52話 スカウトに行こう4

 「織姫ココロに、西アイドル事務所に移籍して貰いたいのです」——という俺のセリフを聞いたアカラは、眼鏡を片手で直しながら言う。


「なるほど。

ココロの移籍ですか……。

 お話を聞きましょう。

もちろん”奉行所全体”にとって、メリットがあるご提案なのでしょう?」


 一蹴されるかと思いきや、アカラは話を聞いてくれるようだ。


 ”変態のよしみ”って奴なのか?意外だな?


そうだとすれば、SABIちゃんに感謝しないといけないな。いや、まあ……俺は変態でもロリコンでも無いんだが。


 ここで、黄泉川タマキが少し身を乗り出す。

その横顔はいつもと違って、少しキリッとしていた。


普段の“痴女”とは違う、“所長代理”としての表情なんだろう。


「先のコラボ配信での戦闘結果は、アカラさんも既にご存じだとは思います。

 幣所の月影シノブと織姫ココロちゃんの共闘により、トップアイドルの紫電セツナと互角以上の戦闘を繰り広げる事ができました。

 これは月影シノブの、”エモとら”をもってしての戦果です。

加えて”エモとら”の発動は当所のプロデューサーである、こちらのナユタの電脳を使って初めて成しえた物です。

 よって織姫ココロちゃんの今後の活躍を考えた場合、西アイドル事務所への移籍は大きなメリットがあると考えています」


「確かにあの配信の中で、

シノブちゃんが”エモとら”出来た事に、拙者はとても驚きました。

 まさか……”エモとら”を成功させるなんて……」


 と言ったアカラは、俺に驚愕の眼差しを向けた。


「ええ。ナユタの電脳の性能は驚くべき物がありますので……」


 と言った黄泉川タマキも微笑みながら、俺の方を向く。

 そして、アラカが黄泉川タマキに聞く。


「それでしたら、彼の“素晴らしい電脳”の性能を用いれば……エモとらの安定的な稼動も視野に入るのでは?」


 黄泉川タマキがうなづいて答える。


「ええ。私も、そのように考えておりました」


 アカラは、嬉しそうな顔でそれに続く。


「エモとらさえ使う事ができれば、私がココロを引き留めておく必要は無くなります。

 ですから私もココロの移籍を、前向きに考える必要があるのかもしれませんね……。ははは」


 黄泉川タマキも微笑み、答える。


「ふふ。そうですか……それは、嬉しいお言葉ですね。ふふふ」


 ここまでの会話を俺は、唖然として聞いていた。


 その理由は、俺の理解が及ばない中で、いつの間にか織姫ココロの西アイドル事務所への移籍が決定しようとしていたからだ。


 しかも、俺の電脳が素晴らしい性能だって?


 コイツら、何の話をしてるんだ?


 だから、ここまで黙って聞いていた俺は慌てて発言する。


「ちょ、ちょっと待て。

あんた……それで、良いのか?」


 俺の質問を受けたアカラは、不思議そうな顔で答える。


「『それで良い』とは、どういう意味ですか?」


「あんたは、織姫ココロが居ないだけでぶっ倒れるぐらい、ロリコン……じゃ無い……思い入れが強いんだろ?

 そんなあんたが、織姫ココロを簡単に移籍させても良いのか?」


 アカラは少し微笑む。


「それに関しては、もちろん私だって辛いです。

 ココロは拙者の“酸素”ですから。

ですが……”大儀の為”であれば、それすら惜しくは無いのです」


「”大儀の為”……?」


 アカラは真剣な表情になり、身体ごと俺に向き直る。


「ナユタさん。

あなたは今のヒノモトをどう思われていますか?」


「ヒノモトをどうって……言われても……」


 アカラは咳払いをする。

その目付きには鋭さが戻っていた。


「数百年前から大戦前までは、この国は圧倒的な電脳技術で世界をリードする技術大国であり、世界覇権国家・・・・・・でした。

 しかしバイオロイド大戦後の今となっては、見る影も無い。

 国家運営はブリリカ国とソビカ国、さらにはメガザイバツに握られ、街は電脳ヤクザや倒幕新選組フレッシュギャング等が我が物顔で闊歩かっぽする無法地帯となっています。

 路上には孤児や浮浪者があふれ、昼夜問わず銃弾が飛び交っています。

これが、国家と呼べる形でしょうか?

