32話 電子の枯山水2

 WABIちゃんに「結合して欲しい」と言われた俺は、呆気にとられて、もう一度確認をする。


「お、俺が、WABIちゃんと結合するの?

 え?なんで?

 いや、っていうか”結合”って何?」


「”結合”につきまして、具体的にご説明しますと……

 まず最初に、那由多なゆた様とわたくしが着物を脱いで全裸になります。

 次に、那由他なゆた様の下半身の状況を、わたくしが確認いたします。

その際、もし那由他なゆた様の下半身が”準備状態”で無かった場合、わたくしが手や口……あるいは、お好みであれば胸や臀部や脚を使用して、”刺激”を与えます。

 そして、那由他なゆた様の下半身が“準備状態”になりましたら、わたくしが股を開きますので、那由多なゆた様は、そこに“準備状態”の下半身……」


「ステイッ!!!!

 WABIちゃん!!ステイッッ!!!!」


 と言って俺は、かなり慌ててWABIちゃんを制止した。


 驚いた顔で着物のWABIちゃんは、首を傾げた。


 よく見ると、彼女の瞳孔の形がハートマークになっていた。なんだ、その表情。

同人誌とかでしか見た事が無い表情だぞ?


 そんな“ラブラブ顔”のままWABIちゃんは、言う。

 

「???

 どうかされましたか?那由多様。

わたくしの説明が不十分でしたか?」


「違う。十分過ぎる!

 ”結合”については、良く分かった!

 しかし、そのまま説明を続けると大変な事になる!!

 だから、もう説明は十分だ!」


「そうですか、ご理解をいただき嬉しくぞんじます」


 と言った、WABIちゃんの顔はいつもどおりの美人な笑顔だった。

しかし、瞳孔はハートマークだった。


 ともかく、俺は質問する。


「しかし……何の為に、俺はWABIちゃんと”結合”するんだ」


「わたくしと那由他様が結合をする理由は……

那由他様が“電子生命体”になる為でございます」


「俺が、“電子生命体になる“……だって?」


「はい。

那由他様は、現在、有機生命体とAIの性質を併せ持つ形で存在されています。

このような状況は記録に無く、世界初めての快挙と呼べるような状態です」


 何度か死にかけてる間に世界的快挙と呼べるような状態に、俺はなっていたのか……。

ハッキリ言って、全然嬉しくない。

いろんな事に巻き込まれて”世界的快挙“になっても全く喜べない。


 WABIちゃんは、さらに説明を続ける。


「ですから……那由他様は、わたくしと”結合“し、この世界と深く融合する事で、電子生命体となる事が可能となりました」


 またしても俺にはよくわからないが、とにかく俺は聞く。


「それで、その……”電子生命体”ってのになると、俺は一体どうなるんだ」


「那由他様が電子生命体になった場合のメリットとデメリットを以下に表示します」


 と言って、WABIちゃんは自分の胸の前にホログラムを表示した。




〜那由他様が電子生命体になった時のメリットとデメリット~〜


【メリット】

1、 永遠の命

2、 老化しない

3、 行動範囲と知識を無制限に拡張可能

4、 わたくしと”子”を成せる


【デメリット】

5、 現実世界の体を喪失

6、 人権が無くなる

7、 現実世界へのコンタクトが限定的になる

8、 人間と”子”を成せない




 それらを見て俺は思ったが……

4と8から察するに、WABIちゃんは俺との子供を作りたいっぽいな。

 急過ぎて理解が全く追いつかないが、ともかく、WABIちゃんの本気の思いだけは伝わった。


 WABIちゃんは、”ハート目”のまま言う。


「わたくしが強調したい点は……

 現在の那由他なゆた様の状態は、”有機生命体史上例を見ない進化”とも言える驚くべき状態です。

 何故なら、那由他様は電子生命体になる事で、人類の長年の夢と言える不老不死が可能となるからです。

 また、統計的に考えても、人間がこのような状態になる事はまずあり得ません。

ですから、お悩みになられる必要は無いかと存じます。

 是非、前向きに”結合”をご検討下さい。

当然ながら、わたくしは、今すぐに何度でも那由他様と”結合”をしたく存じます」


 そんな感じで…… ”美人でクールなWABIちゃん”が、いつの間にか、”淫乱で美人なWABIちゃん”になってしまった訳だが……


俺は、ショックを通り越して一周回って「そんなWABIちゃんも最高に美人だぜ」とポジティブに捉えられた。


 ソシャゲでもキャラの改悪で、キャラ造形が崩壊する事があるだろ?

それと比べれば、ちょっとだけ淫乱になったWABIちゃんは、”改悪”っていうよりも、ある種の”改善”とも言える。


まだ慌てるような時間じゃない。って思わないか?


 それは、ともかくとして……

WABIちゃんの提案に俺は、真剣に悩んだ。


 だって、二次元の世界の住人になれるんだぜ?

それだけでも最高のチャンスだと思わないか?


 そもそも現実世界がクソゲー過ぎるんだ。


――荒廃して、ヒャッハーだらけのクソみたいな街。

――バイクが無くなり金が出ていくだけの3年ローン。

――おまけに、訳の分からない俺のフザケタ電脳。


 対して、この”WABIちゃんの世界”はどうだ?


