82話 中堅アイドルと戦おう1

 螺旋階段を登り、階段室を出た俺達は屋敷の屋上に出た。


 スモッグの薄水色の空の下、強い風が俺の頬をかすめる。


梅雨入り前の空気は湿気しっけを含み、風には確かな重さがあった。


 俺の目の前の屋上の空間は、コンクリート性の無機質な直径80mほどの円形になっていた。


 その奥、はるか前方に屋敷の屋根が見える。


兎魅ナナの豪邸の無駄すぎる広さに、俺はシンプルに呆れた。


俺の後から屋上に出た万錠ウメコが、風で乱れたブルーのロングヘアーを右手で抑えながら言う。


「あれがアンテナね……」


 ウメコの視線を追うと、円形の屋上の30mほど奥に目的とする”通信アンテナ”があった。


そのアンテナは鉄製で高さ7mほどあり、丘の頂上で枯れた一本杉のように唐突に、しかし規則的な”枝振りえだぶり”で立っていた。


 そしてこの円形の屋上の中央には、巨大な「H」が描かれており、ここがヘリポートである事が示されていた。


その「H」マークのど真ん中に、“やたらに派手な”人影が見える事に俺は気づいた。


「あれが……敵のサイボーグ兵……なのか?」


 俺の声が聞こえたのか、その人影は女性っぽい高い機械音声で話し始める。


「なるほど……そうか……。

月影シノブは来なかったのじゃな……。

 そしてよりにもよって……

セツナの妹のココロのみが来たわけか……ふふふ……笑わせよるわ」


 その人影を見た織姫ココロが驚き、言う。


「イ、イチモンジさん!?!?」


 俺は、誰彼ともなく聞く。


一文字いちもんじ??」


 それについては、ホログラムで現れたSABIちゃんが説明する。


「イチモンジは……キチク芸能社所属のサイボーグ浪人アイドルで、年齢は19歳よ。

ファン数は、ココロの倍で紫電セツナの半分……つまり5億人ね。

言うならば、中堅アイドルって訳ね」


 俺は言う。


「なるほど……イチモンジ……中堅アイドル……」


 そして俺は、”思わず”イチモンジの姿をまじまじと見た。


 大きな円柱形の虚無僧笠こむそうかさにより彼女の頭は完全に覆われていて、顔は全く見えない。肩には、腰まで垂れ下がる程の長さのライトグレイの首巻きマフラーが巻かれている。


そんな彼女の肩から上の様相は、いかにも”浪人然”としていてかなり威圧感があった。


 しかし彼女の服装で際立っているのは、肩から下の部分だ。


首と肩に厚く巻かれたライトグレイの首巻きマフラーから下は、桃色のラバースーツだった。


あるいはここで、「ラバースーツって何?ぼく知らないよ?」って言うヤツがいる可能性をかんがみて説明するが……ラバースーツとは、ゴム製で身体にピッタリフィットするピチピチでテカテカの凄くエロい衣装だ。


彼女の桃色のラバースーツの見た目を、あえて下品な言葉で形容すると……「まるで全裸」だ。


特にイチモンジの桃色でテカテカのラバースーツはかなり薄手の生地で出来ており、彼女の安産型の腰や、しっかりとした胸(たぶんウメコと同じDだ)の形や臍の窪みがハッキリと分かる。

よく見ると、肋骨すら浮き上がって見える。なんなら、網膜ディスプレイで拡大表示してみると胸の先端の形すら分かるかもしれない。


 そんなイチモンジのアイドル衣装は——

虚無僧笠こむそうかさとデカい首巻きマフラーによるイカツさと、肩から下の肉感的センシティブさが産み出すコントラストにより、兎に角フェチズムに溢れていていて、まあ、かいつまんで言うと——「これはこれで最高じゃないか」って感じだった。


 だから俺は、思わず感嘆を漏らして言う。


「おお……。

『顔隠し桃色ラバースーツ』とは……これは またまた……へきに満ちたアイドル衣装だな」


 そんな俺の呟きを聞いたウメコが、揶揄するような横目で言う。


「ナユタ君が生唾なまつばを飲み込む音が、ここまで聞こえた気がしたわ」


 俺はウメコの言葉が聞こえないふりをしつつ、しかしイチモンジの肩書にツッコむ。


「っていうか……『キチク芸能社の浪人アイドル』ってなんだよ。

 浪人っていうのは、職を失った武士の事だろ?

