40話 飲み会に行こう4
アッパーヒル地区はその名のとおり高級住宅街だ。
ちなみにシノブが通う
上空から見る万錠ウメコが住むコンクリート造りのマンションは、高さはそこそこだが、横にかなり広く、マンションと言うより、まるで山の手の小さな街のようだった。
ガラス製の外壁が、青色のネオンに彩られて、いかにも高級な雰囲気を醸し出している。
その”閑静なガラスの街”を見た俺は、自分の肩で寝ている万錠ウメコを揺り起こす。
「おい。あんたの家に着くぞ。
無茶苦茶カッコいいマンションじゃないか。
羨ましいぞ」
「う……うーん……。羨ましい……?
……って……あ、あれ……?」
と言いながら万錠ウメコは、ゆっくり目を覚まし、俺の肩から頭を放して座り直す。
そして周りを見渡した彼女は、呟く。
「VTOLのタクシー……。
もしかして、ナユタ君が私を……送ってくれてるの?」
「ああ。そうだ。ナビによるとあと3分ぐらいで着くぞ。あんたの家に。」
「そう……私の家に……向かっている途中なのね?」
そう言いながら万錠ウメコは、長いまつ毛をパチパチさせた。いつもよりボーっとしているし、頬は赤みを帯びたままだ。
まだ酔いは覚めていないっぽいな。
「じゃあ……。もうちょっと眠れるわね……」
万錠ウメコは俺の肩に頭を置き、再び瞼を閉じる。
「やめろ。俺は枕じゃないぞ」
「良いじゃない。
たまには、誰かに甘えたって……。
今日の仕事だって、凄く疲れたんだから」
良くない。あんたの香水の匂いと、青髪ロングがサラサラで、俺がドキドキするんだ。
「もうすぐ、家に着くんだぞ?
今、寝ると駄目だろ?」
彼女は、瞼を閉じたまま言う。
「でも、VTOLが私の家に着くと……
ナユタ君。帰っちゃうでしょ?」
「当り前だ。
俺は家に帰ってやる事がたくさんあるんだ」
「私、まだ飲み足りないんだけど……」
「さっきは、俺に住所を知られたく無いって言ってたじゃないか?
それに足元だってフラフラだろ?」
「あれは、演技よ」
「は?演技だって?ウソつくなよ。
バーカウンターに突っ伏してたじゃないか?
それに寝てたのはガチだろ?
寝息を立ててたぜ?」
万錠ウメコは目を閉じたまま笑う。俺の首筋に当たった彼女の青色の髪が、少し揺れた。
「ふふふ。確かに、そうね?
寝てたのは本当ね。
だから、私が言ってる事は、ウソかもしれないわね?
でも、とにかく……」
俺の肩に頭を乗せて目を閉じていた万錠ウメコが、目を開く。
レモンイエローと黒のグラデーションの瞳で、上目遣いに俺を見つめて言う。
「とにかく、あと少しだけ……
もうちょっとだけ一緒に飲みましょ?」
そういった彼女の瞳は、夜のタクシーの暗がりの中で、艶やかに光った。
夜中に美女の自宅前で、上目遣いで誘われたら拒否をする男は居ないだろう。
その事によって、心が“色んな煩悩”で満たされて、ルンルンな気分になっても誰にも責める事は出来ないだろう。
「そ、そうだな……。はは……。
俺も飲み足りないなって、ちょうど思ってたんだ。奇遇だな。
はははは」
この時の俺の鼻の下は、結構伸びていたと思うが、夜の闇がオレのキモ顔を隠していたので、万錠ウメコは気付かなかった筈だ………と思う……
……いや……そうであって欲しい。
――――――
玄関でブーツを脱ぎ、黒のカーペットの床と白の壁の廊下を抜けると、俺の目に、一面ガラス張りのデカい部屋の様子が飛び込んで来た。
山の手にあるこのマンションからは、オオエドシティーとオオエド港と海の向こうまでが一望できる。
いわゆる、”百億両の夜景”って奴だ。
俺は思わず窓際に駆け寄り、子供みたいな感想を漏らす。
「うわー。マジですげー。
あの東にボワッと浮かぶのがナンバ・グラウンドゼロ?
レインボービッグブリッジも見える!!
