60話 インストール2

 俺はLP(Love Points)を調べる事で、自分とシノブが”相思相愛”の関係である事にきづいた。マジかよ……。


そこに、万錠ウメコが乱入?して来た訳だ。


 ちなみに俺の左義腕のメンテナンスは、まだ終わっていないらしく、内部の機械がき出しの状態だ。


ほの暗いメンテナンス室の中で、メンテナンスアームの規則的な稼働音だけが響いていた。



 俺は万錠ウメコの突然の登場に焦りつつも、推察した事を質問する。


「もしかして、あんた……知っていたのか?

 この……”俺のLP”について……」


 万錠ウメコは、メンテナンス室の青色の照明に照らされながら歩いてくる。


 そして彼女は俺の座るサイバーチェアの肩に手を置く。彼女のブロンズ色のネイルが、鈍く光った。


「もちろん。知っていたわ。

 WABISABIの中のデータを、所長である私が知らない筈ないじゃない?」


「じゃあ、俺とシノブのLPが最大値カンストに近い事についても……?」


 万錠ウメコは、いつもどおりの”ビジネス用の笑顔”だった。


「もちろんよ。

ナユタ君がロリコン……じゃなかった、”守備範囲が広い”男性であることは、とっくに理解していたわ」


「じゃあ、シノブの気持ちの事も理解していたのか?」


「ええ。当然よ。

実のところを言うと……シノブは、あなたに”一目惚れ”をしていたのよ」


「シノブが……一目惚れ??……まさか?」


「本当よ。

 シノブは純粋だから……。

あなたに病院で最初に命を救ってもらった時に、既にあなたに惚れていたのよ」


「それを、あんたはいつ知ったんだ?」


「ナユタ君とシノブが初めて配信した日ね」


「シノブは、LPの事を知っているのか?」


「もちろん知らないわ。

シノブがLPの事を知っていたら、あなたに真剣に恋心を抱けないじゃない?」



 彼女のその答えを聞いて俺は「じゃあ……」と言ってから、言葉をつぐんだ。


 しかし万錠ウメコが、俺の言葉を引き継いで言う。


「じゃあ……”どうしてあんな事をしたのか?”……ってナユタ君は私に聞きたいの?」


 彼女の表情は、変わらず笑ったままだった。


 俺は言う。


「まあ……そうだ……。

だが、しかし……

 もういい……」


「”もういい”ってどういう事?」


 万錠ウメコは笑っていた。


 だから、俺は腹が立った。




 ……つまり万錠ウメコは、シノブが俺の事に惚れている事を理解していながら俺と接吻せっぷんした訳だ。


その理由が何なのか……今は、考えたく無かった。


 それよりも何よりも俺は、彼女の「人の心をもとあそぶ」ような態度に腹が立った。


 そんな俺は、万錠ウメコから視線を外して言う。


「”もういい”って俺が言ったのは……

俺があんたの事を、信用できなくなったからだ」


 万錠ウメコの表情は見えない。


いや、むしろ、この瞬間の俺は彼女の事を見たくなかった。


 万錠ウメコは声のトーンを少し落として言う。


「そう……。

ナユタ君……。

私の事を信用できなくなったのね……」


 怒りが収まらない俺は続ける。


「ああ。

俺はあんたの事が信用できなくなった。

 当たり前だが、LPの事だけじゃない。

こないだの会議の事だってある。

WABISABIの目的についてもそうだし、シノブの”エモとら”の事だってそうだ。

 あんたは何故いつも、俺に重要な事を教えてくれないんだ?」


 万錠ウメコの表情は真顔になり、俺達の前にあるモニターの方を向いた。


 彼女は呟くように俺に聞く。


「それじゃあ……。聞くけれど……。

私が最初からあなたにWABISABIの全てを説明したとして……。

 ナユタ君は、紫電セツナとの戦闘の時に”エモとら”をすぐに決断できたと思う?」


「そ、それは……」


 と言って俺は考え込んだ。


 確かに万錠ウメコの言うとおり、

前回の紫電セツナとの戦闘で俺がシノブの”エモとら”を許可したのは、”エモとら”の真の目的を俺が理解していなかったからだ。


