63話 ウサウサちゃんねる1

【ナユタ視点】



 ”それ”は唐突に始まった。


 暗い電脳空間内にポップなEDMが流れ、

兎耳うさみみと豪華な刺繍のこん色の”ミニ丈着物”を身にまとった兎魅うさみナナが、空間を切り裂き、現れる。


 兎魅ナナのVR配信――”ウサウサちゃんねる”が、サイバーダイブした俺の目の前で始まった。


 本人がホログラム広告で言っていたように、兎魅ナナの容姿は一見すると十代のように幼い。


しかし着物の胸元から覗く大きなFカップの胸や、すらっとした長い手足に、20歳はたち相応の女性らしさが現れていた。


「大人ながらも少女のように可愛い」のが、兎魅ナナの魅力と言えよう。


サイバーデビル化した月影シノブと少し被るところがあるな。

まあ、シノブの場合は「少女ながらも大人のような魅力」と言えるから、逆と言えば逆なんだが……。


ともかく、兎魅ナナのファンの一部が”テノモノシノブのファン”に流入した理由は納得できる。


 そんな兎魅ナナは、両手を広げてはじけるような満面の笑顔で続ける。


兎魅うさみナナの『ウサウサちゃんねる』に!

ようこそでありんすーー(きゅるん)!!!

 あちきは”花魁おいらんアイドル”の兎魅うさみナナ!

今日もみんなであちきの電脳を一杯にしてね(ぴょん)!!」


 そう言って兎魅うさみナナは、片足で小さく飛び上がり、顔の横に握りこぶしを作り、ウインクをした。


いわゆる「うさちゃんポーズ」ってやつだ。


その事により、兎魅ナナのうさ耳とFの胸が柔らかそうに揺れ、爆発的なまでの可愛さがあふれだした。


俺は二次元アイドルメインなので、本来三次元アイドルにはそこまで興味が無いが……兎魅ナナのそんな“爆発的な可愛さ”は正直に言って……かなり……まあ……けっこう……悪くは無かったっ て言うか「そこそこ最高」だった。


 そして、ピンクのド派手な『ウサウサちゃんねる』のロゴマークが、電脳空間一杯に浮かび上がる。


黒と緑だけだった電脳空間の景色は一瞬にして、豪華な和室の”御座敷おざしき”に変化した。


 兎魅ナナはクルッと回り、金と銀の刺繍のミニ丈の着物をひるがえす。

ピンク色のドリルツインテールにより少し隠れた顔で、もういちど可愛くウインクする。


 そんな兎魅ナナの様子は端的に表現して……


……目がキラキラしててデッカくて、

……薄紅の唇はツヤっとしてて、

……豪華なニーソの絶対領域のバランスも最高で、

……ミニ丈着物からのぞく脚も長くてツヤツヤしてて、

……Fの胸もブルン!と揺れながらも、たゆたゆ・・・・とフワフワで……


一目見ただけで、最高に可愛くて最高に刺激的で最高にエロくて、とにかくバチクソめちゃくちゃ幸せな気持ちになった……


……って思うやつもいると思う。


「今日もたっくさんの“ナナホリック兎魅ナナのファン”のみんなが来てくれたんだね!!ありがとう!!

みーーーーんな大好きだよ(えへ)!!

 今日の一見いちげんさんは見た感じ……2割くらいだね?

大丈夫だよ!あちきは、一見いちげんさん大歓迎の花魁おいらんだからね!!」


 電脳空間の中の俺は、そうやって挨拶をする兎魅ナナの様子を、まじまじと立って見ていた。


 ちなみに、ちょっとした余談だが……シノブのような全年齢対象アイドルの配信は、二次元配信だ。

要するに普通の動画だ。


その理由は、過去にトップ美少女アイドルの三次元データを”違法VF【※要は電脳空間でR18な事ができるデータ】”化して販売した奴が居たからだ。

もちろんその犯罪者は、腰痛部よーつーぶ運営に消された・・・・


つまりVR配信とは、配信者の三次元情報が丸裸になってしまう訳だ。


だからそんなリスクがあるVR配信は、R18アイドルのみが行う配信スタイルになっている。


 俺が真面目な顔で兎魅ナナの美麗で高品質で可愛いVRモデルを、【あくまで技術的】な観点から鑑賞していると……急に“ロリ声”が聞こえてきた。


「ナユタ。あんた……兎魅ナナのおっぱい……。

覗き込みすぎじゃ無い?」


 突然の緑色の肌の美少女AIの出現に、俺はめちゃくちゃビビる。


完全に油断して鑑賞・・していたじゃないか。


「い、居たのか!!??

SABIさびちゃん!!??

 そ、それに俺は!!お、おっぱいを覗き込んでいた訳じゃないぞ!?

