73話 兎魅ナナ救出作戦2


【織姫ココロ視点】


 みんな覚えてるかな……?

ボクは、織姫ココロ。

元東奉行所のアイドルで、今は西奉行所のアイドルになったんだ。

 それといちおう・・・・今は、シノブちゃんのライバル的な存在だよ。

とにかく、ちょっとだけ……お邪魔するね?


 轟女子学攻トドジョが創立記念日で、お休みなので……ボクはおうちで、プレミアム会員向けのシークレット特典写真を取ろうとしていたんだ。


お姉ちゃんに買ってもらった壁掛けの姿見すがたみのまえで、ボクは水色のクセ毛のショートヘアを整えながらつぶやく。


「ツノは付けたし、極小ビキニも着たし……これで……良いんだよね?

あとは、おヘソの下に『淫紋いんもん』を書かなくちゃ……」


ボクが今しようとしているのは、人気アニメ「釈迦の子」でお釈迦様を誘惑する幼女悪魔——「マーラちゃん」のコスプレだよ。


ボクはホログラムディスプレイを表示して、公式の「マーラちゃん」の立ち絵を見ながら、自分のお腹に『淫紋いんもん』を書こうとしていたんだ。


 水性のピンクのマーカーの蓋を外して、先っちょを自分のお腹に当てると、思ったよりもヒヤッとしていて、ボクはビックリしちゃう。


「ひゃんっ!!

 あ!……んっ!!

 く、くすぐったい……

 ひゃぁぁ……」


 とってもくすぐったかったけど……ボクはヒコボシ織姫のファンのみんなの為に、頑張って『淫紋いんもん』を描いたんだ。


「さいごに……この尻尾をつければ……終わりだね??

 でも、この尻尾……どこに、つけるのかな?」


 そうしていると、ホログラムディスプレイが像を結ぶ。


 僕の前に、ちょっと慌てた様子のSABIちゃんが映し出されるよ。


「ココロ!緊急出動よ!!

 準備して……ってアンタ……何その恰好?

なにかのプレイ中なの?」


 ボクは慌てて反論するよ。


「ち、ちがうよ!!SABIちゃん!!

 た……たしかに……『コスチュームプレイ』では、あるけれど……。

と、とにかく今は、ボクの個人的なプレイじゃないんだよ!!」


 SABIちゃんは、ボクを疑うような目で見て「ふーん」と言う。ひどいよSABIちゃん。


「まあ、そんなことは、今はどうでも良いのよ」


「さ、さきに……『プレイ』って言ったのは……SABIちゃんじゃないかな……」


「西奉行所の連中が、兎魅ナナの確保の為に全員出動したわ。

 ただ兎魅ナナの屋敷内で、キチク芸能者と激しい銃撃戦になっているの。

だから、ウメコがココロの緊急出動を要請したわ!

急いで!ココロ!」


 いつもどおりのSABIちゃんの早口で、ボクはお話が5%も理解できなかったよ。


「ウサノアナ……??

 キチクプレイ……??」


「ああ!!もう!

間怠まだるっこしいわね!!

 電脳リンクで、月影シノブと『視聴覚共有』するわよ!!

 【※ナユタのプロデューサーLVが向上した為、電脳リンクにてアイドルの視聴感覚が共有可能となっている】」


 SABIちゃんのそのセリフを聞いてボクは、とても驚くよ。


「は、はわわわわわ!!!

 ちょ、ちょっと待って!!SABIちゃん!!

今『視聴覚共有』したら、ボクのコスプレ姿が!!

みんなに晒されちゃう!!」


 そんな言葉もむなしく、ボクの視界の上半分がシノブちゃんの視界になっちゃうんだ。




//////【 電脳リンク 視聴覚共有 】//////


【 !!!! 個人のプライバシーが著しく損なわれる可能性がございます。ご注意ください !!!! 】


//////////////////////////////////////////////////




 映像の中では、激しい銃撃の音が響いているよ。


 そしてすぐに、シノブちゃんの視界から”可愛い声”が聞こえてくるね。


「プロデューサーさん!所長!!

私がナノマシーン防壁シールドを展開します!!

援護をお願いします!!

 ……あれ?『視聴覚共有』??

え?鏡の中のココにゃん?……水着!?……

ぬ、布面積が!ほぼゼロじゃないですか!!」


 ナユタさんの声が、それに答えるよ。


「シノブ!!突出するな!!

 シノブに被弾させる訳にはいかない!!先に俺が行く!!

