4章 ジュンアイ

71話 西アイドル事務所出動

 電脳世界から現実世界に戻った俺は、SABIさびちゃんと一緒に西アイドル事務所のメンバーに報告をしていた。


「なるほどね……。

私達は途中でVFから切断されたから、分からなかったけれど……。

そんな事があったのね……」


そう言った万錠ウメコは、腕組みをして考え込んだ。




 俺達の報告の中で「バイオロイド」の名を聞いた瞬間から、万錠ウメコの表情が変わっていた。


引き締まり、そこには確かな緊張が見てとれた。


 当然ながら、兎魅ナナに危険が迫った状況なのもあるが……。


あるいはもしかすると……万錠ウメコもEQいっきゅうに対して、何らかの因縁があるのかもしれない。


 万錠ウメコは鋭い表情のまま、ホログラムのSABIちゃんに聞く。


「SABIちゃん?それで結局は、VFで兎魅ナナの現在位置は判明したの?」


 SABIちゃんが得意げなロリ顔でこたえる。


「当然よ。ウメコ。

仕事はちゃんと果たしたわ。

 兎魅ナナの豪邸は、ここよ」


 と言ってSABIちゃんが、メンテナンスルームの大型モニターにホログラム地図を写し出した。


 それを見て万錠ウメコは呟く。


「アッパーヒル地区の……轟女子攻トドジョの近く……。

 周辺は山林で囲まれているようね……」


 俺が言う。


「急いで向かわないと兎魅ナナの身が危ない」


 万錠ウメコは「もちろん。分かっているわ」と言って頷き、黄泉川タマキに言う。


「タマキさん。

軍用のVTOLを準備して。

 戦闘になるわ」


 黄泉川タマキが笑顔で答える。


「ええ。

すでに電脳通信にてエンジニアさん達に準備を始めて貰っています。

5分後にはVTOLの出動準備が整います」


 月影シノブがまたしても挙手をして発言する。


「私はどうしましょう!?」


 万錠ウメコが答える。


「もちろん。シノブも出動よ。

タマキさんとシノブが私達の主戦力なんだから。

 WABIわびちゃん!!

シノブのナノマシーン衣装を、コンバットモードに切り替えて」


 WABIわびちゃんがホログラムで出現する。


「了解しました。ウメコ様。

 シノブ様のナノマシーン衣装のセーフティーを解除。

コンバットモードに移行します」


 即座にシノブの服が緑色に光り輝き、アイドル衣装に切り替わる。


 コンバットモードのシノブの衣装は、いつものピンクのアイドル衣装に加えて、手甲と具足が付け加えられた。もちろん絶対領域は維持されている。


 それを見た俺は、万錠ウメコとシノブに言う。


「一つ……シノブの事で、先に確認したい事がある。

二人とも良いか?」


 俺のいつに無い真面目な様子を感じたのか、シノブが少し不安げな表情で振り向く。


「な、なんですか……?」


 俺は万錠ウメコとシノブに説明する。


「俺はシノブを戦場に引っ張り出す事には、まだ納得ができていない。

 アイドルを兵器として扱うのは、間違ったことだ。

 シノブはそれでも良いのか?」


 シノブは少し驚いた顔をした。

しかし俺の言葉の意味を理解したのか、力強くうなずく。


「アイドルのお仕事を始めた時から心構えはできています。迷いはありません」


 シノブの緑色の大きな丸い目が、強い意志を感じさせた。


だから俺は、シノブと視線を交わしたままうなずき、次は万錠ウメコに言う。


「そうであれば、俺から一つだけ言うべきことがある。

 今回の戦闘でシノブにエモとらを、”基本的には”使わせない。

 エモとらを使うのはシノブの身が危なくなった時だけだ。良いか?」


 万錠ウメコはうなずく。


「分かったわ。

 まあ……“エモとら”の性質上、任意の発動は難しいんだけど……。

 ともかくあなたの意見に反論の余地はないわ」


 俺はシノブに念を押す。


「……という事だ。

シノブも分かったな。

 エモとらは基本的には使わない方針だ」


 シノブは笑顔になり答える。


「はい!分かりました!!

私は基本的には肌の露出は控えたいタイプの女の子ですから!

