54話 現場検証に行こう1
「終わったな……俺……。
やっぱ、クビかな?……」
会議を途中退席した……っていうか逃げだした俺は、東奉行所のVTOL発着所にいた。
そのむかし「線路」と呼ばれたこの場所は、高架になっている。
落下防止のための朽ちたフェンスに近付くと、オオエドシティの北を取り囲む山々が、よく見えた。
やや湿度の高い晩春の風が、俺の着物の袖をばたつかせた。
梅雨入りまえの今の時期なら、この場所で酒を呑んだら気持ちよさそうだが、今はそんな気分では無い。
色んな感情が入り乱れて、吐きそうだ。
だから俺は、マリアナ海溝よりも深いため息をつく。
「なんで俺は、こうもアホなんだ……」
会議の場で、自分の感情をぶつけて暴言を吐きながら退席するヤツなんて、早々いるもんじゃない。
そんな奴は、ただの空気が読めないアホだ。もちろん俺の事だ。
もしかしたら、俺の唯一の味方であるお前達にも、愛想を付かされるかもしれない。
だって俺は……
担当アイドルである月影シノブのユニット結成の会議を、台無しにしたんだからな……。
シノブは、残念がるに違いない。
万錠ウメコも、怒るだろうな……。
減俸で済めば良いんだが、最悪、解雇もあり得るんじゃないだろうか?
きっと、罵られるに違いない……。ワンチャン、ピンヒールで踏みつけにされるかもしれない。
それはある意味、ちょっとだけ……ご褒美かもしれないが……。
そんな俺が、VTOL発着場をとぼとぼ歩いていると、後ろから誰かに声を掛けられた。
「誰かと思ったら……
さっきの、”お岩さん”みたいな顔の兄ちゃんじゃねぇか?」
そんな「ゴリラみたいな声」の呼びかけに振り返ると、そこには「ゴリラみたいなジジイ」がいた。
「あんたは……えっと……」
「覚えてくれよ。さっき会ったばかりじゃねぇか?
俺はイワゴロウだ。守衛のイワゴロウだ」
思い出した。
こいつはイワゴロウって名前の守衛で、黄泉川タマキを見ると鼻の下が3~7cmほど伸びる、通称”ゴリラジジイ”だ。
そんなイワゴロウは、右手に持ったタバコの箱を俺に差し出しながら言う。
「どうだ?兄ちゃんも、一本吸うか?」
俺は絶賛、禁煙中だ。
しかし彼のタバコを見て、俺は無性に吸いたくなった。
「ああ……。すまない。
ありがとう。タバコ、貰うよ」
イワゴロウは「いいってことよ」と言って、安物のライターで俺のタバコに火を付けてくれた。
一息、吸い込む。
ひさびさに吸うタバコは、ニコチンで頭がクラクラして、苦くて煙たくて臭くてマズかった。
だから俺は、早々にタバコの煙を口から吐き出し後悔した。
何やってんだ?俺は……。
一方でイワゴロウは、美味そうに鼻から煙を出す。
「兄ちゃん……シケたツラすんなよ?
男前が台無しだぜ?」
「俺の顔を“お岩さん”と間違えたのは、あんただろ?
そんな俺の顔のどこが男前なんだ?」
「ハッハッハ!!
細かいことを言うんじゃねぇよ。社交儀礼ってヤツだ。
……ていうか、よ?
あんたのその顔……マジで、一体どうしたんだ?」
「ああ……」
そういえば、いまさらになって思い出したが……
俺は、自分の顔が「お岩さん化」した理由を知らなかった。
月影シノブに起こされた朝の段階で、すでにこの顔になっていたんだ。
おそらく、万錠ウメコだったら真相を知っているかもしれないが……。
しかし会議のことを理由に、俺は万錠ウメコに解雇されるかもしれない。
まあ……その前に自分の顔の真相ぐらいは、聞いても良いかもしれないな。
「理由は、知らないんだ。
でも、たぶん……俺の上司が知っている」
イワゴロウは考えながら、俺に質問する。
「あんたの上司って言うと……
あの……”万錠様の娘”か?」
「え!?
”万錠様の娘”って……イワゴロウさん。
あんた……知っているのか?
万錠カナタの事を?」
「知ってるも何も……
昔から奉行所で働いているヤツで、知らねぇ奴はいねぇよ。
カナタ様は
どうやら万錠カナタは、ゴリラジジィでも知るほどのマッドサイエンティストだったらしい。
「娘のことも、ちっせぇ頃から知っているぜ?
カナタ様に連れられて、ほうぼうを出入りしていたからな?」
「そうなのか……。
万錠ウメコは父に連れられて、昔から奉行所に出入りしていたのか」
「ああ。『おとうしゃまー』とか言って、メチャクチャに可愛かったんだぜ?
