3章 ドウセツ

37話 飲み会に行こう1

 ニューシンジュクの居酒屋「鳥老中とりろうじゅう」の店の中で、月影シノブの声が響き渡る。


「みなさーん!!

 私が注文を再確認しますので、一旦お話を中断して下さーい!!

 えーっと、食べ物は……

焼き鳥の盛り合わせが2皿に、フライドゴボウが1皿。

 それと、飲み物は……

タマキさんが、カクテルの“マツバブレイカー”。

ここにゃんが、牛乳。

お姉ちゃ……じゃ無かった……所長が、梅酒ソーダ。

プロデューサーさんが日本酒の剣鶴けんつるで……SABIちゃんがオイルですね?

 “ヨシ”!! 」


 シノブの“安全確認”みたいな“オーダー確認”に、

すかさずロリ戦闘AIのSABIちゃんが突っ込む。


「“ヨシ”じゃ無いわよ!!

アタシ、オイルなんて飲まないわよ!

 それに月影シノブ、アンタ……アタシの事、ロボと勘違いしていない?」


 シノブが手元のメモを見ながら言う。


「ああ。ごめんなさいSABIちゃん。

 ちょっとした“ノリ”で注文メモに書いてしまってました。

 AIが有機物を摂取するはず無いですもんね?」


 ……と、何故か幹事みたいな事をしているシノブの様子を見ながら、俺は、隣に座る黄泉川タマキに質問する。


「俺の斜め前で、ホログラムのWABIちゃんが座布団に座って、ホログラムの焼き鳥を食ってるのも変な話なんだが……。

 それよりも、なぜ、東奉行所の織姫ココロとSABIちゃんがここに居るんだ?」


 酒で少し頬を赤く染めた黄泉川タマキは、変なカクテルを飲みながら言う。


「シノブちゃんが声を掛けたそうですよ?

 『下校途中のここにゃんを後ろから襲って拉致して来ました』って言ってましたから……」


 それを聞いた俺の目の前の万錠ウメコが、笑みを浮かべながら言う。


「シノブは、意外とこういうパーティー事が好きなのよ。

 だから、必要以上に張り切っちゃうの」


 そうやって話し始めた俺達“大人三人”を見て、俺から最も席が離れたシノブが叫ぶ。


「そこの“大人グループの三人”!!

 私のオーダー確認、ちゃんと聞いてましたか!?

 私が注文を間違えて全員の飲み物がカレーになっても、後の祭りですよ?」


 シノブの隣の席の織姫ココロが、いつも通りに“はわり”ながら言う。


「だ、大丈夫だよ?シノブちゃん。

 ボクもちゃんと確認してたから……。

 それに……カレーは飲み物じゃないよ……」


 その様子を、ホログラムの焼き鳥を食べながら静かに見ていた大人なWABIちゃんが、口を開く。


「ご安心ください。シノブ様。

 そのような恐れが無いように、

ワタクシが既にサイバーネット経由で厨房にオーダーを通しておきましたので」


 WABIちゃんの話を聞いたシノブは、愕然とした表情でメモを机の上に落とす。


「え!?じゃあ……。

 私が、席を回って、皆さんのオーダーを順に聞いていた意味って……?」


 それを見た織姫ココロの前のSABIちゃんが、皮肉笑いで無慈悲に言う。


「そんなの無意味に決まってるじゃない?

 そもそもこの店は、電脳から直接オーダー出来るんだから、音声でオーダーする必要すら無いのよ?

 いや……て言うか……

ココロも確認してたのに、なぜアタシのオーダーがオイルになってたの?

アンタ達……アタシの事、本気でロボだと思ってない?」


 という感じで——


『俺の快気祝い 兼 歓迎会 兼 シノブの登録者数1000万人祝い 兼 タマキの実務目標達成祝い』


——の飲み会は、かなり“たけなわ”な感じだった。



 俺は、下座の机の隅で日本酒を煽りながら、スルメを噛み締め、その様子を若干冷めた目で眺めていた。


 俺の正面に座っている万錠ウメコが、机に両腕を置き、俺に若干顔を近付けながら質問する。


「どうかしら?賑やかで楽しいでしょ?」


 俺はスルメを噛み千切りながら答える。


「賑やかなのは、確かにそうだ。

 どっちかと言うと、五月蝿いと言っても良いレベルだ。

 楽しいか?と聞かれると……

 まあ……そこそこ楽しい」


「良かったわ。

 でも楽しいのなら、どうして、そんなに膨れっ面なの?」


「聞いてなかったからな」


 むすっとした俺の回答に、万錠ウメコは、微笑みながら首を傾げる。


「何を聞いてなかったの?」


 分かってる癖に。俺を煽ってるのか?


「俺の快気祝いと歓迎会だと思っていた。

 まさか、シノブと黄泉川タマキのお祝いまで兼ねてるとは思わなかった」


 実際のところ……

子供っぽい駄々を捏ねているかもしれない、という自覚はあった。


 俺の主張を要約すると……「俺の為だけの飲み会だと思ってたのに!!」と言ってキレてるのと同じだからな。


だが、一度、考えてみて欲しい。

俺は、そもそも多人数での飲み会が苦手なんだ。酒は一人で静かに飲みたいんだ。その主張を引っ込めてまで、参加したんだ。


 しかも、今日は俺の最推しの『静かなる御前たん』の配信日なんだ。俺はリアタイ至上主義なのにも関わらずここに来てるんだ。


 なのに、何故この有様なんだ?


