74話 兎魅ナナ救出作戦3

【 月影シノブ視点 】


 みなさん。私はとても驚いています。


もちろんそれは、手りゅう弾の爆発からプロデューサーさんに助けて貰った時の、お姉ちゃんの顔の事です。


 あんなお姉ちゃんの顔は今まで見た事なかったです。


あの時のお姉ちゃんは目をうるうるさせていて、完全に恋する乙女の顔でした。

なぜそんな事が分かるのかと言うとそれはもちろん、私が恋する乙女だからです。


 それにプロデューサーさん……。

いつの間にか、お姉ちゃんの事「ウメコ」って呼んでないですか?


 どういうことですか??


 あんな状態で名前を呼び捨てにされたら、流石のお姉ちゃんでも少女漫画のヒロイン顔になっても仕方がないと、私は思います。


 実際、はたから見てた私ですらプロデューサーさんが白馬に乗ったお殿様に見えましたし……。


 だから私はお姉ちゃんの事が羨ましく思えましたし、あの時の二人の、なんだか通じ合った感じを見て……私の胸は嫉妬の炎でぐつぐつと煮えたぎり、骨まで食べれるお魚の煮つけみたいになってしまいました。


 だから私はまたしても”彼”の悪口を言ってしまいます。


「プロデューサーさんの……暴れん坊ハーレム将軍」


そんなプロデューサーさんは発砲する手を止めて、アサルトライフルのクリップを交換しながら私に聞きます。


「発砲音でいまいち聞こえなかったが……シノブ。

 いま俺の悪口を言ってただろ?」


 私は慌ててウソをつきます。


「い、言ってません!!

 て、てか!

 どうしてそう思うんですか!?」


「なんとなくそんな気がしただけだ」


 プロデューサーさんの横で発砲していたお姉ちゃんが、手りゅう弾を投げます。

それはキチク芸能社タスクフォースさん達のど真ん中で爆発します。


 しかし15人のタスクフォースさん達は全員が一斉に遮蔽物に隠れてそれをやり過ごします。さすが手練れです。


 ここでお姉ちゃんが音声通信で私達に伝えます。


『作戦を伝えるわ。

 このままジリジリと退却を続けて敵を誘いこむわ。

そして、【疑似的な挟み撃ち】にするの』


 プロデューサーさんがそれに質問します。


『”疑似的な挟み撃ち”??』


『敵部隊の後方を”狙撃”するのよ。

そして敵を動揺させるの』


『敵の後方を狙撃するって言っても、スナイパーライフルなんて持っていないぞ?

それに狙撃する場所も無い』


『WABISABIの”跳弾狙撃”を使うわ。

 WABIちゃん。出来るわね?』


『はい。ウメコ様。

 空間のスキャンが完了すれば、弾道計算アドオンを用いて敵部隊後方への”跳弾狙撃”が可能です』


 プロデューサーさんが質問します。


『たしかに、このコンクリート製の内壁なら跳弾射撃・・は可能だろうが……

狙撃・・は難しくないか??』


 私はいまいち理解が出来なかったので、手を挙げてWABIちゃんに質問します。


「そもそも”跳弾狙撃・・”って何なんですか??」


 WABIちゃんが美しい笑顔で私に説明してくれます。


『兎魅ナナ様の豪邸の内壁は、コンクリート製です。

よって拳銃弾などの貫通力が低い弾丸であれば跳ね返ります。

 これを”跳弾”と呼びます。

その”跳弾”をWABISABI戦闘AIの演算能力で予測し、敵を狙撃することを”跳弾狙撃”と呼びます』


 プロデューサーさんがWABIちゃんの説明に続きます。


『しかし……”跳弾狙撃”は敵の動きを予想しなければならない。

何度か壁に跳ね返った弾丸を敵に命中させる場合、発砲から弾着までに時間が掛かるからな』


 私が言います。


『たしかに……ビリヤードの玉みたいに跳ね返りまくった弾丸を、敵さんにヒットさせるのは難しそうですね』

 

 額に汗を垂らしたプロデューサーさんが、敵さんの方を向きながら説明を続けます。仕事に真剣な男の人ってカッコいいですね。


『そして当たり前だが、人間の行動の予想はどんなに優秀なAIでも難しい。

 AI憲章により感情を持つ事を禁止されているAIは、人間の思考を完全にトレース出来ないからな。

つまり”誰”かが敵の動きを予測しながら”跳弾狙撃”をしなければいけないわけだが……

それは一体、”誰”が……

って……もしかして……

この流れって……』


 お姉ちゃんがそれに答えます。


『ナユタ君。察しが良くなってきたわね』


 プロデューサーさんがやれやれ声で言います。


『やっぱ俺なんだな……』


『元軍人のあなたなら予想が付くんじゃない??

 だって、さっきあなたも自分で言っていたでしょ??

