45話 出勤しよう1
ドン ドン!
ドン ドン!
俺はボロい“プレハブ長屋”のドアが叩かれる音で、目を覚ました。
「う!痛ッ!!」
その瞬間、俺の頭に痛みが走った。
二日酔いか?それにしては痛過ぎる。こめかみが割れそうなんだが?
俺はベットの上で、部屋の様子を確認する。
それは間違いなく、俺のマイホームのボロ長屋の一室だった。
部屋のど真ん中のちゃぶ台には、俺の
つまり、この小汚い部屋は、間違いなく俺の部屋だ。
しかし、そうであれば、ひとつ気になることがある。
「……万錠ウメコとの……
ドン ドン!!
ドン ドン ドン!!
再び俺の部屋のドアが叩かれる。
誰がドアを叩いてるか知らないが、しつこい奴だ。
もしかして大家か?今月の家賃の催促か?マズイな。なんとか言い訳をしないと。
そう思った俺は、ゆっくりと立ち上がった。
頭に次いで腰が痛む。
オッサンじみた声が漏れる。
「あいたたたた」
一体どうしたんだ俺の身体は?
30歳を目前にして急激にオッサン化したのか?と思ったが、その間にもボロい玄関ドアは叩かれ続ける。
ドン ドン ドン!
ドン ドン ドン!
ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドン!!
「三三七拍子するな」
――と俺は、ノックする誰かに対するツッコミを、呟いた。
パンツ一丁だった俺は、散らばった酒瓶の上にあった着物を適当に羽織り、とりあえず玄関に向かう。
しかし、大家と対峙した時の言い訳を考えなければ……
『メガザイバツが運営するマッチングアプリで女に騙された挙げ句、ボッタクリ酒場で引ったくりに合って、最終的に愛車の無料点検でガソリンの代わりに何故か除草剤を入れられて、人生のドン底なんです』
——という言い訳は以前に使ったし……マジでどうしよう?
そんな事を考えながら俺は、頭痛と腰痛に耐えながら歩き、なんとか玄関まで辿り着いた。
玄関の電脳認証式ロックを解除し、超強化プラスチック製のチープな引き戸をガタガタと開けながら、俺は言う。
「いやー。すんません。
家賃の振り込みは、もうちょっと待って下さい。
奉行所の給料は、まだ先ですし……
バイクが爆発して残った3年ローンが控えていますし……
ちなみに、俺の愛車の爆発はトップアイドルによって引き起こされて……」
と俺は、大家に対する言い訳を始めたが、それに反して少女の叫び声が聞こえる。
「いやああああ!!
出たああああ!!!
“お岩さん”の男性バージョン!!!!!!」
俺が顔を上げると目のまえに、チャコールグレイの学攻の制服を着た、薄紫のセミロングの美少女がいた。
赤のリボン風のネクタイが、朝日に照らされてまぶしい。
しかし、大家はオッサンだったはずだ。いつのまに美少女に?
これが”美少女擬人化”って奴か?
いやいやいや。
大家のオッサンは、元から人間だ。
“オッサンの擬人化”ってなんなんだよ。
と俺が、”脳内1人ボケツッコミ”を繰り広げながら、目を擦り、よくよく見てみると……
その美少女は、制服姿の月影シノブだった。
制服姿の月影シノブは、相変わらず、見た目だけは完全な正統派美少女だった。
俺は、かすれた声で彼女に聞く。
「どうしたんだ?シノブ?こんな朝っぱらから絶叫して……。
それに、“お岩さん”?
それって俺の事か?」
しかし、シノブはさらなる恐怖で、緑色の目をまん丸に見開き、大きく
「お、おおおお!!
お岩さんが!!!
しゃべったぁぁぁあああああ!!!!!!」
「お岩さんはしゃべるぞ。『うらめしやー』とか言う筈だ。
それより、落ち着けシノブ。
俺だ。
君のプロデューサーのナユタだ」
恐怖のあまり半ベソの月影シノブは言う。
「ふ、ふぇ??
