15話 WABISABIと話そう

【ナユタ視点】


 俺は、病室のベッドの上で、

万錠ウメコが言っていた事について、考えを巡らせていた。


 もちろん、彼女が持って来たブドウを食いながらだ。

けっこう美味いな、これ。


 そして俺は、万錠ウメコから聞いた話を整理する。


パンツァーの危険性?


電脳リンク?


俺の脳の萎縮?


万錠姉妹の父、万錠カナタ?

 

 分からない事や、新しい情報が多すぎる。


ただ、だからと言って、その事をクヨクヨと考えるのは俺は苦手だ。


 とにかく、今の優先順位は、パンツァーについて詳しく知る事だ。

だから、俺は”最適な人物”に質問する事にした。


「へい!WABISABI!!」


「いかがされましたか? ナユタ様」


 WABISABIはいつも通りの”最高の美女戦闘AI”として、俺の前に現れた。


俺は彼女に、1番気になっていた事を聞く。


「パンツァーが時間停止で無いのなら――

 本当は時間停止なんて起こっていないのか?」


 WABISABIは美人に答える。


「いいえ。我々、AIからすると……

 パンツァーは時間停止を起こしていると認識されています」


「どう言う事だ?

 万条ウメコは、パンツァーを『時間を停止する能力じゃ無く、他の電脳と直結する技術』って言っていたんだが?」


「もちろん。その通りでございます」


「じゃあ、あの時間停止は、何なんだ!?」


「かいつまんで説明しますと、

パンツァー起動に伴い生じる”時間停止”は、ナユタ様が敵と認識したコンピューターや、電脳の情報を強制的に書き換える行為です」


「ますます分からないんだが…。

 じゃあ、なぜ脚立を動かしたり、敵の銃を奪えたりするんだ?」


「それらは実際に起こった事だからです。

 しかし、それは同時に、我々コンピューターや人間の電脳の記録には一切残らない事実なのです。」


「つまり、何の記録にも残らないから、

 パンツァー起動中の俺の行動は、時間停止してる事になってるのか?」


「ええ。正しくはありませんが、そのようにご理解頂いた方が『効率的』です。」


 彼女は、Eカップの胸の上のコアに手を当て、続ける。

 

「大事な点は――

 パンツァーは【コンピューターに無差別に繋がり情報を書き換える】点と……

 パンツァー起動中の【ナユタ様の行動が全て事実として起こっている】点です」


「じゃあ…今までどおり……

 パンツァーは”時間停止”と捉えていて問題無いんだな?」


「ええ。

パンツァー稼働中の出来事は、一見不可解に思われる部分があるかとは存じますが……”事実をありのままに”ご理解された方がよろしいかと存じます。」


 俺は、WABISABIの説明を聞けば聞くほど、頭がこんがらがって来た。


 そんな俺の様子を理解したのか、WABISABIは話題を変える。


「それと、パンツァーには射程距離がございません」


「パンツァーに射程距離が無い……?

 とするとパンツァーは、めちゃくちゃ遠い敵にも効果があるのか?」


「はい。正確には……

 ”同じサイバーネット上に繋がった存在”に対してですが……。

 それと、パンツァー起動は、瞬時に行われます」


「つまり、パンツァーは……

 『距離に関係なくネット上の電脳を一瞬で捉える』って事か……?

 え?じゃあ……このあいだの配信中の時間停止って、どうなってたんだ?」


「前回のシノブ様の配信中におけるパンツァー起動時は、ナユタ様は、動画を見ている全ての人間の電脳を掌握していらっしゃいました」


「同時にか?」


「はい」


「”数百人の電脳”を”一瞬”でか?」


「はい」


「パンツァーの名の由来は”戦車”。

 敵対する全ての電脳を駆逐する事を目的としておりますので」


 ここで俺は、「それは、死にかけるな」と思った。


 いわゆる人間の黒歴史で電脳の「直結」は発狂死する事が分かっている。


そして、パンツァーとは、そのヤバい電脳の「直結」を無制限にやっちまう能力だ。


 つまり、俺が鼻血を出してぶっ倒れた時は、

数百人の電脳と「直結」してた事になる。


そうなると最早、俺が生きているのが不自然なレベルだ。


 ようやく、少し納得できたところで、

俺はもう一つ、聞きたかったことを聞く。


「パンツァーの継続時間が場合によって違うのはなぜだ?

 最初は1秒の時間停止だったはずが、2回目と3回目は、2秒になったんだが…」


「それは、おそらく”愛着”の問題かと」


「愛着?何の?」


「もちろん。パンツの——でございます」


「は?」


 ここまで、カッコ良い感じにサイバーな話をしていた俺は、肩透かしを食らったような気分になった。


 パンツだって?何故、パンツが関係あるんだ?


いや……まあ、関係あって当然なんだが…。


「…って事はつまり――

 俺が看護師のパンツより、月影シノブのパンツの方に”愛着”を感じているから、パンツァーの継続時間が長くなったって事か?」


「はい。その通りでございます。

 あるいは……”愛着”よりも”性癖”と、ご理解頂いた方が良いかもしれません」


 WABISABIの”性癖”という発言に焦り、俺は激しくツッコむ。


「『あるいは』じゃない!

”性癖”だと全然意味が違うぞ!

良くない!大問題だ!」


「良くないですか? 大問題になりますか?」


「ああ。大問題だ!!

