002
コンコンコンコンコン
その音で目が覚めた。
コンコンコンコンコン
とても小さな音だ。
今、何時?
私はスマホの画面を触る。
4:31と表示されていた。
まだ寝れる…。
私は再び目を閉じた。
だが、眠気は来なかった。
コンコンコンコンコン
この音が気になる。
なに?どこから?寝させてよ…。
私は布団を頭まで被った。
…
「最近必ず4:30になると音が聞こえるんですよ。それちょっと怖くて…空耳とかじゃないんです、はっきりと聞こえるんです」
この女は
見たところ20代後半と言ったところだろうか。少し癖がついている髪を肩まで伸ばしている。
斜め下を向き小さな声で話している。私は聞き取るのに必死だった。
「音ですか…?他には何かありますか?」
笹口はキョトンとした顔で
「他?他には…ないです。はいそれだけです…。私は独り暮らしだし…その音は玄関から聞こえるんです。なんだか怖くて夜も眠れない」
と言い、頼んでいたオレンジジュースを飲む。
それだけ?それだけで見ず知らずの私を呼び止めて相談に乗って欲しいと?何様だこの女は。私がそんなに暇そうに見えたのか…。ちょっと失礼じゃないのか…。
「それは気になりますね。音の正体を確かめるために玄関まで行って見ましたか?」
「え?行ってないです。怖いんで…。だから最近は耳栓をして寝てますよ。友達に耳栓したらいいんじゃないかと言われたので…」
解決…してるんじゃないか?寝れないって言ったよね?私は一瞬思ってしまったがその考えを消した。私だって音がすれば気になるだろうから…。
「そうなんですね」
どう言えばいいんだ。本当に私は会話が苦手だ。初めての人とすらすら話せない自分を惨めに思ってしまった。だって直接私がその悩みを解決したり的確なアドバイスしたり出来ないんだから…。
静寂。気まずい…。
「今日もその音はなるはず…ですよね?一回玄関に行って確かめてみたらどうですか?…怖いのならその事情を知っている友達を家に泊めて一緒に確かめるというのは…?」
私はとっさに言った。
「確かめるんですか?友達とドアでも開けるんですか?どうするんですか危ない人がはいってきたら?怖いですよ…。」
きっぱり言われた。さっきまでの小さな声でなく普通の声量で…。私の目を真っ直ぐ見て…。
ちょっとイラついてしまった。本当になんでこの女は私に相談してきた?
「そうですよね。危ないですよね…うーんどうしたらいいんだろう…」
私は気まずくなりコーヒーカップに口をつけた。
逃げたい。何も言わずにさっと立ち上がってこの店を出たい。
「あれ!ひなじゃん!」
突然の声。私は声のするほうに目をやった。
「ともちゃん!え、偶然~うれしい!」
知り合いか…。笹口は満面の笑顔でその友達と思われる人物と手を握り会う。
この光景…私はどうしたらいいの?
「じゃあ私もう行くね。お邪魔しました!」
突然現れた彼女と目がった。よかった。話に花が咲かなくて…
「ちょっと待って!いま暇なの?一人?」
笹口が彼女の手を引っ張っている。
なに?どうしてその子を止めるの?私は嫌な予感がした…。もしかして
「一人だよ。今日は暇だからたまたまこの店に寄ったんだよ」
「じゃあここに来てよ!あっ、この人は上崎さん!今日初めて会ってさ、この前ともちゃんに話したよね?夜にコンコンってなる音について!」
やっぱりだ…この女は私に気を遣えないのか?私の立場は?適当に理由をつけて帰ろう…そもそもこの女を助ける義理なんてない。
「あのっ、すみません私そろそろ帰りますね。時間なので」
私はスマホの時計をチラチラ見ながらそう言った。
「えっ…そうなんですか?良ければ連絡先交換しましょうよ。連絡先知らないと困るでしょ?」
と、この女は言い、スマホを操作した。
断ればいいものを私は反射的にスマホを操作してLINEを交換してしまった。断りかたが分からなかったから…。
てか連絡先知らなくても私は困らないのだが?
