17話 コラボ配信2

【ナユタ視点】


 俺は、「月影シノブと織姫ココロのコラボ配信」を網膜ディスプレイ上で視聴しながら、病院の廊下を早足で歩いていた。


 本当は走りたかったんだが、病院内を走ると危険だ。

俺は、古式ゆかしいヒノモト人なので、公共のマナーは守るタイプの人間なんだ。


 そんな急いでいる俺に対して、WABISABIがポップアップして言う。


「ナユタ様の担当医様から……

入院中断における免責と、治療サービス停止のメールを受信しました。読み上げますか?」


 俺は早足を続けながら言う。


「必要無い。どうせ守銭奴な内容に決まっている。

 それよりも、万錠ウメコとの”音声通信”を開始してくれ」


 ちなみにだが……”音声通信”とはごく一般的な”電脳通信”の方法だ。電脳リンクのように直接的に思考の受け渡しをするわけでは無い。「音声チャット機能」と言えば、判りやすいだろうか?

 当然ながら思考を共有する”電脳リンク”の方が圧倒的に高機能であり、即答性は段違いだ。


 ともかく、WABISABIの「了解しました」というセリフと共にその”音声通信”が始まる。


【 万錠ウメコ / 音声通信 】

のポップアップが網膜ディスプレイ上に現れ、俺の電脳内に“黒タイツ上司”の声が響く。


「仕事の為に病院を抜け出したの?

 ナユタ君って、思ったより仕事熱心なのね?」


 俺は答える。


「別に仕事熱心って訳じゃない。

 敵の数が多過ぎる。

こんな状況でシノブを放ってはおけない。

 だから、俺はキンザに向かう」


「じゃあ……仕事の為じゃ無く、シノブの為って事?」


「まあ…そうなるかな…?

 しかし、なぜそんな事を聞くんだ?」


「さっき、私……あなたにパンツァーの事を話したじゃない?

 『ゆるやかな自殺って』……。

だから、あなたがもう二度と仕事に復帰しない可能性も考えていたわ」


「って事は……もしかして……

 俺の心配をしてくれてたのか?

 意外だな」


「『意外だな』って……随分な言葉ね?

 私を何だと思っているの?

 私だって、心配ぐらいするわよ」


「心配してくれるのはありがたいが……

 しかし、残念ながら俺は、アホなんだ。

 自分の電脳が萎縮する程度の事で、”途中下車”はしない」


「ふーん。なるほど。

 そう考えるんだ。

 あなたって、ますます”面白い人”ね?」


 “面白い人”ってなんだ?

少なくとも俺は大真面目だぞ?

と思いながら、俺は話を続ける。


「そんなことよりも、俺の武器とバイクを、この病院まで手配してくれないか?」


「それについては安心して頂戴。

 こんな状況も想定して……病院の地下駐車場に、あなたのバイクと装備を既に配備していたのよ。

 だから、ナユタ君は、いつでも緊急出動できるわ」


 さすが「ブラック女神」所長。

入院中の所員にすら緊急出動させるつもりだったんだな。

 俺は、少し皮肉交じりに万錠ウメコに言う。


「一応、礼は言っておくぜ。

 腹黒い優秀な上司を持って、俺は幸せ物だ」


「礼なんていいのよ?

 あなたみたいに愚直なまでに仕事熱心な部下は、好きよ?」

 

 と言った彼女の声色は、フラットだった。

彼女のその音声だけの情報では、冗談か皮肉か判断が付かなかった。


 だから俺は、思う。

 

「好きよ?」……だって?

前々から思っていたが……この所長様は、なぜ、思わせぶりな態度を取るんだ?


 男の心を弄ぶのが趣味なのか?

 プレイの一種なのか?


 やっぱコイツも、「黄泉川タマキ系列」の人間なのか?