プ、プロデューサー……さん?」
「そうだ。
俺の顔がどうなってるか、今の俺には分からんが、俺は間違い無く俺だ。
この声で分かるだろ?」
「た、たしかに……
プロデューサーさんの声です……」
と言った月影シノブは、俺の胸と下半身を見て、急速に顔を赤らめて、再び叫ぶ。
「ひゃあああああ!!!
と、ととと兎に角!!
ちゃんと服を着て下さい!!
パ、パンツと!
た、たたた逞しい胸板と、6つに割れたお腹が丸見えです!!」
と言った月影シノブは、両手で赤面した顔を覆ったが、指の間からチラチラと俺の胸や腹を見ている。その両手の意味はなんなんだ?
「俺は半裸でも構わんが?」
「
とにかく!出勤の支度をして下さい!!!!」
と言った月影シノブは、真っ赤な顔のまま玄関の超強化プラスチックの引き戸をピシャっと閉めた。
いざとなれば、ちゃんと動くんだな。うちの玄関の引き戸。
俺は頭を掻きながら、身支度を始める。
パンツをかえて、灰色の着物を“超振動洗濯機”につっこみ、洗面所の鏡の前で髭を剃り始める。
そして、鏡を見ながら自分の現状について考える。
『シノブが早朝から、玄関のドアで三三七拍子していたのも疑問だが……
それより何より、俺はどうやって自分の家に帰ってきたんだ?』
顎にシェービングクリームを塗る。俺は敏感肌なので、剃刀派だ。
『昨日の夜は、万錠ウメコの部屋で
とにかく、その後の記憶がスッポリと抜け落ちている。
もしかして……またしても、パンツァーの所為だろうか?』
そして俺は、自分の腫れ上がった目を、改めて見る。
シノブが言っていたように、俺の目は“お岩さん”みたいに腫れ上がっている。
ちなみに、お岩さんというのはヒノモトで伝統的な幽霊のイメージだ。もっと知りたいなら電脳で検索してくれ。”ホラー注意”ではあるが、色んな画像が出てくるはずだ。
そして、さらに加えて、腰もメチャクチャに痛い。
酔って倒れたんだろうか?
しかし、それなら俺は、どうやって自分の家に帰って来たんだろうか?
とにかく、万錠ウメコに話を聞かないと、昨日の夜の事実は分からないだろうな。
俺が髭剃りを終えると同時に、超振動洗濯機がアラーム音を発した。
そこから、灰色の着物を取り出して羽織る。着物は洗濯機の乾燥の熱で、まだ暖かい。
そして、ワンルームの部屋に戻り、
帯を締めた後に、濃紺の羽織に袖を通しながら、床に落ちていた
ちなみに俺は、
今や俺は、幕府お抱えの正式な”国家公務員”な訳で、それ相応の恰好をしなければならないのだが、アイドル事務所のメンツは誰も何も言わないので、浪人時代の髪型のままでいる。
それに、
今は辛うじてフサフサなんだ。俺の残り少ない”フサフサ人生”の中では、出来る限り頭頂部の髪を堪能していたいと、常々思っている。
そして身支度を終えた俺は、玄関に向い、ふたたび超強化プラスチック製の引き戸をガタガタ開けた。
そこには、月影シノブが相変わらず待っていた。
しかし彼女は先程と違い、”やたらと赤いパン”を食っている。
月影シノブは、右手にその――”やたらと赤いパン”を持ち、左手を頬に添え、幸せそうに目をつぶってパンの味を堪能していた。
「もふもふもふ」
俺は、そんな幸せ絶頂の中「もふってる」月影シノブに聞く。
「何だそのパン?赤過ぎ無いか?」
彼女は、突然の俺の出現にまたしても驚き、何かを必死に叫ぶ。
「うむっ!もふっ!! まふまふまふまふまふ!!!!」
「”まふまふ”言い過ぎだ。
とりあえず、食ってから話せ」
しかし、月影シノブは、パンが気道に詰まったらしく、一瞬顔が真っ青になった。
そして、すぐに「どぶふ!どぶふ!どぶふ!!」と咳き込み始めた。
”どぶふ”という咳込み方は、アイドルや女子攻生がしてはいけない種類のヤツだが、俺は武士の情けで見ていない事にした。
俺は、再び家に戻り
それを受け取った彼女は、凄い勢いで水を一気飲みし、しばらくして落ち着いた。
息を切らしながら、月影シノブは言う。
「はあ……。はあ……。
”メキシカンチリドック焼きそばパン”……です」
「え?なんだって?
