49話 スカウトに行こう1

 俺と黄泉川タマキは、西奉行所アイドル事務所からVTOL空飛ぶ車で、オールドセントラル地区にある東奉行所に向かっていた。


俺達が、東奉行所に向かっている目的はもちろん、「アイドル織姫ココロのスカウト(引き抜き)」だ。


 西奉行所アイドル事務所は、東西に長いオオエドシティの西端にある。逆に東奉行所は、東端にある。

 まあ、要は……俺達からして東奉行所は、そこそこ遠い。

VTOLでも40分程の時間が掛かる。


 そんなVTOL空飛ぶ車の運転席で、操縦桿そうじゅうかんを握る俺の手を見た黄泉川タマキは言う。


「まあ。珍しい。

 ナユタさんってVTOL空飛ぶ車の運転が出来るんですね?」


「ああ……。

 まあ……確かに珍しいかもな。

 今は、自動運転が主流だもんな。

 俺の場合は軍務時代に、この手の乗り物は散々運転したからな」

 

 ここで、黄泉川タマキは俺の話を無視し、俺の腕を凝視したまま唐突に話題を変える。


「それにしても、ナユタさんの新しい義腕……

 相変わらずセクシー過ぎます……。

 ご存じ無かったかもしれませんが、私は『男性の腕の浮き出た血管フェチ』なんです。

 ですから、ナユタさんの腕を股に挟みこんで、少しだけ“堪能”しても、構いませんか?」


「“ですから”じゃない。“構う”に決まってるだろ。

 脈絡なく発情するな。

 そんな事をしてVTOLが墜落しても知らないぞ?」


「うふふ。半分・・冗談ですよ。お気になさらず。

 しかし、軍務時代にVTOL空飛ぶ車の運転されていたのなら……

ナユタさんって旧幕府軍の航空部隊だったのですか?」


 タマキの”航空部隊”と言う言葉を聞いた瞬間、突然、俺の頭の中で軍務時代の出来事がフラッシュバックした。


 ソビカ軍の基地から、軍用のVTOL空飛ぶ車を使って脱出し、苦しむ仲間を捨てて、怯えた顔で逃げる自分の姿が蘇る。


 俺は頭を振って、フラッシュバックを振り払う。


 これもパンツァーの影響なのか?最近の俺は、過去の記憶のフラッシュバックや、よく分からない夢を見るようになった。


 ともかく俺は、彼女の質問から逃げる為に話題を変える。


「”昔の話”は良いんだ。

 とにかく、”今の話”だ」


 黄泉川タマキが、相変わらず俺の腕を見ながら言う。


「”今の話”ですか?

 私達は、今、密室の中で二人っきりですね。

 『二人の男女』と……『閉ざされた空間』……。

 そうなると、”する事”は一つしかありません。

 つまり、今から私とナユタさんで子作り……」


「仕事の話だ。

 仕事の話をしよう」


――と俺は、強引に黄泉川タマキの話に割り込んだ。


 「照れなくても良いのですよ?」と言う黄泉川タマキは、なぜか嬉しそうだったが、俺は無視して仕事の話をする。


「なぜ、俺たち2人で東奉行所に行かなくてはいけないんだ?

 東奉行所のトップアイドルの引き抜きなんだから、

弱小の西奉行所アイドル事務所からすれば、一応は一大プロジェクトだろ?

 俺は当然だとしても……ここは、所長が来るべきじゃないのか?」


 痴女な黄泉川タマキが、いつも通りの微笑みを浮かべながら話す。


「ご安心ください。私の肩書は一応、『秘書 兼 所長代理』ですから」


「タマキが『秘書 兼 所長代理』だって?」


 ……痴女なのに?と言いそうになって俺は、言葉をつぐんだ。


確かにこの女は、露出狂で隠語プレイの達人で端的に言って痴女だが、仕事はかなり出来る。書類仕事も交渉事も、そつが無く、何より早い。「彼女が居なければ仕事が回らない」と言って良いレベルだ。


 余談だが、俺の役職は「プロデューサー 兼 岡っ引き」だ。

この点に関しては、マジで納得がいかない。

「岡っ引き」ってなんだよ?江戸時代かよ?

そんな役職って言うか制度。まだ残っていたのかよ?

ていうか、むしろ、「プロデューサー」だけで良いんだが?


しかし、新入りの俺が役職の事でクレームを入れるのは、武士的にはやや微妙な感じになるので、今はそのままにしている。


 『秘書 兼 所長代理 兼 痴女』の黄泉川タマキは、話を続ける。 


「……それに、実のところ……

 私は以前から東奉行所に出入りしていたんですよ?」


「タマキが東奉行所に?」


「ええ。そうなんです。

 シノブちゃんのユニット結成の話が出る前から、私は事ある毎に東奉行所に行っていました」


「でも、何故?