あくまで最新VR技術に感心していただけだぞ!?」


 SABIさびちゃんは、得意の蔑み目線をくれる・・・


「はいはい。言い訳お疲れ様。キモいキモい。

ともかく今回の潜入捜査のナビゲーターは、アタシよ?よろしくね??」


 と言ってSABIちゃんは“蔑み”と“挨拶”を同時にこなした。


「あ、ああ……。よ、よろしく頼む。SABIちゃん」


 本当は俺としては、優しくて美人なWABIちゃんのナビゲーションの方が良かったが……まあ、ワガママは言うまい。


それに最近は何故かSABIちゃんの“蔑み”にも慣れて来て、ワンチャン、嬉しさすら感じ始めていた。

まあ、俺は……ドMの変態ってわけじゃないんだが……。


 俺達がそうやって話を続けている間に、兎魅ナナのオープニングは終わったようで、配信が本格的に始まる。

 

「それじゃあ……

”今日のお座敷遊び”は……

レトロゲーム対決だーーーー(拍手拍手拍手ぱちぱちぱち)!!」


 兎魅ナナがそう言った瞬間、”御座敷おざしき”の中に古めかしいテレビが現れた。


 俺はその古めかしいテレビを見ながら、その名称を思い出す。


あれは……たぶん……”ブラウン管テレビ”って奴だ。


ヒストリー系AI 腰痛婆よーつーばーしずかなる御前ごぜんたん』の配信で、見た事がある。


 兎魅ナナは、そのブラウン管テレビを見ながら話を続ける。


「”今日のお座敷遊び”のレトロゲームは、みんな知ってる”春夫軽ハルオカート”だよ!!

 え?知らない??

春夫軽ハルオカート”って言うのは、幕府お抱えの宮大工みやだいく春夫兄弟ハルオブラザーズが、けいトラックに乗ってたらいまさかりをぶつけ合うレースゲームだよ(ドヤ)??

 ルールを知りたいって??

でも実は……ナナも知らないんだ!!

 ナナもヤった事ないからね!!

 ん?

【やった事ないんか〜い】だって?

 ふふふふ。

みんなコメントでのツッコミ、バカっぱやだね!!

 ありがとう(喜)!!」


 兎魅ナナの横に表示されたホログラムUIの中で、凄いスピードで視聴者のコメントが流れている。


早過ぎて、ほぼ残像だ。フィルターを掛けないと目視出来ないぞ。


「これが同時接続1000万人のコメント欄か……

 って言うか……VR空間でゲームするとか、なんかややこしい事になって無いか?

 まるで、ゲームの中でゲームしている見たいじゃないか?マトリョーシカかよ??」


 と俺が独りでツッコんでいると……

SABIちゃんが俺の肩をシバいた。


「痛ッ!!……いや、VRだから痛くないか……。

 でも何するんだ?SABIちゃん?」


「あんたバカ!!??

 いつまで兎魅ナナに見惚みとれてるのよ??」


「出たな。ツンデレの王道テンプレ。『あんたバカ』……。ていうか、俺は二次元メインだから、三次元アイドルにはそこまで興味ないんだがな?」


「あんなに、鼻の下伸ばして説得力ないわよ?

 ていうか、さっさとコメントして!?

 目立つのがアンタの仕事でしょ??」


「ああ……。それもそうだったな。

 コメントとかして配信中に目立たないと、そもそも”潜入捜査”の意味が無いんだったな」


 そんな俺を見たSABIちゃんは、

「ボーッとしてないで、さっさとコメント打つ!」と言いながら、俺の目前にホログラムのキーボードを出現させた。


SABIちゃんの性能なら、俺が電脳内で考えた事からコメントを生成できそうなもんだが……。

たぶん、腰痛部ようつうぶ側の性能に準じているんだろう。


 そんな事を考えなら俺が【ナナちゃん可愛い!】というコメントを打っていると、横で見ていたSABIちゃんが言う。


「キモ……。

やっぱ二次元メインってのはウソね。

ていうか……やっぱあんた、ロリコンね」


 プロデューサーという立場上、“ロリコン”という“蔑み”には流石に承服できない俺は反論する。


「待ってくれ。じゃあ、どうすれば良いんだ?

 ていうかSABIちゃんは、俺に何度『キモイ』と言えば気が済むんだ」


「アタシの『キモイ』は、

『ツンデレ口調ライブラリ』の鉄板のセリフとして登録されているから、仕方ないのよ」


「誰だよ。SABIちゃんを”ドM専用”に仕立したてた奴は……」


 そうしている間にも兎魅ナナは、VRゲームの”春夫軽ハルオカート”の説明を続ける。


「じゃあ、今日のお座敷遊び——”春夫軽ハルオカート”に参加してくれる人は、コメントしてね?