え?じゃあ、クニウミ島があれ?一望できるじゃん!!
うわーすげーキラキラだ」
そんなガキ化した俺を見た万錠ウメコは、笑いながら言う。
「ふふ。喜んでもらえて嬉しいわ。
じゃあ、ナユタ君はそこのソファーに座って待ってて。
私は、お酒を持って来るわ」
居間って表現して良いのか分からないぐらいに広いその部屋の中央には、L字型の濃い紺色のクソデカいソファーがあった。
俺が知っているソファーとは、形もサイズも全然違ったが、彼女が言う”ソファー”とは、おそらくこれの事だろう。
その紺のL字型のソファーの前には、濃い紫色の絨毯が敷かれていて、その上にはガラスのローテーブルが据え付けられていた。
下賤な感想で申し訳ないが、そのソファーセットは、なんかエロかった。
俺はその”エロいソファーセット”に腰を降ろし、またしてもガキ的なコメントを発する。
「フカフカじゃーん」
そんな”初めてのお宅訪問”気分を味わってた俺の前に、黒の
もちろんタイトスカートの下の脚には、60デニールの黒タイツだ。
俺は”60デニール”を見ながら、「靴を履いていない状態だといつもの2倍ぐらいの破壊力があるな」と思った。
万錠ウメコは桐の箱と
「あなたのお口に合うかどうか分からないけれど……父の関係の方から頂いたお酒よ」
桐の箱には高級そうな日本酒の銘が書かれている。なんか緊張する。
そして同時に俺は思った。
『この女……マジで酔って無いんじゃないのか?』
そうなのだ。さっきまで足元フラフラで俺の肩で寝息を立てていた女が、家に帰った途端、しっかりと歩き、しかも訳の分からないぐらい高級そうな日本酒を配膳してるなんてどう考えてもおかしい。
万錠ウメコはさっき、「あれは演技よ」と言っていたが……あれは、マジだったのか?
そんな俺の疑念をよそに、万錠ウメコは静かに俺の横に腰を降ろす。
万錠ウメコの水色のネイルの美しい手は、桐の箱の封を空け、徳利に酒を移し、自分の青髪ロングを耳に掛けてから、お猪口に酒を注ぐ。
そんな万錠ウメコの美しい横顔と、美しい
俺はそんな万錠ウメコの美貌に、思わずボーっとしてしまう。
考える事がどうでも良くなり、俺はなんとなく彼女の入れた酒に手を伸ばす。
お猪口は水色の
口に入れた酒は適温で滑らかで、華のような香りが俺の鼻孔いっぱいに広がる。
俺は、
「旨い!!マジで旨い!!
なんとかの天然水よりも飲み易くて!!3日ぶりに食ったオニギリよりも旨い!!」
「お酒を飲んだ感想が、オニギリ?
ふふふ。あなたって本当に面白い人ね?」
と彼女は、俺を見て微笑んだ。その笑顔は普段のブラック女神では無く、完全な女神の笑顔だったので、俺はつい、彼女に心を許しそうになった。
しかし、直ぐに正気に戻る。
そして……「あ、危なかった。酒の旨さと、万錠ウメコの美貌の所為で、もう少しで”腹黒女“の手の平の上で盆踊りを踊るところだった」……と思った。
万錠ウメコは自分のグラスに、ワインを注いだ。そしてそれを掲げて、微笑み、言う。
「改めて……お疲れ様。ナユタ君。
あなたの前回の配信中の努力、私はちゃんと評価しているつもりよ。
だから……いつもありがとう。ナユタ君。」
と言ってから、万錠ウメコは、俺と本日数度目の乾杯をした。
彼女のその労いの言葉に俺は心を打たれ、さらに、その美貌にノックアウト寸前だったが、なんとか気を取り直して、いつもどおりを装って言う。
「あ、あぁ…。まあ……死にかけたしな。
評価は嬉しいぜ。ありがとう。
それじゃあ、乾杯……」
「ふふ。乾杯……」
俺と彼女のグラスとお
あるいは、頭の良いお前らの中では――「その女はヤバいヤツだぞ!ナユタ!気をつけろ!!」と思ってる奴も居ると思う。
実際、俺が
でも、仕方が無いと思わないか?
