38話 飲み会に行こう2

 西奉行所アイドル事務所の飲み会は、そこそこ健康的な時間に終わった。

未成年者が二人居るから、当然の事だ。


 VTOL空飛ぶ車の自動タクシーを前にしてタマキが言う。


「それでは、シノブちゃんとココロちゃんは、私が責任を持ってお送りしますね?」


 タマキに手を引かれた月影シノブは、女子攻の制服のえんじ色のネクタイを頭に巻いている。


「じゃあ!バイバイキーン!ぷろでゅーしゃーしゃん!!」


 それを見た織姫ココロは”はわる”。


「シ、シノブちゃん……。どうして、ブドウジュースだけで……。

 大昔の酔っ払いみたいに……?」


 という感じで、3人は、わちゃわちゃしながらVTOLに乗り込んでいった……


……と思ったら、黄泉川タマキが俺の元に戻って来て、微笑みながら俺に聞く。


「所長は、どちらに?」


 俺は答える。


「たぶん、まだ会計をしてるんだろ?『先にみんな帰ってて』って言ってたし」


「なるほど。そうなんですね……?

 それじゃあ、ナユタさんは、こちらをどうぞ」


 と言って黄泉川タマキは、”痴女巫女服”の胸の谷間から「銀色の四角い袋」を取り出し、俺に渡してきた。


「は?なんだこれ?」


「樹脂製品ですよ」


「樹脂製品?」


「別名……”避妊具”とも言います」


「は??」


「所長は、おそらくまだ、呑み足りないと思います。

 所長は意外と”好き者”ですから……。

 しかし、本日は私が同行出来ませんので、ナユタさんが所長に同行して下さい。

 ですから……ね?」


「『ですから……ね?』じゃない。その前のセリフと全く意味が繋がっていない」


「お気になさらず。

それにナユタさんは、普段から持ち歩いているんですか?避妊具」


「いや……持ってないな」


「じゃあ、どうぞ」


「やめろ。俺の懐に、勝手に入れようとするな」


「いらないんですか?避妊具。

 あ!という事は、もしかして……

ナユタさんって、世界中の女性と子作りをしたいタイプの男性なんですか?」


「俺は、どっかの国のハーレムの王様なのか?」


「ふふ。私は、子作りでも大歓迎ですよ?

 サイボーグですから」


「サイボーグは関係無いだろ。

 それに、そう言いながら避妊具を引っ込めるな!

 変に生々しい!!」


 という感じで、俺とタマキが避妊具を渡したり渡さなかったりしていると、俺の後ろから嬉しそうな女の声が聞こえて来た。


「あら?待っててくれていたの?

 タマキさんにナユタ君?」


 それは、万錠ウメコの声だった。

しかし、タイミングは最悪だった。


 何故ならその時、避妊具は俺の手の平の上にあったからだ。


 しかし黄泉川タマキは、何くわぬ顔で返答する。


「いえ。私は、シノブちゃん達をお家に届けないといけませんので……。

でもナユタさんは、所長をお待ちになっていらっしゃいましたよ?」


 こいつ、なに言ってるんだ。

俺は、万錠ウメコを待っていた訳じゃない。黄泉川タマキと、避妊具を押したり引いたりしていたんだ。


 しかし、そんな事を正直に言う訳にはいかなかったので、俺は速攻で避妊具を袖の下に隠し、誤魔化す。


「あ、ああ。そ、そうだ。

『便所にしては長いな』と思ってな」


 万錠ウメコはムッとした顔で言う。


「失礼ね。会計に手間取っていたのよ。

 メガザイバツ系の飲食店は、いちいちクラウドマネーの審査があるから、処理に時間が掛かるのよ」


「は、はは。そうなんだな。

俺は、3年ローンを抱えた貧乏人だから知らなかったな。はは」


 と俺が、何故か自分の寂しい懐事情を晒しながら誤魔化していると、黄泉川タマキは――


『それじゃあ、所長と”楽しんで”下さいね?』


――と俺の耳元で囁き、VTOL空飛ぶ車の自動タクシーの方に向かって歩いて行った。


 黄泉川タマキの様子を見た万錠ウメコは、少し寂しそうな表情をする。


「あら……

 もう帰っちゃうのね……タマキさん」


 どうやら万錠ウメコは、まだ呑みたいらしいが俺の知ったことでは無い。

今から家に帰れば、「静かなる御前たん」の生配信に間に合う。運が良ければコメントの一つや二つ、打てるかもしれない。


「ってことで……

じゃあ、すまんが……俺も帰らさせてもらうぜ」


 と俺が“大事な生配信”を視聴する為に帰ろうとすると……袖が後ろに引っ張られた。


 俺は、アホみたいに焦った。

 何故なら、その袖には避妊具が入っていたからだ。


 万錠ウメコは笑顔で言う。


「ねえ?ナユタ君。まだ帰る時間じゃ無くない?

 ……と言うより……あなた、どうしてそんなに慌ててるの?」


「い、いや……慌ててない!!

 お前が急に袖を引っ張るから、ビックリしただけだ!!」


「ふーん。変な人……。

 ……でも、どうかしら?