『会社所属の浪人アイドル』とは、元来の言葉の意味が無くなっているじゃないか」


 SABIちゃんがそれにさらにツッコむ。


「ナユタ……今更そこにツッコむのね??

 それを言うなら、シノブの忍者・・アイドルも同じようなもんじゃない。

隠れて戦うはずの忍者が変身してレーザーを吐くなんて、聞いたこと無いわよ。

 “会社所属の浪人”にツッコんでいる場合じゃ無いでしょ?」


 そんなSABIちゃんの意見について……『確かにそれもそうだな』と思った俺は、言う。


「確かにそれもそうだな」


 そんな『顔隠し桃色ラバースーツ』のイチモンジは戦闘姿勢のまま高い機械音声を響かせる。


「つまらん……。せっかく此方こなたは、月影シノブと死合しあえると思い、楽しみにしておったのに……。

 まったくの拍子抜けじゃな……」


 そう言ったイチモンジは、左腰に刺した大小(※刀と脇差)に両手を置き、姿勢を崩した。


そのことにより彼女の身体の側面が俺の正面から見えるようになる。彼女のヒップとバストとくびれにより、美しい“S字”が形成されていた。


それを見た俺は、「“イチモンジ”って名前の由来はこの見事なS字カーブの事なんだな」と思った。


 そんなイチモンジに、織姫は言う。


「お、お姉ちゃんに負けた……イチモンジさんが……

 シ、シノブちゃんに勝てるはずが無いよ……。

 だってシノブちゃんは、強くて素敵でカッコよくて……最高のボクのトモなんだから……」


 イチモンジが、ウメコと同じぐらいのDの胸を上下させて笑う。


「ナハハハハ!!

言うようになったな。ココロ!!

 おしめも取れないわっぱ風情が」


 そう言われたココロは、「お、おおおしめはもうしていないよ!!ろ、ろろ6年前に卒業したもん!!」と慌てながら悦びつつ反論したが、そんな言葉は無視し、イチモンジは俺に向き合う。


まあ……虚無僧笠のイチモンジが俺の方を見ているかどうかは、いまいちよく分からなかったんだが……彼女の次のセリフで俺に向かって話していることが分かった。


「そこの“腐った魚の目“をした男!!」


彼女のその言葉に反応すると、自分の目が腐った魚のようだと認めるようで癪だったが……残念ながらこの場に男は俺しか居なかったので、俺は返事をするしか無かった。


 俺はテカテカのイチモンジのくびれた腰を見ながら、答える。


「“腐った魚の目“とか……初対面で失礼すぎないか?

 しかし、見たところイチモンジ……あんたは、ココロと知り合いのようだが?」


 それには俺の横の織姫ココロが、答える。


「イチモンジさんは、昔、お姉ちゃんの“ガチ恋勢”だったんだ……。

 でもイチモンジさんのあまりに執拗なDMの嵐に、お姉ちゃんがイチモンジさんをブロックしちゃって……。イチモンジさんのアカウントも、永久に凍結されちゃって……。

 だから、愛が拗れて殺意に変わったイチモンジさんは、アイドルになって執拗にお姉ちゃんの命を狙うようになったんだ……」


 俺は残念な表情で言う。


「アイドルにガチ恋してしまった末の暴走か……。悲しいが、人は愚かだ。歴史は繰り返すんだ……」


 ココロも嘆きの表情で同意する。


「そうだね……。悲しいね。

人類のまるで懲り無い愚かな歴史……」


 そんな俺達の会話が聞こえたイチモンジは、“恥ずかしがり”、慌てる。


「そ、そこもと達!!

