86話 中堅アイドルと戦おう5

「そういえば、今回の時間停止は長かった気がする……」


 そんな俺のセリフを聞いた万錠ウメコは、怪訝な顔で俺の方を向く。


もちろん……

穴あき30デニールのウメコの太腿は盛大に露出したままだし、彼女のピンヒールの足元には電脳手錠サイバーオナワで拘束された「桃色ボディースーツ虚無僧笠」のイチモンジが気絶して転がっている。


 ちょっとマニアックな光景だが、しかしこれはこれで、けっこう素晴らしい光景だった。


 ともかく、ウメコが俺に聞く。


「“今回のパンツァーの稼働時間“が長かった……ってこと?」


「ああ……そうだ。

 さっきのパンツァーは長かった。

 俺の体感では、4秒ぐらいの持続時間があったはずだ」


「4秒ですって?

 先日の私のパンツで発動した時の、2倍の時間停止になっていたってこと?」


「ああ……。そうだ2倍ぐらいだな。

シノブの“クマさんパンツ“と同等の時間停止だった」


 そんな俺のセリフを聞いた万錠ウメコは、顎に手を当て、考え込む。


「原因はなんなのかしら……法則性が全く分からないわ……」


 俺はぼそっと呟く。


「やっぱ……“穴あき黒タイツ“の所為かな……」


 それを聞いた万錠ウメコが、自分の太ももを見ながら真面目な声で呟く。


「それじゃあ……“クマさん“のシノブが、穴が空いた黒タイツを履いていれば、もっとパンツァーの稼働時間が伸びるのかしら……」


 ウメコのそのセリフを聞いた俺は、さすがにかなり焦った。


「そ、それは……さ、さすがにヤバすぎないか??……

 『穴あき黒タイツのクマさんパンツのシノブ』の絵面えづらがヤバいのも当然だが……

その状態のシノブを見て、パンツァーの最高の性能を発揮する俺がヤバすぎるって言うか……変態すぎるっていうか……ロリコンすぎるって言うか……」


 ウメコが腹黒スマイルで、俺の意見にコメントする。


「鼻の下を伸ばして……嬉しそうね?

というより、ナユタ君が変態のロリコンである事は、周知の事実だと思っていたけれど??」


「ち、違う!!俺は、ロリコンの変態じゃない!!」


 しかしここで唐突にウメコの表情が一転し、真顔になる。


 だから俺は、彼女の表情の急な変化に驚いた。


 そして真剣な表情のウメコは、言う。


「じゃあ、あなたがロリコンじゃ無いとして、この際だから聞いておくけど……

シノブのLPの高さはどう説明するの??

私の6000は遥かに超えた、9000じゃない?」


 俺は言い淀む。


「そ、それは……」


「感情エネルギー戦力転化型 戦闘AIのWABISABIのLPは正確よ。

 WABISABIは正確に感情をシミュレートしているもの。

言い逃れなんてできないわ?」


 そしてウメコは続けて言う。


「つまり、シノブとナユタ君は両思いって事よ??

そして、そんなあなた達の気持ちを分かっていながらも、私はあなたに好意を寄せているの。

 そんな私の質問に答えてくれても良いんじゃないかしら?つまり……」


ウメコのレモンイエローの視線が、まっすぐ俺の目を射抜く。


「ナユタ君、あなたはシノブの事を愛しているんでしょ??

 私なんかよりも、シノブの黒タイツの方がもっと、あなたにとっての性癖になるのでしょ??」


 そう言ったウメコの表情は真剣そのものだった。


ウメコの表情には、言い逃れや誤魔化しができない雰囲気があった。


 だから俺は、自分の今の心情を吐露する。


 もちろん、苦し紛れに……だが……。


「俺にとって……“性愛“と“本当の愛“は……別物なんだ。

 だから……ウメコとシノブを比べることなんて出来ない……」


 万錠ウメコは言う。


「じゃあ……ナユタ君は……

シノブより私に性欲を感じているってこと?」


「それは……

そう……思う……」


「じゃあ……その……ナユタ君の私への“性欲”が……

“本物の愛”に変わる可能性ってあるの……?」


 ここでお前たちに質問だが……万錠ウメコのその質問に答える事ができる奴がいるだろうか??


性欲を感じる異性と、本物の愛を感じる異性……その違いって何なんだろうか??