 これが、かつて世界を制した国家の形でしょうか?」


 アカラが言っているのは、本当の事だ。

先の大戦――いわゆる「バイオロイド大戦」に負けて、この国は凋落ちょうらくした。


 表面だけ新体制となった腐敗しきったオオエド幕府。金のことしか考えないメガザイバツ。全ては、利権や汚職にまみれたクソだ。今のヒノモトは、そんな連中が国家を運営している。


「この国がクソみたいな国だとは、俺も思ってはいた」


「それでは、そんな国家の形を是正ぜせいするのが我々執行機関の役割だと思いませんか?

 そしてそれこそが、ヒノモト再興の一歩だと拙者は考えています」


「それは、まあ……確かに……あんたの言うとおりだな」


「ですから、あなたや、シノブちゃんや、ココロが、この国の執行機関に必要なのです」


「……言っている意味が分からないんだが?」


 アカラの言葉の意味を、黄泉川タマキが説明する。


「WABISABIが開発されたのは、”エモとら”を実用化する為なんです。

 つまり……先日シノブちゃんが変身したサイバーデビルのような『圧倒的な戦略兵器』としてアイドルを運用する為に、WABISABIは開発されたんです」


 俺は驚いて言う。


「ちょっと待て。

WABISABIは、パンツァーに対抗する為に万錠カナタが開発した技術だと、聞いていたんだが?」


 その質問にはSABIちゃんが答える。


「開発当初の目的としては、ナユタの言うとおりね。

 圧倒的な処理能力を誇るパンツァーに、圧倒的な武力で対抗する為にアタシ達――WABISABIは開発されたのよ」


「つまり……シノブや織姫は、

WABISABIを使って“エモとら”をして……

犯罪者集団や反体制主義者達と戦う為に、アイドルをしてるって事か……?」


 アカラは眼鏡を直しながら、爽やかに笑って言う。


「その通りです。

ナユタさんのおっしゃる通りです。」


 俺は言う。


「WABISABIの目的については分かった。

理解は出来ないが、納得はした。

 しかしそれよりも分からない事がある。

それが……

俺が個人的に、1番聞きたい・・・・・・事だ」


 俺は生身の右手で、自分の義手を握りしめる。


 右手は手汗で湿っていた。


 俺は話を続ける。


「……何故、アイドルじゃないといけないんだ?

