からんのだが……

 しかしこの際だ。

ワガハイはお前に質問したい……」


 顎に手を当てた万錠カナタは、俺に聞く。


那由多ナユタ……お前が愛しているのは、

梅子か?あるいは竹子か?それとも他の女か?」


「は??え??」


 万錠カナタは真剣な顔を崩すことなく、俺にさらに詰め寄る。


「隠すことはない。怒りはしない。

 ここまで来る人間は、眉目秀麗びもくしゅうれいな秀才だと思ったが……まあ、逆になんかお前で安心した。むしろ“嬉しい驚き“かもしれん。

ともかく時間が限られている。とにかく質問に答えろ。那由多。

 ワガハイの娘とまぐわったのか?

あるいは他の女とまぐわったのか??

あるいは複数同時ハーレムプレイか?」


「え、え?

ちょ、ちょっと待ってくれ。

いや??は??

まぐわる??ハーレムプレイ???」


 そんなカナタと俺との意味不明な会話に、WABIちゃんが口を挟む。


「失礼は重々理解しておりますが、彼方様。

わたくしより少々、那由多様の現状についてご説明を……」


 WABIちゃんはおっぱいを露出させたまま、万錠カナタの方を向く。


至近距離のWABIちゃんのおっぱいは横から見ても完璧なお椀型で、マジで最高だった。


 ていうか今更ふと冷静になって気づいたが……上司と担当アイドルの実父の前で、半裸のAI達に絡まれてパンツ一丁でほうけてる俺の状況って異常過ぎる……って言うか……頭おかし過ぎるだろ……。


 ともかくWABIちゃんは、半裸のまま極めて真面目な顔で万錠カナタに言う。


「実のところ那由多様は……

いまだにどなたとも……

性交しておりません」


 それを聞いた万錠カナタは、なぜかビビり散らかす。


「な、なんだとぉぉ!!??

 マ、マジかぁぁぁぁ!!??」


 両膝を地につけ、崩れ落ちる万錠カナタ。


その表情は驚き過ぎて目玉が飛び出さんばかりになっている。さらに彼の袴の中の両脚はガタガタと震えてさえいる。


 な、なんなんだ!?


だ、大丈夫か??このオッサン??


 そんなカナタに対しWABIちゃんは、もっと残念そうな顔で言う。


「彼方様の驚き……お察しします。

 しかし誠に残念なことに『マジ』でございます。

那由多様のこれまでの性的な行為といえば……梅子様や那々ナナ様と接吻したり股間を押し付けたりしたぐらいでして……忍様に至っては那由多様が何もしないので、ご自分でご自分を慰めていらっしゃる有様です。あまりに不憫です。

 よって那由多様は、未だにどなたとも“本番“は行なっていないのです」


 慎ましいおっぱいを大胆にさらけ出したSABIちゃんが、それに付け加える。


「だからアタシとわびちゃんがこうやって実力行使に出ているのよ。

 那由多ってほっておくと、誰とも何もせずに死んじゃうかも知れないから……。

 まあ……でも半分は、アタシが那由多を欲しかっただけなんだけど……」


 それらを聞いた万錠カナタは、驚き過ぎて顔を歪ませながらも俺を指差して叫ぶ。


「と、ととととととすると!!

こ、こここここの那由多という男は!!

 ワガハイの“世界一美しい娘”の誘惑や、その他大勢の女どもの誘惑を退け!!

 しかもワガハイの渾身の二次元萌え萌えキャラであるWABISABIの誘惑をも退け!!!

 煩悩に狂うことも無く!!

いまだに童貞を保ったまま!!!

この場にいると言うのか!?!?」


 WABIちゃんは、心底残念そうな顔でそれに答える。


「彼方様のおっしゃるとおりでございます……というよりも……私もその点については少々興味がございます。

那由多様は、童貞なのでしょうか??」


 WABIちゃんのそのある種“繊細な質問”を無視し、万錠カナタは俺の顔を見て続けて言う。


「しかし、この……煩悩に溢れてそうな腐った魚のような目の男が……ワガハイの娘達に手を出していないとは……

 マジで、信じられん……」


 またしても“腐った魚のような目”という汚名を着せられた俺は、ここで流石にちょっとキレる。


「ちょ、ちょっと待て!

