50話 スカウトに行こう2

 東奉行があるオールドセントラル地区は、オオエドシティで最も古い地域だ。数百年の歴史があるビルが立ち並んでいる。


そして、それらの老朽化したビルは、あちこちを無理やり補強改築されていて、俺には死にそうな老人の身体が、延命措置を受けて無理やり生かされているように見えた。



 もちろん東奉行所の建物も、そんな旧式のコンクリート建造物を増改築した建物だ。


かつて“鉄道駅”と呼ばれたその建物は、鉄や超強化プラスチックで補強されている。


さらに、“線路”と呼ばれた高架部分も改築され、今はVTOLの離着陸場になっている。俺達のVTOLも、そこに着陸していた。



 俺が、黄泉川タマキに乱された着物を直しながらVTOLから降りると、マシンガンを持ったコワモテの警備のオッサンが近付いてきた。


端的に彼のことを表現するなら、“ゴリラジジイ”だ。


 彼は、俺の顔を見るなり溜息を付いて言う。


「なんだ……。がっかりさせんなよ……。

西アイドル事務所【※西奉行所アイドル事務所の略称】のVTOLが止まったから……

“タマキちゃん”かと、思ったじゃねぇか。

“お岩さん”みたいな顔の男に、用はねぇよ……」


 到着していきなり、見ず知らずの“ゴリラジジイ”に“お岩さん”呼ばわりされる事には、腹が立ったが、今の俺に対する的確な表現でもある。


しかし、こんな俺にも、一応は武士としての誇りがあるので、何か言い返そうとしたが……ちょうど降りて来た黄泉川タマキが、俺に代わって“ゴリラジジイ”をたしなめた。


「ダメですよ?イワゴロウさん。

 この方は、西アイドル事務所の大事なプロデューサーさんなんですから……」


 その瞬間、“ゴリラジジイ”の鼻の下が、誇張じゃなくリアルに3cm伸びた。

目元も緩み、彼の顔は七福神しちふくじん恵比寿えびすより柔和になった。


 その“ゴリラ恵比寿ジジイ”は、言う。


「うっほぉお!!タマキちゃーーん!!

今日も、かぁぁわぅぅいいねぇぇえ!!

オジサンこの男を、つい“お岩さん”と勘違いしちゃってさぁあ!!

ごめんねぇええ!!」


 初対面の人間を「ついお岩さんかと勘違いする」奴は、守衛の仕事には向いていないと思ったが、ゴリラジジイがあまりに上機嫌だったので、俺は何も言わずにおいた。あと「うっほぉお!!」と言う彼は、まさしくゴリラだった。


 そして、“かぁぁわぅぅいい”と言われたタマキは、ごく普通のテンションで口を開く。


「ふふ。イワゴロウさん。

 ナユタさんをお岩さんと間違えるなんて、幻視が過ぎますよ??義眼の交換をオススメします。

 ところで……アカラさんは、どちらに?」


「アカラの野郎なら、今日も事務所の中でもだえてるよ!」


「なるほど。ふふ。

 アカラさんらしいですね?

 とにかく、ありがとうございます。イワゴロウさん」


「良いんだよ!タマキちゃんの為だったら、オジサン何でもオッケーだからね!!」


 ”ゴリラ恵比寿ジジイ”は、鼻の下をさらに伸ばしながら言った。


 そして彼は、俺達を東奉行所の中に通してくれた。



―――――――



 東奉行所のエントランスは、かつて“鉄道駅のホーム”と呼ばれた場所だ。


 そのエントランスは無駄に広かったが、多過ぎる案内用のホログラムの所為か、それとも超強化プラスチックのツギハギの床の所為か、清潔感はあるが一体感は無く、雑然としていた。


黄泉川タマキは、案内用のホログラムの前を素通りし、迷う事なく進む。


 エスカレーターですれ違う、東奉行所の職員らしき男の90%は、黄泉川タマキを見ると「今日もタマキちゃんは、かぁぁわぅぅいいねぇぇえ!!」と言いながら挨拶して来た。


コイツら大丈夫か?タマキに洗脳でもされたのか?


 しかし、タマキはそんな男達に慣れた様子で挨拶を返していた。




 変な挨拶の応酬がひと段落した時に、俺は黄泉川タマキに話しかけた。


「さっきの、鼻の下を伸ばしていたジジイは誰だったんだ?

 服装を見るに、明らかに高官だったが?」


 俺の質問で、二段上のエスカレーターに立ったタマキは、振り返る。

彼女のミニスカ巫女服がひるがえり、股間のパンツが見えそうになる。

俺は慌てて目を逸らした。

 

危ない。不必要にパンツァーが起動するところだった。

無意味に電脳が萎縮するのは、流石の俺でも嫌だ。


 そんな俺の様子を見て、黄泉川タマキは何故か嬉しそうに微笑みながら説明する。


「先ほどの初老の方は、東奉行所の御奉行様おぶぎょうさまですよ」


「え!?御奉行様!?

 東奉行所のトップじゃないか!?」


「ええ。東奉行所の御奉行様は、

 私のような秘書にも、気さくに話し掛けてくれる良い方です」


「気さくに話しかけていると言うより……

 鼻の下を伸ばしてタマキの胸をガン見していただけに見えたが……」


「うふふ。そうでしたね。

 きっと珍しいのでしょうね?

 私のおっぱいが……」


「まあ、確かに……タマキのKカップの胸は、珍しいぐらいの巨大さだが……いや、そういう事じゃ無いんだ。そういう事が言いたい訳じゃないんだ」


「うふふ。ナユタさんってば、可愛い。

“元気”に発情しましたか?

 もしかして……

私のおっぱいが、他人に視姦しかんされてNTR寝取られを感じられましたか?