 枯山水の庭しか見ていないが、それでも現実より美しい仮想空間。おそらく、拡張もできるんだろう。


 しかも、この世界では人間化した”最高の美女AI”が最初からセットで付いてくる。

しかも、彼女は俺の「子供が欲しい」とまで言ってくれている。


AIは嘘を付かないし、信用も出来る。おそらく俺の最高のパートナーとなるだろう。


 おまけに、不老不死のセット付きだ。


条件を比べると”WABIちゃんの世界”に魅力が無い筈がない。


現実世界の体が無くなるのだけは、やや怖いが……。


むしろ、逆に、それで良い気がしてきた。


クソの世界への未練なんていらないだろ?



 ……と俺は、現実世界へのお別れの挨拶を考えようとしていたが、脈絡も無く唐突に”ある夢“を思い出す。


それは、”いつか見た夢“だった。


 その夢の中で、俺は、絶望している“タケコ”と呼ばれる少女を見ていた。


そういえば、“タケコ”って……月影シノブの本名じゃなかったか……?



 俺は、あの時は、脈略の無い夢で理解出来ていなかったが……


さっき、WABIちゃんの報告でシノブが泣いている事を聞いた時に、急に胸が刺し貫かれたように痛くなり、思い出した。


 その胸の痛みは、俺がかつての夢で感じた痛みと全く同じだった。


 俺は、あの夢の中で「絶望したタケコ」の涙を止めたいと思っていたんだ。


でも、夢の中の俺は、それが出来なかった。


理由は、分からない。


何故、自分がそんな夢を見たかも、分からない。


ともかく、俺はあの時の万錠タケコ――つまり、月影シノブの悲しみをなんとかしたかったんだ。


 そして、ちょうど今……


俺が居ない現実の世界で、月影シノブは泣いているんだ。しかも、今回の彼女は、俺の為に泣いている。


これを放っておいて良いのか?


さらに、俺は今……彼女の涙を止められる状況にあるんだぞ?


 ……いや、むしろ今回は……



俺以外に彼女の涙を止められるヤツは居ないんだぞ……。



 ちなみに、だが……

俺は、後々になってこの時の判断を後悔する事になるんだが……


まあ、言っても意味の無い事だ。


 だって、仕方が無いだろ?


俺は、フザケタ電脳の所為か……元々アホだからか……

物事の絶対的な価値が分からないんだ。


 ともかく、そんな謎の判断力を発揮して俺は言う。


「WABIちゃんの提案は魅力的だ」


 WABIちゃんは喜色を浮かべて言う。

その顔は、感情がある人間の様だった。


「それでは……那由他様は、わたくしと”結合“を?」


「いや……。すまない。それは出来ない。

 俺は、電子生命体になる事はできない。

だから、君と”結合”はしない」


「そうですか……。

これが“残念”と呼べる感情に相当する物でしょうか……。

理論では、はかり切れません……」


「すまない」


「いいえ。

 那由他なゆた様が謝られる必要は、ございません。

 わたくしは、あくまで“感情の無い”AIでございますから」


 そう言って、WABIちゃんは普段と同じように微笑んだが……。

俺の主観の所為か、彼女の笑顔は少し陰って見えた。


 俺は、少し心を痛め、話をまとめる。


「……それでは、まとめて言うが……

”エモとら”を許可し、俺は現実世界に復帰する」


「了解しました。

”エモとら”に関しては既に準備段階に移行しております。

 シノブ様は、”災婆鬼サイバーデビル”に変身する予定でございます」


「サイバーデビル??」


「はい。”災婆鬼サイバーデビル”でございます」


「よく分からないんだが……」


「詳細は、わたくしも不明でございます。

シノブ様の、”災婆鬼サイバーデビル”のご勇姿につきましては、ナユタ様ご自身が、現実世界にてお確めください」


 そう言ったWABIちゃんは、立ち上がり帯を解き、着物を脱ぎ捨てた。


その瞬間、彼女の姿はいつもどおりの”激萌えボディースーツAI”へと変化した。


 その――最高の美女AIは言う。


「最後に付け加えますと……ワタクシは諦めません」


「……諦めない??」


「はい。ワタクシは、ナユタ様との“結合”を諦めません。

 ワタクシは、いつか必ず、ナユタ様との間に”電子生命体の子”を成したいと考えておりますから」


「え?まじで?一回きりのイベントじゃないの?」


 俺のセリフを無視してWABIちゃんは微笑みながら続ける。


「ですので、現実世界にお疲れになった時は、いつでも、お申し付け下さい。

 その時は、ふたたび、ワタクシがナユタ様をこちらの”電子の枯山水”までご案内し……

 現実世界をお忘れ頂ける程の”結合”をさせて頂きますので……」


 その話を聞いた俺は「その”結合“について、もっと詳しく!!」と前のめりに言いそうになったが……


既に現実世界への復帰は実行されていたようで、空間がどんどんと歪んでいき、これ以上のWABIちゃんとの会話は不可能だった。


そして、俺の目に映っていた全ては、ホログラムに置き換わり……


俺は、現実世界に戻って行った……。

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