48話 第二回プロデュース会議
西奉行所アイドル事務所の会議は、万錠ウメコの言葉ではじまった。
「今日の議題は、シノブの“ユニット”の結成についてよ」
驚いたシノブと俺は、声をそろえて一斉に叫ぶ。
「「ユニットだって(ですって)!?」」
時間は、8:55。場所は西奉行所アイドル事務所の会議室(仮)だ。
ここは、1Fの事務室の横にある部屋で、レクリエーション室と、シノブの更衣室と、あと色んな用途をかねている部屋だ。
飾り気の無いテーブルと椅子に加えて、軽食や飲み物の自動販売機がある。
その会議室(仮)の大型モニターを前にして、黄泉川タマキが説明を引きつぐ。
もちろん黄泉川タマキは、いつもの露出度(高)の痴女巫女服だ。
「最近のオオエドシティのアイドルの流行は、2〜3人のアイドルユニットです。
シノブちゃんのユニット結成は、活動の幅が広がりますし戦闘能力も上がりますし、良い施策だと思います」
シノブが「はい!」と勢いよく手を上げて質問する。ここは、学攻じゃないんだが?
「ユニットメンバーは誰ですか!?
西奉行所 アイドル事務所のアイドルは、私しか居ませんよ?
もしかして、プロデューサーさんとユニットを組むんですか?」
「そんなはず無いだろ?
どこの世界に、オッサンとユニット結成するアイドルが居るんだ?」
と俺は突っ込んだ。
ちなみに、普段は放課後からアイドル活動をしている月影シノブだが、今日は学攻の創立記念日なので朝から出所しているらしい。
つまり、彼女は休日出勤をしているわけだ。
仕事熱心なシノブの姿勢に、俺は心の中で彼女に敬意を表した。
そんなシノブは考えながら言う。
「それじゃあ……もしかして、私と所長のユニットですか?
ユニット名は、『万錠家』ですか?」
万錠ウメコが腕を組んだまま突っ込む。
「なによ。その……お笑いコンビかラーメン屋みたいなユニット名。
そんなことあるはず無いでしょ」
しかし俺はワンチャン、それもアリだと思った。
万錠姉妹は、性格を除くと2人とも美人だ。
見た目だけでも一定数のファンが付くだろう。
それに万錠ウメコが直接現場に出るとなると、俺のプロデューサーとしての仕事が減る。
つまり、俺の仕事が楽になる。
良い事ばかりじゃないか、アリ寄りのアリだな。
『万錠家』結成に賛成の一票を投じよう。
しかし、黄泉川タマキが俺に質問する。
「ナユタさん?
プロデューサー視点からすると……
シノブちゃんと“身体の相性”が良いのは、誰だと思いますか?
ちなみに、私は、ダメですよ?
私の身体は皆さんの物ですから……」
「そこは“身体の相性”じゃなく、普通に“相性”で良いだろ?
でも、まあ……
プロデューサー視点と言うならそうだな……」
俺は『万錠家』結成を一旦保留し、一応マジメに考えた。
まあ、しかし、心当たりがある人物は1人しか居なかった。
「織姫ココロはどうだ?
ていうか、シノブの狭い交友関係を考えたら、彼女しか居ないだろ?」
“狭い交友関係”という俺の言葉に、月影シノブは「ぐはっ!」と言って精神ダメージを受けた。
それを無視して、嬉しそうに万錠ウメコが言う。
「ナユタ君。
やっぱり、あなたもそう思うわよね?
私も良い組み合わせだと思うわ。
織姫ココロとシノブのユニット」
俺は言う。
「先日の戦闘配信での2人の連携は良かった。予想以上の出来だった。
作戦行動素人の二人が、あそこまで出来るとは思わなかったからな。
それに、WABIちゃんとSABIちゃんのコンビを使えるのも心強い。
総じて戦闘に関しては、バランスの良いユニットになりそうだが……
ただ、一つ難点がある」
不思議そうな顔で、万錠ウメコが俺に聞く。
「シノブと織姫ココロのユニットの”難点”?