「ありがとうございます。すみません何もアドバイス出来なくて…また進展あったら教えてくださいね」優しい私はそう言い残し足早にその場を去った。
あとは仲のいい2人で会話をしてくれ。
…
「おじゃま~」
私はひなの部屋に上がった。たまに来るひなの部屋は綺麗に整頓されており、白とグレーを基調にしている部屋だった。私は整理整頓が苦手なので正直羨ましい…それに独り暮らしなんてまだしたこともない…したいとは思ってはいるが色々と不安がある。部屋にゴキブリや蜘蛛が出たらどうするのだろうか?私はそういう虫事情を想像して身震いした。
「今日は来てくれてありがとうね。まだ寝るまで時間あるからさ、ゲームする?」
うんと私は返事をしソファーに腰を下ろす。
ひなはキッチンに向かって行った。
私のために飲み物を用意してくれているんだ。いつもそう。たぶんひなの好きなオレンジジュースが出てくるだろう。
私がここに来た理由はひなが最近気にしてるコンコンという音を聞くためだった。ただの家鳴りだと私は思っている。ひなは気にしすぎだ。知らない女の人にまで相談するだなんて…少し異常だ…。
「まさか偶然あそこにともちゃんが来るなんてね。あの女の人、結構綺麗な人だったでしょ?でも何だか頼りない感じ…相談して損したなぁ。なんで私声かけちゃったんだろ?」
そう言いひなは私にオレンジジュースを差し出した。
…
「ともちゃん…ともちゃん!起きて!」
私は目を開けた。何?せっかく寝てたのに…。
目の前にはひなの顔があった。そうか、私はひなの家に泊まりに来てたんだ。
「どうしたの?」
「この音…聞こえない?この音だよ!この時間にいつも聞こえるの。やばくない?」
私は耳を澄ませる。
コンコンコンコンコン
小さい音だが確かに聞こえる。だが気にする程度じゃなくない?
コンコンコンコンコン
「…玄関行ってみようか」
私はそう言い立ち上がった。私はひなの悩みを解決するために来たんだ。何か行動を起こさなければ…。私は玄関に向かった。ひなもあとに続いた。
部屋から廊下に出る。玄関ドアが見える。
私は音を立てないようにドアに近づいた。きっと家鳴りだ。家鳴りってこういう音なのか?
コンコンコンコンコン…コン…
玄関に立つ。まだ音は聞こえる、それもはっきりと。これは家鳴りではない。何だか怖くなってきた…もしかして人がやっているの?…後ろにはひながいる。2人いるんだからきっと大丈夫。ひなの不安を解消しなければ…。
私はドアスコープをそっと覗いた。
当然誰もいない…。当たり前だ。こんな時間にイタズラなんかしないだろ普通。
音はいつの間にか止んでいた。
「ドア開けていい?」
私はひなに確認する。ひなは何も言わずこくりと頷いた。
私はそれを確認するとドアの鍵を開けノブに手を掛けた
そっとドアを開けて外を見る。誰もいない。
いるはずがない。
「誰もいないよ」
私はそう言いドアを閉め鍵をかけ、ひなの方を見た。ひなはまだ暗い表情をしている
「さっ!部屋に戻ろ!」
私は明るくそう言いってひなの手を取った
ドンッ
大きな音がした。
私はビクリとして後ろを振り返る。
ドンドンドンッドンッ
これは確実に誰かがドアを叩いている。嫌だ怖い。外には誰もいなかったでしょ?まさか開けたドアの後ろに隠れていたの?
鼓動が早くなる
ガチャッ…ギィ
扉が開いた。開いた?鍵を閉めたはず!なんで開いたの!?
