47話 出勤しよう3

 花魁おいらんアイドル 兎魅うさみナナのホログラム広告を読み上げた俺は、色々なダメージを受けながらも、月影シノブの視線に殺される事だけは、なんとか回避できた。


 シノブは、歩きながら話を続ける。


「実のところ、兎魅うさみナナちゃんの事は、私も最近になって知りました」


 俺は少し意外に思い、彼女と話す。


「シノブはアイドル業界に詳しいから、とっくに知っていると思っていたな」


花魁おいらんアイドルは、私達とは活動する目的が違いますから」


「そうなのか?」


 「もちろん!」と言ったシノブは片手を胸にあて、自信に満ちたウインクで宣言する。


「私や、ココにゃんや、セツナさんは……

”全年齢向けアイドル”ですから!!」


 俺は、シノブのそのセリフを聞いて——

サイコパス美少女の紫電セツナや、

露出癖がある織姫ココロや、

半裸のふんどしに変身する月影シノブを、

”全年齢向け”と言われても全く納得できなかった。


しかし、話がややこしくなりそうなのでスルーする事にする。


「という事はつまり……

 花魁おいらんアイドルの兎魅ナナは、大人向けアイドルって訳なんだな?」


「そうなんです。

ナナちゃんのコンテンツはR18指定なんです。

 ですから彼女と私は、今まで接点はありませんでした。

なので、少々失礼とは思いますが、彼女については存じ上げておりませんでした」


「なるほど。兎魅ナナはR18指定なのか……。

 あれ?じゃあ、どうして、最近になってシノブが彼女の事を知ったんだ?」


 ここでシノブは、視線を少し落とし、言い難そうに説明をつづける。


「それは……最近ナナちゃんの一部のファンの人達が、テノモノシノブのファンに流入しまして……」


「え??

兎魅ナナのファンが、シノブのファンになったのか?」


「ええ……そうなんです。

 言いにくいですが……サイバーデビル化した私が、“その界隈の人”を呼び寄せている訳でして……」


「ああ……“その界隈”って言うのは……

“例の紳士”達か……」


「はい。いわゆる――“紳士諸兄”のみなさんです」


 お前達はすでに理解しているかもしれないが……

俺達が言っている“紳士諸兄”とは、“薄着の少女”が大好きな男性達のことだ。

シノブの災婆鬼サイバーデビルにより増えた”美少女のふんどし目的”のファン達の事だ。


世の人は、彼らをロリコンと呼ぶ。


 だから俺は、シノブにねぎらいの言葉をかける。


「まあ……

 そう、気を落とすな。

 ファンは多いに越したことは無いだろ?」


「それは、そうなんですけど……。

 でも、コメント欄が、『ぺろぺろ』とか『ニチャア』とか『はぁはぁ』とかで埋め尽くされてしまって……」


「それは……ちょっと……

 “湿度”が高過ぎるかもな……」


「ええ。高いです。“湿度”が。

コメント欄が、一足早い梅雨入りを果たしてしまいました。

 そのせいで、今までつつましく支えてくれていた古参の方達かたたちが、肩身の狭い思いをされているかもしれない——と思っていまして……」


「その点は気にしなくても、おそらく大丈夫だ。

 シノブのファンの古参は、選りすぐりの精鋭揃いだからな」


「そうなんですか?」


「ああ。安心しろ。テノモノシノブのファンの古参勢は、”ガチ”だ」


 シノブの古参のファン達は、シノブがちょっと怖い変な動画や、コスプレ苦無くない配信などといった、方向性がよく分からない動画を出しても付いて来た連中だ。


シノブが何をしてもファンでいてくれる“月影シノブガチ勢”のはずだ。

覚悟が違う。そうそう離れる事は無いだろう。


 俺は話題を戻す。


「話を戻すが……結局、兎魅うさみナナって、どんなアイドルなんだ?」


 シノブが説明する。


「20歳の花魁おいおらんアイドルです。

 活動や動画の内容はセンシティブですので、具体的には言いません。

花魁アイドルの中では、幼くて可愛らしいので、その事で男の人に人気爆発中らしいです。

 あと、あくまで噂ですが……プレミアム会員になると、“良い事”があるらしいです」


「確かにさっきの広告でも言ってたな、“良い事”って……。

でも、“良い事”って何なんだ?」


 月影シノブは再び、冷たい目線で俺を見て言う。


「それ……私に言わせるんですか?

 てか……プロデューサーさん。

 本当に知らないんですか?

 実は、知ってて聞いてませんか?

 いわゆるプレイの一環ですか?」


 ここで、「そうだ隠語プレイって奴だ!」て言ってしまうと、またしても“変態ランク”が上昇してしまうので、俺は考えて答える。


「本当に知らないんだ。

でも……R18花魁アイドルの“良い事”って言うと……もしかしてVFとかか?」


 ちなみにVFとは電脳空間で行う、いわゆるヴァーチャルファッk……じゃなく……とにかくR18な行為をする事だ。


 シノブは、またしてもやれやれ顔で答えてくれる。


「その通りです。

まあ……あくまで噂なんで、マユツバなんですが……

プレミアム会員のファンのみなさん達と、“そういう事”をしているらしいです」


「それは、マズイな……」


「ええ。マズイですね」


 何がマズイかと言うと……

腰痛部よーつーぶは、配信者がVFなどのポルノを、視聴者に直接提供する事を規約で禁じているからだ。


色々と抜け道はあるみたいだし、そもそもの規約自体に利権が絡んでいる為、正当性も怪しい。

 

 ただ、腰痛部よーつーぶにBANを食らうと、オオエドシティのアイドル達は活動が出来なくなる。


 だから「マズイ」訳だ。


 そういえば、南蛮のバーで呑んでいる時に万錠ウメコが言っていたな……「生VFで死者が出ている」とか……何か関係があるかな?