 ……あれ?織姫ココロ?……マイクロビキニか……けっこう、似合ってるじゃないか」


 ウメコさんの声が、みんなに指示をするよ。


「ナユタ君!!後方は私に任せて!!

それに!鼻の下を伸ばしていないでさっさと撃つのよ!!

 ……それにしても織姫ココロ……凄い恰好ね……」




////////////////////////////////////




 そんなかんじで『視聴覚共有』を終わらせたボクは、両足をガクガクさせながら叫んじゃう。


「は……、はっ!!!!!

 はわわわわわわわわわわわわわ!!!!!

 秘密のコスプレだったのに!!

 そ、それが、みんなに晒されちゃって!!

 ちっちゃな、マイクロビキニの所為で!!

 ボクの肌色が!!

 みんなの視界に晒されて!!!

 はわわわわわわわわわわわわ!!!!!」


 そんな感じで、冷たいフローリングにお尻からへたり込んだボクは、淫靡な快感に身を打ち震わせながら涎を垂らして、ビクンビクンしちゃうんだ。


そんなへたり込むボクを、ホログラムのSABIちゃんは見下ろしながら言うよ。


「それで、ココロ……。

 状況は、分かったかしら??」


「う……うん……

 はぁ……はぁ……。

 わ、わかった……よ?」


「それなら良かったわ。

 ともかく、すでにヘリは手配済みよ。

あと1分以内でここに到着するわ」


 そしてボクは、笑顔になってSABIちゃんに言うんだ。


「う、うん。

 SABIちゃん。

 いつも……ありがと……ね」


 という感じで、ボクも『兎魅ナナ救出作戦』に参加することになったんだ。


 でも……


そのとき僕はなんだか少しだけ気になって、目の前の壁掛けの姿見を見たんだけど……。


気のせいかな……。


姿見の奥が、なぜか暗く光った気がしたんだ。




—————




【ナユタ視点】



 クソデカい兎魅ナナの豪邸は、打ちっ放しのコンクリートでできた五角形の建物だ。


大むかし、どっかの国に「ペンタゴン」ってヤツがあったそうだが、それの”ミニ版”が兎魅ナナの豪邸だ。

もちろん”ミニ版”と言っても、ちょっとしたショッピングモールぐらいの広さはある。


 そんな五角形の兎魅ナナの豪邸だが、内部構造もちょっと変わっていて、”外郭”と”内郭”と”本丸”の三段構造となっている。


おそらくアイドルの自衛の為なんだろう、それぞれの建屋は一か所の通路のみでそれぞれに繋がっている。


もちろん兎魅ナナが立て籠もっているのは、最奥でくわえて最も内側になる、”本丸”だ。


 そんな兎魅ナナ邸に侵入した俺たちは、順調に外郭を進んでいたが……、


内郭に向かう通路に達したところで、キチク芸能者のタスクフォースと、予想外の激しい戦闘になっていた。




 俺はコンクリートの内壁にもたれ掛かりながら、アサルトライフルのマガジンを交換し、万錠ウメコに電脳通信を行う。


『クソ!!

 キチク芸能社のタスクフォース!!プロの軍隊レベルだ!!

ジリジリ押されている!!

 もしかして、タマキの陽動が失敗したのか??』


 ウメコから俺に音声通信が入る。


『それなら私たち、背後から挟み撃ちに合っているはずよ!