此方こなたの過去を勝手に人類の教訓にするで無い!!」


 ちなみになぜ俺が、イチモンジが恥ずかしがっているのが分かったかと言うと、イチモンジの虚無僧笠の頬の辺りに【///】というピンクのホログラム文字が浮かび上がったからだ。


なんだ?その、無駄に高機能な虚無僧笠……。


 イチモンジは、続ける。


「と、ともかく……。今日この場で此方こなたと合ったのが!運の尽きじゃ!!

 然るべくは、キチク芸能社とEQ様の名のもと……」


……と話している途中のイチモンジの虚無僧笠のセンターに、激しく火花が散る。


「ぎゃっ!!」とうめいたイチモンジは、ピンクの長い脚を高く上げ、後ろにぶっ倒れた。


 驚いた俺が横を振り向くと、ウメコの構えた拳銃から硝煙が立ち昇っていた。


 慌てながらもすぐに起き上がったイチモンジが、叫ぶ。


「な、何をするんじゃ!!そこの女!!」


 彼女の頭の上に【おこ!!】というホログラムが浮かんでおり、彼女がキレている事が示されている。表情豊かな虚無僧笠だな。


 ウメコは拳銃を構えたまま、冷静にそれに答える


「何をするって言われても……。

隙だらけで、虚無僧笠なんて被っているから撃ってみただけよ。

 でも『やはり』と言うか……防弾仕様なのね。

ほんとうに……無駄に高機能な虚無僧笠ね……」


「こなたが話している最中に撃つ奴が居るか!!

そこもとは、それでも武士か??」


「敵はすぐに排除するのが、戦場の鉄則よ。

武士以前の話だわ」


 と言いつつウメコは表情を変えず、もう一度発砲する。


イチモンジのピンクのDの胸で火花が散り、激しく揺れる。ピンクの腰を反らせながら「ひゃんっ!!」と言うイチモンジ。柔らかそうなDの胸が揺れる様子を見るのは、健康に良い。


 ウメコは、再び呟く。


「派手なラバースーツも防弾仕様なのね……。

厄介だわ。

でも、さすがは中堅アイドル。

装備にはお金が掛かっているのね」


 【おこ】のイチモンジが叫ぶ。


「だから!会話中に発砲すな!!って言うとるじゃろ!!」


 ウメコはにべも無くいう。


「敵の指図を素直に聞く“武士”が居ると思う?」


 そんな……敵との会話中に銃撃を加え、なおかつ冷静に敵の戦力も計る“上司”に……さすがの俺も、かなり恐怖を感じた。


だから、「ウメコだけは本気で怒らせてはいけない」と心に誓った。


 一方でイチモンジはいよいよ怒ったようで、太刀を抜き、八双顔の横に構える。


「そこの女!!死んで後悔するが良い!!見るが良い!

これが!こなたの最強の流派じゃ!!」


 【一文字八刀流】というホログラムが、彼女の前の地面で幅3mぐらいのホログラムで大写しになった。


  それを見て俺は言う。


八刀・・流だって……?

あいつが持っている刀は、大小の二振りだけに見えるんだが……」



 しかしその疑問はすぐに解決した。


 なぜなら驚くべきことに、刀を構えたイチモンジが8人に分裂したからだ。


 俺たちの目前で扇形に整列した八人のイチモンジ達が、サラウンドスピーカーのような立体的な声を響かせる。


「「「「「「「「これが、“一文字八刀流”じゃ!!

恐れ入ったか!!!ナハハハハ!!!」」」」」」」」


 

 どのイチモンジに対して狙いをつけて良いか分からず、拳銃の狙いをぶれさせながらも俺は呟く。


「8人に分裂するやつのどこが“イチモンジ”なんだ……?

 完全にプロデュース方針を間違えているじゃ無いか……」

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