敵は”軍隊レベルの統率”がとれているって』


 それを聞いて私は驚いてプロデューサーさんに聞きます。


『ということはプロデューサーさんなら敵さんの動きを予想できるから、”跳弾狙撃”をできるって事なんですか??』


 プロデューサーさんは答えます。


『まあ……最新のAIで跳弾狙撃なんてした事ないから……

やってみない事にはわからんが……』


 「やれやれ」とか言いながらも、なんだかんだ色んな経験がある大人の男性ってちょっとカッコ良いなって思った私は、プロデューサーさんにまたしても「きゅんきゅん」してしまいました。


 お姉ちゃんが作戦をまとめます。


『WABISABIが現場のスキャンを終えるまで、私達はジリジリと退却するわ。

 準備が整い次第、ナユタ君は敵後方への跳弾狙撃を開始して。

それに合わせてシノブは敵前方に突貫するの。

 つまりそれが——【疑似的な挟み撃ち】って訳ね。

二人とも理解できた??』


 そう言ったお姉ちゃんは、青髪ロングを跳ね上げました。


埃が舞う戦場の中でもお姉ちゃんの横顔は凛々しく、そんな彼女の様子に私はまたしても嫉妬してしまいました。もう嫌です……こんな感情・・……。




―――――




【 ナユタ視点 】


 俺はアサルトライフルを拳銃に持ちかえて、WABISABIに質問する。もちろん前方の敵を睨みながらだ。


「WABIちゃんの跳弾狙撃は、どの程度の精度で可能なんだ?」


 網膜ディスプレイ上でWABIちゃんが答える。


「電脳リンクを使用したナユタ様の電脳であれば、誤差2mm以内での跳弾狙撃が可能です」


「電脳リンクを使用するのか?」


「はい。高度な跳弾狙撃を行う場合、ナユタ様とワタクシの電脳を”同期”させる必要がございますので」


 『電脳を同期させる』という言葉を聞いた俺は、以前に電子の枯山水で聞いた『結合』を思い出して、ちょっとだけピンクな気分になった。


 そんな俺にWABIちゃんは注釈を入れる。


「電脳の”同期”は以前にご説明した”結合”とは融合度が異なりますので、ご安心ください。着衣のまま実行可能です」


「だ、大丈夫だ。分かっている!

 戦闘中に服を脱ぐつもりなんてない!」


 俺のとなりで発砲していたウメコが、物陰に隠れて言う。


「ナユタ君!!交戦しながら下がるわよ。

敵に押されているように見せか・・・けて、敵を油断させてから跳弾狙撃を開始するの!!

 ……って、なんで鼻の下をのばしているの?」


「ち、ちがう!

 この鼻の下は勝手に伸びただけだ!」


 そう言いながら俺が前を見ると、【 手りゅう弾Hand grenade 】の警告コーションが再び浮かび上がっていた。


 そこにはナノマシーンシールドを形成していたシノブが居る。


 とっさに俺は、両手で拳銃を構える。

俺の網膜ディスプレイが、空中に浮かぶ手りゅう弾をロックオンした。


「シノブ!身を守れ!!」


 そう言った俺は、トリガーを引いて弾丸を発射した。


弾丸が手りゅう弾を射抜き、空中で爆発する。


 同時にシノブは、俺たちのいるコンクリートの遮蔽物まで戻って来た。

薄紫のセミロングを整えながら、シノブは笑顔で俺に言う。


「ありがとうございました!プロデューサーさん」


 俺は改めて彼女の様子を見る。


爆炎で汚れていたが、外傷らしき物は見当たらなかった。ところどころニーソが破れ、絶対領域の調和が少し乱れている。”不可侵地帯”を汚した敵に、俺はヲタク的な怒りを感じた。


「クソ。見せかける必要も無いな。

俺たちは敵に完全に押されている」


 万錠ウメコの指示が来る。


「今よ!全員で一斉に下がるわよ!!

【疑似的な挟み撃ち】に備えてシノブと私は前方の遮蔽物へ!!

ナユタ君はさらに後方の遮蔽物に向かって!!」


 シノブが言う。


「了解しました!!」


 2人に俺が言う。


「先に出る。ウメコとシノブは後からだ」


 そう言った俺は真っ先に、遮蔽物を飛び出した。

肩に掛けていたアサルトライフルを左義腕で持ち、敵に向けて連射する。


 顔を出していた4人の敵が、一斉に物陰に隠れた。


 その隙を狙ってシノブとウメコも走る。

ウメコはアサルトライフルで威嚇射撃をしながら、シノブはシールドを張りながらだ。


 俺はその間も、アサルトライフルを撃ち続ける。

バースト射撃を繰り返したライフルの弾倉は、すぐ空になる。


 俺たちの退却の様子を理解した敵は、またしてもジリジリと間合いを詰めてくる。


敵は15人のままだ。1人も減っていない。


そして最後にシノブが遮蔽物に隠れたところで、ウメコから命令が来る。


「今よ!!ナユタ君!!

 ”跳弾狙撃”を開始して!!」


 俺は電脳リンクの中で叫ぶ・・


『WABIちゃん!!頼んだ!!』


 今日も一段と”絶対的美人”なWABIちゃんは、ホログラムの自分の細い腰に手をあて、キリっとした美人顔で言う。


『了解しました!!

 ”跳弾狙撃”を開始します。

ワタクシとナユタ様の電脳を同期。

 ナユタ様の視界にリアルタイムに弾道を表示いたします』


【 WABISABI 跳弾予測システム起動 】


 それを合図に俺は、拳銃を構えた。


灰色のコンクリートの通路内に、グリーンのグリッド線が拡張現実的アンリアルに投影された。


 俺は言う。


「反撃開始だ」

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