56話 現場検証に行こう3

 黒髪ボブで”メガネ理系ロリ”のツバキは、俺の顔を見て、こういった。


「それにしてもナユタ……。

 あんたって……

 ”お岩さん”みたいな不気味な顔してるんやな……」


 だから俺は、そのことを説明しようとしたが、ここで万錠ウメコが慌てて割って入る。


「た、大したことじゃないのよ。

 ナユタ君の顔の事は!!

 ちょっとつまづいて、顔を打ったの。

 そうよね?ナユタ君??」


 その意見ついて俺は、猛然と反抗する。


「なに言ってるんだ?

 俺のこの顔は、あんたが足で蹴飛ばし……いたっ!!」


 唐突な足の痛みで、俺の意見はさえぎられた。


思わず下を振り向くと、俺のブーツに、何か鋭利な物で踏まれたような跡が付いていた。


 どうやら万錠ウメコが例のごとく、俺の足をピンヒールで踏んでくれた・・・みたいだ。


 彼女のピンヒールの痛みに俺は慣れてきて、少し快感を感じ始めていたが……首を振り正気に戻る。


いやいや、まてまて……またもや変態属性が1つ増えるじゃないか……。


 ロリコンに加えてマゾまで加わると、いよいよ取り返しがつかないキモヲタになってしまうぞ……。


そんな感じで、俺が新たなるへきの目覚めに恐怖を感じ始めたところで、万錠ウメコが会話を本題に戻す。


「ナ、ナユタ君の顔のことは、ともかくとして……。

 あらためて、現場検証を始めましょう?」


 万錠ウメコのその提案に対して、ツバキはイタズラ顔で同意する。


「せやな。

 うちもさっさと、仕事を終えたいしな。

 それに、こんな場所で”夫婦漫才めおとまんざい”を見てても、しゃあないしな」


 と言いつつ、ツバキは俺の横に来て俺に耳打ちする。


『ナユタ……。

 あんたも。えらい女に目を付けられたな?

 ウメコは、正真正銘の――天然の――マジもんの――”魔性の女”やで?

この女に惚れるんやったら、覚悟しといた方がええで?』


『お、俺が?

 万錠ウメコに!?

 惚れてなんていないぞ?』


 ツバキは、ニヤニヤと笑いながら言う。


『ふーん?そうなん?……。

まあ、ナユタもそう言うんやったらええわ。

 まあ、とにかく……ウメコは狙った獲物は外さへん。

数々の女の子がウメコに落とされた――”生粋のハンター”や。

 よう注意したほうがええで?』


 と俺に忠告をしたツバキは、次の現場に歩を進めながら、ボソッと独り言をいう。


『でも……うちの知るかぎり……

「獲物」が男なのは、初めてやな……』


 ツバキのそのセリフに対して、俺は喜べば良いのか、恐怖すれば良いのか分からなくなった。




――――――――




 現場は、まさしく……“惨状”だった。


 ”瑠璃穴ルリアナオオエド”の裏口の、びた茶色の縞鋼板しまこうはんの床には、頭の無い人間のしかばねが2体転がっていた。


さらに、しかばねを中心に円形に血や肉が飛び散り、赤黒い塊となって周囲にこびりついている。


そして、締め切られた空気は重くよどんでいて、血の匂いがまとわりついてくるようだった。


その凄まじい部屋の様子に、死体に慣れていた俺でさえも、吐き気をもよおした。


 まず最初に、俺が口を開く。


「いったい……何をどうすれば、こんな事になるんだ??」


 右手の甲で口を押さえた万錠ウメコが、続く。


「これは……

 頭の内部から破裂しているの?」


 ツバキも顔をしかめながら説明をする。


「凄いやろ?

 うちもこんな死体は初めて見たわ

 もちろん、凶器は不明や」


 万錠ウメコがツバキに質問する。


「事情聴取はしたの?」


「居合わせてた奴らに話は聞けたけど、

 サッパリやったわ。

なんせ急に人間の頭が破裂したんやから、大体がパニックになってる」


「監視カメラか、目撃者の電脳の記録は?」


「目撃者の電脳の記録の提供は、今は無理やな。

全員どっかに行ってもうたみたいやわ。

 監視カメラの記録については、消されてる・・・・・


「監視カメラの記録が消されてるのが不可解ね?」


「ウチもそう思うわ。

監視カメラのデータを鑑識に回すか?」


「いえ、今、WABISABIで解析にかけるわ」


 そう言った万錠ウメコは、WABISABIをコールする。


「へい!!SABIちゃん!!」


 そうすると俺達の目前にSABIちゃんのホログラムが現れた。

相変わらずのツインテールロリだった。


 まず最初に、SABIちゃんは俺に向き合った。しかし、その笑顔の視線は少し冷ややかだった。


「あら?ナユタ?久し振り・・・・ね?」


 俺はSABIちゃんに言う。


「それを言うなら、数時間振り・・・・・……だろ?」


 SABIちゃんの冷ややかな態度に俺は、少しビビった。


なぜなら、SABIちゃんは俺の会議中の暴挙——“ロリコン罵倒ばとう退室”を知っているからだ。


 この場で、何か下手な事を言わないだろうか?