そんな人類の永遠の命題とも言える質問に答えられるのは、おそらくお釈迦様でも不可能だと俺は思う。


 対して俺は、煩悩だらけのただのしがないオッサン(仮)だ。


そして万錠ウメコのその質問は実は、俺の仕事に対する根深い質問でもある。


感情エネルギーを戦力に転化するWABISABIを使う上での根源的な質問だ。


 つまりは俺が、シノブかウメコのどちらに本物の愛を感じるかによってWABISABIの戦闘能力が変わる訳だ。


 だから俺は、決心する。


 何故なら、俺は公私を分けて考えるタイプの人間だからだ。


仕事に感情を持ち込むのは面倒なだけだからだ。


だから俺は、決断した。


俺の本物の愛は……自分の『仕事上の役割』としてあるのだと……。


つまり俺が愛を与えるべき相手は、「俺の仕事の必要としてあるべき」だと……。


 だから俺は、万錠ウメコに告げる。


 息を呑んで、ハッキリと告げる。


「分かった。本当の事を言う……」


 万錠ウメコは、無言で俺の言葉を待つ。


 彼女のまっすぐな美しい瞳を見た俺は、これからする自分の発言に心が激しく傷んだ。


しかし俺は、言葉を続ける。


「俺はウメコに対して、本当の愛を抱いていない。

 俺が本当に愛しているのは、シノブだけだ」


 ウメコの表情は変わらない。彼女は俺に質問をする。


「それは、心の底から言っているの??」


「ああ。そうだ」


「じゃあナユタ君は、私のことは性の対象として見ているだけであって、本当に愛しているのはシノブ……ってこと?」


 そう言ったウメコの瞳は、激しく揺らいだ。


 同時に俺の胸も、激しく傷んだ。


「……そうだ……」


 そう言い切った俺のセリフを聞いた万錠ウメコは、ゆっくりと顔を伏せた。


 しばらく沈黙が続く。


 心なしか彼女の肩が揺れているように見える。


 万錠ウメコは、泣いているのかもしれない。


 俺は気の強い彼女のそんな様子を、見たくは無かった。


だから俺の心の中は、後悔とも何ともいえない感情でいっぱいになった。


 自分の決心に一瞬の揺らぎが生じた。


 だから俺は、彼女に声を掛ける。


「ウメコ……」


 その呼び掛けを受けたウメコは、顔を上げる。


 その時、俺は息を呑んだ。

なぜなら、いつも強気なウメコの左の瞳から涙が流れ落ちていたからだ。


 美しい彼女の顔が涙で濡れる様に、俺の心はさらに激しく傷んだ。


 しかしそんな俺の心の痛みを否定するように、ウメコは笑う。


そして“泣き笑い”のウメコは、さらに驚くべき発言をする。


「良かったわ……。

 ナユタ君が自分に……あるいは役割に忠実な男性で……。だから私……」


 そう言った万錠ウメコは、俺に顔を近づけた。


 涙で湿った女の匂いがした。


「だから私……

手に入らないナユタ君のこと……

もっと、好きになっちゃったわ……」


「え??……」


 と間抜けな発言をした俺の唇は、ウメコの唇で塞がれた。


俺はふたたびウメコの唾液を味わい、数日前に彼女とした接吻を思い出し、甘酸っぱい懐かしさを感じた。


「んんんん!?!?」


 しかし今回の彼女は止まらなかった。

熱い息遣いで、俺と彼女の口の中を混ぜ合わせる。


「ん。はぁっ。ん」


 両手で顔を押さえられ、俺は身動きが取れない。

彼女は貪るように、俺の舌を甘く蹂躙する。


 一瞬で俺の電脳は、ウメコの事で一杯になった。

彼女の匂いと味と柔らかさに包まれて、俺は彼女のこと意外、考えられなくなった。


 そしてウメコは俺から離れる。


 そして、トロンとした瞳で愛しそうに俺の輪郭を指でなぞり、見つめる。


 そしてウメコは、俺の手を握り……あろう事か、自分の穴あきタイツの太ももに這わせた。

俺の手は、黒タイツのざらざらした感触と、張りのある生々しい肌の感触を同時に感じた。


 その間もずっと、俺とウメコの視線は交わったままだった。


そして、蕩けるような熱い視線のままウメコは言う。


「ナユタ君なら……いつだって好きにして良いのよ?……」


 俺はボーッとしたまま、彼女に質問する。

 

「な、なにを……?」


「何をって……

あなたのその欲望や願望や妄想の全て……

私が叶えてあげるってことよ?

 だって私は、あなたの事が欲しいんだもの。

だから私は、あなたの全てを満たしてあげて、あなたの全てを手に入れて……

私があなたに“本物の愛”を教えてあげるの。

 あなたが一生、他の女の事なんて目に入らないようにね?」


 と言った万錠ウメコは溶けるような目つきのまま、俺の手を彼女の股の間に持っていく。


 俺の人差し指が、彼女の内腿の付け根に触れる。


 妖艶に笑ったウメコの目は、欲望で潤んでレモンイエローに滲んでいる。


 や、やばい!!ウメコの目がマジだ!!


 マジで俺をこの場で、食い殺そうとしている!!

 

 ていうか、でも……


 それなら、もう良いかもしれない……


こんな美女の黒タイツの向こう側のパンツの奥を触れる機会なんて、俺にはもう無いかもしれないんだ。


 だってこんなギリギリの……一歩間違えたら死ぬような仕事なんだぜ?


ちょっとぐらいは、良い事があったって良いんじゃ無いのか……?