私はひなの手を放し、とっさにドアノブを握り、閉めようとするが閉まらない。ドアが強い力で引っ張られる。私はドアを閉めようと全体重をかける。
「ひな!何してるの?手伝って!!」
私が声を上げるが反応がない。ドアがどんどんと引っ張られ開いていく。ドアの隙間に土気色の素足が見えた。私はそれを見て悲鳴をあげた
「ひな助けてぇ!ひな!ひな!手伝ってよ!!」
バァンッ!!
と扉が思いっきり開いた。私はドアノブから手を放してしまっていた。あんなに強く握りしめていたのに。
外には誰もいなかった。土気色の足もない
「はぁっ、はぁっ」
私は肩を大きく上下させ息をした。
なんだったの…なに…?
ドタンッ
後ろで大きな音がした。
驚いてひなの方をみると、ひなは私に足を向けて仰向けに倒れていた。
私はとっさに動きひなに近づいた。ひなは口に泡を吐き、白目を向いていた
…
「すぐに救急車を呼びました。あれからひなは目を覚ましていません」
この女は
私が2日前に会った笹口さんの友達だ。外を歩いていると声をかけてきたんだ。「笹口日向の知り合いですよね?私を覚えてますか?」と。
「すみません。こんな話を…。なぜかあなたに言わないといけないと思って…信じてくれますか?病院の先生には突然倒れたとしか言っていなくて…こんなこと信じてくれないと思ったので」
新田さんは申し訳なさそうに私を見た。
「いえ、私も笹口さんのお話は気になっていたので…そうだったんですね…そんなことが…」
私はあの時逃げるように2人の前から姿を消したことを後悔した。でもあの時、私には何ができたんだろう?罪悪感が私のなかに押し寄せてきた。
「私のせいです…玄関のドアを開けたから…。私のせいでひなは倒れたんです。このままひなが目を覚まさなかったらどうしよう…私はどうやって償ったらいいの?」
新田さんは下を向いてしまった。
私はかける言葉が見つからなかった。これは私のせいでもあると思った。笹口さんの相談を軽く見てしまっていたから…。
…
お昼過ぎ頃。
私は蘭に相談があるから近々会えないかと電話で言ったら蘭はすぐに会いたいと言ってくれた。
コンビニの駐車場、車内。
運転席の後ろを私が座り、その隣を蘭が座った。運転席には
「笹口さんはどこに入院してるの?」
「分からない…教えてもらってないの」
私は笹口さんのことを心配しているくせに入院してる病院すら聞いていなかった。笹口さんをあまり知らない私に教えてもらう権利があるのだろうか…。
「新田さんと連絡とれる?彼女なら分かるかな」
「笹口さんの病院に行くの?」
「うん。気になるし」
私は急いでスマホを取り出し新田さんに電話した。新田さんはすぐに出てきてくれた。
新田さんに笹口さんが入院している病院の名前を教えてもらった。偶然にも新田さんは今病院にいるらしい。
私が病院の場所を言うとエンジンがかかり車が発進した。ユウキは病院の場所を分かっているのだろうか?調べもしなかった。
「場所知ってるの?」
ユウキに向かって私は問いかけた。
「知ってるよ、何回か行ったことあるから」
蘭がすぐに答えてくれた。
「そうなんだ…」
ユウキは人と話すのが苦手なのだろうか。何も反応せずに真っ直ぐ前を見て運転している。
車内が静かになる
私は静寂が苦手だ。話す内容を探し口を開いた。
…
大きな病院だった。
笹口さんと新田さんがいる病室に私と蘭の2人で向かう。ユウキは車で待っている。
「ここだ」
私は病室の前に立ち静かに扉をスライドさせた。大部屋ではなく個室だった。椅子に座った新田さんが振り向く、驚いた表情をしていた。
そうか、ノックをするべきだった…。私は恥ずかしくなった。
「すみません!突然開けちゃって…ノックするの忘れてました…」
「いや、いいんです!来てくれてありがとうございます。入ってください」
新田さんはうわずった声でそう言った。驚かせてしまった罪悪感が押し寄せてきた…。
「はじめまして。
「はじめまして、新田です。いいですよ。」
蘭がベッドで寝ている笹口さんに近づいた。私もそれに続いた。笹口さんは何だか苦しそうな表情で眠っているようだった。嫌な夢でも見ているのだろうか?不安になった。私のせいかもしれない。また私に罪悪感が押し寄せてきた。
「まだひなは目を開けてくれないんです。先生にも原因が分からないみたいで…ひなのお母さん…すごい泣いてました…私のせいです…」
私は新田さんの言葉を黙って聞いた。新田さんのせいじゃない…私が…
すると蘭が笹口さんの右手を布団から引き出しその手を両手で握った。
思考が停止した。えっ?なにやってるの?