まあ……俺の自業自得なんだが……。


しかし、さすがに赤っ恥はかきたくない。



 SABIちゃんは言う。


「あんたのさっきの“活躍”で、アタシの西アイドル事務所での使用許可が正式に降りたのよ。

 おめでとう」


 俺は、驚いて万錠ウメコに聞く。


「そうなのか?」


 万錠ウメコが、答える。


「ええ。そうよ。

 織姫ココロの移籍決定にともなって、私達 西アイドル事務所でも、SABIちゃんが使えるようになったわ」


「早いな。さっそくなんだな」


「WABISABIは『クラウドサービス』だから、簡単にサービスの開始ができるのよ」


 その説明をSABIちゃんが引き継ぐ。


「WABISABIの本体は、地球軌道上にある人工衛星よ。

 そこから無線通信でアンタ達の電脳で動いてるってわけ。

立派な『クラウドサービス』でしょ?」


 それを聞いた俺は、SABIちゃんに質問をする。


「じゃあ、無線通信ができなかったらWABISABIは起動できないのか?」


「当たり前じゃない。

 もしアンタが電波遮断されたら、アタシ達は起動できないわ。

 まあ、オオエドシティでそんな場所は、ほぼ無いだろうけど……」


 ここでツバキが話に割って入る。


「WABISABIの説明は今は関係ないやろ?

 さっさと仕事終わらせへん?

 うちは、そろそろタコヤキを食いに行きたいねん」


 ツバキは、ガバガバの白衣の腕を組んで少し怒っているようだ。


 そんなツバキの様子を見た万錠ウメコは「ごめんね。ツバキ」と言って、SABIちゃんに命令する。


「それじゃあ、SABIちゃん。

 ツバキも怒ってるし、仕事に戻って?

 この部屋の監視カメラを解析してちょうだい。

 記録を消した者の痕跡を知りたいの」


 SABIちゃんは細い腰に片手を当て、ロリな笑顔で答える。


「分かったわ。ウメコ。

 記録消去の痕跡ね?

 お安い御用よ

サイバーネットにダイブしてくるわ」

 

 SABIちゃんのホログラムは、ノイズに覆われながら緑色にフェードアウトして、電子の海に消えた。

 



—————




 死体の前で、SABIちゃんを待っているのもアレだったので、

俺達は裏口から店内にもどり、クラブのフロアにいた。


ちなみにツバキは仕事の続きがあるらしく、裏口に残った。



 店の営業は停止しているが、DJブースや天井には少しだけ照明が付けられていた。


このような『陽キャの根城』みたいな場所には、俺は来た事が無い。


 正直に告白すると、ちょっと怖い。


誰かが唐突に「ウェーイ」とか言って、ハイタッチしてきそうだ。



 そんな“ 陽キャの根城”の中で、万錠ウメコは天井を泳ぐこいのホログラムを見ながら呟く。


「たまには、こんなところで大きなノイズに呑まれて、日常を忘れたいわね」


 それを聞いた俺は、驚愕の顔で万錠ウメコに聞く。


「もしかして……あんた、踊れる・・・……のか?」


踊れる・・・……?

 質問の意図がわからないけれど……。

 まあ……踊る・・けど?」


「この!パリピがッ!!!」


「なんで急にののしられないといけないのよ。

 それに『パリピ』は悪口にならないわよ」



 と俺と万錠ウメコが話していると……


 SABIちゃんが、俺達の前の空間に戻って来た。


ツインテールを右手で整えながら、SABIちゃんは言う。


「思ったより手こずったわ」


 万錠ウメコが聞く。


「何かあったの?」


「ネットワーク上に“対AI用ウィルス”が仕込まれていたの」


 俺が驚く。


「大丈夫だったのか!?」


 SABIちゃんは、ぺったんこの胸を張って答える。


「当たり前じゃない?

ヒノモト最強の戦闘AI WABISABIのアタシなら、造作もなく突破できたわ。

『ちぎっては投げ、ちぎっては投げ』のワンサイドゲームよ」


 万錠ウメコがSABIちゃんに聞く。


「それで成果は?」


「監視カメラのデータの復旧は出来なかったけれど、データを消した相手は分かったわ」


 俺が聞く。


「監視カメラのデータを消したのは誰なんだ?」


「電脳戦特化型AI BASARAばさらね」


BASARAばさら

 SABIちゃんみたいな戦闘AIか?」


「量産型とアタシを一緒にしないで!!