俺は酔っていたし……彼女が持ってきた酒は旨過ぎたし……
それより何より、万錠ウメコは、俺にとって最高にタイプの女なんだ。
それも今後、一生、出会えないレベルの……。
しばらく俺達は、酒と会話を楽しんでいた。ハッキリ言って俺は、最高に楽しかった。生きてて良かったと思えるレベルに、楽しかった。
万錠ウメコは残り少なくなったワイングラスを片手に、組んだ黒タイツの脚の爪先をフラフラさせながら言う。
「それでね……。
その時のシノブったら本当に笑えるの。
『ダイエットの為に走ってたら、いつの間にか電脳ヤクザさんをぶっ飛ばして捕縛してました』ってね?
そんな事、本当に有り得るって思う?ふふふ」
「はは。嘘じゃないのが怖いが……シノブらしいセリフだな。ははは」
俺は、自分が何杯飲んだかも忘れていた。なぜなら、彼女との会話がとても楽しかったからだ。
そして、万錠ウメコも楽しそうに話を続ける。
「自分の妹ながら、シノブって、本当に予想が付かない面白い
「ああ、シノブのそういう天然系ながらパンチが効いた性格が、魅力であり、可愛いところであり……まあ、心配でもあるんだがな……。ははは」
仕事中には見れない、柔らかい笑顔の万錠ウメコは、とてもキュートで魅力的で可愛かった。
だから、俺は酔っ払いながら、つい——
『もし、こんな頭が良くて、スタイルも良くて、黒タイツの美女と付き合えたら最高だろうな。
そして、出来る限り高級な指輪をプレゼントして、浜辺の神社で結婚して、子供を2人ぐらい作って、穏やかに歳を重ねられたら、もっと最高だろうな。
老後には同じ趣味を持って、旅行とかにも行ってさ?』
——という感じの”ガチ将来設計“を妄想しかけたが、慌てて自分の顔を平手でシバいて、正気に戻る。
今、一瞬マジで惚れそうだった。あぶねーー。
しっかりしろ!俺!
さっき、考えてたじゃ無いか!!
この女は、“腹黒ブラック女神”だって!!
自分の頬を本気でビンタする俺の奇行を見た万錠ウメコは、目をまん丸にして言う。
「ちょ、ちょっと!
急に自分の頬を叩いてどうしたの?
真っ赤になってるわよ?
……大丈夫……」
と言って、彼女はソファーから腰を浮かし、俺の頬に手を当てた。
万錠ウメコが中腰になる事で、俺の目の前には、彼女の青髪ロングと、スーツのシャツから覗くDカップの谷間があった。
そして、彼女の体の匂いが俺の鼻腔に飛び込んで来た。
その一瞬、俺の身体を、煩悩が稲妻のように駆け巡った。
しかし、それに構わず、万錠ウメコは続ける。
「頬が真っ赤になってるじゃない?けっこう熱いわね」
俺の頬が真っ赤になってるのは、“自滅ビンタ”だけの所為だけじゃなかったんだが、とにかく、俺は焦って誤魔化す……。
「ちょ、ちょっと……目を覚ましたかっただけだ。
さ、酒を飲み過ぎたからな……」
しかし、彼女に頬を触られている俺は、顔を動かす事が出来なかった。
だから俺の視点は、彼女の胸の谷間に固定されたままになった。
万錠ウメコの浮き出た鎖骨と、シャツの間から見える柔らかそうな乳房は、すごい迫力だ。
例えるなら、葛飾北斎の富嶽三十六景を、壁一面に貼り付けて全てを同時に鑑賞するぐらいの迫力だ。
何を言ってるのか分からないって?そうだ。俺も、何を言っているのか分からない。
そして、俺の頬を指で撫でていた万錠ウメコは、俺から離れる。
そして、彼女は柔らかく微笑む。
至近距離の彼女の笑顔は、とにかく美人で可愛くてキュートで、イザナミより女神だった。
「酔ったからって、急に自分にビンタを?
ふふふ。変な人。
ちょっと待ってて……何か冷たい物とお酒を取ってくるから」
と言った彼女は、黒タイツの膝を揃えてソファーから静かに立ち上がり、他の部屋に歩いて行った。
そして、その時の俺の頬は、さらに赤くなっていた。
まるで、照れた時の月影シノブのように……。
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