24話 トップアイドルと戦おう4

 俺が月影シノブのスカートに頭を突っ込み、

“パンツの森の中”で“クマさん”と出会ったことで、俺のパンツァーが起動し時間が停止した。


 ちなみに、美少女のパンツに住む“クマさん”について、君達はどう思う?

もちろん俺は、蜂蜜を分け合って一緒に食べたいぐらい、大好きさ!



―――【パンツァー起動】―――



 俺はクマさんと目を合わせながら考える。


 俺が持っている武器は電脳刀サイバーカタナと拳銃だ。

この時間停止の間に紫電セツナを倒すか、雷葬の発動を中断させるか……。

あるいは……。


 一瞬の逡巡があったが、俺は決断した。



【 0.1秒経過 】



 俺は行動を開始する。


 俺は、月影シノブを両手で抱きかかえ、

紫電セツナから遠ざかるように走り始めた。


 今回のパンツァーの起動時間がどれくらいかは分からない。


だが俺は、月影シノブのパンツに愛着性癖を感じているらしいから、今回も2秒の時間停止だと考えて間違いないだろう。


 そして、紫電セツナの雷葬の攻撃範囲は約20m。

そこから逃れる為には、走っても2秒以上は時間が掛かる。


俺は、月影シノブのパンツだけじゃ無く、既に彼女自身にも愛着――あるいは、“何かしらの情”を感じ始めていた。


 今まで俺は、一か八かでパンツァーを使っていたが、今回は月影シノブを危険な状況に置きたくなかった。


 だから、俺は紫電セツナから逃げる。


 ただし、これは敵から逃げる為じゃない。


 これが、俺の闘い方だ。


 担当アイドルを危険から遠ざけるのが、俺のプロデュース方針だ!!



【 0.7秒経過 】



 俺は荒い息を吐いていた。


 そして、俺は、自分自身の体力の無さに焦りを感じ始めていた。


「はぁっ! はぁっ!!」


 月影シノブを抱えながら走って初めて知ったが……時間停止した人間は、まるで死体のようだった。


 意識の無くなった人間は、重く感じる。


月影シノブの体重はおそらく40~50kg台だろうが、今の彼女には、それ以上の重さがあるように思えた。


「タバコを辞めたのだけは、正解だったな…」


 軍隊に居た頃の俺なら、人を抱き抱えて走るぐらいの事なら軽くこなしてた筈だ。


しかし、怠惰に暮らし平和な日常に慣れた俺の体力は、明らかに落ちていた。


紫電セツナの雷葬の射程距離の20mが、数㎞の距離に感じられた。



【 1.2秒経過 】



 俺は、シノブを両手で抱え、走りながら、一瞬振り返った。


紫電セツナは、パンツァー発動時と同じポーズと場所で、停止していた。


 つまり、パンツァーは未だ起動している。


 しかし、紫電セツナと俺達の距離は、まだ10m程しかない。


 予想以上に俺の体力が衰えている!


 このままでは、間に合わないかもしれない!!


 パンツァーが終了した瞬間、俺達が紫電セツナの雷葬の射程範囲内に居れば、俺達は灰になって死ぬ。


 俺は、走る速度を上げる。


 脚の筋肉が悲鳴を上げる。関節が軋みをあげる。


 だが、構っていられるか!!


 俺は元よりシノブの命が掛かっている!!