エモとらするのが……どうして、シノブや織姫のような少女じゃないとダメなんだ?」


 アカラは答える。笑顔で。


「それは彼女達アイドルに、資本が集まるからですよ」


「……資本だって?……どういうことだ?」


 アラカはメガネの奥に、笑みを貼り付けたまま続ける。


「製造業が死に絶え、AI技術も他国に抜かれ、頼みのつなのメタンハイドレートも枯渇したヒノモトにおいて……

 文化として、あるいは産業として——

唯一価値がある物がアイドルなのです。

ヒノモトのアイドル達には、世界中から資本が集まって来ますからね。

 つまりヒノモト人が資本を得る為には、アイドルを利用するほかないのです。

 我々は国家機関ではありますが、例外ではありません。

 VTOLや各種兵器やカラクリ……。

そして……ヒノモト最強の戦闘AI WABISABI。

 それらを、管理運営する為には、莫大な費用が必要になります。

 つまり、我々執行機関が……

武力をもって権力を保つ為には、アイドルの存在が必要不可欠なのです。」


「……つまりは……

 俺達の立場を守る為に、アイドルが必要だと?」


「ええ。部分的には……

 そのように言えますね」


「つまりは……

少女である彼女達を戦闘要員として駆り出して、

腰痛部よーつーぶで視聴者数を稼がさせて……なおかつ……“エモとら”させて……

 『戦略兵器として利用』する事が、奉行所がヒノモトで執行機関として存在するためのすべだと?」


「ええ。否定はしません。

 我々は彼女達を、ある部分において『犠牲』とする事で、成り立っていると言えます」 


 これまで俺を見てきたお前達なら知っていると思うが……俺は時々キレるが、頻繁にはキレ無い。


仕事の為にバイクが爆発してもキレなかったし、無慈悲な残業にもキレ無いし、ボロ切れになって戦って昇給しなくてもキレ無い。


守銭奴のヤブ医者にもキレなかったし、

いつのまにか電脳が改造されていてもキレなかった。


 つまり何が言いたいかって言うと……俺は、人前でキレる事には慣れていない。


 そもそも、事なかれ主義で平和主義の俺としては、なるべく感情を表現したく無い。


感情を表現する事により面倒ごとが舞い込んでくる事を、軍務時代に嫌と言うほど味わったからだ。


 だから俺は、キレたく無かった。


 でもこの時は、キレるしか無かった。


 そんな感じで……キレる事に慣れていない俺は、肩をプルプルさせながら、こう呟いた。


「……フザケている……」


 アカラが言う。


「『フザケている』とは……?」


「お前も含めて俺もタマキも、それにこの奉行所の連中全員……大人だろ……?

 それが、なぜ?

 少女におんぶに抱っこで生きているんだ?

それが、何故?

 少女に命を掛けさせて平気なんだ?」


「それは……

流石に私も、良心の呵責かしゃくはあります。

ココロを奉行所から送り出す時は毎回、酸欠状態になり死にかけています」


「じゃあ、なぜ?

『利用価値』なんて、言葉が出てくるんだ!?

 じゃあ、なぜ?

織姫を移籍させて平気なんだ!?」


「勘違いされているようですが……

ココロの移籍については、私だってツライ。

しかし、それがココロにとって……あるいは、この国にとっての事であるからこそ、決断できるのです」


「うっせ!ロリコン!!」


「ロリコン……。

確かに、否定はしませんが……」


「俺は、無理だ!!

俺はシノブに恩がある。

 彼女は、クソで甲斐性なしの俺を認めて、俺の為に命を掛けて戦ってくれる大事な担当アイドルだ!!

 そんなシノブを手放す事なんて!

俺には簡単に決断出来ない!!

 お前も、そうじゃないのか?

お前も、そうだったんじゃないのか!?」


 全員が黙って俺を見てた。


 ヤバいことを言っている自覚はあったし、初対面の人間に『ロリコン』なんて言うのはダメだとは、理解していたが、それでも止まらなかった。


 なぜなら俺は、キレる事に慣れていない……

『二次元専門キモヲタ』であり、

『事なかれ主義者で』であり、


それより何より……

『月影シノブのプロデューサー』だからだ。


 だからそんな俺は、さらに“キレ散らかす”。


「お前達は、知らないかもしれないが……。

シノブは進んで“エモとら”をしたわけじゃ無いんだぞ!?

 彼女は、パンツを見せるだけでも半ベソになる恥ずかしがり屋だ!!

 彼女は、俺と目を合わせただけで顔を真っ赤にする、恥ずかしがり屋だ!!


 そんな彼女が、泣きながら、ほぼ全裸のサイバーデビルに変身して、俺達の為に戦ったんだぞ!?

 そんな彼女が、全てを犠牲にして、織姫ココロと俺を守ったんだぞ!?


 それを、お前は、『利用価値』だと!?

フザケるな!!

 それを、お前は、『犠牲にする』だって!?

大概にしろ!!


 俺は絶対に!そんな事は言わない!!

 俺は絶対に!そんな言葉は使わない!!


シノブを犠牲にしてまで醜く生きたいとは、思わないからな!!!


 シノブは、俺の命の恩人であり、戦友であり……それ以上に……普通の少女なんだぞ??


 そんなシノブを、

「『戦略兵器』として『利用』して」……

だなんてセリフ!どう考えたっておかしい!!……狂ってる!!


 この国は、狂ってるが……

それと同様に、いや!あるいは……

それ以上に、お前達は狂ってる!!!


だから、俺だったら、絶対にやらん!!

俺だったら、シノブを移籍なんて絶対にしない!!


 俺だったら……

最高に、優しくて、可愛くて、純粋な、究極のアイドルである月影シノブを、他のプロデューサーの担当にするなんて絶対に許さん!!


 狂ったお前達にシノブを渡すぐらいなら、俺は古代の武士みたいに腹を、かっさばいて死んでやっても良い!!


 何故なら、俺の担当は!……


これからも!この先も!未来永劫!!月影シノブだからだ!!!!


 俺は、担当アイドルのシノブの笑顔の為なら、命だって惜しくないし!!!


 俺は彼女に、“俺の全て”を掛けているからだ!!!!


クソが!!!!!!!」




 ……と俺は叫び、体をプルプルさせながら立ち上がり、1人で会議室を後にした。

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