それならそれで良いが……いや、良く無いが……。


 ともかく……この際だ。

正直にハッキリ言っておこう。

 

 万錠ウメコは、完全に俺のタイプの女だ。


青髪ロングヘアー……

頭が良くて……

スタイル抜群で……

気が強くて……

美脚でEカップで、何より黒タイツで……


 つまり、彼女は、

俺のストライクゾーンのど真ん中に居る女だ。

上司でなければ惚れてしまうレベルの女だ。


 だから、俺は彼女が怖い。

彼女と話したりしていると、自分の理性が飛んで行ってしまいそうになる。

俺の穏やかな日常が、彼女にかき乱される気がしてしまう。


 そして、彼女の利発だが腹黒い性格に、心身共に踊らされてしまう気もする。


 いや、きっとそうに違いない。


 この女は、ブラック女神だから、きっと俺を弄んでるだけに違いない。


 とにかく、俺は……

愛や恋よりも自由を優先するタイプの人間なんだ。

俺は確かにアホだが、波風が立たない穏やかな日常を愛する人間なんだ。


 そんな俺のヤキモキした気持ちを知ってか知らずか、万錠ウメコは――


「パンツァーの使用はくれぐれも良く考えてね?

 私だって、あなたの電脳の事は心配してるのよ?」


——というセリフと共に音声通信を終えた。


 万錠ウメコのそのセリフを聞き、俺はさらにヤキモキした気持ちになったが……

早歩きを続け、タイミング良くドアが開いたエレベーターに乗り込んだ。


 深呼吸をし、気持ちを整える。


実は俺は、セルフコントロールは得意な方なんだ。深呼吸一発で心の平穏を取り戻すことが出来る。禅僧にも褒められた事がある。まあ……それは、嘘だが……。


 そんな感じで、少し気分が落ち着いた俺は、エレベーターのホログラムのモニターに目を移す。


俺の居た病棟は23F。地下駐車場までは遠い。


入院中に何度も乗ったエレベーターだったが、急いでいる時は、異様に遅く感じた。


 俺はシノブと織姫ココロの「コラボ配信」を見ながら、再びWABISABIをコールし、彼女に質問する。


「へい!WABISABI! 織姫ココロの戦闘能力って、どんな感じなんだ?」


 美人なWABISABIのホログラムは、答える。


「彼女のステータスを表示します」


 と言って、WABISABIは目を閉じ、両手を広げ、自分の胸の前に織姫ココロのステータスを表示した。


 俺は、「美人AIの素敵な胸の前にステータスが表示されると、目が滑るな」と再び思いながら、それを見た。



― Idol Status―――――――


/// 織姫ココロ ///

lv. 1

バトルスタイル : 侍

属性:妹 ロリっ子 ボクっ子 はわわ 百合 M


攻撃 : 10  防御:10 ボーカル : 60 ダンス : 30 可愛さ : 90 


【 陽キャ:20 陰キャ:95 パリピ:10 厨二:20 】


スキル : 剣術 lv.1 暗殺 lv.2 ガチ恋 lv.8 野外露出 lv.54


――――――――――――――



 俺は、織姫ココロのステータスを見ながら言う。


「月影シノブ以上に、突っ込みどころが多いな…」


 具体的に言うと、スキルの「野外露出 lv.54」が気になった。美少女が持ってて良いスキルじゃ無い。


「まあ……しかし今、大事なのは織姫ココロの戦闘能力だ」

 