 そしてウメコはおもむろに、俺の袴の“不自然な盛り上がり”に手を伸ばし……ブロンズ色のネイルの指で、その先端に触れようとした。


 唐突に、“高い機械音声“がキンキンと響く。


「そこもとたち!!

 こなたの上で発情してイチャイチャするで無い!!」


 その声を聞いたウメコは銃口をイチモンジに向け、片膝立ちの射撃姿勢になる。


一瞬でウメコは、戦闘的な表情となった。


しかし同時に、俺がさっきまで触っていた“穴あきの太腿“がさらに大胆に露出する。


 ウメコは、イチモンジに言い放つ。


「イチャイチャしていないわ。

 部下の股間を愛撫しようとしていただけよ」


「アホか!!

それをイチャイチャって言うんじゃ!こなたの頭の上でなんて事をしておるんじゃ!!

……って言うか!!魚男!!!!

そんな卑猥な状態の物をこなたの上で振り回すで無い!!」


 俺は慌てて股間を隠して否定する。


「す、少なくとも!!振り回してはいないぞ!!」


 ウメコは俺の股間を見ながら、笑顔で言う。


「そうよ。まったく。残念だわ……。

せっかく、私が後もう少しで……ナユタ君を“振り回す”ところだったのに……」


「じゃから!イチャイチャするなって!!!」


 足と腕を電脳手錠サイバーオナワで固定されたイチモンジは、芋虫のようにモゾモゾと床の上で転がりながらツッコんだ。


そんなイチモンジに、ウメコは拳銃を突きつけたまま言う。


「ともかく観念する事ね。イチモンジ。

 電脳手錠サイバーオナワにより、あなたのナノマシーン衣装を含むサイバーMODは全て無効化されているわ」


「ナハハハハ!!」


 急に笑い出したイチモンジに、ウメコは怪訝な顔をする。


「何を笑っているの?」


「今更“こなただけ“を拘束しても、もう遅いのじゃ!!」


「あなただけ……?もう遅い……何の事??」


 ウメコがそう言った瞬間、俺たちが立つヘリポートの床が“巨大な影“に覆われた。


 俺は先の大戦での経験で、その“巨大な影”が意味する事を一瞬で理解した。


だから俺は咄嗟にウメコに飛びかかり、彼女を押し倒す。


「ナ、ナユタくん??

ちょ、ちょっと待って!!まだ発情してたの!?

 私の太腿に!!あなたのが当たって!!」


 と彼女が言ったと同時に、建物全体が爆発のような轟音と共に大きく揺れた。


あたりが土煙で覆われる。


しかしすぐに屋上の強い風がその土煙を吹き飛ばし、無数の灰色の線を描く。


「バジャラ合金製の黒の巨大な影」が現れた。


 俺の腕の中でブルーの髪を乱したウメコが、息を呑む。


「まさか……これは……“最悪”ね」


 もちろんウメコのそのセリフは、俺の股間のことじゃ無い。俺たちの前に漆黒の壁として立ち塞がった多脚戦車ジョロウグモの事だ。


 そして芋虫状態のイチモンジの声が響く。


「ナハハハハ!!

 コイツに驚いたか!!無理もないわ!!

この多脚戦車ジョロウグモが本命じゃったって訳じゃ!!

 つまりこなたは、ただの咬ませ犬に過ぎんかったって事じゃ!!

 ナハハハハ!!」


 俺は思わずツッコむ。


「自分を咬ませ犬呼ばわりして……悲しく無いのか?」


 イチモンジは、地面で這いずり回りながら言う。


「や、やめろ!!

 こなたを憐れむような顔で見るな!!

なんかちょっと、涙が出てきたでは無いか!!

 と、ともかく!!

発情中の“魚男”からミンチにするんじゃ!!

 いけ!!ジョロu……」


 イチモンジのセリフが終わる前に、ジョロウグモは俺たちに向かって突進を始めた。


長い槍のような脚のうちの一本が、俺達に襲い掛かる。


 マズイ!コイツ!!


先の大戦時よりも動きが速い!!強化されているのか??


 電脳リンクのバフ(要はシールド)を使うか!?


 しかし守るのはどっちだ!?


ウメコを庇うか!?俺を庇うか!?


 逡巡した俺だったが……大きな火花が散り、思わず顔を背ける。


 火花??どういうこと!?


 俺……また死んじゃった??


 もちろん、そんな事は無かった。


 俺が恐る恐る前を振り向くと……


そこには、背中のスク水生地が破れて曇りの無いツルツルの背中を露出した織姫ココロが居たからだ。


 そんな自分の露出に“悦び”……じゃ無かった、“恥じることも無く”、ココロは言う。


「こ、この程度の重さ……

 お姉ちゃんのに比べたら……

た、たいしたこと……な、無いんだから……」


 刀でジョロウグモの攻撃を受けた織姫ココロの白いニーソの脚は、産まれて間もない子鹿のようにぷるぷると震えていた。

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