 ここに来る前に約束したし……私と二人で呑みに行かない?」


 と言った万錠ウメコの様子は……

酒で少し頬を染めて青髪をそよ風に揺らし、めちゃくちゃに色気があったので、俺は、ついつい言ってしまう。


「そ、そうだな……。たまには良いんじゃないのかな…」


 ……という感じで、俺は再び万錠ウメコに負けて、夜のニューシンジュクで二次会に突入することになってしまった。


 やっぱ、俺って、単純バカなんだろうな……。



――――――――



 二次会は、大人な感じのムーディーなバーだった。


 ピアノブラックのカウンターに出された、よく知らない南蛮の酒を口にした俺は、思わず顔をしかめて言う。


「まっず!!なんだこれ!?」


 そんな俺を見た万錠ウメコは、笑いながら言う。


「ふふふ。マティーニって知らないの?ナユタ君」


 俺は、グラスに入ったその訳の分からない酒をマジマジと見る。

俺の網膜ディスプレイ上に、オレンジ色のフォントでカクテルの情報が表示される。


【 Martini @ Dry Gin / Dry Vermouth 】


 マティーニは分かったが、しかし……ドライ ギンにドライ ヴァーマウス?

なんだそれ?

ドライってなんだ?乾いてるのか?乾いてる酒ってなんだ?

意味が分からん。


 だから俺は、理解を拒絶した顔で言う。


「普段、南蛮の酒なんて呑まない。

 それに、なんだ?

 酒の中に沈んだこの……禍々まがまがしい黒い実は?」


「オリーブの実よ。食べられるわよ」


 俺は、マティーニの底に沈んだオリーブと呼ばれるヤバそうな黒い実を齧る。


「まっず!!なんだこれ!?」


 万錠ウメコは、もっと笑いながら言う。


「あはは。さっきのコピペみたいな感想ね?」


「ブリリカ人はこんな酒を有難がって呑むのか?

信じられん。

 それに、笑い過ぎだ。」


「うふふ。だって可笑しいんだもの。

 それに、あなたのお酒を見るその体制……サルみたいよ?」


 俺は前かがみの姿勢のまま、当たり前の事を言う。


「俺はサルじゃない。ホモサピエンスだ」



 万錠ウメコが選んだ二次会の会場は、南蛮風のバーだった。

普段は一人で酒を呑み、飲みに行くのも場末の酒場だった俺には、全く馴染みの無い場所だった。


 入店の際、店先から漂う若干高級そうな雰囲気に俺は、大いにキョドったが——


「安心して。この店は私の驕りよ。だって、あなたの快気祝いだもの」


——という”黒タイツ上司”の有難いお言葉で、安心して入店する事が出来た。


 もしかすると、お前達からすると「女に奢ってもらうなんて情けない男だな」と思ってたりするかもしないが……もちろん、俺もそう思っている。自分の甲斐性の無さが悲しい。


「それじゃあ……“人間のフリをしたおサルさん”。

 私はちょっとお手洗いに行くわ。

 ここで、大人しく待っていてね」


 と俺をサル扱いしながら、万錠ウメコは席を立った。


 手持ち無沙汰になった俺は、店内をじっくり見渡す。


 地上30階のバーカウンターの窓からは、夜景が見える。

ここ――ニューシンジュクの街はオオエドシティー1番の歓楽街だ。

この街の景色は、いつに増してホログラムとネオンでギラギラテカテカしている。落ち着かない。


 店内には、ムーディーな曲が掛かっている。万錠ウメコが言うには、”ジャズ”っていうブリリカの音楽らしい。落ち着かない。


 俺が普段、電脳ミュージックアプリ――愛痛運あいつーんで聞くのは、アニソンだ。アニソン特有のキャッキャウフフの可愛い曲が、俺の疲れで凝り固まった電脳をほぐしてくれる。死の瀬戸際が連続するプロデューサーの仕事には、「萌え萌えきゃるーん」なアニソンがピッタリなんだ。



 暇を持て余した俺は、店内で目についたピンク色のホログラム看板を見て、何気なく音読する。


「スーパーVF女優”ヤクモ”の“生VF”が稼働中。

 さらに当店では高級サイバーダイブチェアを完備。

めくるめく甘美の世界をご堪能頂けます……だって?

 “生V F”ってなんだ?」


 いつの間にか便所から戻って来た万錠ウメコが、俺の視線の先のピンク色のホログラムを見て言う。


「どうしたの?もしかして……。

 盛(さか)ってるのかしら?」


「盛ってはいない。まだ俺をサル扱いしてるのか?」

 

「じゃあ、VFを知らないの?」


「流石の俺でもVFは知ってる。

 電脳空間で女のプログラムと“出来る”——いわゆるバーチャルファッk……痛ッ!!」


 唐突な足の甲の激痛に、俺は思わず叫んだ。


 カウンターの下を見ると、俺のブーツに万錠ウメコのピンヒールが食い込んでいる。


 かなり痛いので、俺は彼女を睨んだ。しかし万錠ウメコは、何食わぬ顔で続ける。


「VFについては……最近では、そういうあからさまな言い方はしないの。

 今は、“バーチャファイト”って言うのよ」


「VFが“バーチャファイト”だって?……

 ゲームみたいな名前だな?」


「まあ……そうね。

 VFは、ゲームみたいな物よ。

 ちょっとだけ……“大人向け”だけど」


 彼女はそう言って、手元のカクテルグラスを自分の口に持っていき、傾けた。


 カクテルグラスに、彼女の淡い桃色の口紅が付いた。

バーの薄暗い間接照明が、ガラスに反射し、彼女の柔らかそうな唇をきらめかせた。


その様子を見た俺は、彼女の美貌に、またしてもドキッとしてしまった。


そうだ。いまさらながら思い出した……万錠ウメコは、俺のタイプの”三次元女子“なんだ……。

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