39話 飲み会に行こう3

 万錠ウメコから、「VF」とか「生VF」等といった、かなり刺激的なワードが飛び出し、俺は少し心がざわめいたが冷静を装う。


この女には隙を見せないと、俺は心に決めているからな。


 ところで彼女のピンヒールは、まだ俺のブーツに刺さったままだ。でも何故か慣れてきたので、そのままにしている。


 俺は、万錠ウメコとの会話を続ける。


「”生VF”ってのは、普通のVFと何が違うんだ?」


「”生VF”と言うのは……フルダイブした電脳空間で、プログラムでは無い本物の人間と“する”事よ。だから、生(なま)って訳。

『生きてるバーチャルリアリティー』だなんて、変な言葉だけどね?」


 と言った彼女は、怪訝な表情で俺を見て、続ける。


「……と言うより、あなた……私に、なんて物の説明させてるのよ?」


「いや、先に説明を始めたのは、そっちだろ?」


 たしかに、話を広げたのは俺だが、最初に話を始めたのは彼女だ。

 

「違うわ。私が言ってるのは、そういう事じゃないの。

 こういう事に詳しいのは、男の人でしょ?何故、あなたが知らないの?」


「お前は、男が誰しも“サルみたいに盛ってる”とでも思ってるのか?

 俺は生憎、そういうのには興味が無いんだ。

 俺は“二次元専門キモヲタ”だからな!」


「あなた……“二次元専門キモヲタ”なのね……。

 ふふ……笑える。」


 自虐ネタを披露した時に、ツッコまれるより、鼻で笑われる方が傷つく事がある。

今の俺は、正にそういう状況だったので、彼女の嘲笑に大いに傷ついた。


 そんな俺の傷心を気遣う事も無く、万錠ウメコは、話を続ける。


「私が生VFを知ったのは、最近オオエドシティーで事件が多発してるからよ」


「生VFの事件?どんな事件なんだ?」


「生VF中の男性が相次いで死んでいるの。もちろん、行為中に……。不可解だと思わない?」


「そういうプレイなんじゃ無いのか?」


「どういうプレイなのよ?」


 確かに「どんなプレイなんだ?」と思ったが、その手の特殊プレイは専門外なので、分からなかった。俺は、”二次元専門キモヲタ”だからな。


 万錠ウメコは、続ける。


「とにかく、一人や二人の被害者なら、電脳の違法改造か、電脳の故障かで話が済むんだけれど、さっき言ったように被害者が相次いでるのよね。だから問題なの。

 ……それと、この事件は、そのうちナユタ君に引き継ぐわ」


「ふーん。そうか。生VFの事件は俺に引き継ぐのか。

 なるほど……。

 ……って……え?

 今、『俺に引き継ぐ』って言ったか?」


「ええ。言ったわ。

 『あなたに引き継ぐ』って……。

 だって私、嫌だもの。この事件……」


「何故だ?」


「何故って……それは……

 捜査の為に下半身丸出しの男性や、“直立させた状態”の男性の画像を見なくちゃいけないのよ?嫌に決まってるでしょ?」


 それは嫌だ。なるべくなら遠慮したい。


 いや、しかし……逆に考えると……万錠ウメコみたいな美女に、死んだ自分のアレの写真を見られるのなら、それも一種のご褒美なのか?

……いやいやいや、流石にそれは特殊プレイ過ぎる。

変態だらけのヒノモト人の中でも、それは流石に変態過ぎる。


 それはともかくとして、俺は万錠ウメコに言う。


「だからって、俺に仕事を回さなくてもいいじゃ無いか。

黄泉川タマキだっているだろ?

 アイツなら、きっと大丈夫だ。むしろ喜ぶまである」


「確かに、タマキさんなら大丈夫だし、喜ぶまであるけれど……

 彼女は”別件”で忙しいの。

 ともかく、これは決定事項よ。あなたに拒否権は無いわ」


「うわー。出たー。”ブラック上司奴ー”」


 と俺は、やや昔のネットミームで彼女をイジったが、万錠ウメコは無視して言う。


「ともかく、無粋な仕事の話は終わりよ。今からは楽しく飲みましょ?」


 そして彼女は、「このカクテルは飲みやすいわよ?」と言いながら、グラスのフチの口紅を右手の親指で拭き取り、そのグラスを俺に差し出した。


 俺は、「やめろよ。間接キスになるじゃないか。ドキドキするだろ」と、ティーンエイジャーみたいな気持ちになったが、それは言わずに丁重にお断りする。


「いや。いい。遠慮しておく。

 俺は適当な奴で良い。

 ただ、マティーニだけはもう嫌だ。」




――――――




 ちなみに、俺は酒には弱く無い。

むしろどちらかと言うと、強い部類に入るのかもしれない。


おそらく、万錠ウメコも同様だろう。


彼女は、途中まで俺と全く同じペースで酒を飲み、同じように会話をしていた。


……まあ、10分前までは……って話だが……。



 バーカウンターに突っ伏した万錠ウメコは、回らない呂律ろれつで愚痴をぼやく。


「もう……与力のやつら……ほんとマジで無理……。

 年金貰って、定年伸ばして……さらに給与を受け取るとか……。

 どんだけ老害ムーブすれば気が済むのよ……」


 俺は、彼女の世代間格差を嘆くそのセリフよりも、周りの目が気になり、少し焦っていた。


 他の客達のヒソヒソ声の陰口が、俺の耳に刺さる。


「うっわ。あいつ女の子を酔い潰してる」


「サイッテー。ああやって、お持ち帰りするつもりなのね?」


「常套手段なんだろうな。マジでクソ野郎じゃん」


「二次元専門のキモヲタじゃん」 


 最後のヤツだけが、何故か俺の心を的確にえぐってきたが、とにかく俺は気を持ち直して、万錠ウメコの背中を揺する。


「おい。所長!!