嬉しいご指示です!!」


 そして万錠ウメコは、腕組みをとき、手を腰に置き、全員を見回して言う。


「それでは……『作戦概要』よ。

目標は兎魅ナナの身柄の確保。

 それにともない彼女の屋敷の内外ないがいで、キチク芸能社タスクフォースとの戦闘が予想されるわ。

 よって退路と安全を確保しながら、兎魅ナナ邸に突入。

兎魅ナナを確保した後は、速やかに現場を離脱するわ。

 ただし所員の安全が最優先事項よ」


 それを聞いて全員がうなずく。 


 そしてこの“作戦会議”を締めくくるように、キリッとした顔の月影シノブが右手で拳を作って言う。


「それでは……

 “兎魅ナナちゃん救出作戦”の開始ですね!!

せーのっ!

 えい!

 えい!!

 えい!!!

 おーーー!!!!」


その掛け声で、シノブと何故かタマキも同時に拳を振り上げた。しかし、タイミングが理解できない万錠ウメコと俺の拳が宙を彷徨う。


だから俺とウメコは、同時にシノブにツッコんだ。


「「『えい』が一回多い!!」」




—————




【それから、15分後。

 オオエドシティ アッパーヒル地区上空

 兎魅ナナ邸より、5km地点】



 西アイドル事務所の軍用VTOLは、大きなジェット音を響かせて昼のスモッグの空を飛んでいた。


この輸送機ほどのサイズのVTOLの中は、コンピューターや、それを操作する職員であふれている。


俺と万錠ウメコは、西アイドル事務所の職員が座る操縦席の後ろで、ホログラムモニターを見ていた。


 モニターに映し出された兎魅ナナの屋敷の様子に、俺は感嘆をもらす。


「平屋でコンクリート造……なんてデカさだ。

俺の住んでるプレハブ長屋が100個は入りそうだ。

しかも……この形は、五角形?」


 俺のすぐ横にはいつも通りの和柄スーツに加え、ボディーアーマーを着込んだ万錠ウメコが居た。そのせいで彼女の胸は、DからEぐらいのデカさに増していた。


VTOLの中は狭い。ウメコの香水の香りが漂ってきて、俺に“あの夜”の接吻を一瞬だけ思い起こさせた。


 万錠ウメコはモニターを見ながら言う。


「兎魅ナナぐらいの人気アイドルともなれば、“普通”ぐらいの広さの屋敷じゃ無いかしら?」


 俺は万錠ウメコの横顔を見ながら、さっきから気になっていた事を聞く。


「出動前に話していて思ったんだが……。

 あんたも……もしかして……

 ”バイオロイド”になにか因縁があるのか?」


「あのバイオロイド……EQいっきゅうって言ったっけ?

 あの”個体”に対しての因縁は無いわ」


「じゃあ、何に対して因縁があるんだ?」


 それを聞いて万錠ウメコは一瞬答えにつまったが、意を決したような表情で俺の目を見る。


 彼女のイエローの目には、固い決意のような物が見て取れた。


「”私達”が因縁があるのは、“EQのバックに居る存在”についてよ」


「”私達”……?

”EQのバック”……?」


「”EQのバック”に居るのは、おそらく……“北奉行所”よ。

シノブと私は北奉行所と戦うために、アイドルと所長をしているの」


「シノブとあんたが?北奉行所と戦うだって??