 何故こんなに“兼ねまくった”飲み会なんだ??


 不機嫌になって当然だと思わないか?


 そんな俺の複雑な“乙女心”ならぬ“オッサン心”を知らず、万錠ウメコは続ける。


「賑やかな方が楽しいでしょ?

 お祝い事は、みんなで楽しんだ方が嬉しさも増すじゃない?」


「なるほど、さてはお前……”パリピの陽キャ”だな?

 あいにくだが、俺は”インドアの陰キャ”なんだ。

 つまり……お前と俺とでは、主義主張が全く嚙み合わ無い」


「何言ってるのか分からないけれど、

 いつまでも拗ねないの。

 グラスが空いてるわよ?」


 と言った万錠ウメコは、俺の剣鶴(日本酒)が入った徳利とっくりを勝手に取り上げ、俺のお猪口ちょこに勝手に注ごうとする。


「やめろ!まだ、お猪口ちょこに酒が残ってるじゃないか。

 俺はマイペースに飲みたいんだ」


「いいじゃない。”減る”もんでも無いし」


「俺は”減る”のを問題にしていない。

 ”増える”のが問題なんだ!」


 という感じで、俺と万錠ウメコが、徳利を奪い合っているのを見た月影シノブが、ヌルっと近付いて来て、誰も居なかった俺の右隣の座布団の上に、ちょこんと正座する。


 それを見た万錠ウメコが、微笑みながら声を掛ける。


「どうしたの?シノブ?一緒に吞みたいの?」


 俺の隣に正座したシノブが、真っ直ぐに腕を伸ばし、ビシッと手の平を広げて言う。


「未成年者の飲酒は法律で固く禁じられています」


 俺は言う。


「酒の缶の裏に書かれている、注意書きみたいなセリフだな」


 俺の突っ込みを無視し、シノブは万錠ウメコを真っすぐ見据えて言う。


「それに、お姉ちゃ……じゃなく、所長がプロデューサーさんにお酒を強引に勧める行いは、アルコールハラスメント——いわゆる”アルハラ”です。

 しょっ引きますよ?」


 ここで俺は、「おお!シノブは俺の気持ちを分かってくれるのか!さすが”陰キャ代表アイドル”月影シノブ!」と一瞬思ったが、次のシノブの行動を見て、考えを改めた。


「……ですので私が、”ブドウジュース”をプロデューサーさんにお酌します。これなら“アルハラ”には、なりません」


 と言って、シノブは自分の手のグラスを傾け、俺のお猪口の中にブドウジュースを注ごうとした。


 すかさず俺は、お猪口を取り上げて言う。


「やめろ!

酒の上にブドウジュースを注ぐヤツが居るか」


 シノブは頬を膨らませ不服そうな顔で言う。


「プロデューサーさんは、担当アイドルのブドウジュースを飲めないって言うんですか?」


「大昔の酔っ払ったオッサンみたいな事を言うな」


 それを見た万錠ウメコは、手に持っていた徳利を机におき、少し意地悪そうな顔で、シノブに言う。


「あら?シノブもナユタ君にお酌をしたかったの?」


 それを聞いたシノブは、急速に頬を赤らめつつ言う。


「ち、違います!!

私は、宴会におけるヒノモト人の悪習——“アルハラ”を撲滅する為に、日夜奮闘しているだけです!!」


「ふふ。正直に言えば良いのに」


「ほ、ほほ!本当です!!」


 その様子を見ていた織姫ココロは、隣の黄泉川タマキに聞く。


「ねえ?タマキさん……

 “オシャク”って何の事なの……?」


 俺の隣の黄泉川タマキが、俺の股間を指差しながら答える。


「“お尺”とは、男性の下半身を、お口を使って“慰るいたわる”行為のことですよ」


「え?じゃあ!? ……もしかして?

 シノブちゃんと所長さんが、ナユタさんを……

 ペロペロするの……?」


「そうですね。

 ”同時“なんでしょうかね?

 あるいは、”交互“なんでしょうかね?」


 それを聞いた織姫は、あっという間に死んだ目になり、虚な声で呟く。


「ボクなんて……お姉ちゃんですら……

 舐められた事無いのに……」


 俺は、たまらず突っ込む。


「織姫にウソを吹き込むなタマキ!!

 あと、織姫は俺を呪い殺しそうな死んだ目で睨むんじゃ無い!怖過ぎるぞ!!」


 という感じで、俺達、西奉行所の酒宴はかなり騒がしく、ツッコミで忙しい俺の数時間は、あっという間に過ぎて行った……。




―――――――


3章の更新頻度は3話/週の、火曜日、木曜日、土曜日の21:00頃です。

よろしくお願いします。


この回だけは、早めにアップしました。


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