 立地的にも離れているし、関係するような事件も無さそうだし、行き来する理由は無いだろ?」


「私は、「WABISABIの技術情報の提供」を目的に、東奉行所に行っていました」


「ああ。なるほど。

 とすると……SABIちゃんのことか?」


「ええ。SABIちゃんの技術情報です」


 WABISABIは、東奉行所と西奉行所の両方に配備されている戦闘AIなわけだが、その根本技術の開発者は、万錠姉妹の父、万錠カナタだ。


その万錠カナタの娘である、我らが所長——万錠ウメコが、WABISABIの技術情報を東奉行所に提供するという理由であれば、黄泉川タマキが行き来する理由は理解できる。


 タマキは続ける。


「WABISABIは、非常に優秀で可愛いアバターを搭載していますので、どなたでも簡単に使用できますが、多人数での効率的な運用には、それなりの事前知識が必要となります。

 ですので、私が東奉行所にうかがって技術資料のお渡しや、説明をしていました」


「WABISABIの多人数での効率的な運用……?

 そう言えば、東奉行所のアイドルは何人いるんだ?」


「東奉行所のアイドルは、織姫ココロちゃんを含めて10人のアイドルが在籍されています」


「え!?

 アイドルが10人もいるのか??」


「はい。

 東奉行所は、オオエドシティの奉行所の中で最も早くに、アイドル活動に取り組んでいましたので……。

 ちなみに東奉行所のSABIちゃんが、我々のWABIちゃんと違い『戦術特化タイプ』なのも、その為なんですよ?」


「なるほど。

最初から多人数のアイドルを運用する目的があったから、

SABIちゃんが『戦術特化タイプ』になったって訳か」


 東奉行所のWABISABI SA81型――通称:SABIちゃんは、作戦立案が可能な、可愛いくて賢い戦闘AIだ。

彼女のチャームポイントは、ツンデレ口調と蔑み目線だ。

あと、これは多言無用の極秘情報だが、SABIちゃんは黒のTバックを着用している。


 黄泉川タマキは、話を続ける。


「ともかく、一応・・は、東奉行所との関係構築は出来ているんです」


「うん?……『一応は』……だって?

 何か、引っかかる言い方だな?」


「東奉行所に到着すれば、すぐに分かりますよ。

 あるいは、ナユタさん……

 緊張されていますか?」


「向こうのトップアイドルのスカウトに行く訳だから、多少は緊張するな。

 ワンチャン、怒鳴られて追い返される可能性すらあるんだからな?」


「ふふ。身体の力を抜いて下さい。ナユタさん。

 『子作りより産むが易し』って言うでしょ?

 だから……私がナユタさんの帯を緩めますから……ね?」


 と言った黄泉川タマキは、ナビシートからおもむろに立ち上がり、運転中の俺の帯に右手を置く。

俺の視界の隅に、彼女のKカップがダイナミックにスライドインする。


「や、やめろ。何をするんだ!?

 流れが唐突過ぎて、ついていけない。

 さっきから何故、子作りする流れになっているんだ??」


「だって……ナユタさんって油断も隙もありませんから……。

 今のうちに私も、所長を見習ってナユタさんの子種を頂いておかないと……」


「ちょっと、待て!!

 何か勘違いしてないか!?

 俺は何もしていないぞ!?」


「ふふ。まさか?御冗談を……。

 様子を見ていれば分かります。

 私と所長は長いお付き合いですから」


「違うぞ!それは大きな勘違いだ!!」


「ともかく……

良いでは無いですか

良いでは無いですか」


 と時代劇の悪代官みたいなセリフを吐きながら、黄泉川タマキは俺の帯をゆっくりほどいていく。


ヤバイ。


 いや、タマキはいつもヤバいが……。

今日は違う意味で、マジでヤバい。


 何がヤバイかと言うと……

まず、VTOL空飛ぶ車の運転は手足をフルに使うから、身動きが取れない。

次に、VTOLには自動運転機能があるが、今その操作ボタンは、タマキのケツの後ろにある。


 つまり……自動運転を開始しタマキの魔の手から逃れる為には、タマキの身体と密着し、その巨乳を押しつぶし、彼女のケツ周辺をまさぐらないといけない。


もし俺が、この状況下でタマキに密着し、巫女服(ミニスカート)のケツをまさぐった場合、”子作りのオッケーサイン”と捉えられても仕方がないだろう。


 だから、今の俺には――


1、VTOL《空飛ぶ車》の操作をしながらタマキと子作りをする

2、VTOL《空飛ぶ車》の自動運転を開始してタマキと子作りをする

3、全てを諦めて墜落する


――の三択しか残されていない訳だ。


 しかし、タマキは妖艶に微笑みながら、極限状態の俺に、さらに畳み込む。


「子供の名前は、くもが良いですか?

 あるいは、あめはどうですか?」


「子作り前提で話を進めるな!!

 それと!VTOL《空飛ぶ車》の中で出来た子供だからって、名前が安直過ぎるだろ!!」


「ご安心を。

 ナユタさんが認知されなくても、私は愛情いっぱいで幸せに育てますので」


「やめろ!勝手な妄想で、俺を『子供を作って捨てる無責任クソ野郎』に仕立て上げるな!!

 ていうか、もう、帯が??

 やめろ!!くそ!!

 襟を広げるな!!

 巨乳をそんな所に??

 やめてくれ!恥ずかしい!!

 あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!

 う"わ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


 と俺が、空の上で子作りをしないように奮闘している間に、VTOL《空飛ぶ車》はオールドセントラル地区に到着し、東奉行所の「VTOL離着陸場」になんとか着陸できた。

 

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