”めきしかん地理”?」
「いえ。”地理”では無いです。
”チリ”です。
今、女子攻生の中で人気沸騰中のブリリカ料理です。
”メキシカンチリドック焼きそばパン”です」
「メキシカンで、焼きそばで、パンとか……。
それの一体どこが、ブリリカ料理なんだ?」
「発祥などは、分かりません。
私は、パンの専門家ではありませんから。
とにかく
美味しかったので、少々トリップしてました。
すみません。」
「トリップ?そんなに美味しかったのか?
それならなんか……こちらこそ、すまなかったな。
しかし、どうやって俺の家に?
シノブは俺の家の住所を知っていたのか?」
「もちろん知っていました。
プロデューサーさんのお住まいの情報は、以前にタマキさんが、所員全員に無料配布していましたので。もちろん、GPS情報のリンク付きです。
ご存じなかったのですか?」
「初耳だ」
「タマキさんのチャットに矢印つきで――
『”
ちなみに、
「朝から、タマキのメールを音読しないでくれ。
なんか吐きそうになる。
あと……世の中には知らなくても良い知識がたくさんある。
”
「分かりました。忘れます」
「しかしこんな早朝から、何の用だ?」
「そ、それは……」
と言ったシノブは、急にモジモジし始める。
俺が、その様子を「可愛いな」と思いながら見ていると、彼女は直ぐに意を決したようで、自分の学生鞄を漁り……先程のやたらと赤いパンを取り出してきた。
「ど、どうぞ……」
彼女の手の中には、焼きそばパンの間にデカいソーセージと真っ赤なソースが掛かった、例のパンがあった。
「それは、”なんとかチリ焼きそばパン”だな?
くれるのか?」
「は、はい……」
そう言った月影シノブは、パンを持ちながら少し俯き気味に、頬を桃色に染めて俺を見上げていた。
理由は分からないが、俺にパンを恵んでくれるらしい。助かる。
「ちょうど腹が減ってたんだ。有難くいただくよ」
「い、いえ……
お口に合えば……」
俺は、そのやたらと赤いパンを受け取る。
そして、少し意地悪そうな顔をしながら、俺は冗談を言う。
「感動だな。
女の子に養って貰うのが夢だったんだ」
「ハッ!!!
やっぱり……プロデューサーさんって……
”ヒモ体質”だったんですね?」
「いや、冗談のつもりだったんだが……」
「え?ウソですよね?」
「は?ウソ?」
「ええ。
プロデューサーさんは、『あわよくば女性に養ってもらいたい』って考えてますよね?」
「いや。ちょっと待て……。
どうも誤解が根深いみたいだな?
ちゃんと、俺の話を聞け」
「いえ。いいんです……。
前々から、思っていましたし……。
それに、人の人生はそれぞれですから……」
と言いながら、月影シノブは俺から少しづつ目を逸らして、玄関から離れ、歩き始める。
俺は、慌てて彼女を追いかけて叫ぶ。
「ちょっと待て!!
『前々から思っていた』って何だ!?
それに、俺はヒモじゃない。プロデューサーだぞ??」
こうして俺と月影シノブは、一緒に通勤をすることになった。
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