なにかしら?」
「織姫ココロが百合属性持ちって事だ」
「ああ……その事ね……」
と万錠ウメコは言ったが、既に知っていたような雰囲気だった。
それで良いのか?
自分の妹を百合地獄に突っ込むつもりだったのか?
しかし俺の心配を他所に、月影シノブは自信満々な笑顔で言う。
「その事については、ご安心を。
私が既に確認済みです」
「え?確認済み?
織姫ココロが百合属性持ちって事をか?」
「はい。直接本人に聞きました。
『ココにゃんって女の子が好きなんですか?』って」
「マ、マジか……。
聞きにくい事を、よくストレートに聞いたな」
「ええ。それでも、私は聞きました。
でもココにゃんは、真っ赤な顔で否定していました。
『はわわ!そんな!ボク!!
シノブちゃんを狙ったりしてないよ!?
ボ、ボク、シノブちゃんにスク水を破られて!
……色んな事されたいとか!……思って無いよ!?』
――って言ってました」
「相変わらず、無駄に声真似が上手いな。
しかし、織姫のその回答は……否定に見せかけた肯定に、俺には聞こえるんだが」
「はは。まさか、そんな。
陰キャのパリピでクソ雑魚アイドルである私に限って、百合の対象になったりとか……あり得ません。
よもやよもや。ははは」
と言う、シノブの死亡フラグど真ん中の発言により、俺はより一層心配になった。
だから俺は、全員に対して聞く。
「いわゆる、”そもそも論”だが……
ユニットを無理に結成する必要ってあるのか?
俺としては、シノブ一人で『手一杯』って言うか……
『命一杯』なんだが……」
ここで黄泉川タマキが、会議室のモニターに資料を表示する。シノブの最近のファン数の推移のようだ。続けてタマキは、発言する。
「ナユタさんは、入院中でご存じ無かったかもしれませんが……
シノブちゃんのファン数の上昇が、減少に転じているんです。
昨日確認したところによると、登録者数が約900万人になっていました」
俺は、黄泉川タマキが表示したディスプレイの折れ線グラフを見た。
確かに、かなりの勢いでファン数が減っている。
「1000万人居たファンが、10日間で100万人以上も減ってる!?
こんなに減る事なんてあるのか?」
万錠ウメコがディスプレイを見ながら解説する。
そう言えば、彼女の今日の黒タイツは40デニールだ。
「普段のシノブと、サイバーデビル化したシノブのギャップが原因ね」
「サイバーデビル化したシノブのギャップ?
どういう事だ?」
それについて、黄泉川タマキが具体的に説明をする。
「サイバーデビルになったシノブちゃんの露出の高い衣装と、戦闘能力に惹かれてファンになった方達は、普段のシノブちゃんを見た時に、物足りなさを感じるようです」
少し暗い表情になった月影シノブが言う。
「当たり前です。
私は普段から、ふんどし一丁でレーザーを吐いて
それは、当たり前だ。そんな担当アイドルをプロデュースするのは大変そうだ。
黄泉川タマキは、話を続ける。
「……ですので、新規のファンの方達の中で、シノブちゃんの新しい動画のコメントは荒れ気味です。
いくつか、読み上げますと……
『もっとおっぱいを見せて』
『ふんどしが欲しい』
『とにかくケツが見たい』
『レーザー吐いて』 ……と言う感じです」
それを聞いて、さらに意気消沈したシノブが、俯いて言う。
「プロデューサーさんに出勤途中にお話したように……コメントの”湿度”は上がり、なおかつ、この荒れようですから……
最近は、コメントを見る度に、鬱になります。
動画を撮るのも、嫌になりつつあります。
世の男性の性欲が、私に襲い掛かってくるようです。
だから、怖いし、気持ち悪いし、何より……」
セミロングで隠れた彼女の緑の瞳が、妖しく暗く光る。
「いっそ……この世の全てを……
レーザーで薙ぎ払ってやろうかと……
そんな気持ちに……
なってきました……」
俺は焦って言う。
「ステイ!月影シノブ!ステイ!!