 俺は歯を食いしばった。



【 1.8秒経過 】



 俺の心音は、心臓が飛び出しそうなほど大きな音を立て、

胸はふいごの様に上下し、急速に肺に空気を送りこんでいる。


紫電セツナの雷葬から逃れるには、あと4m程の距離が必要だ。


 しかし、どう考えても間に合わない。


もうすぐ時間停止のリミットの2秒が経過する。


パンツァーが終わってしまう。


このままでは、俺とシノブの二人は紫電セツナの雷葬で灰になってしまうだろう。


 俺の滝のような汗の中に、冷や汗が混じった。



 ここで、俺は、腕の中の月影シノブの顔を見た。


 パンツを俺に見られた状態で時間停止した彼女は、恥じらいで顔を真っ赤にしたままだった。


 表情豊かな彼女らしい顔だった。


そんな彼女が、俺は嫌いじゃない。


いや……表情豊かな彼女の事を、俺はとても魅力的に感じていた。


月影シノブは美少女だが……しかしそれ以上に、豊かで純粋な心が、彼女の最大の魅力なんだ。


 だから、この時に俺は思った。


「俺の事は、どうなっても良い」


 なぜなら、俺は戦場で友を見捨て、ほうほうの体で戦争を生き延びて、のうのうと自堕落に生きて来た、クソ人間だからだ。


 この仕事をするまでの俺は……


酒を浴びるように呑み――

路上で女を買い――

メガザイバツの人殺しのバイトをし――

絶望に身を浸し――


……無価値な命をただ浪費していた。


 しかし、そんな俺にも初めて守りたい存在ができた。


俺は、この娘だけは守りたい。


 生死を分けたこの状況になって俺は、やっと自覚した。


取り返しがつかない状況になって俺は、やっと自分の心持ちを理解できたんだ。


 『俺は、この娘に自分の全てを捧げたい』


 俺のクソみたいな命でも、この娘の為になるのなら捨てて良い。

無価値で無意味な俺なんて、どうせ地獄に堕ちる運命だったんだ。


 それでも、この娘は、

ダメ人間の俺をプロデューサーと認め、

俺の社会での居場所を作ってくれた。


 それでも、この娘は、

クソ人間の俺にパンツを何度も見られながらも、

拒絶する事無く、今日も一緒に命を懸けて戦ってくれたんだ。


 そんな娘が、こんな場所で死んでいい筈がない。


 こんな良い娘が、灰になって死んでいい筈が無い。


 月影シノブは、最高のアイドルになるんだ。


 月影シノブは、ヒノモトの奴らが誰もが羨む程の、心の綺麗な美少女なんだ!


 だから!!

俺の命がどうなろうが知った事じゃない!!

月影シノブだけは、死なせてたまるか!!!


彼女が生きるのなら!

俺なんて何度だって地獄に堕ちても良い!!


 だから、シノブ!!


俺は、お前だけは死なせたくないんだ!!!!!!


「 クッッッソ がぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!! 」


 と俺は叫び、月影シノブを抱えたまま飛ぶ。


 その瞬間、俺は全てがスローモーションに見えた。


 時間停止の中、スローモーションが見えるってのも変な話だが……


俺は、彼女の命の危機を感じる事で、それだけ“感情的”になっていたのかもしれない。


 俺は、彼女の頭を抱えながら前回りで受け身を取る。

 


【 2.4秒経過 】



「ま…マジか…?」


 俺は、抱いた月影シノブを両腕で抱えながら、地面に寝転がって呟いた。


 何故なら、2秒が過ぎても紫電セツナの雷装が俺達を襲う事が無かったからだ。


 紫電セツナを恐る恐る見ると、いまだに、パンツァー発動時のまま動いていない。


 彼女は、彫像のようなポーズで停止していて、彼女の7本の剣も相変わらず空中で停止したままだ。


 奇跡が起こったのか?


 いや、違う。


 月影シノブが体を張って、俺に残してくれたチャンスだ。


 紫電セツナと俺達の距離は、20m以上。

そして、俺には拳銃がある。


 この、チャンスを手放す訳にはいかない。


 俺は、自分の膝の上に月影シノブを寝かせ、片膝立ちになり叫ぶ。


「紫電セツナ!お前がトップアイドルだろうが何だろうが知ったことか!!

俺のプロデューサーとしての意地を!

ここで見せてやる!!」


 そして、息切れした震える手で、俺は、拳銃をふところから抜き……


拳銃の照準を紫電セツナに合わせた。

 


【 2.8秒経過 】



 俺は拳銃を発砲した。


 発砲時の閃光マズルフラッシュは起きるが、音は出ない。


 発射した弾丸と煙が、空中で停止する。


 この弾丸は、万錠ウメコが裏ルートで軍から仕入れたホローポイント弾だ。


 人間なら、命中すれば一発で致命傷だが、紫電セツナはサイボーグだ。


軍務時代の経験では、十数発の弾丸を被弾しても平然としているサイボーグを見た事もある。


つまり俺は……紫電セツナに、ありったけの弾丸を撃ち込まなければならない。


 

【 3.1秒経過 】



 俺は3回発砲した。


 3つの弾丸が空中で停止する。


排莢された空の薬莢が、空中に停止する。


 俺は、左義腕の照準プログラムで狙いを修正する。


時間停止をしていても反動はあるようだ。


生身の右腕がジンジンと痛む。


 俺は、さらに2回発砲した。


 さらに、2つの弾丸が空中に固定される。


 数回の発砲で俺の目の前は煙で見えなくなった。


 しかし、俺は――


「まだだ!!これで終わってたまるか!!」


 と叫び、空になったマガジンを即座に交換した。


 

【 3.7秒経過 】



  俺はさらに2回……そして、今、もう1回発砲をした。


 発砲の煙で前は完全に見えなくなった。


狙いも定まっていない。


 しかし、できるだけの事はした。


俺は合計で9回発砲し、9つの弾丸を紫電セツナに向け、空中で停止させた。


 ここで、俺の心臓が「ドクン」と大きな鼓動をする。



【ジャスト4秒!!  時間停止終了】



―――【 パンツァー終了 】―――



 そして叫ぶ。


「食らえ!!

 これが、俺とシノブの“渾身の一撃”だ!!!」

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