 だから、タマキさんの陽動は成功しているわ』


 俺は身を隠しながら、コンクリートの柱からすこしだけ顔を出す。


 瞬間、目の前の柱が多数の弾丸に穿うがたれ、コンクリート塊が飛び散った。


 だから俺は柱に身を隠したまま、適当にライフルを発砲する。

狙いはつけられないが仕方ない。打たないよりはマシだろう。


『じゃあ!このクソほど執拗な敵の銃撃は何なんだ!?』


 ウメコもアサルトライフルを敵に向かって構えようとしたが、敵の銃撃に阻まれ、俺と同じようにコンクリートの柱に背をつけた。


 砂塵の中、敵を睨みながらウメコは言う。


『敵は腐っても、キチク芸能者のタスクフォースよ。

 おそらく西の方角から増援を呼んでいるのよ!!』


 そう話すウメコの足元に、ホログラムが表示される。

そこには——

【 手りゅう弾Hand grenade 】の警告コーションが浮かび上がっていた。


「ウメコ!!!!伏せろ!!!!!」


と俺は言うと、ウメコに飛び掛かり、彼女の頭を抱えながらコンクリートの床に倒れこんだ。





 爆発が起こった。





 爆発の大音響の所為で耳が麻痺し、無音になる。


「キーン」という耳鳴りだけが、俺の電脳内に響いた。




 爆煙で視界が灰色におおわれる。




 俺の網膜ディスプレイがサーモグラフィーに変わり、灰色のちりの中、ウメコの七色の影を映し出した。


 ウメコの横たわる影に、俺は最悪の事態を想像した。


 だから俺は、無音の中、声を張り上げた。


『ウメコ!!!』


自分の声は聞こえなかったが、喉が大きくふるえ、大声を出した事だけは分かった。


 しかし、ウメコの影は微動だにしない。


心臓が高鳴り、不安が高まる。


血だらけになったホノカの死体の記憶が、俺の脳裏によぎった。


 俺は無我夢中で、煙の中のウメコの影を抱いた。


そして俺は、渾身の力で、ウメコを砂塵の中から引っ張り出す。





「げほっ!げほっっ!!」





 彼女の咳き込む声と、大きく波打つ背中に生命を感じた。


安堵した。聴覚も戻ってきたようだ。


「大丈夫か!?」


 おそらくウメコは一瞬、意識を失っていたんだろう。目をしばたたかせながら、しかし微笑んで言う。


「ありがとうナユタ君。助かったわ。大丈夫よ」


 この時にウメコが照れたような表情をしたので、不意を突かれた俺は、ちょっと動揺した。

 やめろよ。可愛いじゃないか。惚れてしまったらどうするつもりなんだ。


 しかし俺は、はたと気付き後ろを振り返る。


 そこには、コンクリート製の正方形のオブジェに隠れた月影シノブがいた。俺は彼女に叫ぶ。


「大丈夫か!?シノブ!!」


「ええ……。大丈夫です。

 とっさの“白馬のお殿様ムーブ”……

さすがプロデューサーさんですね……」


「褒めてくれてるのか?

その割には目が死んでるんだが?」


「ともかく、ナノマシーンシールドを張りましたので、二人とも早く!

私の後ろへ!!」


 俺は敵に威嚇射撃を行いながら、ウメコの手を引き、シノブの後ろに退避した。


 それに伴って、キチク芸能社の社員達は遮蔽物に隠れながら移動し、俺達との距離を着実に詰めてくる。


「クソ!!ヤツら、手練れだな。

 ソツがない……!!

こうなったら『奥の手』を使うしかないか!?」


 そう思った俺は、左義椀を前に差し出し、内蔵された電脳火縄銃サイバーレールガンを展開しようとした。


電脳火縄銃サイバーレールガンの威力なら、遮蔽物ごと敵を貫通し、一網打尽にできる。


 しかしそれは、横に居たウメコに静止される。


「だめよ。まだ使わないで。

 あなたの電脳火縄銃サイバーレールガンは、給電が無ければ2発しか撃てないでしょ。

 敵の陣容が正確に把握できていない今は、温存するべきだわ」


 それに俺は反論する。


「しかし、このままではジリ貧だぞ!?

 完全に敵に押されているぞ!?」」


 ここでシノブが、前を向いたまま俺たちの会話に割って入る。


「プロデューサーさん。ここはお姉ちゃんの命令に従って下さい」


 俺は驚いて、シノブを見る。

片膝立ちで遮蔽物に隠れながらもシールドを貼ったシノブの顔は、真剣そのものだった。


「お姉ちゃんは、はらぐろ……じゃなかった……頭が良いです。

 クソ雑魚アイドルだった私が今まで生きてこられたのも、お姉ちゃんのお陰です。

 ですのでプロデューサーさんも、今はお姉ちゃんの作戦通りに動いてください」


 そんなシノブのセリフを聞いて俺は、感心してしまった。


性格も違ってチグハグに見える万錠姉妹も、実は心の奥底では信頼で繋がってるのかもしれない。


 だから俺は、万錠ウメコに聞く。


「それじゃあ……ウメコ……何か、逆転の施策はあるのか?」


 万錠ウメコは、タイトスカートの埃を払い、立ち上がる。


その瞬間、破れた黒タイツから覗くウメコの太腿の白い肌が、俺の目の前でドアップになって、溢れ出るフェチズムとエロティシズムに「うっほー」と言いそうになったが、そうじゃないんだ。今は戦闘中なんだ。


 ともかく、万錠ウメコは言う。


「もちろん。逆転の施策は、あるわ。

私がタダでやられるワケないじゃない」


 そう言って万錠ウメコは笑った。


そんな、破れた黒タイツの万錠ウメコの笑顔は、「腹黒ブラック女神」では無く「勝利の軍神」に俺には見えた。

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