全然意味が分からない!!

て言うか、勝手に勘違いして勝手にビビって……

 あんたがここに現れた理由は、なんなんだ??」


 そんな俺の言葉を聞いたカナタは唐突にイケオジ顔に戻り、立ち上がる。


感情が目まぐるしく変化するのは万錠家の血筋らしいな……。


 思索顔になった万錠カナタは、自分の白髭を弄りながら俺から視線を外す。


そして勝手に、よく分からない独り言をブツブツと始める。


「この那由多という男。目はアレだが、実は鋼の自制心を持つ男なのか?マジかよ。コイツ神仏かよ?だとすれば、あるいはもしかすると、いわゆる“解脱”という状態に達しているのか?いやいやいや、そんな筈はありえん。そのような男であれば、電子の枯山水でWABISABIと絡み合っている筈が無い。考えるほどに訳がわからん!!が、しかし面白い!!面白すぎる!!

つまりはやはり、この男の“電脳に問うてみる”他に無いだろうな……」


 ……と“高速の独り言”を終えた万錠カナタは、俺の目を見据える。


真正面から見るカナタの表情には、シノブの面影が微かにあった。


 キッパリとした表情で、万錠カナタは俺に告げる。


「那由多。

 お前の意識を過去のワガハイと同期してやる。

サイバーダイブとしてな?

 そのVR世界において、お前はさまざまな真実と向き合う事になる。

 しかるのち、お前を現実世界に戻してやる」


 訳の分からない万錠カナタの“お告げ”の一部に、俺は意を唱える。


「ちょっと待てって!!

 さらにもっと意味が分からないんだが??

 って、て言うか!!……

俺は現実に戻ったら直ぐに死ぬんだが??」


 カナタは俺のそんな不安を、豪快に笑い飛ばす。


「ははははは!!!

そのような事、気にするな!!

お前はまだ死なん!!ワガハイが保証してやる」


「ほ、保証だって!?

どんな根拠があってそんな事が言えるんだ?」


「根拠か……。

それを語ると長くなってしまうな……。

 まあ、またの機会にでも説明してやるわ」


 意味不明な説明の連続で唖然としている俺に、万錠カナタはさらに話し続ける。


「ともなく那由多。あえてもう一度言うが……、

お前は今からワガハイの過去を経験する。

 そしてその後、お前を現実世界に戻すわけだが……」


 カナタはここで険しい顔を一転させ、満面の笑みを浮かべる。


 張り詰めた雰囲気が一転した。


「ワガハイは、お前の事は大いに気に入っておる。

 だからゆえに、ワガハイの過去をお前に見せてやるのだ。

そしてそこで『認識』を拡大しろ。

『認識』こそがこの世で絶対的に普遍なものであり、揺るぎない真実だからだ。

それこそが、那由多……お前の最大の武器であり、最大の価値だからだ。

 ともかく時間だ。

行ってこい!那由多!!」


 万錠カナタがそう言ったと同時に、俺の視界が歪む。


その歪みは、俺の意識がサイバーダイブによりVR世界に飛ばされることを意味していた。


 俺は緑の粒子となりつつ、霧散しながら万錠カナタに言う。


「ちょ、ちょっと待て!!おっさん!!

い、意味がわからん!!

 なんで俺があんたの過去を体験する必要があるんだ??

う、うわ!!俺の身体もう消えかけてる!!

くそ!!マジか!!

 全然意味わからんぞ!!!!」


 そんな俺のセリフは、電子の海の狭間では意味をなさず、音としてアウトプットされる事は無かった。


 WABIちゃんやSABIちゃんや、そして万錠カナタも……全てはグリッチし……、


 俺の全ても、2進数となり……、


俺は、異時空のVR空間に転送される事になった……。

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