 参加できる人は1人だから、大変だと思うけどみんな頑張ってね(ぴょん)!!」


 それを聞いた俺は、直ぐにホログラムキーボードを叩く。


“ナユタ”のタグが付いた【参加したい!】というコメントが、あっという間にコメント欄の向こう側に飛んで行った。


 それを見てSABIちゃんが言う。


「良くやったわ。

あとはアンタが、兎魅ナナとの”春夫軽ハルオカート”に参加できれば、

アンタがVFに誘われる可能性が、グッとあがるって訳ね……?」


 そう言うとSABIちゃんは顎に手を当て、考えるようなポーズになり、胸元のコアを点滅させ始めた。


 急に停止したSABIちゃんに、俺は聞く。


「どうした?フリーズか??」


 SABIちゃんは、俺から目を逸らしたまま答える。


「あんたバカね。

 最新鋭の『量子ヘキサデカコア』を搭載するアタシが、フリーズなんてする筈無いじゃない。

腰痛部ようつうぶをハッキングして、あんたの”春夫軽ハルオカート”への参加確率を上げるつもりなのよ?」


 そうやって2度目の「あんたバカ」をキメたSABIちゃんは、藍色の目を緑色に光らせていた。


どうやら、今まさにハッキングの真っ最中のようだ。


「確率を上げるだって?そんな事できるのか?」


「当り前よ。アタシはヒノモト最強の戦闘AIなんだから!

ハッキングによって、抽選の確率を300分の1から250分の1ぐらいには出来るわ」


「ハッキングしても、結局は抽選になるのか。

 それに……300分の1を……250分の1……。

思ったよりも微妙だな」


「やらないよりはマシでしょ??

 ともかくアンタは、今から始まる抽選を見てなさい。

 おっぱいばっかり見ているんじゃ無いわよ」


 俺が「今は流石に見ていなかったぞ!」とツッコんでいると、兎魅ナナが何もない空間から、VRの紙を取り出した。


それは、無数の線が書かれた“真っ黒な紙”だった。


 その“真っ黒な紙”を見て、兎魅ナナは驚く。


「うわ!なにこれ!ヤバ!!

 BASARAばさらこれ何?呪い??

マジで怖いんだけど??」


 その”真っ黒な紙”の様子は、兎魅ナナが言うようにヤバかった。


たくさんの線と文字で埋め尽くされたその紙は、”暗黒儀式”でも始まりそうな禍々まがまがしさがあった。


  兎魅ナナは姿が見えないBASARAと、大きな声で”オフレコの会話”を続ける。


「ああ……。そういう事なの。

リスナーちゃん達が多過ぎて、”アミダくじ”を作るとこんな感じになっちゃうのね?

 でも、こわっ!くろっ!。

頭にローソク立てた人が書いてくるタイプの手紙じゃん(泣)……」


 どうやら、兎魅ナナが持ち出してきた”暗黒儀式の紙”は、”アミダくじ”が書かれているようだ。


 それを見ながら、俺は呟く。


「なるほど……。

アミダくじを使って、”春夫軽ハルオカート”への参加者の抽選を行うんだな」


 その説明を兎魅ナナが続ける。


「”アミダくじ”は、BASARAが“新生乱数”を使ってするから、みんな平等で不公平は無いよ!!

 じゃあ抽選!!

行くよ??

 今日、あちきと”春夫軽ハルオカート”が出来る幸運なリスナーちゃんは誰かな??……」


 今まで流れていたEDMが唐突に止まる。


 ドラムロールが鳴る。


 兎魅アナは眉間にしわをよせて、異常に細かい線の中から一つの線を選んで、指し示す。選びにくそうだった。


 ドラムロールは続く。


 兎魅ナナが選んだ線の一番上の地点に、赤く光る点が現れる。


赤い点は、アミダくじの上を縦横無尽に駆け巡り始める。


無数の黒の線の上を、赤い光が動き回る様は、正しく”暗黒儀式”だった。


 そして、その赤い光はアミダくじの下にある極小の名前の一つで止まる。


 ドラムロールも止まる。


 “暗黒儀式”の紙の上に、赤い文字のホログラムがデカデカと現れる。


その文字を見た兎魅ナナは、嬉しそうな顔で“それ”を読み上げる。


「あちきと”春夫軽ハルオカートをヤれるのは……

……

……

……

……

……

……

『ナユタ』ちゃん!!!!!!!!

 おめでとうナユタちゃん!!

今から、あちきとヤろうね(悦)!!

レトロゲームを(ぴょん)!!」


 俺とSABIちゃんは、唖然とした。


 唖然とし過ぎて10秒ほど、二人とも沈黙した。


 SABIちゃんがロリ声でボソッと呟く。


「まさか……あの、クソみたいな確率で一発で当たるなんて……。

信じられないわ……。

 無駄だと思ってたハッキングも、やってみるもんね……」


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