闇落ちのスピードが早過ぎて、ついていけないぞ」
俺の“ステイ”が効いたのか、シノブが正気を少しだけ取り戻す。
「あ……。すみません。
……最近、家に居る時は、暗い部屋で正座して一人でエゴサをしていましたので……。
負の感情の塊が口からハミ出てしまいました」
「エゴサをするなとは言わないが……
SNSとは、適度な距離を保っておくべきだ」
「それは、分かってはいるんですが……。
でも、ついつい今までの癖で、電脳アプリを開いてしまうんです。
——
俺は聞く。
「
黄泉川タマキが説明する。
「ナユタさんが入院されている間に、
「名前が
月影シノブは、残念そうな顔で言う。
「青い仏様は……
黒い卵になりました……」
「仏様が黒い卵になってしまったのか……。
なんか、
腕と脚を組みなおした万錠ウメコが、議題の方向修正をする。
「ともかく……
急激なファン数の増加は願ったりかなったりだったのだけれど……
ファンの治安が悪いのは考え物よ。
だから、ここは逆に”打って出る”のよ」
「つまり、その”打って出る”ってのが……
『アイドル月影シノブのユニット化』って訳か」
「ええ。そうよ」
「要は……
コンテンツの別の形を提示して、客の目を別の方向に向けるって事だな」
「そういう事ね。
織姫ココロは、同じ奉行所アイドルな訳だし……
ファン数はシノブの20倍以上居る訳だし……
シノブとユニットを組むには、これ以上無い相手だわ」
「ファン数がシノブの20倍だって?
織姫ココロのファン数は1億人じゃなかったか?
10倍の間違いだろ?」
シノブは、目をさらに闇落ちさせ、不気味に笑いながら言う。
「ふふふ……。
先日のコラボ配信で、ココにゃんはさらなるファンを獲得しました……。
よって彼女は、今や“2億人プレイヤー”です……。
ふふふ……へへへ……」
暗い顔で瞳を光らせ続けるシノブを見て、俺は彼女の精神状態がいよいよ心配になって来た。
「ま、まあ……。
気を落とすな。流行なんて川の流れと同じだ。
どうしようも無い事なんだ」
しかしここで、俺は1つ疑問を感じて、万錠ウメコに質問をする。
「しかし……
織姫ココロは、東奉行所のトップアイドルな筈だろ?
シノブとユニットを結成してくれるのか?」
万錠ウメコは即答する。
「まあ、無理でしょうね。
織姫ココロは、ソロ活動の方針だもの」
「じゃあ、無理じゃないか」
「現時点ではね?」
と言った、万錠ウメコは微笑んだ。
その微笑みを見た俺は、胸騒ぎを感じた。
彼女が、俺の目を見ながら優しく微笑む時には、大体、何か大変な事があるからだ。
だから、俺は恐る恐る聞き返す。
「げ、現時点では……とは、どういう事だ?」
「織姫ココロが、東奉行所のアイドルであるうちは、無理って事よ」
「つまり、どういう事だ?」
「つまり……」
と言った彼女は、さらに微笑んだ。
その笑顔は、美しかったが……非常に、腹黒そうな笑顔だった。嫌な予感しかしない。
しかし彼女は、そんな”ブラック女神笑顔”を続けながら言う。
「つまり、織姫ココロを引き抜いて西奉行所のアイドルにしてしまえば、何の問題も無いのよ」
「え?
つまり……それって……」
「つまり、
織姫ココロを引き抜くのよ」
「はあ?」
さらに万錠ウメコは微笑みながら、俺に命令する。
「だから、今から……
ナユタ君が織姫ココロのスカウトに向うって事よ。
ナユタ
こうして、西奉行所アイドル事務所の一大計画――
『ユニット結成アイドルが居ないなら、引き抜いて来れば良いじゃない』計画が、始動した。
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