 もし、”エモとら”の真の目的――「アイドルを戦略兵器として使う」――を知っていた場合、俺はあの時、”エモとら”を使う事を悩んでいたかもしれなかった。


 そんな俺の考えを見透かしたのか、万錠ウメコは言う。


「あの時にナユタ君が、エモとらの使用を躊躇ちゅうちょした場合……

もしかすると、あなたもシノブも無事では済まなかったかもしれないわ?」


「それは確かに……あんたの言うとおりだが……しかし、それは”結果論”だ……」


「もちろん”結果論”よ。

 それでも、今ナユタ君が生きているのは”事実”よ」


 万錠ウメコは、俺の前にある壁掛けの大きなモニターに向かって歩く。


そして彼女は歩きながら話を続ける。


「それに……。

ナユタ君がシノブの気持ちを理解していたとして……それでもあの時、戦闘に望む事が出来たと思う?

 まあ……でも多分……

今のあなたなら、それは出来ると思うけどね……」


「何故、そう思うんだ?」


「私に聞かないで。

その理由は自分で考えて。

 感情なんて物は、その人にしか理解できないものなんだから」


 俺から背を向けた彼女の表情は見えなかった。


 万錠ウメコは、モニターに映されたLPの一覧表を見上げて言う。


「ともかく、今あなたに覚えていて欲しい事は……

このLPはただの親愛度じゃなく、私達の命すら左右・・・・・する物なの」


 俺は彼女の後ろ姿に聞く。


「どういう事だ?」


「”エモとら”はLPが減少した時に使え無くなるからよ」


「減少するのか?LPは?」


「ナユタ君だって、さっき私に言ったじゃない?

『あんたの事を信用できなくなった』って。

……つまり、そういう事よ」


「という事は……俺がシノブに嫌われたら・・・・・

シノブは”エモとら”出来なくなるのか?」


「そんな単純な話じゃないわ……」


 万錠ウメコは腕を組んでモニターから目を離し、横を向く。


 そして続ける。


「シノブのナユタ君への恋心・・が無くなったら、エモとらは発動できなくなるのよ」


 俺は驚く。しかし、反論する。


「な、なんだって……だが……

”エモとら”が無くても……俺にはパンツァーがある」


「パンツァーだけで紫電セツナのようなアイドルに勝てるの?

あなたは知らないかもしれないけれど……シノブが人気になった今、紫電セツナのようなトップアイドルに、シノブが襲われる可能性だってあるのよ?

 それでもあなたは……”エモとら”に頼る事なく闘えるの?」


「そ、それは……」


 万錠ウメコは、横を向いたまま続ける。


「だから……ナユタ君。

絶対に忘れないでね?……」


 そして、万錠ウメコは俺の方を向く。

モニターの光で影になった彼女の姿は、よく見えなかった。


「シノブを守る為にも……

あなたの命を守る為にも……

あなたは、ずっと、シノブに恋心を抱かせていないといけないのよ」


 その万錠ウメコの話を聞いた俺は「フザケてる……」と言おうとした。


しかしその前に、メンテナンス室の入口の方向から少女の声・・・・が聞こえて来た。


モニターに表示されていたLPの一覧表を、万錠ウメコがWABISABIをコールして消す。


 そして、”少女の声”は言う。


「プロデューサーさーーん?

おねえちゃ……じゃなく、しょちょうーーー?

メンテナンスしつに いるんですかーーーーー??」


 その声のすぐ後に、チャコールグレイの学攻の制服を着た月影シノブが現れた。


シノブは手櫛てぐしでセミロングを整えながら、言う。


「どうしたんですか?

 薄暗いメンテナンス室の中で、プロデューサーさんとお姉ちゃん二人っきりで……」


 と言った月影シノブは、「ハッ!!」と言ってその場に固まった。


そしてシノブは「も、もしかして……」と言いながら、メンテナンス用アームに囲まれた俺の左義腕を指さして、震えながら言う。


「プ、プロデューサーさん……も、もしかして……。

お仕事で、大失敗をして……。

お姉ちゃんに……ご、拷問を受けているんですか?」

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