65話 パンツ大作戦1

 「兎魅ナナに気に入られる為の作戦」を思い付いた俺は、春夫軽レトロゲームをプレイしながらもSABIちゃんに指示をする。


【以下、『』は電脳内での会話です】


『SABIちゃん!!

春夫軽ハルオカートのこのステージのマップは、手に入れられるか??』


 SABIちゃんは俺の網膜ディスプレイ上で腕を組み、ニヤリと笑って答える。


『レトロゲームの事を、ヒノモト最強で最新鋭の戦闘AIであるアタシに聞くの?

愚問ね?

今アンタと会話している間に、ハッキングして入手したわ』


『それなら、“ナビ”を頼む!』


『ナビは問題無いけれど……。

もちろん、”ゲームに勝つ為”のナビじゃ無いんでしょう?』


『ああ。このステージの中で「最も長いコーナー」の場所を教えて欲しいんだ!!」


 俺の操作キャラ――”河童カッパ”は、まだ1位をキープしている。

2位の兎魅ナナの”エノキ”とは、かなり距離がついていた。


 SABIちゃんが、言う。


『「最も長いコーナー」は……さっき通った”ハコネヤマ・ダウンヒル”ね……。

今いる”フジヤマ・レイク”は、緩やかな短いコーナーとストレートが続くだけで……長いコーナーは無いわ」


 と俺がSABIちゃんのナビを電脳内で聞いていると、すぐ隣から“嬌声きょうせい”が聞こえた。


「ぶつかる!ぶつかる!!ぶつかる!!!!

ああああああっ(ぴえん)!!!」


 隣の画面を見ると兎魅ナナの操作する”エノキ”が、コーナー途中のガードレールに激突しようとしていた。


 同時にまたもや、”Fカップの胸”が俺の肘に猛然とせまる。


 俺は間一髪で、兎魅ナナの胸を避けようとしたが……


しかしSABIちゃんのナビを聞いていた為、反応が遅れる。


俺の右肘に、”たわわな柔肌”が触れた。


素晴らしい感触に、思わず目を閉じる。


『やわらかい……しかも、この俺の肘を押し返そうとする確かな弾力……縁日で亡き母に買ってもらった大きな大きな水風船みずふうせんのようだ……。

これが、「ファイナルの頭文字イニシャル」から冠された「”F”カップ」の胸の、「最終・・兵器的」な威力なのか……』


 と俺の電脳は多幸感に包まれたが、SABIちゃんに思考内容が漏れていることを思い出し、慌てて思考を停止した。


しかし既にいっしていたようで、SABIちゃんがヤレヤレ顔でコメントをくれる。


『表現の多彩さだけには感心したわ……』


 そしてSABIちゃんは真顔に戻り、ナビを続ける。


『今、兎魅ナナが通ったのが……

このステージで「最も長いコーナー」の”ハコネヤマ・ダウンヒル”ね。

 名前のとおり”下り坂”でもあるから、ステージ中で一番の難所らしいわ。

スピードのコントロールを間違えれば、今の”エノキ”の軽トラのように、ガードレールに突き刺さってしまうわ。』


『その――”ハコネヤマ・ダウンヒル”は次、いつ通るんだ?』


『ステージを1週した後ね。

でも、次がラストラップだから……”チャンス”は一回っきりよ?』


『”チャンス”って事は……

やはりSABIちゃんは俺が何を狙っているのか、もう分かっているのか?』


『当り前よ。

アタシの戦術アドオン"SONSHIそんし"を舐めないで。

アンタの”フザケた作戦”は、お見通しよ』


『さすが……SABIちゃん。

心強い。ちなみに作戦名は「パンツ大作戦」だ』


『最悪な作戦名ね』


『”最も俺らしい作戦名“と言って欲しい。

とにかく……その”ハコネヤマ・ダウンヒル”に向かうまでに、出来ればゲームを最高潮に盛り上げたい』


『つまり、兎魅ナナの”エノキ”とナユタの”河童カッパ”のデッドヒートを、「作り出せば」良いのね?

 ……もちろん、”自然”にね?』


『そうだ。

視聴者が違和感を覚えない程度に”自然”に……だ。

 出来るか?SABIちゃん??』


『何度も言わせないで。愚問よ。

アタシにとって春夫軽ハルオカートをハッキングして”難易度調整”する事なんて、人間が”呼吸“をするよりも簡単なことよ』




―――――




 その後、SABIちゃんの”ハッキング”という名の”ゲーム難易度の改変”により、俺の”河童カッパ”は数々の不幸に見舞われた。


――地面から剣山が現れて軽トラのタイヤがパンクしたり、

――フロントガラスを突き破って飛んできたまさかりが頭に刺さったり、

――空からうすが落ちてきて軽トラごと潰されたり、

――それを見たカニに何故か笑われたり、


 大丈夫なのかこれ?レースゲームだろ?殺意がたか過ぎないか?