 ――『俺は大人の看護師よりも少女のパンツの方が性癖だ。少女のパンツに興奮しちゃうよ。うへへ』――

 なんて言ったら、俺が本気のロリコン野郎になるじゃ無いか!!」


 その話を聞いたWABISABIは、胸のコアを点滅させ、真剣な表情で考え込んだ。

ロリコンの性癖について真剣に考えるAIとか…シュールだな。


「ナユタ様がおっしゃった問題点につきましては、戦闘AIである私には分かりかねます。ただ——」


「ただ?」

 

「ただ……人間の種の保存を前提とした場合、

 若い個体を選択するのは、生物として至極真っ当な事でございます。

 ですので、ナユタ様が、某看護師様より若いシノブ様のパンツないし―—お身体に性的に惹かれる事は、当然の結果かと存じます。

 ――ですのでご安心を。

 大丈夫ですよ?ナユタ様?」


 とWABISABIは、天女のような微笑みで俺に言った。


 その彼女の微笑みを見た俺は、咽び泣きながら――


「いわゆる”理解ある彼女”じゃん!最高じゃん!

WABIちゃん結婚してくれ!一緒に2次元の世界で暮らそう!」


――と、言いそうになった。


 しかし、現状、ロリコンに黄色信号が灯っている俺としては、これ以上の変態属性を追加する訳にはいかないし、二次元は遠過ぎるし、主張が強すぎて炎上しそうなので、そのセリフは心にしまい込み、墓まで持っていく事にした。


 とにかく、俺が理解したパンツァーとは——


1、サイバーネットに繋がった電脳やコンピューターの時間を停止する。


2、距離は無限。ただし、対象の数は有限。なぜなら俺の電脳が死ぬから。


3、稼働時間は、発動時に見たパンツに対する【愛着性癖】に左右される。


4、起動時の”対象数”か、もしくは”頻度”に応じて電脳にダメージがある。


——という事だ。


 3、4さえなければ、間違いないチート能力なんだが……

まあ、そもそもフザケタ電脳なんだから贅沢は言わない。


 そして、一通り納得した俺の様子を見て、今度はWABISABIが俺に質問をする。


「ひとつ……ワタクシからも、ご質問がございます。よろしいでしょうか?」


「ああ。なんだ?」


「パンツァーを使う事で、ナユタ様の電脳には確実にダメージが蓄積し、電脳の萎縮が加速する可能性がございます」


「ああ。確かにそうだな。それに関しては、万錠ウメコも言っていたな。

 『緩やかな自殺』って……」


「ええ。ですから、『緩やかな自殺』となる危険性をご承知のうえで……

ナユタ様は、パンツァーを今後もご使用されるのでしょうか?」


「・・・」


  それについては、俺も悩んでいた。

 だから、頭を整理する為に、WABISABIと話をしていたんだ。



 つまりは――


 俺は、パンツに命を懸けるのか?

 

 仕事に命を懸けるのか?


 あるいは……月影シノブに命を懸けるのか?



 多分、普通のヤツなら比較もしないだろう。

パンツァーの危険性を知りながらも使い続けるなんて、頭のイカれた電子ドラッグ患者でもやらない。


 ただ、俺には目的がある。


 俺は、この仕事を続けて、俺の友人と、俺の人生を無茶苦茶にした『アイツ』に近付かなければならない。


その為にも俺は、アイドル事務所のプロデューサーとして前線に立たなければならない。


 それと同時に――いや、それ以上に――


俺は月影シノブをトップアイドルにしたい。


 あのは、ちょっと天然系で、ときどき俺を罵りながらぶっ飛ばそうとしてくるが――ふざけたディストピアのヒノモトで生きて行くには、純粋過ぎる。


 だから、俺は最早、彼女を放ってはおけなくなっていた。


 それに、俺の勘みたいな物だが――

彼女の「純粋な心」は、このクソみたいな世界には必要なんだとも思う。


 おそらく、荒廃したこの国には、彼女のような「純粋な心のアイドル」が活躍する事が必要なんだと思う。


そうじゃなかったら、くだらない。

そうじゃなかったら、面白くない。

そうじゃなかったら、こんな世界、捨ててやる。


 だから俺は、決心し、WABISABIに言った。


「俺の命なんて、クソみたいな価値しかない。

 そんな命が、たまたま今でも生きてるだけだ。しかし、それでも……」


「それでも?」


「それでも……

 クソみたいな俺の命を、クソ以下の扱いをした奴らには、少なからず思う部分はある。

 だから俺は、ソイツらを一度でも良いから『ギャフン』と言わせたい。」


「つまり、どういう事でしょうか?」


「つまり、俺が言いたいのは、

 イザって時には躊躇せずにパンツァーを使う・・・・・・・・・・・・・って事だ。

 俺が命を削り、シノブが活躍する事で、

クソッタレ社会に——あるいは、俺を虐げてきたクソッタレの奴らに、何かを刻み込んでやれるかもしれない。

 その時こそ、俺のクソみたいな価値の命だって、少しはマシになるかもしれない。 

 つまりは……クソにだってクソとしてのプライドがあるんだ。

 フザケタ電脳にも、それなりのフザケ方ってヤツがあるんだ」


 そして、俺は続ける。


「だから……俺は……

 パンツァーを使いながら生きてやる。

死の淵でクソみたいな盆踊りをしながら生きてやる。

 月影シノブとパンツに、俺の全てを賭けて生きてみせる」


 それを聞いたWABISABIは、

真剣な顔で胸のコアを点滅させていたが……


 しばらくして笑顔で言った。


「WABISABIには感情も命も搭載されておりませんので、理解できない部分はございましたが……

 ”個”のワタクシとしては、理解ができたような気がします。

ナユタ様が今、ご説明されたのは……【魂】と呼ばれる物の事なのですね?」

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