61話 潜入捜査1

 シノブは、俺の左義腕を見ながら言った。


「プ、プロデューサーさん……も、もしかして……。

お仕事で、大失敗をして……。

お姉ちゃんに……ご、拷問を受けているんですか?」



―――――



 シノブはどうやら今日も”代休”とやらで、学攻が休みのようだ。


つまり、今日もシノブは休日出勤をしていることになる。

俺はふたたび、彼女の意識の高さに心の中でこうべを垂れた。


 そしてシノブが現れた丁度のタイミングで、黄泉川タマキから万錠ウメコの呼び出しがあった。


万錠ウメコは、「“良い知らせ”みたいだわ」と言ってメンテナンス室を後にした。


 そのすぐ後に、俺の左義腕のメンテナンスも終わった。


 だから俺は今、サイバーダイブチェアから起き上がり、シノブと二人っきりで対面している。




 モニターやコンピューターの光だけの薄暗いメンテナンス室の中で、月影シノブは言う。


「二人っきりになっちゃいましたね……」


 そして彼女は、もじもじしてうつむき手遊びを始めた。


 そんなシノブの様子を見て、俺は居心地の悪さを感じていた。


その理由は、もちろん――月影シノブが俺に惚れている事を知ったからだ。


 そして俺は自分に問い掛ける。


『俺は、このの事が好きなのか……?』


 そんな事を考えながら、彼女の様子を見ていた俺だったが……


彼女の左手のいつもと違う様子に驚いた。


 俺は手遊びを続けるシノブの指を見つめたまま、驚いた声で言う。


「シノブ?どうしたんだ?

その左手?

 包帯だらけじゃないか?」


「包帯??

ああ。これは、“バブみ料理”の練習……じゃなかった!!!

 て、てか!!

 そんな目でじっと見ないで下さい!!

プロデューサーさんの”エッ”!!」


「なんで手を見たらいけないんだ?

 それに、なんだよ……?

 ”エッ”って?」


「”エッチ”の略語です。

 『プロデューサーさんのエッチ!!』と言ってしまうと、少々失礼かな?と思いましたので……”エッ”と略しました。

卵達エッグスでなら、普通に通じるんですが……」


「そこまで言うなら、もう全部言って欲しいところだな」


「そうですか。分かりました……。

それなら、もう一度言います……

 プロデューサーさんの!!

”ロリコン変態ハーレム主人公”!!!!」


「いや、ちょっと待て。

 ”さっきの3倍の悪口”で、ぶん殴られたような気分になったんだが……。

ていうか、やっぱ、シノブですら……

俺の事を”ハーレム主人公”だと思っていたのか……」


 と俺とシノブが、いつものごとく漫談まんだんを繰り広げているところで、万錠ウメコが黄泉川タマキを連れてメンテナンス室に戻ってきた。


 万錠ウメコは、手に持った書類を見せながら言う。


「証拠の解析が早めに終わったわ。

 今、FAXファックスで結果が来たわよ」


 その、FAXファックスという言葉を聞いた月影シノブが、なぜか恥ずかしそうな顔になる。


「ふぁ……ふぁっく……す……?

 お姉ちゃん……急に下ネタですか……。

 今、私……そういう気分じゃ無いんですが……」


 万錠ウメコがすかさず突っ込む。


「下ネタじゃないわよ。

 FAXは、電気信号を使った古式ゆかしい画像送信方法よ。

西奉行所本所・・の電脳化が遅れに遅れてるから、重要書類はFAXで来るのよ」


 ひととおりツッコみ終わった万錠ウメコに、俺は質問する。


「それで……そのFAXに、

 昨日の現場検証でSABIちゃんが見つけたAI BASARAばさらの情報が記載されている訳か」


「そうね。BASARAばさらを使用した”容疑者”の名前が記載されているわ」


 月影シノブが言う。


BASARAばさらって言うと……

 一昔前に流行ったアイドル用の”電脳戦特化AI”ですね?」


 俺が驚いて言う。


「シノブが知っているのか?」


 シノブはチャコールグレイの制服の胸に手を当て、自信満々の笑顔で言う。


「学攻の授業で習いましたから!!」


 ”アホ”……じゃなかった、”天然系”のように見える月影シノブだが、授業はちゃんと理解できるタイプの女子攻生のようだ。


 万錠ウメコは、FAXを見ながら言う。


「予想通りと言うか……SABIちゃんの分析どおり、

BASARAはカスタムされていたから簡単に使用者を特定できたみたいね?

 えっと……使用者の名前は……

NANAなな USAMIうさみ……って書いているわね?

 変わった名前ね……?」


 その名前を聞いた俺は、月影シノブの顔を見て言う。


「シノブ??

『なな うさみ』って言うと……

あの!兎魅うさみナナの事じゃないのか!?」


 シノブも緑色の大きな目を見開いて言う。


「ええ!!プロデューサーさん!!