と俺は少々心配になったが、コメント欄を見たところ特に問題は無いようだ。


「そう言えば、昔の全年齢向けゲームって……残虐描写上等なところあったよな……」


と俺が少々ノスタルジックな想いに浸っていると、俺の”河童カッパ”の後方から”エノキ”が近付いてきた。


その”エノキ”の手を見ると、赤いたらいを持っている。


 俺は場を盛り上げる為に驚いた顔で、わざとらしく言う。


「クソ!!もしかして兎魅ナナ……じゃなかった、ナナちゃん!!

 ホーミングたらいを!?!?」


 俺のとなりの兎魅ナナが言う。


「ごめんね!!ナユタちゃん!!

でも優勝はナナの”エノキ”が貰っちゃうよ!!」


 そう言った兎魅アナが、コントローラーのボタンを押す。


 画面の中で”エノキ”が、「死にさらせぇ!!」と野太い声で叫びながら”赤いたらい”を俺の河童カッパに向かって、全力で投擲とうてきする。


その名のとおり”ホーミングたらい“は、必中の攻撃だ。基本的に避ける方法は無い。


 ヤバイスピードの赤いたらいに追突された俺の”河童カッパ”の軽トラは、スピンしてガードレールに突き刺さった。


河童カッパの上に、”2位でござりまする!”という文字が浮かぶ。


エアバッグに頭を突っ込んだ河童カッパは、野太い声でセリフを放つ。「しゃらくせぇ!!」


 SABIちゃんがポップアップして俺に伝える。


『直ぐにコースに復帰して兎魅ナナを追って!!

 ”ハコネヤマ・ダウンヒル”まで近いわ!!』


 俺はコントローラーを連打して、河童カッパにコースの復帰作業を急がせる。


 「オラァッ!」と河童カッパが軽トラを横から蹴り飛ばして、コースに戻す。


 すぐに河童カッパは軽トラに乗り込み、意味の分からないぐらい長いシフトレバーを操作し、急発進させる。

「ギャギャギャ!!」という摩擦音スキール音と共に、道路にタイヤ痕が刻まれた。


 俺はSABIちゃんに聞く。


『間に合うか!?』


『アタシの計算ではピッタリよ!

このままナユタが攻め続ければ、”ハコネヤマ・ダウンヒル”に入ったところで、ギリギリ先行するエノキに追いつくわ!!』


 続けてSABIちゃんはナビをする。


『注意して!すぐにUターンよ!!』


 画面の中では急なコーナーが迫っていた。


 俺はアクセルのボタンを離し、ブレーキのボタンを押し込む。


 河童カッパの軽トラのブレーキランプの赤い光が、尾を引く。


 続いて俺はコントローラーのスティックを倒しながら、サイドブレーキのボタンを押す。


「しゃあ!オラァ!!」と河童カッパは野太いセリフを吐きながら、”ヒール・アンド・トゥー“を決め、軽トラの後輪を滑らせた。


 「ギャァアアアア!!」という効果音が出て、”河童カッパ”を乗せた軽トラが白煙を上げながら、ドリフトでU時のコーナーをクリアした。


 SABIちゃんがナビをする。


『次!すぐに左カーブ!緩やかよ!!』


 俺はコントローラーのスティックを逆に倒す。


 河童カッパはハンドルを目一杯めいっぱい逆に切り、「ギャリギャリギャリ!!」とドリフトを維持したまま次のコーナーもクリアする。


 SABIちゃんが言う。


『直進よ!!そのまま加速!!凹凸バンプに注意して!!』


 俺はアクセルのボタンを押し込む。


 轟音と共に河童カッパの軽トラのエンジンが、レッドゾーンまでブン回る。


 河童カッパがやたらと長いシフトレバーを3速に入れる。


 軽トラは猛烈に加速する。目の前に大きな凹凸バンプが現れた。


 そしてその凹凸バンプの先には……


別の軽トラのテールランプが見えた。


 あれは!兎魅ナナが操作する”エノキ“の軽トラのテールランプだ!!


 俺と”河童カッパ”のセリフがシンクロする。


「「見えたぞ!!!!」」


 俺は意を決してそのまま加速を続ける。


 軽トラの前輪が凹凸バンプに乗り上がる。


 俺はアクセルのボタンをさらに押し込む。河童カッパがアクセルを踏み込む。


 勢いづいた軽トラの車体は、後輪に押し上げられ……




 ちゅうに浮いた。


 


 エンジンが回転限界レブリミットまで回り、何度も何度も咆哮する。


 後方の排気管エキゾーストが火を吹く。


 そして……数秒間の浮遊のあと……。


 「ドンッ!!」と着地した河童カッパの軽トラは後輪を滑らせながら、”エノキ“のトラックの真横に並んだ。


 河童カッパがセリフを叫ぶ。


「イイイッッハァァアアア!!!」


 “河童カッパ”の猛烈な追い上げに気付いた兎魅ナナが目を見開いて、隣に居る俺を見る。


「ええーーー!?!?!?

もう追いついたの??」


 そして俺は、ゲームの画面から目を離さずに兎魅ナナに言う。


「ああ……。

デッドヒートチークダンスをするのなら……

二人居なくちゃいけないだろ?」





—————




作者:

次の更新は、11/18(土曜日)21:00となります。

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