 でも、ご安心を……

私が子種を注いで欲しいのは、ナユタさんだけですから」


「やめろ。

 執行機関のど真ん中で、隠語プレイを連発するな。マジで捕まるだろ。

 まあ……ともかく……

東奉行所との関係構築は、既にできているみたいだな」


「ええ。それは、もちろんです。

 みなさん、とっても“仲良く”して頂いていますから」


 タマキが“仲良く”と言うと、何故か下ネタに聞こえるのは、俺の心が汚いからなのか、あるいは、タマキが痴女だからか、段々と分からなくなってきた。




 そうして俺達は、東奉行所内のエスカレーターやエレベーターを何度か乗り継ぎ、アイドル事務所に辿り着いた。


 その事務所は、東奉行所のエントランスに併設された新しいビルにあった。


 東奉行所アイドル事務所【※以下、東アイドル事務所と略称】が、目前に迫るとそこがアイドルの事務所である事は、直ぐに分かった。


何故なら、入り口付近には、織姫ココロのポスターや等身大の立て看板が、ところ狭しと掲示されていたからだ。


 規則正しく設置された、織姫ココロの等身大看板×50に、圧倒されながら俺は言う。


「確かに……

 織姫ココロが東アイドル事務所のトップアイドルなのは、分かるが……。

いくらなんでも前面に推され過ぎじゃないか?

それに、数が多過ぎて怖い。」


 黄泉川タマキが言う。


「アカラさんの“掲示物“の事ですね?

 特に等身大看板は、彼が自費で制作されたらしく渾身の力作らしいですよ?」


「だから……50枚ある看板の織姫ココロの写真が全部違うのか……。

 ……って言うか、アカラって誰なんだ?」


「あら?言ってませんでしたね?

アカラさんは、東アイドル事務所のプロデューサーさんですよ」


「なるほど。アカラってヤツがここのプロデューサーなんだな。

 いや、でもそれなら……

余計に問題では?

 ここには、10人のアイドルが在籍しているんだろ?

トップアイドルとはいえ、織姫ココロを贔屓し過ぎな気がするんだが?」


「そうですね。

確かに、ナユタさんのおっしゃる通りだとは思います。

 でも、それこそが、”アカラさんらしい”ところだと、私は思いますが……」


「アカラらしい……?」


 と俺達が会話しているところで、受付カラクリアンドロイドがアポイントの確認を終えた。


俺達二人は東アイドル事務所の中に通された。


 事務的で無機質な廊下を歩きながら、俺は施設をみまわす。


「アイドル控室……撮影室……機材室……訓練スパーリング室……。

 やっぱ俺達の西アイドル事務所とは、規模も設備も違うな……」


「ええ。

織姫ココロちゃんがトップアイドルではありますが……

東アイドル事務所の他の9人のアイドルも、ファン数は1億人近いですから」


 しかし、その時、俺たちの会話を遮り、廊下の奥から何やら騒がしい声が聞こえてきた。


それは、どうやら、俺達がアカラと面談する会議室から聞こえてくるようだった。



「アンタ……

だから、さっきから何度も言ってるでしょ!?

 今日は轟女子学攻トドジョの創立記念日だから、ココロは休みだって!!」


 このロリ声には、聞き覚えがあった。


おそらく、東アイドル事務所のロリ戦闘AI SABIちゃんの声だ。


 そんなSABIちゃんのロリ声に、ハスキーな渋めの男の声が続く。


「いやだ!!そんな事は認めんぞ!!

拙者は、ココロを見る為に生きているんだ!!

ココロが居ないと仕事が出来ない!!

イマジネーションが湧かない!!」


「アンタ……イマジネーションって言葉の使い方を間違えているわよ。

 アンタのその状況は、ただただ、普通にやる気が湧かないってだけの事よ」


「違う!違う!!

ほら見てみろ!!SABIちゃん!!

 禁断症状が出て来たじゃないか!!

”ココロ成分”の摂取が足りてないんだ!!

拙者は一日一度は、ココロの匂いか、それに類する物を摂取しないと蕁麻疹じんましんが出てくるんだ!!

し、しかも、見ろ!!拙者の腕が!!

戦慄わなないて来た!!

 うおおおおお!!

ああああああああああ!!!」


 ここで、何かが倒れる「ドスン」という音が廊下まで響いた。


「え!?何それ?? キモ!!

 マジで蕁麻疹じんましんが出ているじゃない!!

ロリコンも重症になると、こんな事になるのね!?

流石に感情の無いAIのアタシでも……マジで引くわ……」


「……織姫おりひめ

 ココロは拙者せっしゃの……

 酸素さんそかな……」


「やめて!!

 白目を剥いて、キモイ”辞世の句”を読まないで!!

こんな状態を西アイドル事務所の連中に見られたら、東アイドル事務所の恥よ??」


 という会話が聞こえてきたところで、

会議室の前に着いた黄泉川タマキが、何の躊躇ちゅうちょも無く部屋の扉を開く。


 そして、タマキはいつもどおりの笑顔で言う。


「お取込み中のところ、申し訳ございません。

西アイドル事務所の黄泉川タマキです」


 すごく嫌だったが……俺も黄泉川タマキに続いて部屋に入る。


 会議室の中央には、ロリ戦闘AIのSABIちゃんのホログラムが浮かんでおり、

その床には、俺と同じぐらいの年齢の”イケメン眼鏡”が、白眼になって倒れていた。


 最早、お前達も予想がついていると思うが……

この”極限ロリコン”のイケメン眼鏡が、俺達がアポイントを取った相手であり、東アイドル事務所のプロデューサーのアカラという男だった。


 俺は、ブっ倒れたアカラの様子を一瞥いちべつし、黄泉川タマキに言う。


「なあ?もう、帰っていいだろ?」

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