そう思ったとき、
笹口さんは目を見開きガバッと体を起こした。
笹口さんが起きた…。
新田さんの小さな悲鳴が聞こえた。
蘭が手を離し後ずさった。
新田さんがすぐさま笹口さんの手を取った。
「ひな!起きたんだね!目が覚めたんだね!よかった本当によかった…」
新田さんが泣き出す。
それを笹口さんは凝視する。そして辺りを見回した。
「ここ、こ、ここどこ?私、ずっと追いかけられてた…ずっと!ともちゃんが、ともちゃんがドアを開けたから!離してよ!!」
笹口さんは新田さんの手を振り払った。
私は何が何だか分からなくなった。
「お母さんは?お母さんを呼んで!おかあぁさぁん!!きゃあぁぁぁぁぁあ!!」
突然叫び声をあげ発狂し始めた。新田さんはポカンとしている。近くを通った看護師が急いで部屋に入って来たのがわかった。
悲鳴が響くなか私は思い出したかのように部屋を見回した。蘭がいない。私は逃げるように部屋を飛び出した。笹口さんの悲鳴が聞こえる。怖い。
…
蘭は車の中でユウキと待っていた。タバコを吸っている。私が来たことに気づいたのか持っていたタバコを握りしめゴミ箱に捨てた。私は車のドアを開けて中に入った。
「置いていってごめんね。笹口さんどうだった?」
そう言って蘭は私に缶コーヒーを差し出してくれた。私はそれを受け取った。少し冷たい…。
「笹口さん…あの…発狂しちゃってた…悲鳴あげてた…。」
私はどう説明していいか分からず簡単に話した。蘭はどうしてさっさと帰っていったの?聞こうとしたがなぜか聞けなかった。蘭を困らせるような気がした。
「そっか。仕方ないね。あんなことがあった後だから…。もう帰ろうか…」
その言葉を聞いてユウキが車を発進させた。
車内は静かだった。開いていた窓から風が入る。私はなにも考えられなかった。
…
あれから笹口さんとも新田さんとも会っていなければ連絡も取っていない。たぶん一生会うことはないだろう。私はあの時の笹口さんの悲鳴が忘れられなかった。なんだかとんでもなく酷いことを自分がしてしまったような気がする。なぜあの時笹口さんに音の正体を確かめたら?っと言ってしまったのだろう…あんなことを言わなければよかった。
相談になんて乗らなければよかったんだ。
…
街を歩いていく…もう声をかけられても相談には乗らない…そう思いながら前を向いてスタスタと歩く。だが、後ろから声がかけられた女の声。ビクリとしたが無視をしてそのまま歩く。
肩を叩かれた。
私はやっぱり振り向いてしまった。そこには背丈の小さな可愛らしい女が立っていた。その子は瞳を潤ませながら私に言った
「すみません、私の話…聞いてくれませんか?」
今にも泣き出してしまいそうな声
断らなければ…そう思って私は口を動かした。
「はい、いいですよ。どうしましたか?」
ニッコリ笑顔で私はそう言っていた。
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