それにしても、あの娘……メチャクチャ”いい女”になったな」
それについては、俺も激しく同意する。いわゆる「
万錠ウメコを形容する言葉は、「美人」とか「美女」とかじゃ無く「いい女」が一番しっくりくる。
「あんたも嫁を貰うなら、ああいう『いい女』にしろよ?
気の強い頭が良い女なら……安心して”背中を任せられる”」
ちょうど俺達がタバコを一本吸い終わったところで、
俺の網膜ディスプレイ上にアラートがポップアップした。
俺の目の前の空間に、WABIちゃんがホログラムとして出現する。
「ナユタ様。
ウメコ様から、緊急の音声通信が入りました」
俺がWABIちゃんの美人スマイルに癒されたのも束の間、俺は“万錠ウメコ”の名前にドキッとした。
『緊急の音声通信』って何なんだ?俺、やっぱクビになるのか?
「緊急の音声通信って……もしかして……さっきの会議のこと?
……俺……怒られる?」
「申し訳ございません。
ワタクシは内容までは、把握しておりません。
いかがされますか?
ウメコ様との音声通信を開始されますか?」
今回ばかりは、出来ればこの音声通信には出たくなかったが……
しかし、これは仕事だ。
通信に応答するしか無いだろう。
だから俺は、”上司”に罵声を浴びさせられる覚悟を決めて、WABIちゃんに言う。
「分かった。WABIちゃん……。
音声通信を開始してくれ」
その瞬間、俺の網膜ディスプレイ上に【 万錠ウメコ / 音声通信 】と表示された。
そして、うれしそうな女性の声が俺の電脳内にひびいた。
「ナユタ君!
初めての会議にも関わらず、良くやったわ!!」
「え?」
「さっき、タマキさんから連絡があったの。
アカラさんが、織姫ココロの移籍を快諾したそうね?
まさか、こんなに早く決まるなんて私の予想以上の成果よ。
さすがナユタ君だわ!」
「はい?」
「今回のあなたの成果を
次は、すき焼きなんて良いと思わない?」
「え、え?……す、すき焼き……?
俺……
また、なんかやっちゃいましたか?」
「なに?その……大衆向け娯楽小説のコピペみたいな言葉……。
ともかく、ありがとう。ナユタ君。
シノブと織姫ココロのユニット結成は、
「え?あ……ああ。
そ、そうなんですね……。
あ、ありがとうございます」
この時の俺は、事態をまったく理解できていなかったが、とにかく「いい女&上司」である万錠ウメコに褒められて、加えて、公費ですき焼きを食べれるチャンスにも恵まれて、かなり嬉しい気分になった。
よく分からんが、俺は快挙を成し遂げたんだ。
ここは素直に喜んでおくべきだろう。まあ……よく分からんが。
そして万錠ウメコは、話題を変える。
「それで……私がナユタ君に音声通信をした理由は、それだけじゃないの。
事件が発生したの」
「事件だって?
どんな事件なんだ?」
「ニューシンジュクのバーで、二人の男の頭が急に破裂したの」
「男の頭が突然、破裂しただって??
なぜだ?
テロリストか?シリアルキラーか?」
「理由は、分からないわ。
ただ被害者は、キチク芸能社の社員みたいね」
「キチク芸能社っていうと……
超絶ブラックなメガザイバツだな」
「ええ。政治と軍事と芸能を陰で操る、キチク芸能社よ。
もし今回の事件がヤツらの不利になるような事件であれば、捜査妨害が入るわ。
だから、キチク芸能社が現場に到着する前に、捜査を終えたいのよ」
「つまり……あんたは、俺を捜査に向かわせるために、
緊急の音声通信を俺にしたって訳だったのか……。
良かった……。
死ぬほど
「なんで私が、ナユタ君を罵らないといけないの?
あなたの中で、私のイメージってどんな感じになっているのよ……」
「ともかく、分かった。
現場の場所を教えてくれ」
「すでに、そこにあるVTOLのナビに現場の位置情報を登録しておいたわ」
「現場には、黄泉川タマキも連れて行くのか?」
「タマキさんは
「黄泉川タマキの
「大丈夫よ。
タマキさんはサイボーグだから、イザとなれば時速30kmで走れるわ」
「マジか」
「タマキさんは短距離ならホバー移動すら可能よ」
「マジか」
「とにかく、現場には私も行くわ。
ナユタ君が付近に到着したら、連絡をちょうだい」
「分かった。場所はニューシンジュクだな」
こうして俺は東奉行所を後にして、事件現場であるニューシンジュクに向う事になった。
そういえば初めてだな……。俺が、「現場検証」に行くのは……。
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