そうに違いないです!!

 あの!!兎魅うさみナナちゃんの事です!!!!」


 万錠ウメコがFAXを右手で持ったまま、Dカップの下で腕を組んで言う。


「二人で興奮して……誰のこと?」


 黄泉川タマキがいつもの微笑みで、”所長様”に説明する。


「おそらくナユタさんとシノブちゃんが言われているのは、R18アイドルの兎魅うさみナナちゃんの事では無いでしょうか?」


 シノブは、ぴょんぴょんジャンプして食い気味に言う。


「そうです!そうです!!

タマキさんのおっしゃる通りです!!

 R18アイドルの兎魅うさみナナちゃんです!!

こないだプロデューサーさんと話をしていたんです!!」


 その言葉を聞いて、万錠ウメコが怪訝な顔で俺を見る。


「ナユタ君……シノブとR18アイドルの話で盛り上がっていたの?」


 俺は否定する。


「非常に誤解があるが、断じてそういう訳じゃない。

 俺はプロデューサーとして興味があったから、兎魅ナナの事をシノブに聞いたんだ。

 な?シノブ??」


 シノブが何故か、そっぽを向いて言う。


「そうでしたっけ……?

 あの時のプロデューサーさん……なんか私に、VFのお話を熱弁されていた気がするんですが……」


「おい。やめろシノブ。

 変な時に天然を炸裂させるな」


 その様子を笑顔で見ていた黄泉川タマキが言う。


「あらあら。まあまあ。

ふふ。

 みなさん”発情中”で、微笑ましいですね?

もちろん私も、ナユタさんに発情中ですよ?」


「頼むからタマキは黙っていてくれ」


 万錠ウメコが、空いた左手を顎に当てて考えながら話題を戻す。


「ともかく……兎魅うさみナナがアイドルなら……

身柄の確保は、少し面倒ね……?

 AIによりサイバーネット上の追跡が、複雑にガードされている筈だわ。

いや……でも、彼女のBASARAは、”ザル”だったわね……。

WABISABIを使って少し時間を掛ければ、簡単に追跡出るかも」


 黄泉川タマキが少し真面目な顔になる。


「しかし、事態は急を要するのでは無いですか?

たしか被害者は、キチク芸能社の社員だったはず……

 時間を掛けて追跡をしていると、兎魅うさみナナちゃんが殺害される可能性が高くなります」


「確かに。そのとおりね……。

キチク芸能者が既に動いている事も考えられるわね……。」


 ここで月影シノブが発言する。もちろん何故か挙手をしている。


「良い方法があります!!」


 万錠ウメコが月影シノブに体を向ける。


「”良い方法”?何かしら?」


兎魅うさみナナちゃんは今日!

配信を行う予定だそうです!!

そしてナナちゃんは、

放送終了後にプレミアム会員向けに”良い事”をします!!」


「良い事……?

って……何の事?」 


「おそらく、ナナちゃんの良い事とは、高確率で……

”プロデューサーさんが好きなヤツ”です!!」


 それを聞いた万錠ウメコは、得心とくしんした様子で、うなづきながら言う。


「ああ……。なるほどね……。

”ナユタ君が好きなヤツ”ね??」


「ええ。そうです。

”プロデューサーさんが好きなヤツ”です!!」


 ここで俺は、ツッコむ。


「ちょっと待て。

姉妹で勝手に『俺の好きなヤツ』で納得するな。

 何の事だか分からないんだが?」


 万錠ウメコは、腰に手を当てて例のごとく”ブラック女神笑顔”で言う。


「私達が言っている『ナユタ君が好きなヤツ』と言うのは……

 ”VF”の事よ。」


「”VF”……だって?

”VF”って言うと、バーチャルファッk……じゃなく、電脳世界で”R18な事”をする奴だな?

しかし、それが……兎魅うさみナナの追跡とどう関係があるんだ?」


 黄泉川タマキが説明する。


「”VF”中は、兎魅うさみナナちゃんの電脳と直接的にコンタクトが可能になります。

もちろん通常の方法では不可能ですが、WABISABIであれば簡単に兎魅うさみナナちゃんの個人情報を閲覧する事ができます」


 そして月影シノブが、自信満々に続ける。


「ですから……今回の作戦は、

『”VF”に潜入してナナちゃんの居場所を突き止めよう』作戦となります」


 俺が質問する。


兎魅うさみナナの”VF”に潜入する……だって??

どうやって、やるのかも分からないが……

それより、何より……

その潜入作戦をするのって、もしかして……」


 万錠ウメコがニッコリと笑う。


 もちろん、”ブラック女神笑顔”だ。


「一人しかいないじゃない?

もちろん、ナユタ君よ。

 兎魅うさみナナの”VF”への潜入捜査。

お願いするわね?」

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