バーカウンターで寝るな。

 何故か俺が激しいバッシングを受けている」


 万錠ウメコは、ピアノブラックのカウンターに突っ伏したまま言う。


「うるさいわね。ナユタ君……私のお酒が飲めないって言うの?」


「なぜ姉妹揃って、大昔の酔っ払いみたいなセリフを吐くんだ」


 ここで、さっきから俺達の様子をチラチラ見ていたカラクリアンドロイドのバーテンが、おずおずと俺に声を掛ける。


「申し訳ございませんが、お客様……。

 他のお客様の事もございます。

お会計は、お連れ様のクラウドマネーの自動引き落としですので……。

 ここは、出来れば……お客様に、お連れ様のご介抱をして頂きたく……」


 ——つまりカラクリアンドロイドの彼の言い分として要は——「金は貰ったから、酔っ払いを連れて出て行ってくれ」という事だ。


 だから俺は、その”ご丁寧な退店勧告”に従い、万錠ウメコを引きずって、店を出た。


しかし、万錠ウメコはかなり酔っているようで、足元がおぼつかない。


「ちょっと……まちなさいよ。ナユタ君。」


店を出た途端、彼女は俺に寄り掛かった。勢いで俺も少しよろめく。


「ぬほう!!」


 彼女のスーツ越しのDカップが腕に押し付けられて、俺はキモめな奇声を発した。


しかし、万錠ウメコは酔って気付いていないのか、俺の腕にグイグイ胸を押し付けて言う。


「ねえ?もっと飲みましょうよ?」


 俺は、酒の酔いと、彼女の淡い香水の匂いと、Dカップの最高の柔らかさにクラクラしながら言う。


「よ……酔っ払ってフラフラだが、マジで大丈夫なのか?」


 この段階で俺には、二つの選択肢があった。


1つ目は――

「万錠ウメコを放って家に帰り、『静かなる御前ごぜんたん』のアーカイブ配信を見る」――だ。

俺は、ささやかな幸せに満ちた日常に戻る事が出来る。歴史系AI腰痛婆よーつーばーである彼女の配信は、可愛いだけでなく教養にもなる。良い事づくめだ。


 しかし、その場合、ひとつ気がかりな点がある。

それは、今、俺の腕にDカップを押し付けている美女の身の安全だ。


オオエドシティーの治安レベルは、世界で最低クラスだ。昼間に街中を散歩しているだけで、銃弾が頭の横を掠めるレベルだ。


そんな街の夜道を、酔っぱらった女が一人で歩いていたらどうなるか……。

誰だって簡単に予想が付くだろう。


そんな状況に女を1人で置いて、最推しのアーカイブ配信を見れる程に、俺は頭のおかしい二次元専門のキモヲタでは無い。


 よって、俺の取れる選択肢は、2つ目の――「万錠ウメコを家まで送り届ける」しか無くなっていた。


 だから俺は、寄りかかる万錠ウメコに聞く。


「なあ?ウメコ所長。あんたの家の住所を教えてくれないか?」


 俺の肩で眠りかけていた万錠ウメコは、急にハッキリとした声で言う。


「イヤよ。個人情報よ。

ナユタ君に住所を教えたら、私が定期的に襲われるかもしれないわ」


 それを聞いた瞬間、コイツを何処かに捨てて帰ろうかと考えたが……流石にそうもいかないので、一旦頭を冷やして冷静になり、俺は再び彼女に聞く。


「あんたの家に入りたい訳じゃない。

 俺は、あんたを無事に家まで送り届けたいんだ。

だから、教えてくれないか?あんたの家の住所を?」


 しかし、万錠ウメコはその質問には応えなかった、何故なら彼女は俺の肩で眠っていたからだ。


その寝顔は、いつも気の強そうな表情が一転し、無防備で少女の様な幼い寝顔だった。

ハッキリ言ってかなり可愛かったが……今は、そういう事じゃ無いんだ。

俺は、彼女の寝顔じゃ無く住所が知りたいんだ。


 しかたなく俺は、イザって時には絶対に頼りになる”最高の美女”を呼び出す事にした。


「へい!WABISABI!万錠ウメコの家の住所を教えてくれ」


 俺の網膜ディスプレイ上に現れた彼女は言う。


「緊急事態でございますか?」


「ああ。緊急事態だ。

これを見てくれ。

所長様が酔っぱらって、俺の肩の上でご就寝中だ」


「なるほど。“羨ましい光景”ですね」


「は?」


「ウメコ様に寄り添って頂けるなど、“男性冥利”につきますね?」


「え?」


「いえ……。失礼しました。”冗談”です。

先日シノブ様が、ワタクシにジョーク語彙アドオン――KOKINTEIこきんていを、導入されましたので、つい”冗談”が口をついて出てしまいました。申し訳ございません」


 やめろシノブ。

俺のWABIちゃんを変な方向に拡張するな。クールで時々淫乱になるだけで十分にキャラが立ってるんだ。これ以上、彼女のキャラを変な方向に持っていくんじゃない。


「とにかく、万錠ウメコを家まで送り届けたい。彼女の家の住所を教えてくれないか?」


「了解しました。

 個人情報保護の観点から、ワタクシがナユタ様に情報をお伝えする事は出来ませんが……

ウメコ様のご自宅までのナビゲーション設定をした、自動タクシーを手配する事は可能でございます。

 それでよろしいでしょうか?」


「ああ。それで良い。頼む」


 こうして俺は、酔っぱらった万錠ウメコをVTOL空飛ぶ車の自動タクシーに押し込み、彼女の家まで送る事になった。

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