 ののしるわよ!!」


 美人ロリAIの罵りは、ご褒美でしかないが……それはともかくとして俺は聞く。


「なんで怒ってるのか分からんが、

ともかくそのBASARAって奴はどんなAIなんだ?」


「少し前に流行ったタイプのAIね。

 主にアイドルの護衛用のAIよ。

電脳戦能力は、アタシと同程度だけど……

 物理的な戦闘能力は、おかざりね。

アタシの足元にもおよばないわ」


 万錠ウメコがSABIちゃんに質問する。


「じゃあSABIちゃん。そのBASARAというAIを追跡して、使用者の手掛かりは掴めないかしら?」


 それを聞いたSABIちゃんは、うつむいて顎に手を当て、少し思考する。


SABIちゃんは、ぺったんな胸から露出したコアを数回点滅させたあと、言う。


「BASARAは、”量産型”の汎用AIだから、追跡にちょっと時間がかかりそうだけど……

 西奉行所のハイパーコンピューターを使って、3日程度ね」


 万錠ウメコが言う。


「それじゃあ、ツバキにもう一度、お願いしようかしら……」


 その言葉をSABIちゃんが遮る。


「いえ……。ちょっと待って。

 このBASARA……カスタムモデルみたいだわ?

 このBASARAの使用者、アホなのかしら?」


 俺がSABIちゃんに聞く。


「なぜ使用者がアホなんだ?」


「電脳戦特化型AI BASARAは、匿名性が武器よ。

 カスタムして特徴があれば、簡単に追跡が出来ちゃうじゃない?

そんな事をすれば、電脳戦で不利になるわ」


「ああ……だから、このBASARAの使用者がアホって事なのか……」


「まあ……そのお陰で、アタシ達が簡単に追跡が出来そうで助かるんだけど」


 それを聞いた万錠ウメコが嬉しそうに言う。


「それじゃあ、追跡はすぐに終わるわね?」


 同じように笑顔になったSABIちゃんが言う。


「ええ。明日の昼には、BASARAの使用者が判明する筈よ。

アタシが今から、西奉行所のハイパーコンピューターで解析にかけてくるわ。

 楽しみに待っていて。ウメコ」




 こうして、手掛かりを1つ得た俺達は、現場検証を終えることになった。


地下にあった”瑠璃穴ルリアナオオエド”から地上に出た俺は、大きく深呼吸をする。


「ふーーー。

 ”陽キャの根城”にいて、息が詰まったぜ。

 やっぱ、外の空気は美味しい」


 そんな俺を、呆れた様子で見ながら万錠ウメコは言う。


「あなた……どれだけ、陽キャを目のかたきにしているのよ」


 俺は、万錠ウメコに向き合って話題を変える。


「ところで……もう夕方になったな?

 今日は、直帰しても良いか?」


 万錠ウメコは、ビジネス笑顔で答える。


「いいわよ。仕事が残っていないのならね?」


「大丈夫だ。仕事は残っているが、明日の俺が頑張る」


「知らないわよ?

 そうやって明日が地獄になっても」


「俺は、生粋きっすいの江戸っ子だ。宵越しの仕事は考えない主義なんだ」


「そんな江戸っ子、聞いたこと無いわよ……」


 そして、万錠ウメコは俺の前まで歩いてきて、腰の後ろで手を組み、少し前屈みになって俺を見上げる。


 その彼女の姿勢で、俺は昨日の夜に見た、彼女のちょいエロパジャマの姿を一瞬思い出した。


 そして、上目遣いのイタズラ笑顔で万錠ウメコは言う。


「あるいは……今日も・・・私と二人・・で……呑む?」


 突然の彼女の妖艶ようえんな雰囲気に、俺はキョドる。


「は!?え!?」


 慌てる俺の様子を見た万錠ウメコは、何かに満足をしたようで「ふふふ」と笑う。


 そして、サラサラの青髪ロングをたなびかせて後ろを向き、言う。


「ウソよ。

 私はまだ残務ざんむがあるから、事務所に帰るわ。

 だから、あなたとは、ここでお別れ。

 お疲れ様。ナユタ君。」


 と言って、万錠ウメコは自分のHOYODA 紫色のGT3000スポーツ Type Zカー颯爽さっそうと歩いていった。



 だから俺は、彼女の後ろ姿に見惚れながら思った。



 やはり!

万錠ウメコは、ただの「腹黒ブラック女神」では無い!!



万錠ウメコは……「ブラック肉食系 腹黒女神」だ!!!!!



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