 ――と俺は、そんな雑多なことを考えながら、何気なくつぶやく。


「もし兎魅ナナが生VFをしているのなら……ちょっと気になるな……」


 そう言ってから俺は、自分の発言のヤバさに気付いて月影シノブに慌てて弁解をする。


「ち、違うぞ!?

 ”兎魅ナナのVF”に興味があるんじゃない!!

 俺は、”VFの事”が気になっているんだ!!」


 しかし、俺のその言い訳はさらなる誤解を招き、月影シノブが明らかに怪訝な顔をする。


「つまり……プロデューサーさんは、VF全体に興味深々という事ですか?

 つまり……とにかく何か……“そういう感じの事”がしたいと?」


「違う!違う!!

 部分的には間違えていないが……いや、全然違う!

 これは、所長に聞いた仕事の話なんだ!!」


「え……!?

 お姉ちゃんと……VFの話を?

 どうして?なぜ……?

 じゃあ、つまり……私が知らない間に2人で……

 何か……R18な雰囲気に……?」


 という感じで、シノブの頭の中で話が巡りめぐって、俺と万錠ウメコの昨日の夜の真相に繋がりそうな感じになってきた。


 だから俺は、その後の通勤の時間をかけて……

月影シノブに言い訳と誤魔化しを繰り返す羽目はめになった。




—————




 西奉行所 アイドル事務所の、朝は早い。


始業時刻9:00の30分前には、所員の大半が出所しているからだ。


 もちろん公務員の鏡たる俺は、定時出社&退勤を心がけている。

今日は月影シノブに無理やり出勤させられたから、8:35に席についてしまったが……。


 万錠ウメコも黄泉川タマキも、当然のように先に出所していた。


二人ともバチバチにメイクをキメて、ゴリゴリに仕事をしている。

どんだけ仕事が好きなんだ?年頃の女がそれで良いのか?


 そんな俺の視線に気付いたのか、万錠ウメコが俺をよぶ。


俺は万錠ウメコのデスクに向かいながら、昨日の彼女との接吻を思いだす。


あのとき……万錠ウメコは俺に「好きよ」って言ったんだ。


 しかし今日になって俺はシノブから、万錠ウメコがバイセクシャルであると聞いた。


シノブは、「お姉ちゃんは女性にモテモテ」と言っていたし、「女性メイン」だとも言っていた。


 だから俺は、彼女に対してどういう感情を持てば良いのか、よく分からないでいた。


 「好き」と言われて接吻せっぷんもしたのなら、それは……もはや……恋人同士って事になるんじゃないのか?


俺はやっぱり、何か“責任”を取らなければならないと思うんだが……。


 と俺は、非常に悶々としていた訳だが……当の万錠ウメコは、そんな事はおくびにも出さず普通のテンションで俺に話しかける。


「すごい顔ね?大丈夫?」


 彼女のいつもと変わらない様子に少し驚きながらも、俺は自分の腫れた目をゆびさしながら答える。


「朝起きたら、こんな顔になっていた。

俺だって自分の顔にビックリしている。

 しかし、言葉とは逆に……

あんたの顔が、半笑いなんだが?」


「いえ、ごめんなさい……。

 ちょっと……ふふ。

 あまりにも”予想以上”だったから……つい……ね?」


「”予想以上”……?

 やっぱ、なんか知ってるのか?」


「まあ、ひとまずは仕事の話よ」


 いぶかしがる俺をよそに、彼女は仕事の話を続ける。


「ナユタ君も復帰したことだし、”プロデュース会議”をしましょう。

 しかし、それにしても……

シノブはどうして朝から出所してるの?」


「え?

 知らないのか?」


「知らないわよ。私達、別々に住んでいるんだし」


「それも、そうだったな。

 あんたの”豪邸”は一人暮らしだったな……痛っ!!」


 足元を見ると、万錠ウメコのシルバーのピンヒールが俺のブーツに食い込んでいた。


どうやら俺が今言ったことは、”彼女にとって”公の場で言ってはいけない種類の事だったらしい。



 万錠ウメコは、ピンヒールを俺の足に食い込ませたまま業務用の笑顔で話を続ける。


「ともかく、シノブも出所しているのは良い機会よ。

 さっそく会議を始めましょう?」


 ”所長様”のご提案に対して俺は、ホログラム時計を見ながら抵抗を試みる。


「まだ、8:45だ。

 始業時刻の15分前だが?」


「会議資料については、既にタマキさんがまとめてくれたわ。

 あとは、みんなが会議室に集まるだけよ」


 流石、”ブラック女神”所長。

所員の貴重な意見具申いけんぐしんは、華麗にスルーする方針のようだ。


 しかし一方で、万錠ウメコの事務的な態度に、俺は彼女とどう接したら良いのか、ますます分からなくなった。


やっぱ俺との接吻せっぷんは、遊びだったんだろうか?


やはり俺は、もてあそばれたのだろうか?


 いやいやいやいや!

なぜ俺の方が”恋する乙女”みたいな気持ちになってるんだ??


心を乱されるな俺!!


 ”何気ない平穏な日常”が、俺が求めるものだろ???


恋だ愛だにうつつを抜かすな!俺!!!



 こうして俺は、“心の平穏の危機”を抱えたまま、西奉行所アイドル事務所の、2回目のプロデュース会議に参加することになった。

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