 その事について、WABISABIが説明する。


「ご覧頂いたように、織姫ココロ様の戦闘能力はシノブ様より劣ります。

 しかし彼女の戦闘AI WABISABIの東奉行所仕様――”SABIちゃん”は、”戦術特化タイプ”でございます。

 シノブ様と連携が出来れば、お二方の長所を生かす事が出来るかもしれません」


 俺は、大人美人なWABIちゃんに聞く。


「SABIちゃんは、コラボ配信の動画で見たな。

 WABIちゃんの幼女バージョンみたいなヤツだろ?」


「ええ。”SABIちゃん”の容姿は私より幼く、口調はツンデレでございます。

 加えて彼女には『擬似感情アドオン』が実装されており、ワタクシよりも豊富な語彙でコミュニケーションが可能です」


 俺は「激萌え美女AIと、そのロリバージョンを同時に鑑賞できるなんて最高じゃないか!」と思った。


 俺は話を続ける。


「月影シノブは戦闘特化で『格闘』のスキルがあって……

 織姫ココロは戦術特化で『暗殺』のスキルがあるから……

 確かになんとなく相性が良さそうだな」


 それと、俺は、一番気になっていた事をWABISABIに聞く。


「あと、織姫ココロのアイドル衣装が、スク水に見えるんだが……あれは、なぜ?」


 WABISABIが美人に説明する。


「ナノマシーン衣装の外観は、性能とは全く関係がございませんので、使用者様側で、ご自由にデザインをして頂く事が可能です。

 ですので、織姫ココロ様のアイドル衣装も、彼女がデザインされた物と予想されます」


「という事は……

 織姫ココロは、スク水のアイドル衣装を、わざわざ選んで着ているのか?」


「ええ。おそらく。

 その可能性が高いかと存じます」


 WABISABIの話を聞きながら、俺は織姫ココロのスキル欄を見ながら納得する。


「ああ…でも……。

 そういう事か……なるほど……」


 そこには、「野外露出 lv.54」と書かれていた。


 しかし……ボクっ子でロリっ子で百合でMで野外露出だって?……。


 織姫ココロって、属性が渋滞して無いか?

 シノブなんて「無個性」だぞ?

 不公平じゃ無いか?


 と俺が、シノブのキャラの薄さに嘆いているうちに、エレベーターは地下駐車場に着いた。



―――――



 病院を出た俺は、マットグレイの「SUZUSAKI  HXR-3俺のバイク」を飛ばしていた。

 ちなみに……これはクラウドマネーの3年ローンで買った。

無職のニートの浪人の頃だったら、金融系メガザイバツの審査で蹴られただろうが、今の俺は国家公務員だ。500万両するバイクのローンが、前金なしで一発OKだった。


 そんな、「SUZUSAKI  HXR-3自慢のバイク」を運転する俺の網膜ディスプレイ上には、引き続き、例のコラボ配信が映し出されている。

そこには、シノブと織姫ココロが、カラクリアンドロイドと戦う様子が映し出されている。


 視聴者視点で見てるのは、気が気じゃない。

シノブが、パンツをまたしても腰痛部よーつーぶ上で公開してしまいそうな気がする。

まあ、以前の配信では一応「してない事」になったが……。


 しかし、映像の中の彼女達は、そんな俺の予想に反し、危なげ無く敵と戦っていた。


そもそも敵の討幕新鮮組フレッシュギャングは、名前こそ大層だが、戦闘に関しては素人だ。


 そんな奴らが、ハイテクの結晶である——ナノマシーン衣装とWABISABIで武装した美少女×2に敵うはずがないんだ。


 少し安心した俺は、コラボ配信の視聴者のコメントに見を向ける。


【ココにゃんの戦闘配信はレア】

【戦っているココロも天女】

【織姫!こっち向いて!!】

【ココロのスク水ぺろぺろぺろ】

【ココロ!ココロ!ココロ!ココロ!】

【シノブのうなじ】

【1,000,000両の投げ銭だぞぉ!ココロ!!】

【ココにゃん愛してる早く結婚しよう】


 という感じで、大半が織姫ココロの視聴者だ。


たった一人のシノブのファンは、うなじに固執しているようだが……コイツは多分、前の「コスプレ苦無研ぎ実況」でファンになった奴だろう。


己のフェチズムを貫くシノブのファンの侍魂を見て、俺はどこか誇らしい気持ちになった。


 そして、唐突に始まったコラボ配信だったが、普段のシノブの配信の100倍以上の視聴者が居る。


現場の敵の数は多く、戦況は不安だが、戦闘実況としては”思わぬチャンス”と言えた。


「ともかく、急いで現場に行かないと。

 俺はシノブのプロデューサーなんだ」


 と俺は呟き、「SUZUSAKI  HXR-33年ローンのバイク」のスロットルを全開にした。

甲高いエンジンの咆哮が、オオエドシティの夜のビルの間にこだました。

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