でも北奉行所って……それは俺達の仲間じゃないのか??」


 万錠ウメコは強い視線で俺を見つめて言う。


「外から見るよりも、奉行所は一枚岩じゃないのよ。

ともかく私と忍も、気持ちはあなたと同じ。

 この任務に”並々ならぬ思い”があるのは、あなただけじゃ無いの」


「俺だけで無く……シノブとウメコも……」


「そう。要はつまり……EQを押さえたいのは私達も一緒って事よ。

 だから、決して先走らないでよ?」


「先走るなんて、そんな事は考えていない」


「そうかしら?」


「ああ。俺だって一応は元軍人だ。

 作戦行動がなんたるかは、わきまえている」


 そう言いながら俺は、真面目な顔で万錠ウメコのイエローの目を見た。


 しかしそんな俺の顔を見て、万錠ウメコは破顔する。


その万錠ウメコの笑顔は、今までと打って変わって柔らかな優しい笑顔だった。


不意の笑顔に俺は虚をつかれ、少しだけ動揺した。


 ウメコは笑顔を続けて言う。


「まあ、それでも、もし……あなたが怒りに囚われそうになったら、今から言う私の言葉を思い出して?」


「な、なんだ?」


「私はあなたのことが好きよ。

ナユタ君が今、私の事をどう思っているかは知らないけれど……

 それでも私は、あなたの事をもっと知りたいと思っているわ」


 唐突の彼女の愛の告白に、俺はめちゃくちゃに焦った。


 しかしそんなウメコは、俺の返答を待たず、俺から視線を外して言う。


「ともかく、用は済んだわ。

 行きましょう。ナユタ君」


 さすが、所長様。

感情の切り替えが早過ぎて恐怖を感じるレベルだ。


「しかし」と言うか……「やはり」と言うか……このとき俺の中では、あらゆる感情が嵐のように渦巻いていた。


 EQへの憎しみ。死んだ仲間たちやホノカの事。

 そして、シノブやウメコの事。


生と死、愛と憎悪、過去と今が、俺の感情を大きくかき乱していた。


 だが……ともかく、今から戦闘だ。


俺の為にもシノブの為にも、一瞬も気を緩めるわけには行かない。


 そう思った俺は感情を断ち切り、格納庫にむかうウメコの背を追った。




—————




 VTOLの狭い通路を抜けると、格納庫が見えてきた。


 そこにはすでに月影シノブが待機していた。


 シノブは深い紺色の具足の上端に、8本の電脳苦無サイバークナイを装備していた。

それを見て俺は、「刃物に彩られた絶対領域も別のおもむきがあって悪くないな」と思った。


 しかし俺はここでふと、全員の足元を見回して“ある事”に気付き、質問する。


「ナノマシーン衣装のシノブはしかたが無いとしても……。

タマキとウメコもスカートのままで良いのか?」


 それを聞いて、シノブはあきれ顔で言う。


「まったく……プロデューサーさんは……。

こんな時でも、女性の脚にフェチってるんですね?」


「ち、違うぞ!!

普通こういう時は、ズボンを履くだろ??」


 ミニスカ巫女服のタマキが、笑顔で言う。


「私達がスカートを履いているのは、ナユタさんの為ですよ?」


「え?俺の為??」


 タイトスカート&黒タイツの万錠ウメコが、ちょっとだけ恥ずかしそうな顔で言う。


「パンツァー起動の為には、ナユタ君は女性のパンツを見ないといけないでしょ?

 だから私とタマキさんも、スカートで出動するのよ」


 あきれながらも頬を染めた月影シノブが、腕を組んで言う。


「ほんとう……仕方ないですね。プロデューサーさんは……。

 ”パンツハーレム主人公”なんですから……」


「だから”ハーレム主人公”だけは辞めてくれ」


 俺のツッコみに万錠ウメコが呆れる。


「”パンツ”の部分は認めるのね」


 そんな中、ホログラムのWABIわびちゃんが割って入る。


「作戦ポイントに到着しました。

格納庫のハッチを開きます!

 降下を開始して下さい!」


 同時に、俺達の目の前にあったハッチが金属音をたてながら、開き始める。


 白いスモッグの下に、遠くの山々や森が見えた。


 格納庫の中は、突風と「ゴウ」という風切り音で満ちる。

俺は焦って、風に負けないような大声で叫ぶ。


「ちょ、ちょっと待て!

 パラシュートを装備していないじゃないか?」


 そんな俺の前にホログラムのWABIちゃんが移動して、美女笑顔で言う。


「ご安心を。

 ワタクシがナノマシーン衣装から“風防ふうぼう”を展開し、落下スピードを段階的に調節いたしますので」


「WABIちゃんって、そんな事まで出来るのか!?

で、でも……理屈を知っていても怖過ぎるんだが??

 地上が、あんなに遠くに見えてるんだぞ??」


 ビビる俺に、スカートを両手で抑えたシノブが言う。


「急いで下さい!!

最初に落ちるのは!

プロデューサーさんですよ??」


「え、ええええ!?

 なんで俺なんだ!?」


 同じようにタイトスカートを押さえた万錠ウメコが言う。


「私達のパンツが見えるからに決まってるでしょ!!」


 それでも俺は焦る。


「で、でも!!この高さだぞ??」


「ご遠慮なさらず。お先にどうぞナユタさん」


 と笑顔で言った黄泉川タマキは、無慈悲にも俺の肩を突き飛ばした。


 そして俺はVTOLのハッチから真っ白なスモッグに投げ出され——


「うおぉぉぉぁぁあああああああ!!」


 ——と言いながら、オオエドシティの空に落ちて行った。

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